複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

黒の魔法使い*108話更新
日時: 2013/03/10 19:52
名前: 七星 (ID: oaGCnp6S)

こんにちはっ!七星といいます。
高校生がバトってるのがどうも好きなので、魔法使いになって戦いに巻き込まれてく高校生のお話です。

[世界観]
遠い昔、魔者というものがいる世界と、サミスタリアという国とずれた世界を繋ぐ穴を作ってしまった魔法使いがいた。
その魔法使いを自らの命を持って封印した伝説の英雄。それが、黒の魔法使い。
だが、穴は小さく出来たが塞ぎきれず、姿を消し、いまだ存在して、魔者が流れ込んできている。そしてそれは、この世界にサミスタリアから魔者が紛れ込む。
そして真路玖市真路玖高校二年生の黒葉シキトは、その戦いに、巻き込まれていく——。

登場人物

黒葉シキト(識徒)
主人公。高校二年生。
人が良い。お人良し。
頭がそれほど良いという訳ではないが、切羽詰ったときなどに冷静に分析でき、機転もきく。
切ない(緋月談)くらいに鈍感。
黒の魔法使い。

ビリカ(コヴィリカ・クレリア・アルスタヴァンズ)
ドジっ娘。シキト曰く『ダメな美少女』
回復・補助魔法が得意。
朱華(はねず)の魔法使い。

御門悠(ミカドハルカ) 
生徒会所属。金髪蒼眼ハーフ美少年。女顔だと揶揄されることも。
シキト達以外のところでは猫かぶり。
シキトいわくツンデレ。
炎系統魔法が得意。
紅(くれない)の魔法使い。

天坂緋月(アマサカヒヅキ)
シキトの親友。少し不運。かなり不運。やっぱり不運。
魔力抗体ができていてたまに巻き込まれる。
頭が異常に良い。

矢畑政十郎
魔法補助協会第一連合管理庁幹部、真路玖市範囲およびその周辺の管理を勤めているナイスミドル。
怒ると怖い。

架波藤雅(カナミトウガ)
高校三年生。
関西弁で喋る男。
山吹(やまぶき)の魔法使い。

イルルク・マーベン・アーモルド
喋り方が何かおかしい。
シキト曰く『ダメな人』
菫(すみれ)の魔法使い。

白詩夜真(ハクシヨマ)
白の魔法使いで、白の魔道士。
協会内の人間なのだが、協会の人間に冷たい。
いろいろ謎が多い美少年。

虚乃桐零(コノキリゼロ)
教団の幹部。赤い目をしている。
神を信仰している。
灰の魔法使い。

リュフィール・エルクディア・クルス
教団の幹部。金髪でオッドアイ。
宣教師のことをあまりよく思っていない。
錬金術が使える。
黄の魔法使い。

春環空乃(ハルワソラノ)
少し苦労性の少女。

神崎章戯(カンザキショウギ)
シキトのクラスメート。
嘘をつくのが上手い。
煉と仲がいい。

沫裏煉(マツリレン)
シキトのクラスメート。
上下ジャージで喋り方に特徴ある女の子。
章戯と仲がいい。

Re: 黒の魔法使い*82話更新  ( No.211 )
日時: 2012/01/02 14:24
名前: 七星 (ID: Yke88qhS)


ネズミ様

わー! すいませんすいません、予告もなしに大変お待たせしてすいません!

楽しみにしていてくださって本当にありがとうございます…、なんとかまた更新していきたいな…とか考えてるので、書くのが遅くなるかもしれませんが気を長くしてまっていただけると幸いです…。

Re: 黒の魔法使い*82話更新  ( No.212 )
日時: 2012/01/02 15:18
名前: 七星 (ID: Yke88qhS)



Episode83 [忠実なる僕よ]


息が荒くなる。体を動かすのも正直辛い。節々が痛いし、出来るならこのまま倒れてしまいたい、と思う。
けれど、けれどそれは絶対にダメだ。シキトは一瞬だけ強く目を瞑り、氷騎士の打ち出してくる斬撃を受け止めた。それは一撃がいちいち重く、勢いもあって、吹っ飛ばされそうになるのを堪える。

