二次創作小説(紙ほか)
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- 薄桜鬼×緋色の欠片
- 日時: 2012/09/26 13:48
- 名前: さくら (ID: cPNADBfY)
はい。
初めましてな方もそいうでない方もこんにちは。
またさくらが何か始めたで。と思っている方もいると思いますが
薄桜鬼、緋色の欠片好きの方には読んで頂きたいです
二つの有名な乙女ゲームですね
遊び感覚で書いていくので「なんやねん、これ」な心構えで読んでもらえると嬉しいです←ここ重要
二つの時代がコラボする感じです
あたたかい目で見守ってやって下さい
それではのんびり屋のさくらがお送りします^^
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.195 )
- 日時: 2013/12/15 22:31
- 名前: さくら (ID: xkqmATKo)
「待って下さい…?僕は十分待ったよ?千鶴」
「薫君…」
大通連を手に立ち上がった薫に信司は警戒する。
「僕が南雲家に引き取られて何があったと思う?向こうは女鬼が欲しかったんだ。子供を産む女鬼は貴重だからね。けどどうだろう。蓋を開ければやって来たのは男鬼。それを理由に俺は南雲家に酷い仕打ちを受けたよ」
薫はそう言うと刀をすっと抜いた。信司はぐっと身構え、薫を見上げる。峰を自分に向けて刀に映る自分を見ている。
そしてうっそりと言葉を続けた。
「男だって理由でどうして虐げられなきゃいけない?どうして性別だけでこうも扱いが違う?どうしてお前だけ幸せに、のうのうと生きてこれた?」
「か、おる…さん…」
千鶴は瞬きも忘れて薫を見上げた。その顔には何もない。ただ淡々と語る薫が今までどんな人生を送って来たのか、それは千鶴には想像できないものだ。
「どうしてお前だけが幸せになるんだ?どうして俺だけ不幸なんだ?」
「…薫君。刀を収めて」
刀に向けていた視線を信司に向けると薫は口元を歪ませてにたっと嗤った。
「お前はわかってくれるよな、信司。俺の不幸を。そして…」
刀の切っ先をすっと千鶴に向け、薫は続けた。
「千鶴を俺と同じ不幸にする…なぁ信司。おかしいと思うだろ。同じ双子なのにどうしてこうも違う」
くつくつと喉の奥で嗤う薫の目には憎悪の色があった。その意識が自分に向いていると知ったとき、千鶴は地面が崩れていく思いだった。
薫の話が本当なら、自分は鬼で、綱道は本当の父親ではなく。
「どうしてこいつだけ幸せそうに笑ってるんだよ。どうして俺だけこんな惨めな思いをしなくちゃいけない?」
薫の声は次第に震え、そして顔を押さえた。肩を揺らし、泣いているのだと思った。だが、突如部屋に薫の嗤い声が響く。
「はははははははははっ!!!だから俺は決めたんだ…お前を俺と同じところまで堕としてあげるってね…」
「か、おる…さん…」
千鶴はようやく薫が向けるその敵意の意味を知った。
薫がこれまでの人生で味わった不幸、不平、不憫を垣間みた瞬間だ。
千鶴は呆然と薫を見上げる。かける言葉が見つからない。
「その幸せそうな顔をどうすれば不幸に歪むのか、これまでずっと考えて生きて来た…!やっと会えたね、千鶴…!!!……そして———」
薫は手にしていた刀を千鶴の首元に当てた。
「ここでさようなら、だ—————…!!!!!」
薫が刀を振り上げる。千鶴は動けなかった。あまりにも衝撃的な事実を知った後で、薫が向ける敵意が殺意に変わってもそれにはすぐに気づけない。
金縛りにあったかのように千鶴は微動だにできなかった。
「制止——————!!!」
凛とした声が響く。すると薫の動きが止まった。今度は薫が金縛りにあっているかのように、刀を振り上げた上体のまま制止している。
「信司…!!」
「君の復讐もそこまでだ…薫君」
千鶴を庇うように信司は立ちはだかった。信じられない、と薫は目を丸くしている。
