小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第三話 ふりだし編◇-36


その時、ズボンのポケットに突っこんでいた携帯電話が着信を知らせた。
たぶん親戚の誰かだろう。急いで携帯を開いて耳に当てる。

「はい、もしもし任史ですけど、」
『高橋君?』


杏ちゃんだった。一気に頭の中が真っ白になる。
『……高橋君?』耳元で再度高い声がした。
「あ、はいっ。」手汗が大変なことになっている。
『今日さ、お祭り一緒に回れる?私一緒に行く人が居なくて……柚木君はさっき年下のいとこと出かけちゃったし。』
「えっ……」

『あ、嫌ならいいの!』杏ちゃんが焦ったように付け加えた。『それに高橋君、今日神子さんやるんだよね。そんな暇無いよね。ごめんね急にこんな話振っちゃって。私ったら何も考えてなくて。』
「いや、暇、ならある、よ。」
『ううん、無理しないで!』ハハハ、と陽気に笑う。『それより今日の演舞頑張ってね!じゃあ、』

やばい、このまま電話を切られてしまう。

「いやいやいや全然、忙しく無いし、えっと……」ああ、どうしてこうも言葉が続かないのか。「えっと、あっと、是非一緒にお祭り回っていただきたいですというかこちらからお願いします俺なんかで良ければ!!」

それから、しばらく間が空いて返事が返ってきた。『本当に大丈夫?私迷惑じゃないかな。』
「え、ああ。」声が震えるもう助けて。
すると電話の向こうから無邪気に笑う声が聞こえた。『そっか、良かった。じゃあ時間はどうしようか。』
「水車小屋の前で……四時とか、どう?」
『了解! じゃあまた後でね!』
「あ、うん。」

やっと電話が切れた。五キロ走るのよりも疲れた。手汗で携帯に水滴が付いている。もう駄目だ、鈴木のようにはペラペラと口が回らない。どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ……!

「任史、どうした?」衣田さんがお茶をすすりながらのんびりと聞いてきた。
「いや、何もないです。」
「なるほど、女か。」
「いや、違います。」
そこにおばさんも参戦してきた。「えーでも顔真っ赤になってるわよぉ。大丈夫かしら。風邪だったら大変。」
「大丈夫です。熱とか出てないし風邪じゃないです。」

すると衣田さんが大笑いした。「なんだー、恋の病は風邪に分類されないのか!」
「うわああ! もうやめて下さいよ!俺一体どうしたらいいんですかもう死にそうですよわぁああああ!!」
「まぁまぁ落ち着きなさいって。」言いながら、おばさんは俺の湯飲みにお茶を注いでくれた。

……もうどうすればいいんですか。





それから、演舞の衣装の準備も整ったところで衣田さんの家に到着すると、時刻は三時をとうに回っていた。
今の恰好は去年買った普通の紺のジーパンに、なんかダサい青と灰色のチェック柄のシャツ。そりゃもう田舎者丸出しルックである。持ってきた服なんて、今着ているもの以外は昨日着ていた陸上部のジャージしかない。もうやだ消えたい。第一服なんて今まで気にしたことが無いし、何を着ればいいのかさっぱり分からない。

「わぁぁー」
気が付くと、あくせくする俺の背後で由紀子さんが半笑いでこちらを見ていた。
「任史くん、これからデートなんだってぇ?」
「もういいですよ、何とでも言ってからかって下さいよ。」きっと衣田さんが由紀子さんに喋ったのだろう。
「どうしたのよ、そんなにそわそわしちゃって。」柱に背を預けた格好で由紀子さんがそう聞いてきた。
「服ですよ、服。」思わず頭を抱える。「俺服なんて気にしたこと無くて。いつも制服かジャージしか着てないからもうどうしたらいいか分かんなくて。どうすればいいですか本当に……」
「えー、気楽にいけばいいと思うよ。そうだ、いつも友達とかはどんな格好してるのよ、遊びに行くときとかさ。」
「みんな都会の人なんですごくオシャレですよ、でも男同士だしあんまり恥ずかしいとか思ったことも無くて。」
「いいのよ、それで。」由紀子さんがウィンクと共に親指をぐっと立てて俺に向けた。「こんなド田舎で洒落っ気出す方がアホらしいわよ。第一ね、そのまんまでも十分格好いいから大・丈・夫!」最後の大丈夫は相当ワザとらしい。

「う、嘘だ……」

ケラケラと笑い声を残して由紀子さんが向こうの部屋に消えた。
それから服のことは諦めて、台所に麦茶を飲みに行った。ちょうどよく冷えていてとてもおいしかった。

「おーい、任史ー、居るかー」玄関から衣田さんの呼ぶ声が聞こえた。
「あ、居ます。」
どしどしと衣田さんが台所までやって来た。「おお良かった。やっぱ六時には帰って来い。意外と全部着るのに時間がかかるから。あと後で高橋のおばさんにちゃんとお礼言っとけな。」
「分かりました。あの、演舞って誰が見に来るんですか?」

すると衣田さんは驚いたように目を見開いた。「誰がって、お前、この村のみんな見に来るはー。ボケたばあさんでも無理して来っぞ。」
「えええっ、そんなにですか。」不安すぎる。ほぼ余所者のような俺がやっぱりやるような役目じゃなかったんじゃないか。
「大丈夫だ。安心しろお!」急に衣田さんの口調が励ますようなものになった。「任史は覚えもいいし、とちっても気にすんな。何も引け目を感じることはないから。」
「でも、」
言いかけた俺の肩を、衣田さんは無言で笑って力強く叩いた。それは何だか、これから起こること、全てがうまく行くような、そんな笑い方だった。「……頑張ります。」