小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第二話 左廻り走路編◇-14


                 ■

あの日から、一週間が経った。
あんまりにも急に色んなことがあった一日だったから、一週間経っても気持ちと記憶の収集がなかなかつかなかった。


結局、拓哉はあの日の夜に息を引き取った。



けれど、拓哉がもうどこにも居ないなんていう感覚が全くない。死んでしまったという感覚が全くない。事実として頭では分かっているんだけど、どうにも実感が伴わない。
……幼馴染が死んだというのに、悲しい、と感じられない自分がいる。もともと、中学の時から学校に来てなくて普段は見かけなかった奴だから、またひょっこり姿を現すような気がしてならない。

「おい、高橋ったら!」
昼過ぎ。部活が終わって、部室で着替えていた俺の肘を鈴木がつついてきた。

「あ、ごめん。なんか言った?」
「おいおい、あんだけ耳元で言ったのに聞こえてなかったのかよ。最近お前こーゆーの多くない?なんかボケーとしちゃってさ。」
「? そう?」
鈴木はワイシャツのボタンを閉めながら話し続けた。「お前、自分じゃ気付いてなかったの?ホント大丈夫かよ。佐藤先輩も張先輩も、飯塚や小久保まで心配してたぞ。ほっしーなんか四六時中お前のこと気にしてる。」

「え……。なんでみんなそんなに心配してんの。そんなに俺やばそう?」
「うん、やばそう。ほら、ベルトねじれてるしさ。」
指さされて、自分の腰元に目を落とすと確かにベルトがねじれていて、ベルトの裏地の茶色い部分が見えていた。なんで気が付かなかったんだろう。

「あ、サンキュ。確かに俺抜けてるかも。」
自嘲の意味も込めて少し笑ったが、鈴木は真面目な顔を崩してくれなかった。
「いやさ、高橋が抜けてるとか抜けてないとかじゃなくてさぁ。なんか夏休み始まってからお前ずっと変だよ。その笑顔だって何となく嘘くさいし。話しかけてもよそよそしいし。お前、何かあったろ。」

「別に。何も無いよ。」
鈴木は ふぅ、と大きなため息をついた。「何かあった奴はみんなそう言うんだよ。別に、ってさ。いや、話したくなかったら無理して話さなくていいけど。」鈴木は窓の方へ歩いていって、雲一つない青空を見上げた。「何かやばかったら俺に話してよ。お前にはけっこう恩あるし。その、姉ちゃんのこととか。」

鈴木らしくないセリフに少し戸惑ったが、鈴木本人の方はなんだか居心地が悪そうだった。その証拠に窓の外を見たまま、俺に背中を向けたままだ。
「時木、か。鈴木さ、時木の葬式の時、どういう気持ちだった?やっぱすっごく悲しかったんでしょ。」
「いや……。別に悲しくはなかったな。まだガキだったのもあると思うけど。もう会えないんだ、っていうことが分かってるようで分かってなかった。まぁ、お前のおかげで六年ぶりに会えたけどさ。」
「ふーん、そうだったんだ。」

六年ぶりに会えた、か。そうか、時木はあのとき幽霊としてこの世にまだ居たんだった。じゃあ、拓哉もまだどこかにいるのかもしれない。だったら、探したらまたどこかで会えるのかもしれない。

「そうだ、俺、用事思い出したからもう帰るね。」
そう鈴木に言って、急いで靴を履いて外に出た。でも、居るとしたらどこに居るんだろう。拓哉が普段よく行っていた場所なんて俺には見当もつかない。
とりあえず、校門まで歩いていると、遥か後ろの方から鈴木の声がした。

「ッ、高橋!」
振り向くと、靴も履かずに靴下のまま、鈴木が部室から飛び出してきていた。「あのさ、あのさ……!明日も部活来いよ!!」

あまりにも鈴木が焦った顔をしていたので、思わず笑ってしまった。
「うん、わかった。わかったってば。 どうしたんだよー、そんな焦った顔しちゃってさ。じゃあまた明日ね!」

できるだけ明るく笑って、大きく手を振ると、安心したのか鈴木はああ、と生返事をして部室に戻っていった。