二次創作小説(紙ほか)
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- 薄桜鬼×緋色の欠片
- 日時: 2012/09/26 13:48
- 名前: さくら (ID: cPNADBfY)
はい。
初めましてな方もそいうでない方もこんにちは。
またさくらが何か始めたで。と思っている方もいると思いますが
薄桜鬼、緋色の欠片好きの方には読んで頂きたいです
二つの有名な乙女ゲームですね
遊び感覚で書いていくので「なんやねん、これ」な心構えで読んでもらえると嬉しいです←ここ重要
二つの時代がコラボする感じです
あたたかい目で見守ってやって下さい
それではのんびり屋のさくらがお送りします^^
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.255 )
- 日時: 2014/12/26 13:21
- 名前: さくら (ID: QdXVEKhj)
血の臭いが辺りに充満している。
半壊した宿屋は風が吹くたびに不気味な音を立て、今にも崩れ落ちそうなほどだった。
その半壊した宿屋で散々暴れ、死闘を繰り広げれれば近いうちにこの宿屋は全壊するだろう。
土埃が静かに舞う。宿屋に響くのは二人の男の荒い息。
「…しつこい男だ…そんなにこの刀が欲しいのか…」
ぴくりとも動かない遼を眼下に見て、風間は嘲笑った。
風間が手にしている刀には血がこびり付き、切っ先からは鮮血が滴っている。
倒れたまま動かない遼は畳を赤く染め上げていた。
「…お前と初めて会ったとき…何故か俺はお前を助けなければならんと思った…それが一体何を意味しているのか…俺にとってお前は一体何なのかを…見極めようとしたが…」
腕をすっと上げて、刀を遼に向ける。
「無駄な時間だった…」
ふっと声が響く。見れば遼が笑っていた。
全身に数カ所、致命傷を負わせた。相手も必死で深手とはいかなかったが、所詮は人間。獣の血が混ざっていようが致命傷を負えば死は免れない。
だが、この男は笑っていた。全身から血を流しながらも。
「何がおかしい?」
静かに、声を発さずに笑っている遼に風間は嘆息した。
血が流れ出たせいで気でも触れたとしか思えない。
いっそ一思いに楽にしてやろう。この男との出会いは自分にとって何か変化をもたらしてくれのではないか。そう期待していた。そう、期待していたのだ。
己の性格上誰かを期待することなどなかった。だから自分に驚いて、この男を訳も訊かずに拾ってやったのだ。だが期待外れとはこのこと。
苦しむならせめて楽にしてやる。恩を仇で返されたが、奇妙な運命を少しでも感じた自分の責任だ。風間は頭を振った。
振り上げていた刀を下ろそうとしたそのとき。
「…今、奇妙な運命だったとか思っただろう…」
「っ…!?」
刀を振り下ろす手を止めて、風間は笑みを絶やさない遼を見つめた。
「…そうだ…これは運命だったんだ…俺はあんたに助けてもらなければいけなかった…なぜなら…あんたがこの刀を欲しているから…」
突然語り出した遼に、風間は刀を振り下ろせないでいた。
聞き入ってしまうのは何故だ。この男の言葉は嘘かもしれないというのに。
「俺がここに来たのは…その刀を守るため…俺は呼ばれたんだ…玉依姫に…」
「たまよりひめ…?」
ざわり。
風が宿屋を吹き抜ける。同時に土埃が舞い上がり、半壊した宿屋が歪な音を立てた。
「あんたは俺を助けるように仕組まれた…俺は刀を守らなくてはいけない…そう、仕組まれたんだよ…“ある時代の玉依姫”に…」
「…言っている意味が」
「わからないだろうな。だが、真実しか俺は言わない…今更繕っても意味が無いからな…」
遼は視線だけを風間に向けて笑う。
その笑みがわからない。理解できない。死に際にどうして笑っていられるのか。
この男の言葉も理解できない。運命を、偶然の出会いを仕組んだ?
