二次創作小説(紙ほか)
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- 薄桜鬼×緋色の欠片
- 日時: 2012/09/26 13:48
- 名前: さくら (ID: cPNADBfY)
はい。
初めましてな方もそいうでない方もこんにちは。
またさくらが何か始めたで。と思っている方もいると思いますが
薄桜鬼、緋色の欠片好きの方には読んで頂きたいです
二つの有名な乙女ゲームですね
遊び感覚で書いていくので「なんやねん、これ」な心構えで読んでもらえると嬉しいです←ここ重要
二つの時代がコラボする感じです
あたたかい目で見守ってやって下さい
それではのんびり屋のさくらがお送りします^^
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.205 )
- 日時: 2014/03/11 22:34
- 名前: さくら (ID: yoFsxiYW)
色町の一件から数日。
無事に不逞浪士を捕らえ、こと無きを得た。
その後の新撰組はいつもの日常に戻っていた。定刻に巡察へ向かう者、鍛錬のために道場へ急ぐ者。
冴え冴えとした空気は相変わらずだが、日差しを受けていると春の暖かさを感じられる。
穏やかな昼下がり、副長室には気候とは相反して剣呑な空気が漂っていた。
「…どうしたものか…」
副長室に鎮座していたのは、近藤、土方、山南でそれぞれが渋面になり唸っていた。
「これで何人目だ」
「少なくとも十名は…」
土方の声に山南が苦々しく答える。
人数を聞いた土方の眉間は更に深い皺を刻んだ。
「近藤さん。これでもあんたは伊東さんがここに来て良かったって思ってんのか」
「土方君、言葉が過ぎますよ」
山南は声を潜めて辺りを見渡す。周囲に人の気配がないことを確認してから三人は会話を続けた。
「だがな、トシ。人にはそれぞれの考え方がある。俺だって伊東先生の考えに賛同したからお招きしたわけだ。先生の意見に同じ志を見つけたのなら、それは別に構わんだろう」
「だからってなぁ…」
土方は畳に広げられた名簿を見つめて大きく息を吐いた。
その名簿には離隊を望む者の名前が並べられていた。
「日に日に伊東さんから隊士を出し抜かれていく人数が増えているように思われます…」
名簿を制作した山南は目を伏せる。
本来新撰組に入隊したのなら離隊など滅多にない。よほどの理由がないかぎり、離隊は許さないことを決めている。
局中法度として定められてる規則に乗っ取れば、本来であれば切腹だ。
本来であれば、だ。
「今回これだけ隊士が抜けるとなるとこっちとしてもかなりの痛手だ」
伊東の元に下りたいという申し出となれば、話は別だ。
局長である近藤が元々相対する攘夷派の伊東を新撰組に招き入れた。この事実は大きく局中法度を歪ませる。
近藤が伊東を受け入れたということは攘夷派を容認したということだ。伊東の入隊当初から波紋を呼んでいたが、今さざ波を立て始めている。
「伊東派に下るならば、こちらとしても口を挟む余地はありません。何せ彼は参謀という立場ですから。彼に斡旋されたのなら切腹など言いつけることもできませんしね」
山南の“参謀”という言葉に刺を感じつつも、土方は近藤に向き直る。
「近藤さん。伊東さんの考えを賞讃するのは構わねぇが、そろそろ考えてくれ。こうして隊士が出し抜かれちゃ、芹沢さんときと同様、隊が二つに別れちまう」
「むぅ…」
土方の言葉にも納得しているのか近藤は腕を組んで考え込む。
「ようやく隊士も増えてこれからだってときに、分裂なんてしてる暇は俺たちにはねぇはずだろ」
「…少し、考えさせてくれ」
近藤は俯き加減に立ち上がり、そのまま副長室を出て行った。大きな背中が困っているように見えたのは気のせいではない。彼は悩んでいるのだ。
「駄目か…」
「近藤局長も志を常に持っていますからね。攘夷派とはいえ、伊東さんと志を同じくしたから同盟を組んだものを…振り切れないようですね」
「踏み切る要素がまだ足りないのか…そんなこと言ってたら隊は分裂しちまう」
「徐々に局長を説得する他ありませんね」
嘆息する土方を励ますように山南が微笑する。
するとそこへ部屋の前に人の気配が近づく。ややあって凛とした声が室内に届いた。
「土方さん、お茶をお持ちしました」
「あぁ。入れ」
土方の返事を聞いて、千鶴は静かに襖を開けると入室した。その手には盆があり、淹れたての茶が白い湯気を出している。
「私、もっと早くお茶をお持ちした方が良かったですね」
土方、山南に茶を配り終えた千鶴は一つ余った湯のみを見つめて申し訳なさそうに言った。
茶を持ってくるように言いつけられたときには近藤がいた。
「話が思ったより早く終わっただけだ。それは自分で飲んどけ」
茶を啜りながら土方は優しく訂正する。千鶴は安堵の笑みを浮かべてその場を去ろうと腰を上げた。だが、それを止めたのは山南だった。
「君はここでお茶を飲んでいいですよ。私はそろそろお暇します。お茶も頂けましたしね」