「僕は君を止めるためにずっと君の傍にいた…こうならないために…だっておかしいよ。どうして兄妹が争わなくちゃいけないの?千鶴ちゃんはたった一人の、君の肉親なのに…」
信司は目を細めて切なげに言った。その脳裏には双子だと知らずに育てられ、そして自分の力不足で分家に身を寄せ、自分が背負うべき不幸を背負わせてしまった可愛い妹、美鶴の姿があった。
「報復だけでは何も変わらないよ、薫君。君は間違ってる。千鶴ちゃんを殺しても残るのは虚しさだけだと思うんだ」
「…お前は俺と同じだと少し思ってたけど…違うみたいだね…信司———!!」
薫が目を見開いた瞬間、信司の言霊を破って再び刀を振り下ろした。
「っ…!!!」
思わぬ行動に信司はそのまま剣撃を体に受けた。避ければ千鶴に太刀を浴びせることになる。その場から動かず、切っ先を受けた信司は肩口を深く斬られた。
「信司君…!!」
赤い鮮血が畳に散った。千鶴は咄嗟に倒れそうになる信司を支える。
「信司。俺とお前は違う…全く違う…俺の不幸に比べればお前はまだまだなんだよ…」
「薫、君…」
「前に言ったよね。俺に君は救えない。何があっても。だのに、どうしてお前は馬鹿馬鹿しくも俺の傍にいたんだ」
薫は刀に付着した信司の血を払いながら、問うた。
深い刀傷を負った信司は肩に手を当てながら、まっすぐに薫を見上げる。
「君が、友達だから———」
「…は?」
薫は何を言われたのかわからない、というように口を半開きにして笑みを消した。
信司はもう一度言葉を紡ぐ。
「君は僕の大切な人だから…僕を助けてくれた恩人だから…だからこんなことしないで欲しいんだ…薫君。お願い。その刀を収めて…」
信司は頭を下げた。千鶴はその行動に目を丸くした。だが、目を丸くしたのは薫も同じで、信司を見下げて動かない。
「何を、言ってるの…?お前は…」
「僕はどうしてこの時代に来たのかずっと疑問だった…でも今はわかる。君を助けるため、僕はここにいるんだ。薫君。妹を苦しめて…それで君は満足なの…?本当はわかってるんじゃないの…こんなことしても無———」
「黙れっ!!!!」
薫は目にも留まらぬ速さで信司に刀を向ける。頭を下げている信司の髪の毛を少し切りながら、刀を彼の首元に当てる薫は、しかしその手は震えていた。
「お前に!!!お前に何がわかるっ!!!知った風な口を聞くなっ!!!」
薫の叫び声は部屋の空気をびりびりと揺らした。だが、それでも信司は頭を下げたまま、言葉を続ける。
「…確かに僕は薫君の人生より生温く見えるよね…でも、同じ妹を持つ兄として…どうかその気持ちを捨てて欲しいんだ…失ってからでは遅いんだよ…!」
そうしている間にも信司の肩は着物を赤く染め、鮮血は腕を伝い畳に黒いシミを広げていく。
「お願い…薫君…」
畳に額を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げる信司を薫は冷たい瞳で見下ろしている。千鶴も信司を支えながら頭を下げた。
「薫さん…私が憎いなら、それでも構いません…気が済むまで…薫さんの気持ちが晴れるまで…私がその業を受けます…!だからどうか、信司君を傷つけないで…!」
薫は黙ったままで動かない。重苦しい沈黙が流れた。ほんの少ししか時間は経っていないのに一日経ったかのように時間が長く感じられた。
「…どうして…そこまでするのか、俺にはわからない…信司…」
名を呼ばれて信司は顔をゆっくり上げる。悲しい目をした薫と視線がぶつかった。
「お前は復讐をするなって言うのか…そんなこと言われたら…俺は…」
今まで妹に復讐することばかり望んで来た。自分だけ不幸を味わい、虐げられ、だのにどうして血の繋がった妹は幸せに暮らしている。
憎い憎い憎い。千鶴が憎い。
妹への憎悪が生まれるのにそう時間はかからなかった。
それだけを心に刻み、心の依り代にして今まで生きて来た。
それを。
「俺の人生を否定することにしかならないんだよ、信司…復讐だけが俺の全て。他には何もない…俺から復讐心を奪えば、何も残らない…」