「その、たまよりひめとは何者だ…」
風間の問いにやや沈黙が流れて、遼は笑みを消した。そして真っ直ぐに風間を見据え、はっきりとした口調で言い放つ。
「俺が一生仕える主であり、仲間でもある—————春日珠紀だ」
言葉が響く。
ざわざわと風が吹き抜けた。風間の薄い茶髪を弄び、そして風はまた唐突に凪ぐ。
「…今、何と言った…」
「…?」
死を覚悟してた遼はその死をもたらすであろう男を見上げた。
するとどうだろう。先ほどまで殺意に満ちていた男の顔からはすっかりとそれが抜け落ちていた。
そこにいたのは鬼の統領でもない。ただの風間千景という男だった。
「今…春日、珠紀と…そう言ったのか…」
すっかり覇気をなくした風間は呆然と呟き眼下に居る遼に訊ねた。
「あ、あぁ…」
なぜ珠紀の名前を聞き直したのか。不審に思う遼とは反対に今度は風間が笑みを零した。
「ふっ…先ほどお前は言ったな…仕組まれた運命だと…ではこれもそういうことか…これは…仕組まれたことか…?」
風間の笑みは喜びと悲しみどちらも含んだような複雑な笑みだった。
喜びたいのに素直に喜べない。そんな表情だ。
「お前の主は…珠紀だったのか…」
戦意喪失したのか、風間は乾いた嗤い声を上げると遼に向けていた刀をすっと下げた。
「ならば恨むぞ…この運命を仕組んだ…玉依姫に…」
「何…を…?」
残る力を振り絞って遼は風間を見上げる。
やはり玉依姫が傍にいないことが大きな欠点だ。本領が発揮されない分、治癒力も低下する。
だが守護者はこの時代にまだいる。俺がいなくなったところでまた誰かが死守してくれるだろう。そう腹を括って、死を覚悟したというのに。
目の前の鬼は何故か笑っているのだ。
「俺が珠紀と出会うことも…仕組まれていたのなら…抵抗など…できるものか…」
風間が小さな声で何か呟いている。遼は耳が良いが、本当に聞こえない小さな声で呟いているようだ。上手く聞き取れない。
「……運命がもし定められていたのなら…それはいつからだ…」
突然自分に問いかけて来た風間に、遼は漸う答えた。
「……そんなの知らねぇよ。この時代の玉依姫に聞け」
「っふ…それもそうだな…」
風間は珍しく肯定して静かに刀を収めた。
「…その運命を感謝すればいいのかどうか…ふん…運命などと信じるつもりはないが…今はその運命に免じてやる…」
風間はつかつかと遼に近寄る。
身構える遼だったが、戦意を全く見せない風間はひょいと遼を担ぎ上げた。
「お、おい!?何を————」
「死にたくなければ大人しくしていろ。それとも今すぐ死にたいのか」
脅しとも取れるがその声音が含む言葉の意味は全く逆を示していた。
「鬼斬丸はくれてやる————」
「は?」
遼は風間に担がれて彼の表情が全く見えない。抑揚の無い声だけが聞こえてくる。
風間は半壊した宿屋を出ると歩き出した。
「傷が治ったら出て行け。刀と一緒にな————」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.256 )
- 日時: 2015/01/22 20:43
- 名前: さくら (ID: D4wk5Njy)
「ってな訳で…刀を奪い返したんだが…」
遼の説明が終わると拓磨は苦悶の表情のまま押し黙っていた。
一言も発しない拓磨に遼はおいと声をかける。
「俺の話は聞いていたのか、赤頭」
「赤頭じゃねぇ!!」
しっかりと自分の声は届いていることを確認して、遼はふっと息を吐いた。
「何を考えている」
「…その鬼は…」
「あ?」
「その鬼はどうしてお前に易々と刀を渡したんだ…?」
日が完全に沈んだため、広間は闇が広がっていた。
拓磨は難しい表情のまま立ち上がると障子を静かに開ける。
月が煌々と輝いていた。夜の帳に散りばめられた星を見上げて拓磨は唇を噛んだ。
「…珠紀か…」
「お前もそう思うか…あの鬼が珠紀と面識があっただなんてな…」
「…あるんだよ…珠紀と風間は何度か会っている…俺が知らないところで…」
拓磨は悔しそうに拳を握った。
「あの鬼と珠紀との間に何があったのかは定かではないが…あいつは俺の主が珠紀だと知ると大人しくなって…刀を渡した…」
二人は渋い顔で口を噤んだ。風間の行動には不審な点が気になるが、ともあれ結果的に鬼斬丸が帰ってきた。これに関しては喜ぶべきなのだろう。
「…だが…鬼斬丸がこちらの手にあっても…珠紀がいないんじゃ意味がない…」
「どういうことだよ?」
不穏な気配を纏う鬼斬丸を見つめて遼は苦々しく呟いた。
「言っただろ、俺はこの時代の玉依姫に会った…そいつは体が弱くてな…すぐにこっちに来れない変わりに俺が鬼斬丸を見張っていたんだ…この時代の玉依姫…璞玉というんだが、そいつは珠紀がいるだけで結界が作れると言ってたんだ」
「珠紀のいるだけで…?」
