小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第四話 昨日の消しゴム編◇-3


                 ◇

冬の足音が着実に近づきつつある十一月半ば。今日はみんなお疲れモードの金曜日。
夏から急に秋をすっ飛ばしたように気温は下がり、朝なんかは息が白くなったりしていた。少し前までは教室中ワイシャツの白色しかなかったのに、今はもう学ランとブレザーの黒色で埋まっている。

こんにちは、どうも高橋です。
ついに冬がやって来たのだ。しかも運の悪いことに、この前の席替えで俺は窓側の一番前の席に当たってしまった。立てつけの悪い窓からは冷気がヒューヒューと遠慮なく入って来て、クソ寒い。さらに一番前の席なので授業中よく先生に指される。安心して授業が受けられない。
それだけではない。どうやら三月の大地震のおかげで校舎が歪んでしまったらしく、教室の引き戸がきちんと最後まで閉まらないのだ。よって、窓から忍び込んだ冷気は俺の首筋をひやりと舐めた後、そのまま流れるように廊下へと抜けていく。……まったく伝統校とは名ばかりで、ただの金の無いボロ公立だ。


「おい、高橋聞いてんのか。」
そんな具合で心の中で文句をぷつぷつと念じていたら、いつの間にか目の前に先生がプリントの大束をいくつも持ってドーンと立っていた。この人は数学の先生で、数村先生という。名字がカズムラで、数学の先生ときたもんだからよく生徒の間ではネタにされている。ちなみに 数っち とかいうふざけたあだ名も付いているほどだ。
そしてその大束の中から、何束か器用に取り出すと、俺にずいっと押し付けてきた。どうやら後ろの席にも回せ、ということらしい。

「え、あ、すいません。これ宿題ですか。」
「そうだ、期限は土日挟んで月曜日。みんな聞いてたな?」今度は教室中に向かってそう言った。
「え、この量を?二日で?」手に持った紙束は、けっこうな重量がある。
「なんだ、文句あんのか。」数村が脅すように言った。「言っとくが去年もその去年もそのまた去年も、ずっと俺はこの宿題は出してきた。ちなみにな、現役で東大受かった先輩はみんなこれちゃんと提出した奴ばっかだぞ。」

そう数村は偉そうに言い放つと、得意げに鼻を鳴らした。
クラス中から「えー」とか「うー」とか非難の声が上がったが、ちょうどよく授業終了のチャイムが鳴ったので数村はそのままドカドカと教室から出て行ってしまった。








そのままションボリと一日は終わり、荷物をエナメルに詰め込んで部室へと向かった。教室を出るとき、今井と荒木が「数っち暗殺計画!今こそ絶対王政を倒す時機だ!」とかふざけて騒いでいるのが聞こえた。できれば本当にそうして頂きたいところである。廊下を出ると、ロッカーの前で杏ちゃんと川口さんが教室の窓越しに今井たちを楽しそうに見物していた。杏ちゃんが俺に気付くと、「高橋君バイバイ」と手を振ってくれた。赤面。

部室のドアをノックすると、中からはーい、と落ち込んだ声が聞こえた。中に入ると、ほっしー以外の一年全員と、佐藤先輩と張先輩も揃っていた。もう四時半だし薄暗いのに、なぜか部屋の電気は付いていなかった。

「どうしたの、電気も付けないで。」パチッ、と電気のスイッチに手を伸ばすと、落ち込んだみんなの顔が見えた。「うっわ、ひどい顔。ガチでどうしたんだよ。」
「どうしたも何もー、数っちだよー。」小久保がはぁ、とため息を付きながら言った。「俺ら明日駅伝なのに……ひどすぎる……。」
「ああ、そっか。そういえば明日駅伝だったね。頑張って。」
「うっわ、高橋って案外薄情な奴!」飯塚が不満げに言った。「まぁいいさ、高橋も明日一日潰れるわけだし。そういえば、先輩たちも去年この時期に数っちから宿題出たんですか?」

「うん、そうだったね。」佐藤先輩が頷いた。「あれだよ、数っちは昔から第二金曜日に宿題出すし、駅伝も昔から第二土曜日に開催されてるしで長距離と中距離は毎年苦しむ伝統らしいから(笑)」
「懐かしいな、金子ん家で勉強合宿やったよな。」張先輩が大きく伸びをしながら言った。「お前らもやったら?駅伝終わってすぐやり始めないと冗談抜きで終わんないぜ。」
「あー、そういえばテニス部は男女合同で合宿やるって言ってました。」鈴木が携帯をつつきながら呟いた。
「ナニ!?男女合同だと!どこでだ!」
「落ちつけよ飯塚、確か荒木の家だったけね。アイツ確か高橋と同じクラスだよな、邸宅らしいぞ。」
飯塚が頭を抱えた。「あぁ……、じゃあ俺の麗しの川口さんもその荒木とやらの家で……。」
すると佐藤先輩が大笑いし出した。「大丈夫だって、数っちの鬼畜問題のおかげでそんな色っぽいことになる余裕無いから。それに、男女合同だったら俺らも去年やったし。さっき立人が言ってたでしょ、みんなで涼佳の家に泊まったって。」
「まぁ、佐藤と金子がイチャイチャとリア充すぎて俺は途中から爆発すればいいのにと思ってたけどな。」張先輩が皮肉っぽく付け加えた。
「えぇぇ!立人ったらそんな事思ってたの!?」
「俺だけじゃない、あそこに居た全員そう思ってた。」
「えぇぇーー!!」



そんな先輩たちの会話に紛れて、小久保が小さな声で「リア充死ねばいいのにー。」と制汗剤を首元に付けながら呟いていたのが聞こえた。