悲しげに呟かれる言葉に千鶴は胸を打たれる。孤独のなかで生きて来たこの人は復讐心を活力に、目標にして生きてきた。
深い闇のなかでこの人はもがき苦しんでいる。今も、ずっと。
「生きる意味さえも…俺から奪うのか、信司…」
「薫君…」
刀が首もとから離れ、薫は虚しく笑った。
「お前にはわからないよ、信司…復讐だけを考えて生きて来た人生なんて…お前なんかに…お前なんかに…」
信司ははっと何かに気がついたのか咄嗟に千鶴を抱きしめた。
「お前なんかに理解されても俺の人生は簡単に変えられないっ!!!!!」
薫は腕を横に払った。嗤いながら、それこそ自虐的に叫んで、刀を振った。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.196 )
- 日時: 2013/12/17 21:16
- 名前: さくら (ID: xkqmATKo)
「きゃぁっ…!!」
鈍い音が部屋に響いた。
血の臭いが辺りに広がる。それは信司の肩から流れる傷とは別に、鉄の臭いが鼻腔をかすめた。
千鶴は自分を庇った信司を抱き起こす。先ほどの剣撃を食らったせいで、信司の背中には大きく横に傷口ができていた。
千鶴は懐から懐紙を取り出し、それで止血を試みる。傷口は浅いようだが、横に大きく伸びているため、出血が多い。
「信司君…!しっかりして…!!」
痛みと戦っているのか遠のく意識を必死に呼び止め、薫を見上げる。
「…どうしてここから千鶴を逃がそうとした。俺は妹がいるといったが千鶴だとは教えていないはずだ。どこで知った」
淡々と低い語調で薫は問うた。信司は視線を彷徨わせて薫を探した。
出血で視界が霞み始めたのだ。目をこすりながら信司は答える。
「…君、は…教えてくれなかったから…だから、自分で調べようと思って…あの、人…いや、人じゃないよね…風間さんに教えてもらったんだ…」
「え…風間さん…?」
どうしてここで風間の名前が出てくるのかと千鶴は目を丸くする。顔を上げれば薫は納得したような顔で嗤っていた。
「なるほどな…余計なことをしてくれる…」
「全部…聞いたよ…君のこと…」
信司の意識は過去へと遡る。
「知りたいことは全て教えてやろう。だが、お前の話も聞かせろ。いいな?」
珠紀が深く頷くと覆い被さっていた風間は珠紀から離れた。そして胡座を掻いて座ると酒を口に運んだ。
「犬飼という男に会ったのは最近だ…知人に連れられて俺の元を訪れた…そしてついこの間だ…今度は奴一人で俺に会いにきた」
珠紀は上体を起こすと風間の正面に座り直した。
「どうしても聞きたいことがあると言ってな。俺に頭を下げてきた」
「聞きたいこと…?」
風間の杯に酌をしつつ、珠紀は小首を傾げた。
「あいつは…犬飼は先に触れた知人に拾われたらしく…そいつに恩を返すために芸者として働いていると聞いた…」
「恩を返すため…」
「その知人の男のことを知りたいと奴は言ってきた。どうしても彼を助けたいと言ってな」
風間の話はこうだった———
『お願いです。薫君について教えて欲しいんです』
薫と会合を開いてから数日後。風間の元に信司が訪れた。
芸子姿ではなく男の、普段の格好で現れたときは一瞬誰だかわからなかったが、透きとおった瞳を見て風間はあぁと思い出した。
『突然何かと思えばあの男のことか。よせ。知ったところでどうするのだ』
風間は初め信司の頼み事を一笑した。薫の過去が重く暗いことを知っていた風間は信司がそれを知ったところで何も変わらないと思っている。
『それでも…教えて欲しいんです。僕は彼を、薫君を救いたい…』
信司の瞳は真っ直ぐに風間を射抜いていた。
『僕は薫君が鬼で…妹を探していることしか知りません。過去、彼に何があったのか何度訊ねても教えてくれないんです…』
『それはそうだろうな。お前が知ったところで何も変わらん』
またも嘲笑う風間に、信司は頭を下げて懇願した。