「あいつの存在だけで鬼斬丸を封じることはできる…今鬼斬丸は一つ封印が外れた状態だ。玉依姫が傍にいるだけで鬼斬丸の抑止力になる…加えて、ここは封印域に適した場所だ」
「ここが?」
差し込む月光が妖しく鬼斬丸を照らす。
障子から吹き込んだ風が二人の間をすり抜けた。
「ここにはあれがいるんだろ?」
「あれ?」
「お前と同族でありながら全く真逆の存在…」
遼は拓磨を見上げて目を細めた。彼の言葉でそれが一体何を指しているのか理解した拓磨は目を丸くしたと同時に、ぐっと唇を噛んだ。
「羅刹…!」
「そう…邪で邪を払うように…ここは鬼門の方角に羅刹を置いている…鬼門から入ってくる邪気は羅刹によって封じられ、珠紀の存在でこの場の空気が清められる…だから璞玉はお前達をここに召還した…土地柄が適した場所だからだ」
遼の説明に納得した拓磨は深く頷いた。どうして自分達はここに集められたのか。これでようやく理解できた。
「だが…珠紀がいなければ…」
「そう、封印域として機能しない…だから」
遼はすっと立ち上がると拓磨を真正面から見つめる。
彼の赤い目が宵闇に浮かび、強い光を帯びているのを拓磨は見逃さなかった。
「俺たちで珠紀を助ける。他の守護者の動きがわからない限り、俺たちがやるしかないだろ」
「…」
真っ直ぐな視線。迷いの無い言葉。強かな彼の姿勢に拓磨は驚いた。
最悪な状況なのに恐怖はないのか。不安はないのか。
色んな言葉が喉まで出かかったが、必死にそれを飲み込んだ。そんな拓磨の様子に遼は鼻で一蹴する。
「まぬけ面するのも大概にしろよ。お前がそんな調子でどうする。あいつが一番に待っているのはお前だろう」
「い、いや…お前、不安とか…ないのかと思って…」
遼の自信は一体どこからやってくるのか。拓磨はつい問うてしまった。
拓磨の問いに一瞬間を置いて、遼は毅然と答える。
「あ?不安?鬼斬丸の封印が解けたときより最悪な状況なんてないだろうが」
「狗谷…」
確かにそうだ。過去、鬼斬丸の封印が解かれたあの日。あの悪夢のような日より辛いものはない。
「だが…」
「珠紀なら大丈夫だ。典薬寮だって無下にはしないだろう。俺たちの玉依姫を信じろよ。あいつはそんなに柔な女かよ」
「…狗谷…」
遼の迷いのない言葉に拓磨は二の句を継げなかった。
何の根拠もないのに。何の確証もないのいに。彼の真っ直ぐな瞳は拓磨を射抜く。
「ふん。いつからそんなにしおらしくなったんだか…しっかりしろよ、赤頭」
「赤頭じゃねぇ!!」
拓磨はふっと微笑んだ。その笑みを見て、遼も微笑む。
困難な壁は今までもぶつかって来た。それを打ち砕いて前に進んで来たのは仲間がいたから。今は一人ではない。ここに仲間がいる。
「おーい、拓磨。松本先生のところの大蛇さんがお前に会いたいって…っと燭台に火もつけねぇで暗くないのか」
障子を開けて入って来た原田が暗闇を射抜く月光に照らされた二人を見止めて目を瞬いた。
「大蛇さんが?」
「あいつもこっちに来てたんだな」
「それと」
原田が言葉を紡ごうとしたとき、彼の背後から大蛇が現れる。
「こんばんは。おや…狗谷君もこちらに来ていたんですか」
「生憎と俺も守護者としてカウントされたらしくてな」
一瞬驚いた大蛇だったが、すぐに微笑み遼を歓迎する。
「それは良かった。人数は多い方がいいですからね」
「大蛇さん。一体どうしたんですか?」
拓磨の問いに大蛇は大きく頷いて答えた。
「お話があって来ました。それと…」
大蛇が自分の背後に視線を送る。拓磨と遼もそれに倣って視線を追った。
「こんばんは。拓磨君。そちらは初めましてですね」
大蛇の背後から出て来たのはお千だった。拓磨に笑顔であいさつすると彼の横に立っていた遼を見止めて頭を下げる。
「お千まで…二人は面識があったのか…?」
拓磨は首を傾げて大蛇とお千を交互に見つめる。二人は直接的な関係はなかったはずだ。
拓磨の問いにお千は朗らかに笑って答える。
「あぁ、それはあとで説明するわね。原田さん」
お千は広間の入り口に立っていた原田に声をかける。
「ここに幹部の方々を呼んで頂けますか?大事なお話があるんです…新撰組の方々にも、守護者の方々にも…」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.257 )
- 日時: 2015/02/01 16:46
- 名前: さくら (ID: D4wk5Njy)
「こんな時分にお集り頂き申し訳ありません」
広間に通るように浪々とした声が響いた。
日が暮れてすぐに広間へと召還された幹部、そして拓磨と遼、大蛇の三人の守護者とこの場には珍しい、お千が静かに座っていた。
千鶴にも招集の声がかかり、広間の隅で大人しく会合の様子を見守る。
平隊士以外全員が集まるとそれなりに壮観だ。ただ、以前より人数が減っていることは否めないが誰もそれを口にはしない。