山南はにこやかに言うと腰を上げて襖へ手を伸ばす。
「山南さん」
土方は急に真摯な表情で山南を呼び止めた。
「あんたは俺と同じ考えだよな?」
「…?それは先ほどの件ですか?それならそうですよ。私はそう思っているつもりですが…」
土方の真っ直ぐな視線の意味合いを履き違えたと気がついたのはほんの少し後。
山南は黙っている土方を見つめ、優しい笑みを浮かべた。
「鬼副長にしてはえらく情をかけて下さるんですね」
「山南さん、俺は−−−」
土方の言葉も聞かず、優しい微笑だけを残してそのまま山南は部屋を出て行った。
ぐっと奥歯を噛み締める。
またも上手く躱された。これで何度目だろうか。回りくどい言い方はやめて、本題を切り出すべきか。
あの夜。羅刹が倉から出て来たあの日。あの一件以来山南の様子がおかしい。
否、それ以前から異変には気づいていた。だがそれを大事として捉えていなかった自分のせいで、今不和が水面下で広がっている。
表面上は何の諍いもなく日常を送っている。だが、それぞれの腹の中では思惑は違っている。
それを切り出そうとすると山南は華麗に躱して去る。もう何度繰り返して来ただろうか。
深い溜め息をついていると、視線を感じて顔を上げる。
「大丈夫ですか…?」
「…あぁ」
千鶴の気遣わしげな言葉と表情に少しだけ体が軽くなる。
「土方さんのことだから、きっと難しい問題を抱えていらっしゃるんだと思います…けど、あまり無理しないで下さいね」
心からの言葉に土方は我知らず微笑んでいた。人に心配させることに罪悪感をいつも感じるが、こうやって気遣ってもらえるならそれも嬉しい。
くしゃっと千鶴の頭を撫でて茶を啜る。
「俺のことよりお前の調子はどうなんだ。松本先生に診察してもらったんだろ?」
土方の言葉に千鶴は苦笑いを浮かべる。
「はい。身体には何の異常もないと言われました…記憶が抜け落ちているのも深く考えなくていいと…あるとき突然思い出すかもしれないと…仰ってました」
語尾が徐々に小さくなっていく千鶴に土方は目を細める。
色町に潜入した夜記憶をなくした千鶴は松本の診察を受けた。何か体に問題があってのことかもしれないと、土方も背中を押した。
だが、診断はいたって正常と判断されたのだ。
「松本先生がそういうならそうだろうよ。あんまり落ち込むんじゃねぇぞ」
「はい…」
返事はするものの千鶴の表情は晴れない。
土方は手にしていた湯のみを畳に置くと千鶴と向かい合うように体位を変える。
「お前が記憶を失くす前、何があったんだ」
「えっと…あのとき、酔ったお客さんに絡まれて…逃げてました…それで…って、あの、土方さん?」
急に詰め寄って来た土方に千鶴は目を瞬く。
「記憶を失くす前何をしていたか再現すりゃ、何か思い出せるかもしれねぇだろ。俺をその酔った客だと思え。それで?追いかけられてどうしたんだ」
「え?えぇっと…行き止まりの部屋まで追いつめられて…」
千鶴をまっすぐに見つめてじりじりと土方がにじり寄ってくる。千鶴は距離を保とうと後退するが、あのときと同様、壁際まで追いつめられた。固い感触を背中に感じる。
「あの、土方さん…」
「この後は?酔った客とどうしたんだ」
「い、いえ…あの、その…っ」
更に追い詰めてくる土方との距離はなくなってしまった。壁に手をつき、土方は千鶴をどこにも行けないように封じる。
土方が真剣にやっていることはわかっているのだが、こうも近いと千鶴は記憶を手繰るどころではない。
「その後が思い出せないんだろう…どうだ、何かわかったか」
「…ひ、土方さん…その…」
千鶴は限界なのか顔を真っ赤にして何度も首を横に振る。
「ちょっと土方さん、近藤さんをまた困らせたでしょー。もう近藤さんが可哀想じゃないですか−−−」
「総司、入るときは声をかけてから−−−」
突然襖が開いて沖田と斎藤が現れる。
二人の登場に固まった千鶴は言葉が出なかった。
「あ、のっ…こ、これは…!!」
「…だから言っただろう、総司。こういうことがあるから必ず声をかけるべきだ」
「そうだね一君。近藤さんを苛めたことに一言言っておきたかったけど、もうそんなのどうでもいいかな。面白い絵面も拝めたし。一君、今土方さんは手が離せないみたいだからまた後で来ようか」
「お、おい待て、何の話だ。これは…」
「副長、時間帯を考えて下さい。太陽はまだ真上ですよ」
何故か冷たい目で注意された土方はそこでようやく二人の言葉を理解した。慌てて訂正しようとしたが、二人は襖を閉めて出て行ってしまった。
「…千鶴、別にこれは…」
「わかってます、わかってます…大丈夫です…あの、私これで失礼しますっ!!」
脱兎のごとく部屋を後にする千鶴を見送って、土方は目を瞬いた。
千鶴にも弁解を聞いてもらえず、土方は己のやったことを思い知る。
「何をやってるんだ、俺は…」
ふっと頬に手を添えると、何故か頬に熱を持っている。これは何だ。
「本当、何やってんだか…」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.206 )
