小説カイコ
作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第二話 左廻り走路編◇-13
それから駅に着いて、電車の中でボーっとしていると、携帯に着信が入った。珍しく母親からである。なんだろう。優羽子(妹)が熱でも出したのか。
『 RE.無題 18時24分45
さっき、久しぶりに切崎さんに会ったん
だけど、拓哉君になにかあったみたい。
救急車で運ばれたそうよ。
今中央病院に切崎さんを車で送って差し
上げたところなんだけど。
切崎さんあんまり詳しく話してくださら
なかったんだけど、けっこう重症みたい
よ。 』
「えっ……」
一瞬、頭の中が真っ白になった。拓哉が病院?重症?あんなに丈夫な奴が?風邪をひどくしたんだろうか。
違う。
風邪じゃない。きっと怪我の方だ。
中央病院まであと三十分は余裕でかかる。第一、乗り換えの電車がすぐに来ない可能性もある。どうしよう、どうしたら一番いいのだろう。
しかもこちらの焦る気持ちとは裏腹に、乗っているこの電車は各駅停車の鈍行である。
とりあえず、母親に中央病院に寄ることを返信する。拓哉に電話を掛けようかと思ったが、確か携帯電話は持っていなかったはずだ。
車内で成すすべもなく、ただただ駅名表示が切り替わるのを喉が焼き切れるような思いで見ていた。十数分後、やっと乗り換えの駅に着いた。中央病院方面の電車は発車まであと十分強ほどあって、駅員さんに聞いたら中央病院はここの駅からたったの一駅で、十分待つのだったらタクシーで行った方が早いとのことだった。
急いで改札を出て、駅の階段を駆け下り、ロータリーへと走った。ちょうど目の前に黒いタクシーが来たのですぐに乗り込む。
「お兄ちゃん、どこまで?」運転手のおじさんがのんびりとした声で聞く。眼鏡のフレームを悠長に磨きながら。
「中央病院までです、できるだけ急いでください、お願いですからっ……!」
俺の切迫した感じが先方にも伝わったのか、おじさんは真面目な声で答えるとすぐに出発してくれた。
……車のエンジンの音が、まるで胃の奥まで響いてくるようだ。
数分ほどの距離さえも永遠に感じる。
非常識な赤信号に苛立ちを覚えた。
タクシーのスピードが遅すぎないかと何回も思った。
「はい、中央病院着いたよ。」やっと、白い大きな建物が見えた。料金はいくらだかよく分からなかったが、とりあえず千円札を渡して、病院のエントランス目がけて走った。
「兄ちゃん、おつり!おつりだよ!」後方でおじさんの声がしたが、この際そんなものどうでもいい。
反応の遅い自動ドアをイライラしながら潜り抜けて、受付まで走った。受付の女の人に 切崎の友人です、と言ったら全てを察したように中まで案内してくれた。しばらく病院の廊下を歩くと、急に人があまり居ないところに出た。「ここの廊下をまっすぐ行ったところです。」床の色が肌色から茶色に変わっているところを女の人は指しながら言った。
「ありがとうございます」
短くお礼を言って、細くて長い廊下をできるだけ速く蹴った。自分の足音が狭い廊下全体に乱暴に響いていくのがはっきりと分かった。
廊下の終わりは左右に分かれていて、右側の方の部屋から白衣を着た、若い男の人が出てきた。隣にいる看護婦さんと小さな声でコソコソと何か喋っている。
「あの……」
すると、看護婦さんの方が俺に気付いたようで、小走りでこちらへやって来た。
「切崎さんのご親族の方ですか?」病院特有の、ツンと鼻につく消毒液の匂いがした。
「いえ、友人です。拓哉はここの部屋なんですね!?」
看護婦さんを押しのけてドアノブに手を伸ばそうとしたが、すぐに遮られ、止められた。
「っ、何するんですか!」
すると看護婦さんはシーッと唇に人差し指を当てた。「大声を出さないで。ご家族だけで静かにいかせてあげなさい。」
「いかせてあげなさいって……何を言って……」
「もう危ないのよ。」看護婦さんは、廊下の反対側のベンチに俺を座らせながら言った。「辛かったら帰った方がいいわ。受付でなにか飲み物でも買って落ち着きなさい。」
「そんな……」
……そんな、ことってあるのだろうか。
この部屋の向こう側に拓哉が居るなんて、いまいち信じられない。
バンッ
部屋のドアが外側に破れるように開いた。同時に中から女の人が飛び出してきた。……あれは確か、拓哉のお母さんだ。
「切崎さんっ!どこ行くの!?」
看護婦さんが甲高い声を上げて急いで拓哉のお母さんの後を追った。けれどもう、拓哉のお母さんはあの長い廊下を走り抜けていった後だった。

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