包帯戦争。 作者/朝倉疾風

僕の回想 あんど11章なり。 ~01~
鬱陶しいセミたちの雑談ショーも終曲を迎え、田舎という山に囲まれた小さな田舎は、ようやく静けさを取り戻した。
本日も僕とヒナトは学校に行かず、小春ちゃんに頼まれたお買い物。
まぁ、ヒナトが原因でモタモタしていたわけだけど。仲良く山のふもとのスーパーでカレーの材料を購入後、前回『ノリト』を失ったヤシロくんに拉致られて、監禁完了。
同じく学校を遅刻していた志乃岡も登校中に頭強打っ。ボーンっ。
近くの倉庫に閉じ込められ、ヒナトは封じていた人間性を取り戻し、あえなく崩壊。
僕はヤシロの思っている『ノリト』くんから奪回し、彼も壊れ始め、いい音たててる。なんてね。
殴られ殴られ、さて、
また始まるのかなー。
*
壊れた心を拾いたい。でも、正常に戻ったら絶対にヒナトはこれ以上に苦しむから、止める。
「あ、あああああああああああああああああああ」
生きたいのに、どうして怖いんだろう。
ヤシロが動かないヒナトを見下ろす。何かする気か?
手に一応ナイフは持ってるんだけど・・・・・・。ぶっ刺すとか?日常化しているのがちょっと怖い。
「ノリト、ノリトがいない。・・・・・・なんで?なんでノリトはその子と一緒で僕とは一緒じゃなくてでも優しくて目の前にいるのに・・・?に、にににに?」
僕はヒナトの祝詞なんだ。
さっき、それを僕は自供した。
それは、ヒナトにとって『人間性』を取り戻した事と同じ意味。
ヒナトは『祝詞』を見失い、僕は『少年』になったから、その僕が自分を祝詞と認めてしまった。
だから、
「い、ちじょー・・・・・・」
志乃岡が呼んだ。
「い、ちじょ・・・・・こいつら、変。へ、んだから、早く出、よ・・・?」
おいおい、僕も充分変なんだよ。キミも殺人現場を目撃した事があって、通常の人よりも少しズレてるってわかってんのかい?
「出るから。ちょい待ってて」「出すわけねーじゃんっ!」
視界の端で、黒い塊が飛んできた。脳部ちょく、げき、
「一条っ!」
一瞬だけ目の前が白く濁った。そして、耳の上辺りで何かが流れる感触。
「ち、血・・・・・・・血が、血・・・・・・・」
志乃岡の混乱っぷりとヤシロの持っている椅子を見て、殴られて血が出たという事がわかった。
あれだけ僕を守ると言っていたヒナトも、やっぱ目を見開いたまま動かない。いや、期待してるわけじゃないけど。
「黙れ、黙れ、黙れっ!嫌いだ、お前らみんな、嫌いだっ!消えろっ」
椅子が落ちてくる。
いってーな。
睨んでやった。
殴られた。
「ヤシロは、ホントに人間らしいねぇ」
精一杯の、嫌味だった。案の定、殴られた。
かなりの力。華奢であれ、男だからなぁ。
「・・・・・・・・・もう、いい」
何かに絶望して諦めたような表情。ヤシロが僕を一瞥し、ヒナトに目を移す。
「これぐっちゃぐちゃにしたら、ノリトは来てくれるかなぁ?」「止めろ。ノリトはお前が殺したんだから」
自覚は無いみたいだけど。悲しいよな。
「何で僕がそんな事するのさっ!」「永遠にするためだよ。もっとも、今のヤシロに説明してもわからないと思うけどね」
ヤシロがヒナトの長髪を掴む。乱暴だな、もうちょい丁寧にしろ。じゃなくて。
反応しないヒナトが、僕を見た。
皮膚があわ立つ。
いつもの無表情じゃなく、悲しげだった。
「起きてまーすかー?」返事はない。
「ねぇ、血って何ででるのかなー」返事はない。
ただ、かすかに目が動いた。
「聞いてるっ!?」
「・・・・・・・・・聞こえている」
口から発した、肯定の言葉。
ヒナトは、いつものヒナトに戻っていた。ホッとするよ、もう。
「離せ、害児。気色悪い。あたしから離れろ」
「お前も可哀相な子だよねぇ。メジロの奴が話してたけどさぁ、ちっさい頃わやくちゃにされたんだって?にょほほほほほほほ。僕より可哀相~」
お前もボロボロだよ。原型がわからないほど。
ヒナトは首を傾げる。
「意味がわからない。あたしは何もされていない」
「せーしんいじょーしゃ」
言葉が刃物となり、心を抉る、突き刺す。
「双子のおにーさんに、監禁されたんでしょお?」
幾度となく、
僕の心も壊れた。
命の壊れる音、心が削れる音、骨が軋む音、人がしんでいく音、
ボクノソンザイハイッタイゼンタイナンノタメニ
あるのだろう。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
ナイフで鼓膜を削るように、音がする。
あぁ、もう
どーだっていいや。
「あんたのノリトは、どこにいるの?」
止めろ、それ以上は止めろっ!!
歯止めが利かない。
ノリトは、ノリトが、ノリトを、ノリトに
ヒナトのノリトはここにいるのに、
届かない。
届いてくれない。
拒絶される。
跳ね返される。
「祝詞・・・・・、あ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
名前を呼ぶ。でも僕を呼んだんじゃない。
「いぎぎぎぎぎぎぎぎいぃぃぃぃぃぃぃぃ、 あ、や、ノリ、祝詞・・・・・?の、 り 」
絶叫、発狂、音響。
隣で狂い、自らの孤独を全否定している。
「ヒナ「ぎやぁっ、や、うががぁぁぁっ、がっ、うーぎーぎーぎーぎーぎー、がぁっ、やあああああっぎゃっ、ぐわあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああっ」
お願い。
何に対してお願いをしているんだろう。
神様?いるわけないだろ。
ヒナト、お願いだから、
「祝詞は、僕なんだ」
小さい声で言ったはずなのに、聞こえていたのか、ピタリと音は止んだ。
ヒナトが、嘔吐しながらも、静かにしている。
本日二度目の胃酸の匂いを嗅ぎながら、僕は、
「ごめん、ヒナちゃん」
久しぶりの愛称を口にした。
子供の頃、僕は彼女をこう呼んでいた。
「あの日、助けられなくてごめん。ヒナちゃんはずっと僕に助けてって言ってたのに、ごめん」
ヒナトはずっと僕の名前を呼んでいた。
たすけてください。
だけど、怖くて、恐ろしくて、目の前がもう地獄以上に苦しくて、僕は何もできなかった。
「の、りと?ホントに・・・・・・祝詞?祝詞?」
「うん」
「のり、と・・・・・・・・・祝詞祝詞祝詞?」
「・・・・・・うん」
でも、だけど、だから、もう『少年』はいない。
そして、僕はヒナトに殺される。
「の、祝詞・・・・・・・」
昔、助けられなかったから、今度は必ず助ける。
助けてやる。

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