- 日時: 2014/03/13 22:05
- 名前: さくら (ID: yoFsxiYW)
「び、びっくりした…」
千鶴は副長室から飛び出すと廊下を早足で歩く。
頬に両手を当てると熱を帯びていた。慌てて手で顔を扇ぐ。
何を意識しているのだろうか。土方は親切心でやってくれていただけだというのに。
だが、色町に出かければ遊女が浮き足立つほどの美男と言われている土方をあんなにも近くで見るとやはり鼓動が早鐘を打つ。
気を引き締めようと深呼吸をしていると誰かの声が聞こえて何となくそちらに視線を送った。
「…真弘君と…伊東さん…?」
廊下に面している中庭の中央で二人は向かい合って立っていた。
珍しい組み合わせに驚いていると、風に乗って会話が聞こえてくる。
「…はい。では貴方の思い、この伊東甲子太郎が聞き届けましたわ。大丈夫、心配しないで。土方さん達には上手く私から言っておくから。それに、貴方。別にここの隊士になりたくて入隊した訳じゃないんでしょ?」
浮かない表情の真弘とは違い、伊東は嬉しそうに笑っている。
「それは…そうだけど…」
「あら、まだ他に心配事があるのかしら」
「…」
言葉を詰まらせる真弘を伊東は優しい語調で先を促す。
「…いや、別に何でもない。俺からの話はこれだけだから。それじゃ」
「そう。わかりました。それじゃまた今夜、会えることを楽しみにしているわ」
二人はそのまま別れのあいさつをすると何事もなかったかのように別々の方向へ歩き始める。
真弘がこちらに向かって歩いてきた。千鶴は慌てて止めていた足を動かそうとした。人の話を立ち聞きしているなど失礼だ。
だが、慌てたせいか足がもつれてつんのめる。転倒する。そう思ったときだ。
「何やってんだよ、お前」
頭上から声が降ってくる。
顔を上げると腕をしっかり掴まれ、少し不機嫌そうな顔の真弘と視線がぶつかった。
「あ、ご、ごめんなさい。あの、私…」
「さっきの話、誰にも言うなよ」
「え?」
千鶴の腕を解放すると真弘は念を押すように言った。
「…珠紀達には絶対言うんじゃねぇぞ」
「伊東さんと話してたこと…?」
千鶴がそう問うと真弘は黙って頷く。最初から会話を聞いていたわけではないから一体何の話をしていたのかは検討がつかないが、本人が言うなと言っているのだ。口外する理由はない。
千鶴は一つ首を縦に振ると真弘はそのまま前を歩いて行こうとする。
「あ、真弘君…」
「…何だよ」
振り返った真弘の目を見つめる。
その瞳の色は見覚えがある。先ほども難しい顔をしていた土方と同じ、苦難を一人で抱え込もうとしている、そんな瞳だ。
「何か、困ってることでもあるの?」
「…別に、何でもねぇよ」
「でも、今の真弘君、何だか辛そう…私に何か、できることはある?私ができることは少ないかもしれないけど…」
千鶴は一歩前へ足を踏み出す。
だが、真弘は乾いた笑みを浮かべてまた前を向いた。
「今更辛いなんて言えるかよ。不幸ってもんにはもう慣れっこだ。心配してくれてありがとな。これは俺の問題だ」
そのまま廊下を歩いて行ってしまった真弘の背中を見つめて、千鶴は小さく呟く。
「…慣れているなら、どうしてそんなに苦しそうなの…」
真弘が見せた笑みはとても弱々しく、見ているこちらが胸が締め付けられる思いだった。
「先輩、遅いっすよ」
「悪い悪い。そう言うなよ。まだ集合時間からそう経ってねぇだろ」
「だが、遅刻は遅刻だ」
「学校に行くわけじゃねぇんだから細かいこと言うなよ、祐一」
玄関に足を向けると草鞋を履いている拓磨と祐一を見つけて苦笑する。
真弘も草履を履こうと玄関先に屈んだときだ。後ろから足音が近づいてくる。
「ごめん!信司君の替えの着物とか準備してたら遅くなっちゃった」
「何だよ、俺より遅い奴がいるじゃねぇか」
「あ、酷い、先輩。私は別に遅れようと思った訳じゃないんですからね」
風呂敷包みを抱えた珠紀に真弘は冷やかしの言葉を口にする。
「何かこうして皆とどこかに出かけるって学校に行くみたいで、懐かしいね」
「そうだな」
祐一と拓磨は笑って相槌を打つ。だが、真弘だけは黙ったまま草履を履いていた。
今日は信司の見舞いの日だ。
三日ほど前、信司が目を醒ましたという吉報を聞いてから、できるだけ見舞いに行こうということになった。近藤や土方にも了解を得て、今回もその見舞いに行くのだ。
覚醒したとは言え、まだ意識は朦朧としている。
目を醒ましたかと思うとまた眠ってしまう。会話などできる状態にまでまだ回復していない。
穏やかな昼下がり、風は冷たいが珠紀達は信司がいる松本邸に向かって歩き出す。
「それ、持ってやるよ」
「あ、ありがと…」
珠紀の隣を歩く拓磨が彼女の手から荷物を受け取る。困ったように笑って礼を言うが、どこかぎこちない珠紀の対応に真弘は声を潜めて祐一に耳打ちする。
「何だ、またこいつら喧嘩してるのか」
「さぁ…?俺はそんな風に見えないが…」