騎士ガウェイン。忠実なるアーサー王の僕。気高き英雄。

「…ならアーサー王はお前か? 零」
「は、なにを言っている? 意味がわからないんだけど」
「いや、お前は王様なんかに向いてないなって思ってさ」
「当たり前さ。僕は神に従うべき下僕。そんなものになるつもりは毛頭ない」
「…さいですか。そりゃあガウェインも可哀想だな」
ぺろり、とシキトは唇を舐める。
この感情亡き氷の騎士はいったい誰に従っているのだろうか。本来ならば、仕えるべきはあの偉大なる王様なはずなのに。

ただ、命令の為すままにシキトに攻撃を与え続ける氷騎士。
そう、氷でしかない。気高き円卓の騎士の心なんて、ないのだ。

従う、心。

妄信的なままに神に心酔する零。彼はなにを考えて、なにを望んで、そこまでするのだろうか。
シキトには訳がわからなかった。神様を信じていないわけじゃないのに、そこまでして、なにがしたいのだと。

「……っ」
思考が逸れた。氷騎士の刃が首元をかする。
どうにもこうにも、黒鎌でなんど斬りつけようとも氷は何度も修復される。意味がわからない。こいつをどうやって倒せって。

氷騎士が突き刺そうと氷の剣をシキトに向かって放つ。それをシキトはギリギリで避けた、が、そこを狙って氷騎士が踏み込んできた。
「……っ!」
避けるのに間に合わない。氷騎士の刃が、シキトにもろに浴びせられる。
「がぁっ!」
「シキトっ!!!」
肩から腹にかけてざっくり斬られた。なんとか体を後ろに反らせて、傷はそこまで深くはなかったが、それでも血はどくり、と溢れる。鮮血が地面に落ちた。
片膝をつく。

「やっぱり僕も…、」
「来るな!」
前に出てこようとした悠を止めた。悠は目を見開いてシキトを見る。
「…これは、俺の戦いだ」
低い声で、そう言った。悠は怒ったような、悲しいような、苦しげな顔をしてこちらを見る。ビリカにいたっては泣きそうだった。

「あ、ははは…僕の勝ち、かな?」
零の声にあわせるように、氷騎士が剣の切っ先をシキトに向けた。シキトはそれをじっと見すらえる。
「さぁ、許しを乞いなよ。跪き、這い蹲り、生きたいを願えよ」
「……」
「みっともない姿を見せて、僕に人間の汚さを教えてくれよ、黒葉シキト」
「…お前は、」
「早く、失望させてくれよ、早く僕に、君を殺させてくれ」

「…あいつ、なにを言ってるんだ…?」
ぼそり、と悠が呟く。零の言ってることは意味がわからなかった。
「わかんない、ですけど…、あの人、哀しそう、です」


「……零、俺は、お前を嫌いになれそうにないよ」
唐突に、シキトが言う。それに零は大きく目を見開いた。
「は、いきなりなにを…」
「人間は汚いかもしれないけどさ、でも、お前はそれでも…人間に対してなにかを期待してるように思えてならないんだ」
「……っ」
「俺はさ、人間をどうにも嫌いになれないよ。汚くても、罪深くても、俺は人を嫌いになれない。だって、俺だって、…お前だって、人間だ。穢れて、赦されるべきでない、人間だ」

「……うるさいっ!」
氷騎士が剣を振上げた。それでも、シキトは動じない。
視線は、真っ直ぐに零に向いていた。
「僕は嫌いだ! 人間は…人間は裏切るじゃないか! 僕を…僕を裏切ったじゃないか! それなのに、愛せというのか!」




見つけた。


   ———お前の傷。




「…俺は、」

剣は、受け止められた。
シキトの手によって。

ぱりん、と音を立てて剣が粉々に砕けていく。零は、それを呆然と見つめていた。

「俺は、人間を嫌うというのが、お前の心なら、強制は出来ないよ」
ゆっくりと、シキトが立ち上がった。瞳には、相変わらずの、真っ直ぐな瞳を滾らせて。
「だけど俺は、少しでもお前に人間に対して希望を持って欲しいんだ」

いつか見た、夢。
手を差し出す誰か。戸惑いながらその手を掴む、誰か。
嬉しかった、なのに、どうしようもない不安感もあった。
その手を離してはいけないと。離したら全て崩れると。
なら、ずっと掴んでいればいい。

