小説カイコ
作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第三話 ふりだし編◇-37
その後、どうなったかは想像にお任せすることとしよう。
とりあえず、上がりまくった。ちゃんと日本語を喋れたのかが分からない。変な事を口走っていなかったか今でも心配だ。けれど何を言っても、どんなにつまらないことを喋っても、杏ちゃんが花のような笑顔を返してくれるのでその都度安心した。
そして今、演舞も無事終わった午後七時半。
陽がすっかり沈んでから行われた奉納演舞は、たぶん上手にできたと思う。袴を衣田さんの怪力で相当にキツく閉められてしまったので、動くたびに布が擦れて腰が痛かった。それと観客は目が回ってしまうかと思うくらいに大勢いて、こちらから見える範囲ではお年寄りばっかりだったが、後ろの方では由紀子さんや衣田さん、それに杏ちゃんと柚木君一家も見てくれていたらしい。
「はぁー。疲れた。」ぐったりしながら出されたお茶を飲んだ。今は、衣田家で由紀子さんと衣田さんと一息ついている。
「いやはや、上手だったわよ。ちょっと動きがぎこちなかったのが惜しいけど。来年もよろピクねー。」由紀子さんがテレビのリモコンを探しながら言った。
「げっ、来年もやるんですか。でもまぁ、大季がやってもいいんですよね!ってあいつ来年受験か……しまった……。」ちなみに優羽子が中学に入ったらアイツがやるらしい。
衣田さんが台所からビール缶を両手に持ってやって来た。「祝い酒だ!飲め飲め!」
「わーい」由紀子さんがすぐに食らいついた。「任史くんも飲む?イッキかな?」
「やややや、俺未成年ですから。どうぞお二人で楽しんでください。」
「なんだがや堅ぇーなー。せっかく任史の素ん晴らしい演舞のお祝いなのによぉ。」とか言いながら、衣田さんはもう既に缶を開けている。最初から自分が飲みたかっただけでしょ……
二人ともぐびぐびと一気に缶を飲み干した。「んじゃ、アルコールも入ったところで戦線に戻りますか。」由紀子さんがよっこらしょ、と腰を上げた。
「え、まだ何かあるんですか?」
「あるわよ。今年は自治会でお金出して花火やるのよ。ああ、それにあれじゃない、葉っぱ燃やさないと。」
「葉っぱって、演舞で使ったあの桑の枝ですか。」
その昔、この村は機織りで栄えたらしい。機織り、元を辿れば瓜谷村の養蚕である。そしてその流れを汲みとってなのか、蟲神神社の奉納演舞では桑の木を使う。
「そうよ~お年寄りはあれ好きだからね~。燃やした灰をね、自分の畑に撒くとその年は豊作になるのよ。んで、任史君はその灰を配らなきゃいけません。」
「うっわ、それけっこう重労働ですね……。」
「あはは、あたしだって去年まではやってたのよ。まぁだから、花火くらいはしっかり楽しんできなさいよぉ。」いつもより調子よく言いながら、由紀子さんはバン、と俺の背中を勢いよく叩いた。ちょ、ちょっと痛いです。
衣田家を後にして、再び神社の境内に入ると、衣田さんはすぐに中年の飲み組に合流していた。境内の地面に敷かれたブルーシートの上で楽しそうに騒ぎまくるオジサン達は見ていて面白かった。(酔ったおっさんに何度も飲まされそうになったのは秘密である。)
それから、由紀子さんと俺は柚木兄弟と杏ちゃんを探してブラブラと歩き回った。すぐにみんな見つかって、近くの丘まで歩いて行くことにした。どうやら神社の裏の空き地で花火を打ち上げるらしいので、ここが一番見やすいと言う。
「わーでもなんか、格好いいね。」柚木君がしげしげと俺を見ながら言った。「神主スタイル?っていうのかな、これ。似合ってるよ。」
「マジで?何かそう言われると嬉しいな。」
「写メっていい?私さぁ、田中君に頼まれてるんだよねー(笑)」杏ちゃんがニヤニヤ笑いながら言った。
「えっ、ちょ。」抵抗する暇もなく、フラッシュの眩しい光が走った。「わー!!頼むからやめて!鈴木とかに転送さられたらどう悪用されることか……」阻止しようとしたら、ひらりと軽くかわされた。
「ごめーん、もう送信しちゃった。」全く悪びれず、杏ちゃんが小さく舌を出した。「ちなみに柚木君も一緒に映っちゃってた。」
すると柚木君がどれどれ、と杏ちゃんの携帯の画面を覗いた。「あ、ホントだ。っていうか高橋白目っぽくない?」
「し、白目!?」
「あはは、冗談ですよ。」柚木君がピースサインを作った。「大丈夫、ちゃんとイケメンに映ってるから。」
「ああ、もう!みんな寄ってたかって俺のこと馬鹿にして!!」
それから、なんだか可笑しくなってしまって、みんなで笑った。
いつの間にか、花火が始まっていて、とにかく綺麗だった。小さくて本数も少なく、決してテレビで見るような華やかな花火大会ではなかったけれど、今までで経験した花火で一番綺麗だった。
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翌日。ついに帰郷である。
たった二日の間だったけど、とてもお世話になった衣田さん、柚木さん、高橋のおばさん。それに村の人たち。
カイコは相変わらず行方不明のままだった。けれど、これでいいような気がした。きっとどこか俺の知らない場所で、元気にしているに違いない。それで、しばらくしたらまたひょっこり俺の前に現れてくれるだろう。
左沢線を上り、新幹線に乗車。そのまま一気に東京である。
途中、飯塚にお土産を頼まれていたことを思い出した。柚木君に何かいいお土産知らない?と聞くと、即答で「ひよ子。」と言われてしまった。……まぁいいか。
上野に着いて、二人と別れた。もう午後の三時だった。
「え、高橋君、千葉に帰るんじゃないの?」杏ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「うん、そうなんだけど、俺ちょっと寄るところがあるから。ここでお別れ。」
「そっか。じゃあ気を付けてね。それとお疲れ様。」柚木君が言った。
「ありがとう。二人も気を付けて。」
反対方面のホームへと歩き出した二人を、手を振りながら見送った。
あの二人と、来年も山形に行けたらいいな、としみじみと思った。

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