この二人の喧嘩など日常茶飯事だ。あまり気にかけることもないかと真弘はふっと息を吐く。
珠紀の妙な態度が気になりつつも松本邸に辿り着く。
四人を出迎えたのは割烹着姿の龍之介だった。
松本か大蛇から話は聞いていたのか、屋敷に入るよう促される。
初めて会う青年に四人は小首を傾げた。
「こんな人ここにいたっけ…?」
「さぁ…けど松本先生の患者さんって感じでもなさそうだし…」
松本邸には松本本人と大蛇しかいないと思っていた。
前回信司の見舞いに来たときもこんな人はいなかった。四人は疑問を抱きつつも、黙って先導する青年についていく。
玄関を入ってすぐ左に伸びる廊下を歩けば突き当たりに信司が眠る部屋がある。
到着すると青年は襖を開けて一礼してからその場を去った。
「なぁ大蛇さん、さっきのあの人誰?あんな人いたっけ?」
「あぁ皆さんは会うのが初めてだったんですね。彼は松本先生のお付きの方ですよ。医学の勉強をするために松本先生の元にいらっしゃるようです。私も手を離せなかったので彼が出迎えてくると申し出てくれたんですよ」
部屋に入ると信司が静かに眠る枕元で包帯の替えや薬を広げた大蛇が座っていた。
四人を出迎えるとそれぞれ信司を囲むように座る。
「信司の調子はどうですか?」
「傷口も塞がり、あとはよく休み、栄養を取ればすぐに回復するでしょう」
「良かった…」
「こいつは俺らと違って異形の血が薄いからな…傷がすぐに治癒するとは限らない…なのに何でこんな無茶したんだか…」
真弘の言葉に他の四人は口を閉ざした。
あの場に居合わせたのは千鶴だけで、その彼女もあのときのことは覚えていないと言っていた。
それはつまり。
「…信司君が千鶴ちゃんの記憶を消したのかな…」
珠紀の疑問の言葉が部屋に木霊する。
だがその疑問はここにいる者は何となく察していた。
言霊使いの信司であれば人の記憶を奪うことなど容易いことだ。問題はなぜ千鶴の記憶を奪う必要があったのか。
その答えを知っているのは信司だけだ。
「早く…元気になってね、信司君…」
あの夜の真相を早く知りたい。だがそれよりもまず信司の回復を願うばかりだ。
穏やかな表情で眠っている信司を見つめて、珠紀は言葉をかける。
「今朝も一度目を醒ましたのですが、粥を少し食べてすぐに眠ってしまいました…回復には向かっています。大丈夫ですよ、珠紀さん」
珠紀は大蛇に信司の着替えの着物を手渡すと近状報告を始める。
大蛇と離れて暮らしている今、会えるときに封具や鬼斬丸の情報を交換するのが決まりになってきた。
しばらく会談した後、珠紀たちは退出しようと腰を上げる。
玄関まで見送ると大蛇は最後にこう言った。
「犬戒君が起き上がれるようになったらすぐに報告しますからね」
四人は大きく頷くと松本邸を後にした。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.207 )
- 日時: 2014/03/14 22:39
- 名前: さくら (ID: yoFsxiYW)
「こうして皆と歩いてると学校行くみたいだね」
「それは来るときも聞いたが…」
「感慨深かったからもっかい言いたかったんです」
信司の見舞いを済ませた珠紀達は赤く染まりだした空を眺めながら帰路についていた。
行きに通った大通りは昼程の活気はなく、店仕舞をする者や帰宅する者が往来している。
珠紀は横をすり抜けて行く子供達を眺めながら目を細めた。
数ヶ月前は制服を着て家から学校へ通う日々を送っていた。あの頃はそれが当たり前で、日常だった。
今は場所も時代も大きく違う。制服ではなく着物を着て、学校に行くこともない。
急に懐かしくなって、珠紀は足を止める。
「珠紀…?」
「…私たち、いつになったら向こうに戻れるのかな…」
小さな呟きだったが、他の三人の耳にはしっかりと届いていた。
三人も足を止めて珠紀を見つめる。
「…美鶴ちゃん…心配してないかな…」
こんなにも長い間守護者と珠紀が姿を消しているのだ。向こうで騒ぎになっていまいか、気になってしょうがない。
「…そのことで話がある…」
急に口火を切った真弘が真剣な表情で三人を見つめる。
「お前ら…これからどうするつもりなんだ———」
体を裂くような冷たい風が、四人の間をすり抜けて行く。日が傾き、四人の影が大きく道の向こうへ伸びる。
互いを見つめ合いしばらく黙り込んだ。
ややあって珠紀が口を開いた。
「…それは、どういう意味なんですか?先輩」
「どうもこうもない。お前ら、これからもずっとあの新撰組にいるつもりか?」
「真弘…?」
どこか試すような真弘の口調に祐一と拓磨は顔を見合わせた。
「この時代の玉依姫はただ新撰組に留まれって言うだけで、それから音沙汰ねぇし。一体、いつまで俺たちはこんなところに居なくちゃいけねぇんだ」
真弘の言い分はここにいる三人も考えていたことだ。
一体いつまで新撰組に滞在すればいいのか。