「一体どうしたというんだね、大蛇さん。大事な話があると呼び出されたんだが…何かあったのかね?」
大蛇の前口上に首を横に振ると話を進めた。
夕餉の準備をしていた者、稽古をしていた者も呼び出されたのだから、よっぽどのことだろうと幹部達は思っていた。でなければここに集められた理由がわからない。
大蛇以外の守護者二人は検討もつかない。一体何の話が始まるのか。
「急にお呼びだてして申し訳ありません。お話は二つ。一つはご報告を。一つはお願いがあって参りました」
上座には近藤、土方、山南。
四方の壁を背に座っている幹部達は、幹部達に囲まれるように座している守護者達を見つめる。
「どんな話だ」
「はい。一つはご報告です。先日原田さんからお話は聞かせて頂きました、新撰組の分裂のお話なのですが…」
大蛇は口火を切ると一同の表情が変わる。広間の空気が一気に張りつめていくのがわかった。
それでも大蛇は朗らかな笑みをたたえながら続ける。
「平隊士の人数がだいぶ減ったとお聞きしました。それではお勤めに支障がでるのではないのですか?」
「…まぁ確かに…そのせいで平隊士に無茶させちまってる状況が続いているな…」
土方は渋い表情で答える。
現実問題、平隊士の人数が減ったことにより実務に支障が出始めている。
足りない人手を補うために平隊士一人の労働内容は過酷なものになっていた。
土方はどうにか隊を募集しようとしていたのだが、仕事に忙殺されそこまで手が回っていない状態だ。
「そこでご提案があります」
大蛇は立ち上がると広間の障子を静かに開けた。
「こちらです」
彼が声をかけると宵闇のなかから数十人の影が現れた。
よく見れば屈強な体躯の男達がぞろぞろと庭にたむろしていた。先ほどから庭が騒がしいと思っていたが、それはこのせいだったのか。
一同は目を瞬く。この男達は一体何なのか。
「この方々は新撰組に入隊希望の方々です。余計はお世話とは思ったのですが、千姫様が人数を集めて下さり、私とある方と人員を選別させて頂ました」
「なんと…!!」
一同はざわめき立つ。こんなに短期間で。この人数を。
新撰組はあまり京では聞こえが良くない。池田屋の一件で評判は立て直したものの、それでも払拭できない反発者はたくさんいる。
新しい隊士を募ってもなかなか集まらないのが現象だった。
だが。
「一体どうしたらこんな人数が…」
男達を前に近藤は呆けたように呟いた。
「大蛇さんとある方って…?」
大蛇の言葉が気になっていた千鶴は初めて口火を切る。
千鶴の問いに彼は優しく微笑んだ。
「大いに信用できる方で、私よりもずっと新撰組を知っているとある方ですよ」
「新撰組を知っている…?」
果たして外部にそんな人間はいたのだろうか。
千鶴は首を傾げて考えてみるが、そんな人物はそこに座っているお千くらいだ。それ以外に思いつかない。
大蛇は明確な答えを言わないまま話を続ける。
「どうでしょう。彼らを入隊させるか否かはそちらにお任せするとうことで…明日、日を改めて彼らを見て頂けますか?」
大蛇の言葉に首を横に振る者などいなかった。
新撰組にとってこれはありがたい話だ。京で勤めているせいで、隊士を募ろうとすれば京を出なくてはいけない。だが、そんな時間も人手も惜しい今、そんなことが出来るはずもない。
大蛇の提案を断るなどもったいない話である。
「ありがたい。ではさっそく明日、彼らを検分させて頂こう。異論はないかね?」
誰も口を開かない。反論する理由はないのだ。
人員がどれほどの力量を持っているかは別として、人数が募った今、隊士を集める良い機会だ。
「では、明日彼らを検分させてもらおう。源さん」
近藤の呼びかけに井上は一つ頷くと立ち上がり、男達を誘導する。
「彼らには今夜泊まっていってもらおう。明日、俺とトシと山南さんで人選を確認する」
土方は黙って頷く。山南も目を伏せた。それが彼らの是という合図だということもわかっている近藤はうんと頷く。
「ありがとう、大蛇君。人員不足には以前から頭を悩ませていたところだったんだ」
「お役に立てて光栄です」
大蛇は首を横にゆるゆると振ると笑顔で返した。
だが守護者の二人は怪訝そうに大蛇を見つめていた。彼がどうしてこんなことをするのか理由がわからない。
もちろん、新撰組に世話になっているその礼と言ってもおかしくはない。
だが、彼は計算高い策士だ。意味もなしにこんなことはしないはずだ。
二人は訝しげに大蛇を見つめていると彼はゆっくりと口を開いた。
「では二つ目。お願いごとを聞いていただけますでしょうか」
大蛇は決して凛とした姿勢を崩さないまま、幹部を見つめる。その眼鏡、否、双眸がきらめいたのを二人は見逃さなかった。
「お願いごととは…ここを鬼斬丸の封印域にしたいのです」
