小説カイコ
作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第四話 昨日の消しゴム編◇-9
◇
午後四時。冬の一日は短い。陽は、今にも沈もうといている。
駅伝は無事に終わり、今はみんなでほっしーの家を目指してバスに揺られていた。なんとなく、やつれた雰囲気が誰一人例外なく漂っている。
駅伝の方はベストタイムが出たらしいのだが、それでもやっぱり上の大会に進めないことは悔しかった。長距離の先輩なんかはめちゃめちゃ悔しがっていた。
パンポーン、とバスの案内表示が調子のいい音を立てて替わった。あ、三十円高くなった……
「みんなここで降りるよ。」ほっしーが努めて明るい声を出して言った。
それからドヤドヤとバスの外に降りた。俺は最後に降りたが、ほかの乗客の顔を見ると、大きなエナメルバッグを背負った汗臭い高校生集団が去ったからか幾分かほっとした表情になっていた。なんだか申し訳ない限りである。
「ほっしー、田中ほっしー家までこっからどんぐらい歩く?俺もう体力の限界(笑)」小久保がヘヘヘ、と力なく笑った。
「すぐ着くよ。二分くらい。」
二分、その数字に驚いた。「すごいね、歩いて二分の距離にバス止まるんだ!」
「え、普通じゃない?」
「ははは、普通でもないよ。」鈴木がジジジ……、と白いウィンドブレーカーのファスナーを首元まで上げながら言った。「俺、実家は水戸市の端っこなんだけどさ、バス停までけっこう歩いたもん。バス来るのも一時間に一回とかだったし。」
「俺んとこなんかバス通ってないよ(笑) 一番近い公共機関が家からチャリで三十分だし。」しかも快速が止まらない駅である。
「えええぇー! それ大変じゃない?雨の日とかどうしてんの。」
「カッパ着てチャリ。けっこう気持ちいいよ。」ふと、時木と出会った雨の季節が脳裏に霞んだ。
すっかり暗くなってきた空を見上げると、町のあちこちのスピーカーから四時半を知らせるメロディーが流れた。遠き山に日は落ちて、たしかそんな曲名だった気がする。
「着いたよ、ここー。」電柱に止まったスズメを見ていたら、ほっしーが脇腹をちょんちょんと突いてきた。
「おお、着いた。って、ええっ……!?」
思わずびっくりした。俺の目の前に立っていたのは、家、というよりかは豪邸、という単語が似合いそうなくらい豪勢なものだった。
ちなみに古風な日本家屋である。威圧感満載の石の門柱には、黒い何かの大理石であろう表札ががっしりと据え付けられていて、白い文字で大きく 田中 と書かれていた。いかにもヤクザドラマなんかに出てきそうな大邸宅である。
「すっげー。」後ろで乙海が間の抜けた声を出している。後ろを振り返ると、乙海の隣に立っている中距離女子の宮本も おぉ、と驚いていた。
ほっしーがそんなみんなの様子を見て可笑しそうに笑った。
「ちょ、みんな何固まってるんだよ!早く中入ろうよ。寒いんだから。」
「お、おう。」飯塚と小久保が相変わらず顔面硬直のままほっしーに続いて門柱をくぐった。確かにこれはなんだか緊張する。
そのまま正面の屋敷の中に入るのかと思ったら、ほっしーは玄関の前を右に通り抜けて、そのまま庭のある方向に歩いていった。地面に置かれた丸い飛び石の上をみんなでぞろぞろと歩いていく。そこから見える庭もやっぱり途方も無いくらい広くて、なんと池まであって、大きな赤と白のコイが何匹もゆったりと泳いでいた。池からは小さな川も流れていて、庭を大回りに一周する形で水が透明な音を出して回っていた。……予想以上ガイすぎる。
「ほっしー、ところでどこ行くの?」飛び石の上を注意深く歩きながら長距離の山本が聞いた。「でもすごいな、家ん中で川が流れてるなんて……」
先頭を歩いていたほっしーが振り返った。「あはは、川なんか夏に蚊が沸くだけでいいこと無いよ。うんと、離れ に向かってる。ここからじゃ松が邪魔でよく見えないけど。一応みんなの分の布団用意してもらったし、あそこなら騒いでも怒られないからね(笑)」