「俺はお前に差し出すよ。この手を。お前が掴んでくれるまで、俺は諦めない。絶対に、なにがあろうと、諦めはしない」
「っく、ガウェイン!」
氷騎士の手に、新たに氷の剣が形成される。けれど、氷の騎士は、動かなかった。
「なにをしている!」
零が叫ぶ。けれど、騎士は動かない。

シキトが、静かに呟く。
「……お前の、仕えるべきは、誰だ?」
氷騎士が、跪き、剣を地面に突き立てた。
零は、それを呆然と見ている。
氷騎士の体がぴしぴし、と割れていく。背中からそれは砕けていき、氷は粉末のように細かく削れて行き、空気に溶けていく。
「なんで…、」
「零」
シキトが、零を見つめた。

「お前の願うものは、なんなんだ?」

それは静かに、礼拝堂に響いた。

Re: 黒の魔法使い*83話更新  ( No.213 )
日時: 2012/01/03 16:19
名前: 七星 (ID: Yke88qhS)



Episode84 [神の下僕に救いの手を]


「…なんで、なんでなんだ!? なんで、いきなり…」
「…零、お前は、」
「いったい、お前はなにをしたんだ!」
ひたすら憎悪をこめた目でシキトを睨みつける零。赤い目がぎらりと光る。
もう一度魔法を放とうとする零だったが、先ほどの氷騎士の魔法で魔力を大量消費したためか、魔力に揺らぎが見え、零の息も荒い。
それをシキトは真っ直ぐ見つめながら、一歩、歩み寄った。

「来…るなぁ!」
搾り出した魔力で氷を形成し、それをシキトに放つ。けれどシキトはそれを黒鎌でなんなく破壊した。零の氷の強度も弱くなっていた。

「来るな、来るな来るな来るな! そんな目で見ながら、僕の方に、来るな!」
「零、俺は、」
「お前の言葉なんて聞きたくない!」
いやいやとする子供のように、頭を振りながら零は一歩下がる。瞳には怯えの色が走っていた。それは負けることに対してではなく、シキトそのものに対して。
「君はおかしいんだ! 君の言葉であいつは…、リュフィールはいともたやすく教団を裏切った! 君の言葉は…なにかを裏切らせる!」
「違う、俺は…!」
「違わない! 君はなにをしたいんだ! そこまで僕らの望みを壊したいのか! 泣きたくなるほど渇望する、『楽園』をそこまで壊したいのか!」

シキトが黙る。構わず零は、泣き叫ぶ子供のように続けた。
「母さんも父さんも、僕を裏切った! 僕を売った! ただの自分の欲のために、いとも容易く! 僕を、捨てたんだ!」
悲痛な叫びが礼拝堂に響く。傷跡、傷口。神を妄信し、崇拝し、縋りつくわけ。『楽園』を望む理由。
零の、過去。
「愚かだろう!? 母も父も、勝手に借金を背負って、勝手に僕を金持ちに売ったんだ! いかに可哀想なのは自分達だと、悲劇ぶって! 僕のことなんか、なにも考えてなかった癖に!」

喉が千切れるほどの叫びだった。今にも泣きそうな感情がありありと伝わるのに、大きく見開かれた目からは雫一つ溢れない。
そうやって全て押し殺して生きてきたのか、と思う。
零に言葉は、届かないのか。

「笑えよ! 笑えばいいさ! 僕はその全てから逃げ出した、『楽園』を求めたんだ! 弱い人間だと、笑えよ!」


——寂しい。
——哀しい。
——苦しい。


「笑えよぉっ!」


「…笑うか! この馬鹿!」

シキトは悲痛な叫びを上げ続ける零を思いっきり頭を抱えるように抱きしめた。後ろで悠とビリカの驚くような声が聞こえた。
零は一瞬シキトの腕の中で固まったが、すぐに抵抗をする、けれどそれでもシキトは離さず、零を灰色のローブごと強く抱きしめた。
零は思ったより小さく、酷く細かった。ロザリオが体に当たる感触がする。
あんなに恐ろしく見えた存在が。恐怖さえ覚えたあの零が、今、シキトの胸の中にいる。