大蛇の提案に幹部達は眉を潜める。一番に驚いているのは拓磨で、目を何度も瞬いた。
「大蛇さん、ど、どうしてそれを…!!」
「ずっと気になっていたんです。どうして我々はここに集ったのか…その理由をずっと調べていました。そして理解したのです。どうしてこの時代の玉依姫はここに我々を召還したのか」
大蛇はさらに続ける。
「それはこの地が封印域に適していたから。珠紀さんを呼んだのもそのため。彼女の存在自体が鬼斬丸を抑制し、そして我々守護者の力で封印する。ですがそれはきちんとした場所でなければならない。鬼斬丸は本来聖域に封印します。ですが、鬼斬丸を盗まれそれが出来ない今、付け焼き刃でも聖域と似た空間を作らねばなりません。それがここ…この土地なのです。風水、陰陽道あらゆる分野から見てこの土地は好条件が揃っています」
彼の説明はさきほど遼が拓磨にしたものと全く同じ。自分で調べたと言っていたが、よくもここまで調べられたものだと拓磨は感嘆した。
「ふん…なるほど…交換条件って奴か」
大蛇の話を聞いた土方は腕を組んで苦々しく笑った。
大蛇は笑みをたたえたまま何も言わない。
「それはそちらの条件を飲まざるを得ないでしょう…こちらは既に条件を了承してしまいましたし…」
山南は横に鎮座する局長と副長をちらりと見やる。
二人も同意見だったのか、黙って頷いた。
隊士不足という問題を解消する代わりにこちらの条件を飲めという無言の意志。
新撰組が先に問題解決策を了承してしまったのだ。この取引は勝手だが成立したとしか言えない。
「ふん…ただ笑っているだけの優男じゃねぇってことか…」
一本取られたと土方は悔しそうに、だが決して嫌ではないのだろう笑っていた。
「ではいくらでも屯所を封印域に使ってくれて構わない」
「ですがあれだけの人数の隊士が増えるとなるなら…この屯所では少し手狭では…」
「そうだな…そうなると屯所の引っ越しも考えるか…そうなるとこの土地の条件とやらはどうなるんだ」
土方は大蛇に視線を送ると彼は一つ大きく頷く。
「大丈夫です。土地…というよりも設置に重きを置いて頂きたいのです。必ず羅刹を北の方角に置いて頂ければ…土地が変わっても同じ機能を果たすでしょう」
大蛇の言葉に一同は眉を潜める。
新撰組にとって腫れ物のような存在を軽々しく口にするのはあまり聞こえが良くない。
「どういうことだ…」
それまで黙っていた永倉が語調を低めて大蛇を睨んだ。
「失礼。説明をさせて頂きたい。邪を封じるには邪を…北は鬼門の方角、そこに邪を…同じ鬼を置くことで災厄は封じられるという考え方があります。鬼…羅刹を北の方角に置くことで封印域は聖域となる……珠紀さんがいれば、の話ですが…」
彼の説明に拓磨はぐっと唇を噛む。
「彼女の存在そのものが聖なるもの…彼女がいる空間は自然と聖域となる…ですが今珠紀さんはいない…聖域は完成しないのです」
「じゃぁ早く珠紀を見つけねぇと…」
「そう。鬼斬丸は封印できません。ですが、他に方法が一つだけあります」
「他に?」
拓磨は隣に座る年長者を見つめる。珠紀以外に一体誰が封印域を作れるというのか。
「この時代の玉依姫をここへお呼びする…そうすれば聖域は完成します」
「…その手があった」
間抜けな声を出す拓磨に遼は呆れた溜め息を零す。
「それはどうだろうな。あいつは体が弱い。ここまで来るには時間がかかるぜ」
「最後の手段です。珠紀さんを見つけることを最優先に。もしものことは考えておきましょう」
大蛇が真摯な表情で遼を見つめる。
もちろん珠紀を奪取し封印域を完成させる。それが最良で絶対だ。
だがもう何が起こるのか誰にも予想はできない。もしものことを考えて損はないだろう。
「じゃぁやっぱり珠紀を—————」
拓磨が口を開いたときだ。まばゆい閃光が広間に差した。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.258 )
- 日時: 2015/02/23 22:10
- 名前: さくら (ID: gIPC2ITq)
一瞬のできごとでその光はすぐに消えたが、一同は障子を開けた。
「お、お前———!!」
庭先に一つの影。闇にとけ込めないその影は静かに頭を垂れた。
「お久しぶりでございます、拓磨様—————」
恭しくあいさつをする男の顔は見えない。鬼のような面をつけていて、白髪の髪は伸び放題だ。纏う衣も薄汚れている。拓磨の姿を確認するとすっと立ち上がった。
その体躯に大蛇と遼は驚く。自分たちも長身に部類されるが、そんなものは比ではない。自分たちが顔を上げなければ男の頭が視界に収まらないのだ。
「お前、どうしてここに————」
拓磨が駆け寄ろうとしたとき、沖田がすっと彼を制した。
沖田の行動に見上げて彼に視線で問うが、答えを言わずに沖田はすっと視線を男に向ける。
