小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第四話 昨日の消しゴム編◇-14


小久保が大暴走しかねない勢いだったので、みんなブツブツ文句を言いながらも一旦ほっしー家をおさらばして銭湯へと向かった。まだ朝の六時過ぎということだけあって人はあまりいなかったけれど、道路はもう早々と混雑していた。さすが東京。
朝日はまだ昇り切っておらず、見上げた冬空は灰色に曇っていた。この寒さじゃ、今夜にも雪が降るかもしれない。雪、ここ数年まともに見れてないな。
息を吐くと自分の周りで空気が白く結晶して、冷たい。ふと、地面を見ると、灰色のアスファルトのでこぼことした表面に、わずかながら霜が降りていて白く凍っていた。……ああ、ここの地面は土じゃないのだったっけ。じゃあ、霜をサクサク踏む楽しみもここでは味わえないものなんだろうか。こんな些細なことでも、たとえ田舎でも地元の我島岡の方がやっぱり好きだな、とつくづく思ってしまう。東京のコンクリートジャングルはどうしても性に合わない。
ひんやりと冷え切った大気は、それなりに体にこたえる。けど、寒いのは好きだ。一年中冬でもいいと思ってるくらいに好きだ。ナルニア国物語とか羨ましい限りだ。……なーんて、山形の衣田さんや由紀子さんに聞かれたら怒られちゃうだろうなぁ。

それから歩いて十分もせずに、目指していた銭湯に着いた。銭湯、と言っても温水プールや、スポーツジムやバスケットコートも一緒に内設されている施設に一緒に銭湯がある感じで、どちらかというとスポーツ施設、と言った方が語弊が無いかもしれない。
中に入ると、コインランドリーがあった。ズラッと洗濯機が軍隊のように並んでいて、ちょっとビビる。そういえばコインランドリーに初めて来た。

「どうする?みんな洗濯する?」先頭を歩いていたほっしーが振り向きながら聞いてきた。
「うん、すぐ出来上がりそうだし。せっかくだからしよーぜ。っていうか洗濯しないと小久保が憤死しちゃうからさ。」飯塚が笑いながら言った。みんなもつられて笑う。ふと、小久保の方を振り返ると、言わずもがなもう既に小久保は洗濯機にお金を入れて回し始めていた。流石である。

小さめの洗濯機の前に行くと、どうやらお金を入れるらしいところがあった。表示の通り三百円を入れてみる。っていうか洗濯に三百円って高くないか。
それから次は……どうしよう、まったく使い方が分からない。

「ん、どしたん高橋。」洗濯機の前で硬直する俺の後ろから、鈴木が覗き込んできた。
「ああ、助けて。使ったこと無いから、どうすればいいのか分かんない。」
「ぷぷ。高橋って案外、生活力無いよね。かわゆー。どれちょっとどいてみ。」鈴木がどっこらしょ、と俺を押しのけて洗濯機のボタンを慣れた手つきで操作し始めた。ピ、ピ、と電子音が何回か鳴ると、すぐに洗濯機がグワングワン言いながら回り始めた。

「わーありがと。すげぇな、なんで使い方分かったの。」
「アハハどうも。いや、コイツさ、下宿に置いてあるのと同じ機種だったから。毎日使ってるし慣れてるだけだよ。」
「なるほど。いやー尊敬の眼差しだわ。」やっぱり、下宿生はたくましさが違う。

それからさっさと風呂に入って、入念すぎるほどにシャンプーする小久保を置いて一足先に上がった。すると驚くことに、もう洗濯物が出来上がっていて、文明の進化を感じた。

「おおー。」
洗濯機のフタを開けて、中に手を入れて服に触ってみると予想以上にふわふわに仕上がっていた。これは三百円払っただけの価値がありそうだ。
それからジャージだのシャツだのを次々に取り出した。一番最後に、洗濯機の底に残ったウィンドブレーカーを掴むと、カツーンと音を立てて、ウィンブレのポケットから何かが落っこちた。

「??」
なんだろう、自転車の鍵とか間違えて入れたまま洗濯しちゃったんだろうか。
恐る恐る目を凝らして、もう一度洗濯機の奥底に手を伸ばすと、何かひんやりとしたものに触れた。よく触ってみるとビー玉くらいの大きさで、丸くて、表面はツヤツヤしている。一体これは何だろう。

とりあえず掴んで取り上げる。手のひらを広げてみると、それは、薄桃色の丸い石だった。表面はやっぱりつやつやとしていて、若干大きさの割には重みがあって、ひんやりとしていて冷たい。はて、これは……


記憶の糸を必死に手繰り寄せる。……思い出せない。でも確か、なにか重要なことだったような……。
その時、ふと、いつの日にか聞いた土我さんの落ち着いた声が思い出された。

“……そっか。じゃあその石、任史君にあげる。けっこう綺麗でしょ?好きな女の子にでもあげてよ。僕にはもう必要の無いものだから。”


思い出した。確か、十月に山形に神子舞をやりに蟲神神社に行った時のことだ。青服のおっさんに追われて柚木さんと神社の境内を逃げていたら、なぜか、江戸時代、カイコが人間だった時代にワープしてしまった。そしてそんな俺を、土我さんが迎えに来てくれた時にもらった石だ。でも今時、石なんかもらって喜ぶ人は女子に限らず居ないと思うが……

って、そんなことじゃなくって。
そういえばこの石、なんなんだろう。あの日はあんまりにも一度にいろいろなことがありすぎて、この石のことなんか気にも留めなかったけれど、本当は気にするべきだったのではないのか。だって、土我さんに、あれ以来会っていない。今のところ携帯も通じない状況だ。







                              ◇




「遊黒、」

「はい、なんでしょう。」

ふっと、漆黒の尼服が視界に霞んだ。
気が付けば、目の前には紺の着物と、その上から黒の尼服を着た少女がにっこりと微笑んで立っていた。
尼服よりもさらに黒檀の、美しい黒髪に、藍色の目。白い肌。その白い額を、蝶のように美しい眉が形取り、その中央には朱色の入れ墨が入れてある。

人ならぬ美しさと、妖しさを持った少女は、黒蝶の妖だった。
藍色の鱗粉の美しい、黑い蝶。


「あのね、もうすぐ僕と瓜二つの灰色の鬼がやって来るんだ。それで、」
「わかりました。わたくしはその悪鬼の式を退治すればよろしいのでしょう?」にっこりと、不敵に微笑む。
「そう、理解が早いね。さっすが。でもね、その式、君の妹みたいなんだ。」

「妹、ですか。」遊黒の長いまつげが、数回またたいた。「蛇姫のことでしょうか。」
「ごめん名前までは知らないんだけどさ、たぶんその人。……嫌じゃない?妹なんだろ、もし嫌だったら別にいいんだけど。僕が殺したいのは鬼の方だから。」

遊黒はゆっくりと首を振った。「いいえ、式も退治しておきましょう。その方が後々面倒ではないですからね。第一、」


「姉妹の関係など、わたくしたちにとっては塵灰にも値しませんから。」





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さて、やっと物語が本筋に入ろうとしています(´・ω・`)
謎の石については、 >>228 を参照ください。
あと遊黒は、先日イラストをうpした(>>286)あの子です。
あぁ……絵がうまくなりたい……
そろそろリク板のイラスト屋さんに助けを求めに行くか……。