「玉依姫がそう言った理由は?鬼斬丸が狙われているのをわかっていて、季封村にも行けねぇ。鬼斬丸を探そうにも屯所を離れられない。この時代の守護者が少ないからこそ俺たちは動くべきじゃねぇのか?いつまでこうやってじっとしれいればいい?じっとしていた先に俺たちは元いた時代に戻れるのか?」
もどかしさが奔流となって溢れ出す。言葉は止められない。
真弘は息を吸うのも忘れて一気に言葉を吐いた。
しんと辺りが静まり返り、誰もが口を閉ざす。その答えは誰も知らない。真弘の問いに答えなど今はない。わからないのだ。
「…俺はじっとなんかしてられねぇ…俺だけでも動く」
「真弘先輩…?」
真弘の堅い声音に珠紀は目を細めた。
その表情には見覚えがある。鬼斬丸を封印する際、自分を贄に捧げようとしていたあのときと同じ。
「な、にを…するつもりなんですか…?」
怖い。真弘がこれから何を言い出すのか。何をしようとしているのか。
緊張感が珠紀を襲う。
「…お前らはここにいろ。俺だけで動く。この時代の玉依姫にも考えがあるんだろうからな」
それだけ言うと真弘は再び歩き始めた。
固まったまま動けない三人はただ顔を見合わせる。
前を歩く真弘は今さっきここにいたのに、どこか遠くに感じて胸が苦しくなった。
「あぁ…」
感嘆する拓磨に、祐一と珠紀は小首を傾げる。
「どこかで感じたことがあると思ってずっと気になってた…信司が倒れたってときも先輩の心ここにあらずって感じだった…今を見る余裕なんてないって顔で…それを俺はどこかで見たことがあると思ってた…あれは…」
あの背中には見覚えがある。鬼斬丸を封印する際、自分を贄に捧げようとしていたあのときと同じ。
自分一人、犠牲になろうとする捨て身の姿—————
「あいつ一人で動くとはどういうことだ…」
視線を前に戻すが、真弘は大通りの雑踏に紛れていつの間にか姿が見えなくなっていた。
「俺はあいつを追いかける。一人にはしておけない。それに、今の言葉の意味も確かめなければ…」
祐一は拓磨と珠紀にそう言うと大通りの雑踏に消えていった。
「…先輩やっぱり一人で何かするつもりなんだね…何となくそんな気がしてたけど…色町に潜入したときも、先輩いなかったし…」
何となく、真弘が自分たちから離れて行く気がしていた。
「先輩は自分のことより他人を優先する癖があるから…俺たちが考えていることの更に先を考えているんだろうけど…」
拓磨は真弘が消えた大通りを見つめながら呟く。
「…何をするつもりなんだ…」
拓磨の声は冷たい風に乗って消えて行った。
「真弘っ!!」
「げ、祐一。ついて来たのかよ」
大通りを探し回りようやく真弘を見つけた頃には太陽はすっかり山の向こうだ。
闇の帳が訪れた世界は暗く、酒屋以外は灯籠を下ろしてしまっている。
この通りは比較的酒屋が多く、暗くて困るというほどではない。もっとも彼らは夜目が効くために夜だろうがその点に関して困ることはないのだ。
「一人でどこかに行くな。さっきの話は何だ。話の途中でいなくなるな」
「わかったわかった。話なら後でしてやるからお前は屯所に戻れよ」
真弘は祐一を軽くあしらうとそのまま歩いて行こうとする。
「真弘。もう屯所に戻るべきだ。信司の見舞いに行くと土方さんたちには言ったが、寄り道するなど言ってないだろう」
「だから。お前だけでも帰れって。俺は行くところがあんだよ」
「なら俺もついて行こう。お前一人にしておくのは危なっかしいからな」
「子供扱いすんじゃねぇぞっ!いいからお前は先に帰れって。ついてくんな!」
「あら、鴉鳥君。そこにいるのはお友達?」
舌戦を繰り広げていた二人に声をかけたのは、見知った人物だった。
「伊東さん…」
「ちょうど合流できて良かったわ。今から店に向かうところなのよ。さ、行きましょう」
現れた伊東の後ろには数人の男達がいた。どれも新撰組にいる隊士たちだ。
そしてその中に思わぬ人物がいて、祐一は固まった。
「藤堂…斎藤さん…」
「よ、真弘。えーっと確か、祐一、だったよな?お前もここに来たってことは…」
「…真弘。これはどういうことだ」
新撰組には門限が存在する。夜、勝手に徘徊して問題を起こさせないために、隊士はもちろん幹部にも門限がある。
大所帯の新撰組を正すため、幹部も隊士に示しをつけるため、この門限は最近できたと聞いている。
今の時分を確認するとその門限はとっくに過ぎている。
門限を過ぎれば罰せられる。そう教えられていた祐一は困惑した。
「何をしているんですか?行きますよ」
少し前を歩く伊東が声を上げる。
「お前、来るつもりじゃなかったら先に帰った方がいいぜ?でないと土方さんに雷食らうことになるからな。行こうぜ、真弘」
「あぁ…」
藤堂は真弘とともに歩き出し、伊東について行く。
また、離れて行く。真弘は一体どこに行くつもりなのか。
厳しい処罰が下るはずの門限破りを気にせず、藤堂と真弘、そして伊東は足取り軽くどこかへ向かっている。
「…まさか…これが…」
『これから話すことは他言無用だ—————』
「土方さんから聞いているのだろう」
横を向けば前を見つめる斎藤の横顔があった。
