小説カイコ

作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2

◇第三話 ふりだし編◇-30


               ◇




「……?」

土我さんの去った神社の本殿で、一人取り残された俺。とりあえず衣田家へと帰ろうかと腰を上げたところ、ふと背後に視線を感じた。けれど、振り向いても誰も居ない。代わりに、少し湿っぽい、優しい夜風がそっと吹いているだけだった。

そのまま家に到着すると、そこには裏戸にもたれ掛るようにして柚木さんが、背中を預けた格好で携帯をいじっていた。暗闇の中で、携帯電話の画面が遠くからでもよく分かるくらいに光っていた。
俺の足音に気が付くと、柚木さんはさも当たり前、といった風にこちらに見向きもせずに、携帯電話をズボンのポケットにしまい、裏戸に手を掛けた。

「柚木さん、よかった、ここに居たんですね。」ホッとして声を掛けると、柚木さんは微かに笑った。
「ああ、高橋君こそ無事で良かったね。」その時、どうでもいい、という感じで振り向いた柚木さんの顔に急に疑問の表情が浮かんだ。「あれ……?君のカイコは?」

「えっ、ここに居ないんですか?」
「居ないよ。俺てっきり高橋君と一緒にどっか吹っ飛んでったのかと思ってた。」顎に手を当てた。「はて、どこへ行ったんだか。土我からは何も聞いてないの?」
「いえ、カイコのことは何も。それに土我さん忙しい、とか言ってどっか行っちゃいましたし……」
「ふーん。“忙しい”ね。あの超絶暇人の土我が?」柚木さんは眉根を寄せた。「変だな、まぁいっか。カイコも土我ももともと変な奴らなんだ。放っとけばどうにかなるっしょ。」

柚木さんはそう軽くあしらうと、飯だメシー、とか言いながらさっさと裏戸から部屋の中へと上がってしまった。俺もそれに続いて部屋へと上がる。

「ん?」
家の中に一歩足を入れた瞬間、全身に違和感を感じた。何と言ったらよいのか、小さな静電気が身体の中でいくつも走ったような。

「ああ、結界だよ。」柚木さんがそんな俺の様子を見てさらりと言った。「たぶん土我が親切でやってくれたんだな。あの変な青服のおっさん居たでしょ?アイツ自身は小さい羽虫の妖怪の集合体みたいな奴らしくてさ、あの羽虫一匹一匹が人の心に憑りつく邪鬼なんだって。……今、体ん中でさ、パチパチ、って何か弾ける感じがしなかった?それ多分俺らん中に入った羽虫が死んだ音ね。うわー気持ち悪っ!」
「は、羽虫ですか……。」とりあえず土我さんに心の中で感謝する。

「ああ、そうだ。由紀子たちの前ではそんな疲れた顔すんなよ。由紀子たちにとっては俺らが裏戸に出てから二分も経ってないことになってるらしいから。あーあ、寿命の無駄遣いだ全く。」言葉とは裏腹に、柚木さんはけっこう愉快そうな声音で喋っている。「まぁとりあ、飯だ。あ、出前で寿司取ったんだっけ。アナゴは俺のもんだからな、食ったら許さんぞ。」そう、柚木さんは笑いながら付け足した。



食卓に着くと、まだ寿司は来ていなかったが、みんなでぼーっとテレビを見て、しばらくするとピンポーン、と玄関のチャイムの鳴る音がした。それから四人でテーブルを囲んで、由紀子さんの作ってくれた味噌汁を啜りながら寿司パーティー(?)をした。

「明日、任史はイキナリ出番だかんな、」衣田さんが黄色いタマゴをほおばりながら言った。「申し訳ねっけどよ、朝六時から昼の三時まで特訓なー。 袴も合わせなきゃだし……お祭りは夕方四時から。で、任史の出番は七時に一回だけだから、特訓が終わった後は六時半くらいまでなら一緒に来たお友達と遊んでていいぞ。」衣田さんはそこまで一気に喋ると、タマゴを摘まんでいた箸を置いて、俺をニヤリと見上げた。「もちろん祭りの後の夜は気が済むまで遊んでていいぞ。なんだっけがな、あの達矢の弟の隣に居ためんこい女の子とかよ?誘ったれはー」

「……へ?」若干、頬が赤くなるのを感じた。俺の身体はよほど馬鹿に出来ているようだ。そんな自分が恥ずかしい。「いや、べ、別にそんなんじゃ。俺、ろくに話も続けらんないし第一そんなの柏木に申し訳ないし。きっとあの人寝るの九時とかそういう風な感じだろうし。えっとその、無理ですよそんなん。」

俺が喋り終わると、由紀子さんがケラケラと笑った。「なんだーそこまで考えてるとか、任史君よっぽど変態じゃないのよ~。私は任史君みたいな男の子に一緒に遊ぼう?って誘われたら嬉しいけどなぁ。お祭りの屋台を一緒に回るくらいいいんじゃないの?せっかく一緒に来たんだしさぁ!」

「そんなんムリですよ絶対!」
この衣田親子はきっと俺のことを小学生くらいにしか思ってないのであろう。俺は鈴木のようなチャラ男でもあるまいし、そんな軽いノリで女子と接することなんて天と地がひっくり返るのと同じくらい不可能だ。

その時、柚木さんがトドメを差すようなことを言った。
「あー、さっき、弟にメール送ったんだけど……。」柚木さんが手に持った携帯電話をヒラヒラと揺らした。「今返信が来てさ、明日高橋氏が柏木さんと一緒に居れるようにちゃんと席を外しとくってさ。あはは、よかったねぇー高橋君?」

「ちょ、ちょ!? それ柚木君になんてメール送ったんですか。」どうやら今、俺の身の周りで最高に怖いことが起こっているらしい。
「ん?“高橋君が柏木さんとやらと一緒に遊びたいらしいからお前明日違う友達と一緒に居ろよ”って送ったけど?なんか問題あった?」




……もうやだ。
どうして俺はこんな目に遭わなきゃいけないんだ(泣)
恥ずかしすぎて、まさに顔から火が出てしまいそうだった。