「俺はお前を笑わない。精一杯生きようとしたお前を笑わない。そんな辛いことがあっても強く生きようとしたお前を笑わない。神に救いを求めたお前を笑わない」
零の抵抗が、弱々しくなってくる。力が抜けたようにがくり、と膝を突いた。
「誰一人、お前のことを笑わせるもんか。そんな奴らがいたら俺がぶっ飛ばしてやる。零、お前はすごい奴だ。楽園じゃなくても生きていける、強い奴のはずなんだ」

二人のすぐ前には十字架が立っていた。その左右には、ステンドグラスの聖母マリアのような女性。
零は動かない。シキトも動かなかった。




「——…? どうしたの、あれ」

ドアが開く音と共に現れたのは、緋月だった。その後ろから現れたのは藤雅。遅れてきた二人を悠が呆れたように見た。
「随分と遅い到着だな」
「まぁ、いろいろあって…、ねぇ、あれ…」
「勝ったようだ、零に」
「……そうか、また救ったんだ、シキトは」
少し間が空いて緋月が答える。この状況で大体は理解したんだろう。悠は特に返事もせず、シキトと零を見た。

「でも、まったく見苦しい。男二人で抱き合って…」
「…? あれ、悠、気付かなかったの?」
「はぁ? なんの話だ?」
緋月は困ったように笑った。
藤雅もビリカも緋月を見ている。




「いや、零は…、————女の子だよ?」




Re: 黒の魔法使い*84話更新  ( No.214 )
日時: 2012/01/04 21:02
名前: 七星 (ID: Yke88qhS)



Episode85 [ゼロの記憶]


父親は裕福な資産家だった。母親は浪費癖があったけれど、父親に見合った人物であったと、封じ込めた記憶の中で思い出す。
あまり、自分のことに対して無関心のようにも感じたけれど、それでも愛されていると信じていた。

父方の祖父が死んで、それを父親が継いでから、変わったのだと思う。

父親は無能だった。彼が行っていた仕事や成果は他の人のものだと、誰かが憎々しげに僕に対して放った言葉だった。
僕はもちろんそんな言葉なんて信じなかったし、ただの僻みや嫉妬のものだとそう思っていた。
けれど、間違っていたのは僕だった。

急速的に不安定になっていく会社の財政。どうやら父親が会社の金を随分と自分のものにし、自分の欲のために使っているようだった。
腕も無いくせに媚びへつらう他の会社からの賄賂を受け取りそこを重点的に取引し、けれどどちらも実力がないので、結局の被害は父親の会社に来た。

祖父を慕ってこの会社にいた有能な人物達は、そんな父親に見切りをつけてやめたり、他の会社にスカウトされたりしていた。

どんどん、父親の周りが壊れていく。欲深い人間が、もともと裕福な暮らしを当たり前としていた人間が落ちぶれるのは、こうも容易いものなのか。
それでも、父親は何一つ変わらなかった。母親も母親だ。一度手に入れた裕福な暮らしが忘れられないのか、浪費癖が激しくなっていった。それなのに家事はだんだんとしなくなってきて、父親も母親も外で食べてくることが多くなった。
僕はまだまだ子供だったから、家に一人でいるしかなくて、空腹に耐え切れず、腐ったものまで食べて何度も吐いた。

ネグレクト。育児放棄。

壊れていく。ガラガラと僕の周りの全てが崩壊していくようだった。なにもかもがおかしくなっていった。会社の経営も傾き、借金を作り始め、家の中に帰ってきた父親が、酒に酔いながら絶望の叫び声を上げ、母親も泣き叫んでいた。

なんだよ、この地獄は。僕は耳を塞いで布団を被った。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。絶対これは悪い夢だ。違う。こんなの違う。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 間違ってるんだ!
早くこんな悪夢から覚めて欲しかった。何度も何度もそう願った。


それでも、思っていた。まだ、未来に希望を託していた。
父親と母親と僕で、笑い会える未来を、僕は確かに期待していた。




そう、思っていたんだ。







なにを言ってるのか、わからなかった。
なにを僕に言ってるのか、わかりたく、なかった。
酷いノイズが耳元で鳴り響き、僕の思考を遮断する。

聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。

耳を塞いでしゃがみこんだ僕の腕を無理矢理掴んで立ち上がらせる。聞きたくない、と首を振っても無理矢理向かされた。
じっとこっちを見つめる父親の目は曇り、歪みきっていて、そこで、僕は理解した。