思い出した。以前、色町騒動の前に土方に呼び出された日があった。
そのときの会話を思い出して、祐一は呆然と呟く。
「今がそのときなのか…」
「俺は土方さんに頼まれて動いている。あんたもそうだと聞いた」
斎藤は横に立つ祐一にゆっくりと視線を移す。そこで斎藤と視線がぶつかった祐一は息を飲んだ。
「“伊東派に付き、潜入捜査しろ————”これがあんたと俺に課された使命だ」
「…じゃぁやっぱり…」
土方はいずれ新撰組が二つに別れると言っていた。そしてそれに対処するために指名されたのが祐一と斎藤だった。
「どうする。あんたここで引き返しても構わない。俺一人でも行く」
斎藤はそう言うと首に巻く大布をはためかせて歩き出す。
もう一度前を見据えた。遠くに真弘の背中を見つけ、祐一は足を一歩踏み出した。
「…俺も行く。あいつを一人にはできない…」
離れて行こうとするなら追いかける。決して一人にはさせない。
土方に課せられた使命を確認し、祐一は斎藤とともに歩き始めた。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.208 )
- 日時: 2014/04/13 17:19
- 名前: さくら (ID: glYNRe/q)
信司の見舞いを済ませた珠紀と拓磨は無言のまま屯所に戻った。
屯所に戻った頃にはすっかり日は暮れ、吐き出す白い息が目立つようだった。
真弘の言葉が気になってお互い口を開かずに帰って来たこともあって、気まずい空気が漂う。
無言で玄関に入り、それぞれの部屋へ戻ろうとしたとき、拓磨が珠紀を呼び止めた。
「そう言えば、何でお前手首に包帯なんかしてるんだ?よく見ると首にも…」
「あ、こ、これは…」
拓磨の指摘に珠紀は慌てた。
「あ。あれか。男装するから胸とかに晒巻いてるからか。胸があったら男装してる意味が−−−って!!」
拓磨が言い終える前に珠紀の蹴りが膝裏に直撃する。
「何だよ!!俺何か悪いこと言ったか!?」
「ばかっ!!拓磨の無神経!!唐変木!!馬鹿力!!アホ鬼!!拓磨なんか大っ嫌い!!!」
珠紀は息継ぎもせずに叫ぶとそのまま自分の部屋へ走って行った。
「あぁ?何だそりゃ…」
残された拓磨は首を傾げることしかできない。何が彼女の気に障ったのか。
ここ最近自分を避けている風ではあったが、ちゃんと会話もするし特にこれと言って原因があったわけではないから、いつか機嫌も直るだろうと思っていた。
だが、何か様子が違う。
原因はどうやら自分のようだが、何が原因なのかはわからない。
呆けて突っ立っていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「あ、おかえりなさい、原田さん」
「おうよ。どうした、玄関先で突っ立って」
巡察を終えた原田の隊が戻ってきた。草鞋を脱いで、玄関から上がった原田は困惑気味の拓磨の顔を覗き込む。
「何か珠紀とあったのか」
「え!何で珠紀だって…」
「顔に書いてあるぜ。お前、案外感情が表に出やすいんだろうな」
他の平隊士に解散を告げると原田は拓磨の肩を抱いて広間へ向かう。
「色恋の相談なら俺が乗ってやるよ。何だ、どうした」
広間に着くとそこにはまだ誰もいなかった。夕餉の時間まで少し間があるからだろう。
広間に面する庭が見えるように障子を開け、原田は拓磨に座るように促す。
隊服を脱いで原田も拓磨の隣に座った。
「あいつ…何か最近おかしいっていうか…」
「ん?」
口ごもる拓磨に原田は先の言葉を促す。
「俺に対してよそよそしいっていうか…先輩や他の幹部の人とは普通に接してるのに、俺だけ何か距離を置いてるように見えるっていうか…」
「それはいつ頃からだ?」
「えぇっと…色町の騒動があった後くらい、から…?」
「原因が何だかわかったのか?」
「わかってたらこんなに悩んでないっすよ。さっきだって暴言吐いて逃げられました」
拓磨の言葉に苦笑しながら話を聞いていた原田は、ふと顔を上げる。
「これは関係ねぇかもしれねぇが、最近珠紀色っぽくなったよな」
「は?」
唐突に語りだした原田に拓磨は胡乱気な視線を送る。
「別にお前の彼女を取ろうなんざ思ってねぇって。ただ所作とか…何だろうな。雰囲気に少し艶があるっていうか…」
「はぁ…?」
「そう感じたのも色町の騒動の後だったな。てっきり俺はお前が珠紀をいっぱい可愛がってるからだと思っていたが…」
「かわっ…!?」
「違うのか?女は男が可愛がれば可愛がるほど色っぽくなってくんだぜ」
原田の言葉に拓磨は首を横にぶんぶんと振る。
可愛がるなどできるはずがない。相手は自分を避けているのだ。そういったことは最近ご無沙汰で、第一彼女とはそこまで進んだ仲ではない。口づけがせいぜいのところだ。
「だったら何でだろうなぁ…?他に好きな奴がいるのか…?」
「え…」
「仮定の話だ。本気にするなよ。だが、珠紀が色っぽくなったのも、お前を避けるのも何か関係がありそうなんだがな…」
腕を組んで考える原田を見つめ、拓磨の記憶の片鱗が音を立てた。