なるほど 飛び石を踏み越え踏み越え、門柱から数十メートル程歩いたところに小さな家があった。小さな家、と言っても比較対象が豪邸なので小さく見えるだけで、普通に俺の家くらいの大きさだ。
ガチャ、と玄関から女の人が出てきた。たぶんほっしーのお母さんだろう。しかし驚きかな、着物を着ていた。
「あ、お母さん。ただいまです。」ほっしーがその人に向かっていった。
「お帰りなさい。ちょっとしばらく使ってなかったからヒーターつくか心配だったんだけど、今やったらちゃんとつきましたよ、安心したわ。」すると俺らのほうに振り返って、にっこりと笑った。「はじめまして、いつも誉志夫がお世話になってます。今日は駅伝お疲れ様でしたね。宿題もあってほんとご苦労様。」
みんなポカーンとしてしまった。その中でもいち早く平静を取り戻した鈴木がシャキシャキと挨拶をする。
「あ、いえいえ!こちらこそいっつもほっしーにはすごくお世話になってて……。それに今日は準備までしていただいて本当にありがとうございます!」
ペコリとお辞儀をした鈴木に続いて、俺も他のみんなも反射的にお辞儀をした。
いいのよ、そんなそんな。 とほっしーのお母さんは両手を胸の前で振りながら愛想よく笑った。余計に恐縮してしまうのは俺の性だろうか。
そしてほっしーのお母さんが居なくなると、みんなでドヤドヤと家の中に入った。玄関からすぐの居間には大きな机と、椅子が何脚かあるだけで、あとは何も無かった。あんまり使わないからすごく殺風景なんだよね、とほっしーが呟いた。
「ふぅ。」
とりあえずエナメルから にっくき数学の大束と筆記用具、裏紙、水筒と昼に食べるはずだった弁当を取り出して、あとの荷物は部屋の隅っこに寄せた。
それからとりあえず腹が減ったということで、スーパー飯タイムということになった。飯、といっても昼に忙しすぎて食べれなかった弁当である。ひんやりと冷えていて、ゴマのかかったご飯は軽く凍っていた。もうそんな季節なのか。
ひととおりみんな食べ終わったのだが、どうしたわけか恐ろしいほどに数学へのやる気が出ない。今日走ってない俺がこんな感じなのだから、今日駅伝に出た中長距離はさらにやる気が出ない。よってしばらくみんなグダグダと駄弁っていた。
「あー、眠い。眠すぐる。」小久保が大きなあくびをしながら言った。「俺ちょっと眠っていい?さすがに疲れた。」
「じゃあ俺もっ!小久保の隣で寝ちゃおうかなぁ~。」
長距離の岡谷がスリスリと小久保の肩に寄りかかったが、小久保の キモイ、の一言で振り払われてしまった。なぜかそれを見た乙海と宮本がキャーキャーと喜んでいる。その横で、投擲種目の新条さんが半笑いで写メっていた。「あはは、ナイスツーショットだわ。アルバムに上げとくね。」
「ちょ、やめろよ。岡谷ととか死んでもヤダ。」小久保が抗議の声をあげたが、たぶんもう遅い。陸上部のホームページに今頃晒されているところだろう。
なんだか見ていて楽しかった。いつもあまり喋る機会の少ないメンバーでワイワイ集まるのもけっこういいな、と思った。(本来勉強するために集まったのだが 笑。)
同じ陸上部と言っても、種目ごとの隔たりはけっこう大きい。例えば俺や鈴木は短距離で、岡谷や山本は長距離なので顧問の先生も違うし部室も違うしで、めったに話さないどころかめったに顔も合わせない。乙海や宮本、新条の女子軍団とはやはりこれといった関わりが無いのであまり話したことが無い。
たまにはこうやって、楽しくふざけ合うのも青春なのだろうか。
それから、なんやかんだギャーギャー面白おかしく騒いだ後に、やはりみんな睡魔に襲われて仲良く熟睡してしまった。勉強なんて知るか。

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