小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第二話 左廻り走路編◇-6


その後は最悪だった。

まず、いつも使ってる電車が目の前で行ってしまったこと。コイツに行かれると乗り換えを三回もしなくちゃいけなくなる。そんなわけで乗り換える為に、普段降りない駅で降りたらホームを間違えて階段を何回も登るハメになってしまった。膝だの太ももだのがギシギシと悲鳴を上げる。どうして駅の階段はこんなにも段数が多いのだろう……
そして極め付けが、三度目の乗り換えもせずに、寝過ごしてしまったこと。
さっきの階段の上り下りで俺の体は余程疲れてしまったらしく、目が覚めた頃には車内に響くスピーカー越しの車掌の声は、全く知らない駅名を告げていた。

「高橋、高橋起きて!」
耳元でカイコの声がした。起きて、しばらくただただ呆然としてしまった。

意識が朦朧とする中、次の停車で電車を降りると海の匂いが微かにした。……海の匂い?
俺の住む我島岡市は内陸だ。はて、これは一体どういうことだろうか。
恐る恐る駅名を見上げてみる。


“ 銚子 ”
「銚子って……。あの鰯の水揚げ量が全国一位の銚子??」
腕時計をみると時刻は九時半。普通ならもうとっくに家に着いている時間である。というか九時半って、俺は今日中に家に帰れるのだろうか。あわわわわわわ。

「カイコ、あのさ、ワープとかできる魔法とかない?」
「そんな便利なことできるわけないでしょ。僕だって、高橋のせいで帰るの遅くなってるんだからね!もう、あんな変な人生ゲームなんてしてるからだよ、僕に頼らないで自力でなんとかしなさい!」

嗚呼、カイコに説教までされてしまった。俺は一体どうすればいいのだろうか。
とりあえず今来た反対方面の電車を待とう。うーん、千葉県の東端に俺は来てしまったんだね。一応、次の電車が何分後に来るのか分からないと心細いので、携帯から調べることにした。

しかし非情かな。携帯電話の電池が切れていた。画面が何をしても真っ暗だ。マジかよ嘘だろ。
唖然とする俺の耳音で、カイコが皮肉気な声を出して笑った。

「なんか高橋さ、今日ことごとくツイてないね。」
「うん……。もうネタにできるぐらいだよ……」

そのまま成す術なく呆然と、ベンチにカイコと二人寂しく座っていると、改札の方から騒がしい声が聞こえてきた。暗くてよくわからないが、喋り方からしてどうやらヤンキーらしい。
はあ、不良さんか、と思ってガン見しないようにしていたら、不良さんたちの声が遠ざかって行った。五、六人の集団だったのが改札のところで別れたらしい。
すると一人分の足音が階段を下ってくる音がした。なんか怖いな、こっちに来ませんように。

しかし願い届かず、不良さんはまっすぐこちらにやって来る。なんかヤバイ気がしたので下を向いて、寝ているフリをした。
コーン、コーン。迫りくる足音。過ぎ去ってくれ、過ぎ去ってくれ、お願いだから過ぎ去ってくれと念じていると、足音はちょうど俺の目の前で止まったようだった。心臓あたりがヒヤリとして、背筋に冷たい汗が伝った。

そのまま十秒経過。不良さんはまだ行ってくれそうにない。かなりやばいよコレ。どうなるの俺。

「おい、お前。」
ついに不良さんが声をかけてきた。もう腹をくくるしかないだろう。
寝たフリをやめて、できるだけ目を合わせないようにして俯き加減に顔を上げた。肩に乗っているカイコまでブルブルと震えている。マジでやばい。しかしカツアゲされたとしても俺の今の所持金はたった九円しかない。とりあえずそこだけはラッキーポイントだ。

頑張って声を振り絞る。  
「……は、はい、ななな、なんでしょうか……」