小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第四話 昨日の消しゴム編◇-13


                      ◇


「高橋……俺もう限界ぽ……。」
鈴木の弱弱しい声が朝日に溶けていった。小鳥のさえずりが、小窓から差し込む眩しい光と一緒に流れ込んでくる。

翌朝。つまり今日は駅伝の次の日の朝、日曜日である。サンデーだ。すなわち数っちの宿題の期限まであと一日。

昨日、駅伝が終わった後にみんなでほっしーの家に行って勉強合宿となったのだが……駅伝を走った中長距離メンバーは疲労のため勉強なんかしてる余裕はなく、結局みんな生き返らなかった。泥のように寝てしまったままだった。それで昨日の内に生き返ったのは俺、鈴木、ほっしー、乙海の四名だけであった。まぁ、当たり前っちゃ当たり前である。
そして奇跡でも起こらない限り、運動バカばっかりの陸上部四人という少人数部隊で数っちの数学が倒せる訳もなく、六十枚あるプリントの、たった二十枚しか終わっていない状態だ。いや、二十枚でも十分に頑張ったし誰かに褒めてもらいたいぐらいだ。

せめて数学で飯十杯いけるとウワサの山本が起きてくれれば倍の枚数は進んだのだろうが……昨日駅伝で5㎞を本気で走った人にはちょっと酷すぎるお願いである。

「おなか減ったなぁ。」ほっしーがぽつりと呟いた。
「なんだよー、ガマンしないでお菓子食べればいいじゃん。せっかくほっしーのお母さんがくれたのにさぁ。」乙海が目の前のポッキーをボリボリかじりながら言った。昨日の晩、ほっしーのお母さんがお菓子の山をくれたのだ。その横では鈴木が板チョコを何枚も丸食いしながら目玉をMAXにかっぴらいてパラメータと闘っている。つくづく鈴木の集中力を見習いたい。

「ダイエットしてるんだよ、ダイエット。」ほっしーがしょぼくれて言った。「みんなは運動してるからいいけどさー、俺は食った分だけ肉になっちゃうから。」
「別にほっしー太って無くね?むしろ痩せてんじゃんよ。」今度はカントリーマームに手を伸ばしながら乙海がモゾモゾと言った。
「いいの!今食べた分が中年になってから反映されちゃうらしいから!第一、乙海だってそんなに食べてたらオバチャンになったあと絶対ヤバイんだからね!」
「オ、オバ……」

そんな二人のどうでもいい会話を小耳にはさみながら、俺はと言うと多面体の問題を眺めていた。解いていた、ではない。あくまで眺めていた。ここ重要。
もう多面体が何か可愛いウイルスかなんかにしか見えない。ちょっと角度を変えると某ポケットモンスターに見えてきた。あ、これ結構かわいいかも……もう俺駄目だ……


「……ん。」

その時、モソリと床で何かが動いた。ふと目を落とすと、床に敷いた布団から、小久保が眠そうに眼をこすりながら上半身を起こしていた。しばらくぼーっと焦点の合わない目付きで俺を見上げるように眺めると、急に何かを思い出したように口を開いた。

「くさい。」

「え?」なんか今、猛烈にショッキングな言葉を聞いたような。「臭いって言った?ま、まさかね……。」

はっ、と小久保の表情が眠たそうなものから完全に目覚めた表情になった。
「風呂。……!そうだ、風呂!風呂入ってないじゃん俺たち!!」小久保が急に覚醒し出した。「だからこの部屋汗臭えんだよ!風呂入るべ、風呂!オラオラてめぇら起きろごら!」

そう言いながら小久保は勢いよく立ち上がると、周りの飯塚や、岡谷、山本の布団を剥がし出した。新条さんと宮本の布団も二人とも女子なのに遠慮なく剥がしていた。あわわ……訴えられるぞ……。

「将輝ちゃん……いくらドSでもこれはヒドイよぅ。」岡谷が小久保の足首にすがりながら言ったが、無慈悲にも小久保は岡谷の手を素早く振り払った。
「ちょ、なんだよォーまだねみぃよ小久保ォー。寝かせろォー。」飯塚も酔ったように非難した。が、完全に寝起きモードである。
「眠いも何も!」小久保が自分のカバンから着替えやらタオルやら財布やらを乱暴に取り出しながらヒステリックに叫んだ。「みんな気持ち悪くないの!? 俺、耐えられないんだけど!今からみんなで銭湯行こうよ!もぉこの部屋汗臭くてヤダ!こんなんだから陸上部モテねーんだよこの野郎!!誰一人としてリア充いない部活ここだけだぞ!」
「銭湯なら昨日、駅伝終わった後にすぐ行っただろ。それにリア充以上の存在なら居るぞ、鈴木とか。」山本が不満げに言った。今度はママって言わなかったんだね。

小久保が我慢ならない、と言ったように目をギュッとつぶって首をブンブンと横に振った。
「ダメ!ダメ絶対!俺が許さんこんな汗臭いの!とっとと準備しろあと一分待ってやるそれまでに全員着替えとか出かける準備すること!銭湯代は俺が一括で払ってやるから!早くしてよお願いだから頼むから!オラオラァ!」

「お、これが潔癖症の本気か……。」鈴木が問題用紙からびっくりしたように顔を上げて、ぼそりと俺に話しかけてきた。「しかしリア充以上の存在ってなんだ。俺ってそんなヤベェの?」
「さぁ……なんか山本の反感買うようなことでもしたの。好きな子取ったとか。それとも告白されちゃったとか。」
「? 取るようなことはしてないけど……あ、もしかして如古さんかな。それとも大河内さんかな。あー分かった!たぶん松岡さんだわ。確か山本あの人のこと好きだとか言ってたもん。この前いきなり告白されたんだよ。どうにか断ったけどさ。」
さらりと、さも当たり前のことのように鈴木は言う。一体こいつはどんだけモテるんだ。
「はぁ。イケメンも大変だね。」
「うん、大変でやんなっちゃうわー。アハハ。」

するといつの間にか山本が俺らの目の前に笑顔で立っていた。
「おう、イケメンも大変そうだな、鈴木。覚えとけよー、アハハハハ。」