「わざわざそっちから来てくれるなんて有り難い話だね」
「用件を言え。何しに来た」
沖田の前に土方が一歩足を踏み出し、男を睨む。
「え、沖田さん、こいつは—————」
「以前現れた不審者でしょ?珠紀ちゃんならここにはいないよ、残念だったね。それで、不審者がわざわざ何の用かな?」
沖田は刀の鯉口に手を添えて、男を睨み据えた。
新撰組にとって男————冴鬼は以前屯所を襲撃した不審者でしかない。
屯所を荒らし、危害を加えようとしたその罪と、何より沖田と土方の矜持を傷つけた。新撰組で剣豪を誇っていたが歯も立たなかったのだ。
その矜持を傷つけた男が今再び目の前にいる。
沖田と土方の怒気を近くで感じた拓磨は二人の前に出ると首を横に振った。
「こいつは不審者じゃない!!確かにあのとき、珠紀を連れ去ろうとしたけど、それは訳あって…」
「拓磨…そこをどけ」
「直接本人の口から聞きたいなぁ」
土方の地を這うような低い声、沖田はおどけているが目は決して笑っていない二人の反応に拓磨は口を噤んだ。
それまで黙っていた冴鬼は警戒心を露にする新撰組の面々を見渡した。
「以前はご無礼仕りました。急を要したとは言え、敷地を荒らしたことをお詫び致します。今回こちらに参ったのは…」
冴鬼はちらりと拓磨を見てまたすぐに新撰組に視線を戻す。
「誘拐された珠紀様を救う手立てを探すためでございます」
冴鬼の言葉に一同は目を丸くした。どうしてこの男は珠紀が誘拐されたことを知っているのか。
「先日。典薬寮が社の方に参り…珠紀様を人質にとった旨を知らせに…珠紀様を人質にとられては璞玉様も動きようがございません…現在、璞玉様は典薬寮の監視下に置かれ…こちらに参ることもできません」
「何だって…!?」
驚いた声を上げたのは遼で、悔しそうに唇を噛んでいた。
「なるほど…珠紀さんを人質にとれば現玉依姫が動けないことを想定して…そこまで考えていたのですか、典薬遼は…」
大蛇の言葉に拓磨はぐっと拳を握った。
典薬寮に一手、二手と遅れをとっている。その状況が苛立たしい。
一瞬でも惑えば奴らはその隙を突いてくる。後手に回っていることが今の現状を生んでいるのだ。
「お前はその、璞玉についてなくていいのか?」
「はい。お傍には拓魅様もついていらっしゃいます。私は珠紀様の捜索を仰せ付かりました」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
守護者のやりとりに待ったをかけた沖田は困惑しながら言葉を紡ぐ。
「何?その男は結局君たちの仲間なの?いつから?その男は何者なのさ?」
沖田の問いは新撰組の面々が抱く疑問を代弁したようだ。幹部たちは全員答えを待っている。
「説明します…全部。部屋に戻りましょう」
「つまり、この方…冴鬼君と言ったか…冴鬼君は今の玉依姫を守っている守護者の分家の人なんだね?」
近藤の問いに頷いた冴鬼は居住まいを正した。
部屋に戻った一同は冴鬼の素性について説明した。守護者の遼と大蛇も知らなかった様子で、説明を黙って聞いていた。
「えっと…?つまりは仲間ってことでいいのか?」
頭を掻きややこしい話は苦手なのか、永倉は眉根を寄せて確認する。
「そう認識して頂いて間違いはございません」
冴鬼の以前とは違った空気、立ち居振る舞い、何より纏う気配が違う。
戦闘など毛頭考えていない。殺気も感じられない。
冴鬼の態度に幹部は頭をひねる。この男は信用に足る人物なのか。
拓磨とのやりとりを見ていると彼は敵意どころか警戒心すらなく、毅然と接している。その様子を見てとりあえず懸念する必要はないのだろうが、信用はできない。幹部は黙って冴鬼を見つめる。
「それで…珠紀様を捜索したんですが…京には気配が感じられませんでした…」
「やっぱり…」
「俺は捜索の手を伸ばしてみるつもりです。拓魅様からは拓磨様守護者とともに捜索の命を仰せつかっています。お力になれればと思います。何なりとお申しつけ下さい」
頭を垂れる冴え鬼に、拓磨は頷く。自分たちだけでは限界があった。
璞玉が動けないとなったなら何としても珠紀を救うしかない。
決意を固める拓磨の横に座っていた遼は、じっと冴鬼を見つめる。
「…?何か…」
視線に気がついた冴鬼は小首を傾げて遼に問いかける。
「…お前、これ、知ってるか…」
遼は真剣な面持ちで懐からある一冊の書物を取り出す。
それは年月を経て紙が黄ばみ、表紙の字も掠れて読めないほど古い書物だった。
冴鬼は黙ってその書物を受け取りぱらりと頁をめくる。
「これは…!!この筆跡は…玉詠様の…ッ!!」
冴鬼は驚愕しているのか顔を上げて遼に詰め寄る。
「どうしてこれを…!!」
「俺がいた時代の神社の蔵にあったものだ…やっぱりな…この書物を書いたのは誰だ」
「現玉依姫…璞玉様のお母君…先代の玉依姫、玉詠姫様の日記でございます」