もう、なにもかも終わったんだと。
もう、なにもかも砕け散ったのだと。


なんてことはない。
ただの借金の肩代わりに売られるだけ。


父親と母親の顔には、なんの悲しみも無かった。そこで、ようやく気付いた。
僕は愛されてなどいなかった。
こうやって、捨てられるくらいには。

裏切られた、とそういう感情がひたすら僕の中に生まれた。それがどんどん頭の中に増幅していく。積もり積もって、何も考えられなくなる。

僕の口から乾いた笑い声が漏れた。それがだんだんと大きく広がっていく。
動揺の色を見せる両親。
もういい。
もういい。
もうどうだっていい。
もう、どうなったって、構わない。
人間は汚い。こうも穢れている。

神様。神様神様神様! どうして僕は人間に生まれてきてしまったんですか!
なぜ、あなたは、人間という、欲深きものを生み出してしまったのですか!

僕の名前は零。この名前の通り、僕はゼロだ。なにも、なかった。最初から、なにもなかったのだ。

頭の中が暗い闇に支配されていく。
暗く、深く、淀んだ闇。
僕の中で何かの力が爆発していく。冷たく、凍えるほどの何か。

怒り、絶望、憎悪、悲しみ。ぐるぐると頭の中を回って、それは口元から力をもった言葉として溢れてくる。
ぱさり、と肩に何かが形成されるのを感じた。これはなんだろう、と考える余裕もなかった。









気がついたとき、見たのは足を鋭い氷で貫かれている両親だった。
なんだろうこれ、と驚きが湧く。少しも心配する心なんてのは出てこなかった。

ぱちぱちぱち、とどこかから拍手の音が聞こえた。
振り返れば壁に寄りかかり、面白そうに僕を眺めている金色の髪の青年がいた。


「私が少し手をかけただけでこうも簡単に覚醒するとはね。恐れ入ったよ。『灰の魔法使い』」


覚醒? 魔法使い? なんの話だろう。
疑問の視線を投げかけるが、青年は笑みを深くするだけだった。

「さぁ、君は神を信じてみるつもりはないかい? 人間というものに絶望し、全てを失った君も、私達が望む『楽園』でなら、幸せになれるはずだ」
「らく…えん?」
「そうさ…——おや、君の瞳が赤くなってしまっているね。これは研磨無しに覚醒した副作用だろうか。…まぁいい。血の色だ。不吉だね、零」
「目の色なんて、どうだっていい…」
「そうかい、なら、僕たちのところへ来るかい? 神を、望むかい?」
「それで、…幸せに、なれるなら」


甘い睦言のような囁きに、迷わず青年の手をとった。後ろで呻く、両親のことなんて気にも留めなかった。

そうして、教団の幹部、灰の魔法使い、虚乃桐零は、こうして誕生した。




Re: 黒の魔法使い*85話更新  ( No.215 )
日時: 2012/01/05 15:34
名前: 七星 (ID: Yke88qhS)


Episode86 [来たる足音は]


零の記憶が伝わってくる。ぶれた魔力と共に、シキトの中に雪崩れ込んでくる。
果てしなく続く感情の激流。その最後に残ったのは、どうしようもない人間への絶望と、嫌悪感だった。

なんで自分にこの零の記憶が流れてきたのかはわからない。そんなの、わかる必要も無い。大事なのは、零の行く先だ。
多分零は今、何も考えられないくらい呆然としているのだろう。絶望も嫌悪も全てぐちゃぐちゃとした感情の海の中で漂い混ざり合い、混乱する頭の中でただなにをするべきかわからない、迷子のような気持ちなのだろう。

「……零」
「………」
「俺は自分のこと、汚くない、なんて言えないけど、だけどさ、零」
「……」
「俺は、お前が、汚れてると思えないんだ」

零の魔法は、綺麗だった。透き通る氷。氷点下まで下がった礼拝堂の中、十字架と聖母マリアが見下ろすそれは、確かにシキトの目に、綺麗に映った。
それに、零の魔力だって。確かに威圧感はあったけれど、嫌悪感は浮かび上がらなかった。それどころか、それもまた綺麗だ、と考えたくらいだ。


