小説カイコ
作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第四話 昨日の消しゴム編◇-17
◇
……えー、次の駅は我島岡駅、我島岡駅。一番線の到着、お出口は右側です。網舵方面お乗換えのお客様は、二番線……
ガタンゴトン、電車から見える風景が大きく揺れる。
車窓からは、すっかり冬枯れてしまった田んぼと川が見えた。随分と寂しい感じになってしまっている。夏はあんなに青々と緑が茂っていたのが、信じられないくらいだ。
電車のスピードが徐々に弱まっていく。よっこらしょ、と床に置いていたエナメルを右肩に背負って、ドアの前に立った。
すぐに電車が完全に止まって、ドアがガタガタと横に開く。すると懐かしや、見慣れた地元の風景が待っていた。頭上の駅名表示は我島岡駅。たった二日間帰っていなかっただけなのに、この地方っぽい湿気た雰囲気やけに懐かしい。そして優しい。
乾いた冷たい風が、ふっと吹いてきて、何だかとても安心した。
いつも通りに無人な改札を通る。定期をかざすと、ピンポーン、と聞きなれた電子音が響いた。すぐ後ろで、また電車の発車する音が聞こえた。
「おーーい、高橋ー!!」
遠くから突然名前を呼ばれて、ふと顔を上げると、向こうの東口で太一とハツが手を振りながら笑っていた。二人とも蚕ではなく人の姿で、さらに驚いたことに着物のままだった。一体寒くないのだろうか。
「わ、二人とも。どうしたの、こんなとこで。もしかして迎えに来てくれたの?」
急いで駆け寄って、話しかける。途中、点字ブロックのでこぼこに躓いてしまって、ハツに笑われた。
「当ったり前でしょ、他に何か理由ある?」久々に聞くカイコ、いや太一の声。以前よりずっと低くて大人っぽい。
その時、学ランのポケットに突っこんでいた携帯が鳴った。電話だ。
「ん、それ電話?」ハツが細い手に息を吹きかけながら聞いてきた。
「うん、そうみたいなんだけど……」ポケットから取り出して、携帯を開く。母親からだった。
『もしもし任史?あのね、今、優羽子と一緒にお父さん見送りに成田空港まで来てたんだけど……』
「あ、そっか。そういや親父の有休って今日までだったね。よろしく言っといて。」
『もう飛行機は行っちゃったわよ。それにそういうのはちゃんと直接アンタの口から言いなさい。』なんだ説教か。『……じゃなくってね、人身事故で電車止まっちゃったのよ。だから今日、帰るの遅くなっちゃうと思うの。だから適当にコンビニで何か買ってお夕飯にしてね。あと、大季は友達のおうちで御馳走になってるらしいから。』
「へ、人身事故ってどこで?東京方面じゃないよね、俺普通に帰って来れたもん。」
『第一旅客ターミナルの成田空港駅。つまり、ここでよ。』母親の声が少し低くなった。『空港の中に駅があるでしょ?あそこで男の人が撥ねられちゃったんだって。もうさっきから大変な騒ぎよ。優羽子には見せたくないから今はお土産店で電車が復活するまで時間つぶしてるけど。』
電話の向こうで、「お母さん、まだ帰れないの?」と聞いている優羽子の声が聞こえた。どうやら優羽子には人身事故のことは説明していないらしい。
「……そっか。そりゃお疲れ様です。わかった、じゃあ適当に飯は済ましとくから。ん、はいはい。わざわざ連絡ありがとね。」
そう言って、パカンと携帯を閉じた。
「高橋、どうしたの?」
「ん、人身事故だってさ。空港駅で。」ポケットに再度突っ込みながら歩き出す。「それで俺の母親と妹が空港まで親父を見送ってたんだけど、人身事故で電車が遅れちゃってるから帰って来れないんだって。弟は友達ん家に行ってるってさ。ただそれだけ。」
「へーじゃあ、おうちには高橋以外は誰も帰ってこないってこと?」ハツが聞いた。
「そうだね、大季もどうせ遅くまで帰ってこないだろうし。アイツけっこうちゃらんぽらんだから。」
「ねぇ、空港駅ってさ、もしかして成田空港のこと?」
「え?ああ、そうだね。」
「じゃあ土我と入れ違いかな。土我もさっきちょうど、成田空港に着いたらしいから。」
「え!? そうなの。っていうか土我さんずっとどこに行ってたの?俺、携帯通じなくってさ、嫌われたのかと思ってた。」
素直に、土我さんの消息が知れて嬉しい。
「えっとね、ドイツだって。僕らもずっと連絡取れなかったんだよ。海外だったら携帯も繋がらなくて当たり前だしね……ったく、土我ったらいっつも何も言わずにフラッと居なくなっちゃうんだから。」太一が不満そうにため息をついた。「そうだ、それで土我今日、こっちに来てくれるって言ってたんだよ。いつ来るかなー。あと二時間ぐらい、って言ってたんだけど。」
するとハツが突然 あ、と短く言って、右の人差し指をピーンと立てた。
「ねぇねぇ、人身事故で電車が遅れてるっていう事は……」くるりと、指を回して円を描く。「もしかして土我が乗る電車も遅れてるんじゃない?だったら、二時間じゃこっちに来れないよね。」
「あーーー!そっか。うわぁ、残念。きっと夜遅くにひょっこり来るんだろうなぁ。」太一がガッカリと肩を落とした。「高橋、今夜は窓から土我が訪問してくるかもしんない。夜中でも覚悟しといてね。ははは。」
「ははは、っておい。今日の俺の睡眠時間たったの三時間だよ。頼むから寝かせてよー。」

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