『どうしても知らなくちゃいけないんです…彼を見ているとどこか危うい…一人にしておくと薫君はどこか遠くへ行ってしまう気がして…』
『ふん、お前は奴の妻か。いちいち奴を詮索したがる、その気が知れんがな。良いだろう、教えてやる。お前に何が出来るか、証明してみろ』
風間は口元を歪めて信司に知り得る全ての情報を信司に教えてやった。
薫の過去、生い立ち、現在。東に住まう鬼は雪村家が最大の規模を誇っていたが、人間たちに破壊されたとこ。女装してまで自分を偽り、復讐心ひとつで生き別れた妹、千鶴を探していること。そしてその千鶴が新撰組に身を預けていること。その千鶴は過去の記憶はなく、薫のことも自分が鬼であるとも知らないこと。全てを教えた。
話し終えると信司はしばらく重く口を閉ざしていた。
当然と言えば当然の反応かもしれない。薫の過去は予想以上に辛辣で、悲惨だ。
『…お話いただき、ありがとうございました』
信司は深く頭を下げると風間の元を後にしたという。
「…信司君はその南雲薫さんの為に一体何をしようとして…千鶴ちゃんが…鬼…?」
一度に膨大な情報を得た珠紀は頭を抱え込んだ。
信司が一人で抱え込もうとしているものが大きいものに感じられて珠紀は心配になってきた。彼は一人で何をする気なのか。
風間の話では薫は妹、千鶴に復讐を企んでいる。それを阻止しようとしているのか。それを阻止するために黙って彼の元にいて、色町に潜入していたのか。
全ては信司自身の口から聞かなければわからない。納得できない。
やはり信司を探して問いただすべきなのだ。
「あの、風間さん、私やっぱり…」
立ち上がって珠紀は部屋を出て行こうとする。どこか胸騒ぎがして嫌な予感がする。
だが退出しようとした珠紀より先に襖に手を掛け、出口を塞いだ。
「約束を忘れたか?奴のことを教えればお前の話を聞かせろ、と…」
「あ…その…」
忘れていたわけではないが、今はそれよりも信司が気になって仕方がない。
断ろうと口を開こうとしたときだ。
「約束を違えるのならどうなるかわかっているのだろうな」
目の前に立ちはだかる風間が突然顔を近づけ、そして唇を塞がれた。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。珠紀は間近にある風間の長い柳眉を見つめ、思考が停止する。
だがすぐに頭に光が弾け珠紀は顔を背けていた。
「やっ…!!!」
「約束を違えたのはお前だ。それ相応の罰を受けて貰おうか」
「ちょ、っと…!!」
強引に手首を握られたかと思うと広い胸に包み込まれ、身動きが取れない。そうしている間にも風間は慣れた手つきで珠紀の帯を解こうとする。
「やめて下さいっ!!ちゃ、ちゃんとお話しますから…だから…!!!」
「いいや?気が変わった」
「え…?」
風間の声音が急に低くなり、いとも簡単に珠紀を畳の上へ押し倒す。
その前に帯は解かれ、残る腰紐が何とか肌を晒さずに済んでいるといった状況だ。
珠紀を組み敷いて、風間はうっそりと笑った。
「どうしてかずっと気になっていた…お前に惹かれて止まないのは何故か…それは今から確かめればいい」
「や、やめて下さい…!!」
珠紀は両手で風間を退かそうとするが、びくともしない。恐怖で珠紀の表情は強張っていく。風間は珠紀の頬に触れると優しく何度も撫でた。
「脅えることはない…俺はただお前を知りたい…それだけだ。何故だろうな…お前の傍は安心するのだ…」
風間は目に涙を溜める珠紀を安心させるためか優しい声音で何度も頬を撫でる。
だが珠紀はそれどころではない。早く信司を探さなくてはいけないのにどうしてこんなことになっているのか分からない。
「鬼は純血同士…特に女鬼と結ばれることをいつも求められる…俺などは統領という立場だ。良い血筋を残さねばならん…だが…」
珠紀の白い首に唇を当て、風間は彼女の耳元で囁いた。
「血筋よりももっと欲しいものがある…珠紀…お前だ」
「んっ…!!」
再び唇が重ねられる。啄むように珠紀の唇を弄びながら、鼻、頬、瞼、耳へと口づけの雨を降らせた。