「そう言えば…」
「ん?」
拓磨は目を見開き、記憶を手繰った。
あのときはそれどころではなかったから、特に気に留めていなかった。だが。
「信司が倒れてる部屋に駆けつけたときに…後から珠紀も来て…あいつ、何でか黒い羽織を羽織ってた…」
「黒い羽織?何でだ?客に着させてもらったのか?」
「わからない…けど…あれは多分、男ものの羽織だった…それに…」
拓磨は自分の胸の上に握り拳を作る。
「珠紀から微かに…同類の気配がした…」
「同類?お前と同じ、鬼ってことか?」
拓磨は頷いてあのときの感覚を思い出す。
珠紀と会ったときに、微かだがざわざわと神経を刺激する感覚を覚えたのだ。
新撰組にいると常に感じる羅刹とはまた少し違う。どちらかと言うと町で出会ったお千や千鶴の気配に近いようだ。
「他に…鬼がいる…」
拓磨の記憶がさらに音を立てて記憶を巡る。
京には鬼がいるといっていた。それはずっと警戒している人物。
「風間…」
「風間?風間って千鶴を狙ってる鬼のことか?」
原田の言葉に拓磨は顔を上げる。
「千鶴を狙ってる?何で…」
「さぁな。俺も詳しいことは知らねぇが、千鶴を自分のものにしようとしてる鬼だって聞いてる。傲慢な野郎だぜ」
「珠紀は何度かその鬼に会ったって言っていた…じゃぁあの夜…あの色町にあいつがいたのか…?」
だったら店を転々としていた珠紀が知らぬ間に風間に近づいていてもおかしくない。
だが。
「どれも憶測に過ぎねぇけどな。直接珠紀と話してみたらどうだ」
「…それが出来たらどんなにいいか…」
遠い彼方へ視線を送って拓磨はうなだれる。
先ほどもあれほど罵られたのだ。もう一度立ち向かうには勇気がいる。
「何だ自分の女なら別に構わねぇだろうが。男から話を聞いてやるのもいいんじゃねぇのか?」
「…はぁ」
拓磨は原田に向かい合うと頭を下げた。
「話、聞いてもらってありがとうございました。少し気分が楽になりました。機会を見て、珠紀に話してみます」
「おう。そうしろ。また結果教えてくれよ」
原田は人の好い笑みを浮かべて拓磨の頭をなで回す。
するとそこへ夕餉の支度をしていた井上が広間に膳を運んで来た。
定刻になったため、幹部達が集まって夕餉をとる。
だがそこに藤堂と斎藤の姿はなかった。そして真弘と祐一の姿も。
しかし誰もそのことについて触れなかった。その話題を出すことも憚る、どこか冷たい空気に拓磨は目を瞬く。
夕刻の真弘の言葉。そして不穏な空気が漂う新撰組にこの先の不安を抱かざるを得なかった。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.209 )
- 日時: 2014/04/17 23:25
- 名前: さくら (ID: glYNRe/q)
珠紀たちが帰ったあと、大蛇は信司の塗り薬を調合するため信司の部屋から退出した。
穏やかな寝顔を確認してからそっと襖を閉めて自分の部屋へ向かう。
今日は松本が外出中のため、留守は龍之介と二人に任された。
部屋に戻る途中廚を通ると夕食の支度にとりかかっていた龍之介を見つける。
「井吹君。珠紀さんたちのお出迎え、ありがとうございました」
龍之介にそう声をかけると、彼は手にしていた包丁を置いて軽く首を横に振った。
「私は自室で薬を作っているので、何かあったら呼んで下さい。薬を作り終えたら夕食の手伝いもしますから」
そう伝えると大蛇は自分の部屋に足を向けた。
松本のそばで医学に携わっていると薬学にも詳しくなった。もともと頭の良い大蛇は新しい知識をどんどんと増やし、ひとりで薬を調合できるようになったのだ。
信司の傷に効く薬を作ろうと原料となる薬草などを薬部屋から拝借し、自分の部屋へと運ぶ。
そして慣れた手つきで薬を調合し、塗り薬ができた。
適量を筒に入れ、それを懐に仕舞い、廚に向かう。その頃には日は大きく傾いていた。
廚に戻ると龍之介が夕食の下準備を済ませたところだった。
「私も手伝いますよ。犬戒君に粥も作ってあげないといけませんしね」
龍之介は笑って頷き、二人で夕食を作る。
いつ目覚めるかわからない信司だったが、念のため夕食を持って起こそうと決めた。何も口にしないのは良くない。無理に起こしてでも食べさせるべきだと松本も言っていた。
粥と自分たちの夕食を作り終えると、先に信司に粥を持って行くことにした。
そこで大蛇は目を瞬いた。
襖が少しだけ開いている。出て行くときに閉め忘れたのだろうか。
だが、襖を開けて大蛇は固まってしまった。
「犬戒君—————…っ!?」
布団の中がもぬけの殻だった。部屋を見渡すが、どこにも信司の姿がない。
粥を文机の上に置き、布団に触れる。
温かい。今さっきまでここにいた証拠だ。
厠に行ったのか。そう思って急いで厠に向かうがどこにもいない。
敷地内を探すが、信司の姿は見当たらない。
「龍之介君っ…!」
自分たちの膳を居間に運んでいた龍之介に声をかける。
「犬戒君を、知りませんか!?」
龍之介は首を横に振って、どうしたのかと眉を潜める。