二人のやりとりを見ていた拓磨と大蛇は小首を傾げる。
「その先代の日記がどうかしたのですか、狗谷君」
問われた遼は口の端を吊り上げる。
「この日記にはな…玉依姫神から鬼斬丸が盗まれる、と予言を受けたと書かれている…憂えた玉詠姫は自分の力を使って俺たちをここに呼んだ」
「は?ちょ、ちょっと待てよ。俺たちをここに呼んだのは今の玉依姫の璞玉だろう?」
困惑する拓磨に、遼は首を横に振って否定した。
「違う。璞玉が呼んだのは他の時代の玉依姫だけ。俺たちは呼んでないぜ」
「…確かに。璞玉様は最初、守護者を呼んではいないのに何故…とおっしゃっていた…」
「どういうことですか?狗谷君がどうしてその日記を…」
「たまたま蔵で書物を読んでいたときだ。そのときこの日記が何故か目に入って読んでみたんだよ。そしたら鬼斬丸が盗まれ封印が解かれるとお告げを受けて未来の守護者を召還する、と記してあった。だから気になって他の書物を探した。次の世代の玉依姫が何か行動を起こしていないか…てな。そしたら璞玉が書いたらしき書物が出て来てな。それを読もうとした瞬間この時代に飛ばされたんだ」
「じゃぁあの書物はお前が見つけたものだったのか…!!」
「私たちはそのあと蔵の掃除をしていたときにその書物を見つけたんですよ」
「璞玉様は玉依姫様だけを召還し…先代は守護者を召還した…と。璞玉様が他の時代の玉依姫をお呼びしたことは知っていましたが…先代がそんなことをしているとは…聞いていません」
先代が他の守護者を召還していたなら璞玉が知っているはず。だが、先代が璞玉にその旨を伝えていない可能性も考えられる。
「ですが先代が璞玉様に教えていないことが不自然だ…玉詠様はどうしてそのようなことを…」
「今その先代は?直接聞いてみれば…」
そこまで口にして拓磨は言葉を飲み込んだ。大蛇と遼の鋭い視線を受けたからだ。
「先代は…三年前に亡くなられました…そのためにまだ幼い璞玉様が継承され…その真偽を確かめることは…」
「そ、そうだったのか…悪い…」
拓磨はばつが悪そうに頭を下げる。冴鬼は首を横に振ると遼に向き直った。
「玉詠様が何故そのようなことをしたのか…その日記には何か書かれているのですか?」
「娘の危機に備えるため…とだけ…」
「危機?鬼斬丸が盗まれるってことか?」
拓磨の疑問に大蛇は漸う言葉を口にした。
「いえ…それだけではないでしょう…冴鬼さん」
名前を呼ばれた冴鬼は一瞬びくりと肩を揺らした。三人の守護者の視線が集まる。押し黙って何か逡巡したあと三人を見渡し、次に新撰組の面々を見渡した。
「お話ししましょう…新撰組の方々にもご迷惑をかけている…我々玉依姫様を守る者と…そうでない者との…古い因縁の話を…お付き合い願えますか?」
冴鬼の背筋がすっと伸びる。自然と広間に緊張感が走った。
誰もが口を閉ざし、冴鬼の言葉を待つ。
「長いお話でございます…因縁とはこれほどまでに運命を狂わせ…いえ…鬼斬丸が封印されてから…我々の運命などとうの昔に狂っていたのでしょうか…」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.259 )
- 日時: 2015/02/26 22:00
- 名前: さくら (ID: gIPC2ITq)
夢も見ないほど深い眠りについていた。
微睡みの淵から目覚めたとき、まだ覚醒しきっていなかった。頭にもやがかかったようにぼうっとしてしまう。
何となく視界に入っていたのは自分の手と見知らぬ布団。世界が横向きに見えるのは自分が横になっているからだ。しばらく自分の手を見つめてそっと寝返りをうった。またもや見知らぬ天井が目に飛び込んで来た。これは夢だろうか。ここはどこだろう。見知らぬ場所のせいもあって夢か現実か、目覚めたばかりの脳ではすぐに判断できなかった。
「おはよう。ようやくお目覚めかな」
声が、聞こえた。
首だけをその声がした方へと向けると、部屋の丸窓の縁に腰掛ける青年の姿があった。さほど広くない部屋だが、見渡せば調度品はどれも豪奢なものだ。
ぼんやりと彼を見つめていると青年は困ったように肩をすくめた。
「寝ぼけてる顔だね。無理もないか。清次郎の術は少し強かったし」
青年は鷹が大きく両翼を広げた濃紺の羽織を肩にかけ、白の長着を着ていた。
長い髪は後ろで結われ、彼が首を傾げるとそれに倣って髪も肩からさらりと落ちる。
「お腹空いてるだろう?今飯を持ってこさせよう。ふふ、それとも二度寝するかい?」
しばらく少年を見つめて、ぼんやりと考えた。
「ここは…?」
ようやく出た言葉は思った以上に掠れていた。だが、青年の耳にはしっかりと届いていたようだ。
「ここはとある場所の異空間。君が案外長いこと眠っていたから僕が見張りの番をしていたわけ。まだ眠い?」