「やめて下さい、風間さん!!こんなの…!!こんなの…わたし…私には好きな人が…っ!!!」
最後は嗚咽に変わり、珠紀の目からとうとう涙が溢れた。大粒の涙は頬を伝い、畳の上で弾ける。
加えて先ほどから頭を鈍器で殴られたような酷い頭痛が続いている。
痛みと恐怖で珠紀は泣き出してしまった。
「お願い…やめて下さい…!!!」
珠紀の脳裏には拓磨の姿しかなく、目の前の風間よりもここに駆けつけてくれる拓磨を探してしまう。
「…お前の心を知るにはまだ早いというのか…」
風間は少し寂しげに呟くと珠紀の涙を指先で優しく拭って、体を起こした。そして珠紀の肩に手あて、支え起こしてくれる。
そのまま風間の腕の中に収まった珠紀は、泣きながら首を振った。
「嫌だというか…だが、しばらくこのままでいさせてくれ…今だけは…」
先ほどのような乱暴な振る舞いは決してしないと誓い、風間は珠紀を引き止める。
「好いている奴がいるのか…お前の心は既に誰かの物なのか…」
「…」
珠紀は黙ったままだ。動かずにじっとしている。
その反応を是と捉えた風間は言葉を重ねた。
「どうすればお前は俺のものになる…何をすればお前は振り向くのだ」
風間が珠紀を後ろから抱きしめるかたちで問いかけるが、答えは返ってこない。
風間はあまり女に興味がない性分だ。これまでも天霧から嫁を探すよう口うるさく言われてきてが、自分から進んで近づいた女は千鶴と珠紀だけだ。
千鶴にも十分興味がある。接触した回数は少ないが、女鬼でありこれからを考えると彼女を娶ることが最良の未来だ。
だが、今腕の中にいる女にも興味を捨てきれない。
会うたびに惹かれ、手を伸ばせば消えてしまいそうなこの儚い存在が風間の心を掻き乱す。
「では最後に教えてくれ…お前は何者だ…」
優しい口調えで風間が問うと珠紀は言葉を選んでいるのかしばらく押し黙った後、漸う口を開いた。
「…私は———」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.197 )
- 日時: 2013/12/18 23:39
- 名前: さくら (ID: xkqmATKo)
「これは一体どういうことだ」
千鶴の知らせを受けて色町に駆けつけた土方は呆然と呟いた。
報告された店に行けば何故か浪人が伸びていた。店の者も困りきった様子で後片付けをしている。
その惨状に佇んでいると、玄関から入って来た斎藤が駆けつけてきた。
「副長」
「斎藤か。これは一体どういうことだ…」
「自分にも何が起こったのか、さっぱり…」
「まぁ良い。それより千鶴の報告に書いてあった不逞浪士はどこだ」
問われた斎藤は静かに目の前に転がる男たちを指差す。
「…てめぇら勝手に動いたのか…」
「いえ、それは違います。不逞浪士とは知らず、左之、平助、新八がこの者たちと喧嘩を始めたようで…」
土方の許可なしに動いたが、功を奏した。偶然ではあるが新撰組奇襲を企てる不逞浪士と喧嘩沙汰を起こしたことで、捕縛へと難なくことを運べたのだ。
「それはそれで問題だが…とにかく、この不逞浪士を新撰組に運ぶぞ。他の連中もまだ色町にいるなら、手伝わせて———」
「副長、まだ問題がありまして…」
珍しく口ごもる斎藤に土方は目を瞬いた。
「実は千鶴と珠紀が行方不明で…」
「行方不明…!?」
「今他の者が捜索していまして…」
「っち…面倒なことばかり起こるな…!斎藤、お前は屯所に戻って源さんたちを呼んでこい。この不逞浪士達を回収しろ。俺も二人を探す」
早口に言うと、土方と斎藤はその場で別れた。
ここで珠紀と千鶴と撤収しなければ潜入していたことが色町に漏れてしまう。そうなれば情報で溢れる色町に出入りが難しくなる可能性が高い。
新撰組が色町にまで手を出した。となれば世間の目はさらに厳しくなるだろう。
いつまでも嘘がとおるとは思っていなかった。この潜入計画も今夜限りと決めている。
素早く撤収しなければ二人の身元が明るみになる。