「部屋にも…どこにも、彼の姿が見当たらないんです…!!」
大蛇が早口に言うと龍之介も驚愕した。
あの深手を負ってすぐに動けるような体ではないはずだ。
二人で手分けして近所を探しまわったが、結局信司を見つけることはできなかった。
一度松本邸に戻り、大蛇はもう一度信司の部屋に向かった。
彼が眠っていた布団がただ虚しく敷かれている。その脇に目をやって大蛇は目を細めた。
そこに龍之介もあとからやってくる。
「…彼は一体どうしたというのでしょう…」
大蛇はそう言うと布団の横に膝を折った。
そこには少量の傷薬と包帯が置いてあったはずだ。彼はそれを持ってどこかに消えた。
「…何をするつもりなんですか、君は…」
夕餉をとり終えた珠紀は片付けを手伝った後、自室に戻った。
静かな部屋の中燭台に火を灯し、そっと首を撫でる。
鏡台を押し入れから取り出すと文机の上に置き、その前に腰を下ろす。そして首に巻いた包帯を取った。
首に点在する痣に珠紀は顔を顰めた。
色町に潜入した際、偶然出会った風間に言い寄られた。
そのときについた口づけの後が、まだ残っている。肩などは着物を着れば見えないのだが、首や手首につけられた痣はまだうっすらと残っていた。
「早く…消えないかな…」
肌を晒す部位にわざと痣をつけられたようで、胸がざわめく。
まるで自分は彼の物だと言わんばかりで、鏡を見るたびに顔を背けたくなる。
違う。
自分が好いているのはただ一人。拓磨だけだ。
だが。
「…どう…しよう…」
風間に言い寄られたとき、どうすることもできなかった。
拓磨以外の男を近寄らせたことを彼に知られたくない。知ってしまえば彼は自分を嫌うかもしれない。失望するかもしれない。
だから言えない。怖い。
大好きだから。だからこのまま隠していたい。
自分が犯した罪をこのままそっと胸に仕舞っておきたいのだ。
罪の意識が重圧となり背中から圧し潰されているようで、息が苦しくなる。
そのときだった。
部屋の外で小さな音がした。
微かだが、珠紀の耳にその音は届いた。不審に思って珠紀は立ち上がって襖に手をかける。
珠紀の部屋の前には通路となる廊下と、小さな庭が広がっている。
今夜は散々した雲のせいで、月は時折姿を見せる程度だ。
珠紀はそっと襖を開ける。冷気が部屋に押し寄せ、同時に月が雲に隠れてしまった。
「…誰…?」
人の気配がする。
暗い庭を睨みながら、珠紀はもう一度口を開いた。
「そこに、誰かいるの…?」
冷たい風が吹き、そのおかげで月を隠していた雲が流れて行く。
木々の梢が響く夜の庭に、その影は月光に照らされた。
「…お久しぶりです、珠紀先輩—————」
「信司、君…?」
月光は静かに彼を照らした。冷たい風が髪を巻き上げ、視界を邪魔する。珠紀は髪もとを押さえて、目を細めた。
「すみません、こんなところから…ちょっと急いでいて…」
「信司君…?どうして?だって、夕方はまだ眠っていて…まだ状態も安定してないって、卓さんが…」
月明かりに照らされた彼の姿は単衣姿で見ているこちらが悪寒を覚える。
そしてその懐から覗く包帯が珠紀の目には痛々しく映った。
珠紀の問いには答えず、信司は弱々しく笑った。その顔が青く見えるのは月光のせいではないだろう。
「先輩にだけは、どうしても伝えたくて…僕はこれから少し旅に出ようと思っています…なのでまた心配をかけてしまいそうなんですが…」
「ま、待って待って!!今なんて言ったの!?旅に出る!?どうして、どこに…!」
珠紀は部屋から出て庭に降りようとした。だが。
「大丈夫です、先輩」
信司の凛とした声が、庭に響く。
「…そんな、体で…どこに行くの…?」
庭に降りて信司の近くに寄って話をしたい。けれど、何故かそれができない。それを許さないというような信司の視線に体が固まる。
「…僕はこっちに来てからある人に出会いました…その人はとても僕に似ていて…放っておけば何をするかわからない…だから、僕はその人を探す旅に出たいんです…」
「その人は…誰なの?どうして、探さなくちゃいけないの?」
「教えられません…先輩が新撰組の身内なら、もっと教えられない…」
「私と初めてこっちで会ったとき、どうして他人のふりをしていたの?どうして色町なんかに…」
珠紀の問いに、信司は困ったように笑った。
「あのときはすみませんでした…僕が男だとバレるのはどうしても避けたくて…あんな態度を取ってしまいました…すみません…色町に潜入していたのも、ある人のためなんです…」
「…信司君は、どうしちゃったの…?どうして、女装までして…あの夜、どうして千鶴ちゃんと倒れてたの…?怪我もして…千鶴ちゃんの記憶を奪ったの、信司君でしょ…?」
強い風が吹きすさぶ。
二人の間に重い沈黙が流れた。
珠紀はわかっていた。千鶴の記憶を奪ったのは信司だと。彼ならば記憶を奪うことなど容易いことだ。その目的を知りたい。千鶴の記憶を奪うその理由は。
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