重い瞼がだんだんと下がってくる。それを見た青年は苦笑した。
「貴方は…?」
「俺は正彦。芦屋正彦。君と会うのはこれで二度目だね」
正彦の名前を心の中で反芻して、じっと考える。どこで聞いたのだろう。その名前を知っている。この人を知っている。
そこでようやく珠紀の目が覚めた。
「あ、貴方!!」
「ようやく目が覚めたみたいだね。おはよう。気分はどう?」
上体を起こして珠紀は正彦を睨んだ。良質の布団をめくりあげるとそのまま立ち上がろうとした。が。
「おっと」
「っ…」
大きく身体が傾いだ。それを素早い動きで正彦が支えた。
「まだ無理はしない方がいい。身体はいうこと聞かないだろう?」
「っ…!」
きっと正彦を睨み据える。
「どうして私を狙うの…!!拓磨たちに…新撰組の人たちには何もしてないでしょうね!?」
正彦は珠紀からすっと体を離すと降参したように両手を上げた。
「守護者も新撰組も無事だよ。何もしてない…ちょっと怪我はしただろうけど」
珠紀の視線が鋭いものとなる。
「酷い…ッ!!どうしてこんなことするの…!?私を屯所に返しなさい!!」
「相変わらず威勢の良い玉依姫だ。以前会ったときにも思ったけどもっとしとやかさを身につけた方がいい。そんなに怖い顔していると男は逃げていってしまうよ」
そっと正彦が手を伸ばし珠紀の頬に触れる。嫌悪感しか抱かない相手に触れるなど我慢ならない珠紀はすぐさまその手を払いのけた。
「大きなお世話よ!!私をここから出しなさい!!」
怯まずに正彦にくってかかる。だが正彦は笑みをたたえたまま、まるで可愛い動物を籠に入れて愛でるような猫撫で声で言葉を紡ぐ。
「以前も言ったでしょう。貴方に会いたい人が居る、と。大人しくしてくれれば危害は加えないよ」
余裕をたたえたその笑みが珠紀の神経を逆撫でする。この人は過去に冴鬼を、拓磨を傷つけた人だ。その人が今目の前にいる。こみ上げてくる怒りで体が震えた。
「飯を持ってこさせよう。三日も眠っていたんだ。何か口に入れるといい」
「三日…!?私、三日も眠っていたの!?」
驚く珠紀とは対照に正彦は当然と言わんばかりに頷いた。
「清次郎がかけた術が少し強かったんだろう。無理もない。ゆっくりするといい」
正彦は珠紀の横を通り、襖に手をかける。
「あぁそれと…ここで大人しくしててもらうからね。悪いけどしばらくは外へ出してあげられないんだ」
朗らかな笑みを残して正彦は部屋を後にした。
静まり返った部屋が珠紀を冷静にさせる。ゆっくりと部屋を見渡した。
十畳ほどの畳み部屋で、右壁には襖が、左壁には障子が並んでいる。障子に手をかけようとした瞬間手に静電気のような痛みが走った。
「これは…」
出入り口である障子と襖を確認する。神経を集中すればそこに鞏固な結界が施されていた。
「どうしても私を外に出さないつもりね…」
部屋全体を覆うような結界が誰によって施されたものか、すぐにわかった。これは正彦の仕業だ。何となく気配だけでわかる。どうしてもここから出すつもりはないらしい。
「おーちゃん」
名前を呼んでみたが返ってくるのは静寂だけだった。連れ去られる前にオサキ狐が傍にいたことだけは覚えている。だがそこから記憶がなかった。きっと屯所にオサキ狐はいるのだろう。
自分が独りだということを否が応でも思い知らされる。一気に孤独感に襲われ、体が固まる。
「…大丈夫。気をしっかり持つのよ」
珠紀はふっと息を吐くと部屋を覆う結界に神経を集中させた。
覆っているのは部屋だけだ。結界の数はひとつ。ふうっと長い息を吐いたあと、障子に手を這わせた。ビリビリと閃光が弾け、痛みが右手に走る。
それでも構わず触れ続け、意識を集中した。結界はひとつ。鞏固に感じられてもどこかに隙はあらはずだ。集中してその綻びを探す。
「っ…!!」
その間にも右手に激痛が走り、痛みで感覚が麻痺していく。痛みに堪え意識が一つの弱い部分を見つけた。その場所に神経を集中させ力を入れた。
その刹那。がしゃんとガラスが割れたような大きな音がした。
「…やった…?」
右手の痛みがなくなり、左手で障子に触れる。何も起こらないことを確認してから珠紀は障子を開けた。
障子を開けると長い廊下に隣接していた。薄暗いその廊下を静かに歩く。誰かに遭遇してはまずい。あたりを警戒しつつ歩を進めた。
長い廊下を抜け、突き当たりの壁を右に折れると広い庭に出た。空は晴れて春の日差しが小さな庭に降り注いでいる。
庭に下りると塀の前まで歩いて立ち止まる。左右見渡すと塀はどこまでも続いていた。振り返ると館の全貌が見えた。屋根は茅葺き屋根で古い民家を思わせた。どうにかして塀を登って外に出たい。珠紀は周辺に足をかけられる場所がないか探す。
「そこで何をしているの?」
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