「——僕は、もう、僕がわからない」

零が動いた。どん、とシキトを弱々しい力で突き飛ばす。それを押さえ込むことも出来たが、シキトはそれをせずに、そのまま零から離れる。

「なにも、わからなくなってしまった。僕の唯一は、絶対は、神であるはずなのに。お前のせいで、なにもわからなくなった」
零に浮かび上がは、曇り、歪んだ父親の瞳。吐き気がした。けれどシキトの真っ直ぐな瞳は、全てを見透かしてしまうようで。
怖い。
怖い怖い怖い。
「なんで、きみは、ぼくをころさない?」
幼子おさなごのような口調で零はシキトに問うた。震える声を、押さえ込むように、胸の辺りの服をぎゅう、と握りながら。

「そんなの殺したくないからに決まってんだろ」
あっけらかんと、シキトは零に言う。

「お前は俺が小難しいこと考えてるように見えるか? 俺は俺の思うことをそのままやってるだけだよ。なぁ、零、俺はお前が嫌いじゃないんだ」
「…戯言を」
「むしろ考えすぎなのはお前の方だよ。お前俺が怖いって? 俺は善良な高校生だぞ? それに俺だってめちゃくちゃ怖かったさ。痛いししんどいし苦しいし」
「なら、なぜ!」
零が声を荒げる。
「なぜもどうしても俺だって知るか」
言っただろ、とシキトが続けた。

「俺は俺の思うことをそのままやってるだけだって。思ったんだよ、俺自身が。
   ———お前を、救えたらいいって」

零の動きが、止まる。
「ふざけている…のか? 僕に、情けをかけたとでも、言うのか?」
「違ぇよ、俺は、」
「じゃあ! なんで!」
「俺は———!!」







「そこまでですよ」







しん、と。涼やかな声で。酷く冷たささえも感じさせる声で。
一斉にその声の主へと顔を向ける。そこにいたのは、金色の長い髪を持った、青年。
「宣教師、様…」
零が震える声で呟いた。

「零、あなたは、神を裏切るというのですか?」

静かなのに、威圧感を持たせた声で。
絶対的な支配者と、そんなイメージを髣髴とさせる姿で。
シキトの肌が知らず知らずのうちに泡立った。こんなに強い人は、知らない。

「零」
「ぼ…くは……」
「貴方の目的は、願いは、望みは、どこへ行ったというのです? 零。私達の目指す、楽園は、貴方の渇望する、幸せは」
にこり、と感情の読めない笑顔を見せる宣教師。

「それら全てを、貴方の父親のように、壊すとでも?」
「っ…!?」

零の空気が変わった。酷い絶望感を帯びたそれが、零の周りに溢れ出す。
零の目にはもうなにも映っていなかった。空虚のような、その瞳の奥で、零はいったいなにを考えているのだろうか。
感情を曝け出していた先ほどより、人形と化した零の方が余程恐ろしい。

「零、来なさい。神を生み出すのに、貴方の力が必要なのです」
「ぼくの…」
「そうです。貴方が必要です」
意味深な笑みを浮かべる宣教師。その表情に気付かず、どこか酔ったような雰囲気で宣教師は一歩、また一歩と零へと近づいていく。

シキトは少しだけ呆けていたがすぐに今の状況に気付き、宣教師の目の前に出た。
それに宣教師は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにもとの食えない笑みに戻る。
「へぇ、貴方は気付かないのですか」
「…なにに、」
「大事なお友達を見たらどうです?」
そう言われて視線を悠の方に向けた。そこには、こちらを見ながら、微動だにしない悠。その場にへたり込んでいるビリカ。いつの間に着たのか、青ざめた表情でいる藤雅。そして、なにがなんだかわからないような表情の緋月。
「おや、他にもわからない人がいるようですが…、そこまで経験しているわけではないのですね」

なにが、と聞こうとした。瞬間、胃の中のものが全て吐き出されるような圧迫感。体内の血が凍ってしまうのではないかというくらいの温度とはまた違う冷えた空気。
なんだこれ、と声にも出せなかった。目を見開いて宣教師を見つめる。今にも膝を突いてしまいそうなのを必死で堪えた。

「さぁ、お客様もいらっしゃるようだし、始めようか」

そう言った宣教師の顔は笑っているはずなのに、浮かび上がったのは酷い恐怖心だけだった。



Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。