「くそ…!」
だが、土方が心配しているのは新撰組の世間体ではない。
「どこ行きやがったんだ…!」
行方の知らない珠紀、そして千鶴を心配しているのだ。この計画には危険が伴う。それをわかって二人は動いた。そんな二人を心配しない訳がない。
店の者に部屋の配置や珠紀と千鶴について訊ね、他の店へと急ぐ。
明かりの点いている部屋は客が入っているとうことだ。そういう部屋を中心に土方は廊下をゆっくり歩いていた。部屋には入れないが、千鶴や珠紀の声が聞こえるかもしれないと耳を傍たてていたときだ。
「…?」
それは店の端に配置された部屋。明かりが点いているが、その部屋から女の啜り泣く声が聞こえた。
土方はその部屋の襖を開けると、目を丸くしたと同時に安堵した。
「珠紀…!!」
「…土方さん…」
「どうした、何があった…!!」
安堵したはいいが、珠紀の様子に土方は慌てた。
長時間泣いていたのか腫れた目元。何故か帯が解かれ、着崩れた着物。そしてその肩に掛けられていた黒い羽織に土方の目が止まる。
「この羽織…」
どこかで見覚えがあったが、そう簡単には思い出せない。土方は咽び泣く珠紀の肩にそっと触れる。
「何かされたのか。誰に、何をされたんだ?」
土方が慮るように訊ねたが、珠紀は首を横に振る。
「何でも…何でもないんです…!」
「何もないわけねぇだろう…!こんな格好で…泣いてるじゃねぇか…!」
「…本当に、大丈夫です…それより、信司君を…信司君を止めて下さい…!」
「信司君…?」
珠紀は土方の腕を掴み、必死に訴えた。
「信司君は一人で何かをしようとしてるんです…!それを止めなきゃ…信司君を探さないと…」
珠紀はふらつきながらも立ち上がり、そのまま出て行こうとする。
「お、おいちょっと待て!珠紀!!」
廊下に出て歩き始めた珠紀の腕を土方が掴む。珠紀は土方の制止に目もくれず前だけを見て視線を彷徨わせていた。
「私、こんなことしてる場合じゃなかったのに…私…」
「珠紀、落ち着け。何があったんだ、そんな様子で人探しができるわけねぇだろうが。珠紀、お前はここで———」
土方の言葉を遮るように珠紀は激しく頭を振った。
「行きます…!そのために私はここにいるのに…!早く信司君を見つけないと…」
珠紀は土方の腕をすり抜けて歩を進めた。何を知ったのか急いているようなその姿に土方は呆気にとられる。
明らかに珠紀に何かがあった。だがそれどころではないと信司を優先するその理由は何なのか。
「何だってんだ…」
土方は珠紀を見失わないようにその後を追った。
「…やってくれたな、風間の奴」
薫は忌々しげに呟くと口元を歪めた。足下で浅い呼吸を繰り返している信司に再び刀を向ける。
「…けど、風間から俺のことを聞いたからって何?お前に何ができるっていうんだ」
嘲笑うように、信司を見下す。その笑みに千鶴は戦慄した。何ものにも勝る憎悪。誰にも屈しないその意思の強さに体が震える。
「信司。最後だ。そこをどけ。千鶴をこっちに渡すんだ」
出血で意識は朦朧としているはずなのに、信司はそれでも首を横に振る。
千鶴の頭は混乱していた。
突然知らされた真実。薫が本当に兄ならば自分に憎しみという感情を向けられても仕方がないのかもしれない。けれど。
けれどどうして目の前のこの人は自分を守ってくれるのだろう。
自分を庇い、傷だらけで、それでも薫の前から一歩も引かない。
「…言ってるでしょ…薫、君…僕は君を助けたいんだ…」
信司はそう言うと肘を立て、上体を起こそうとする。出血で上手く力が入らない。それでも懸命に手をついて薫を見上げる。
「…お願いだから…その刀を収めて…失って…君が気づいた後じゃ遅いんだよ…」
「…何。お前は俺の何を知ってるわけ?」
苛立ったように薫は刀の切っ先を信司の首元に寄せる。
だが信司は対照的に笑っていた。
「どうしたの?出血多量で頭おかしくなったの?」
口元に笑みを浮かべている信司に、薫は怒りを通り越して呆れを感じた。
この薄気味悪い笑みは何だ。
「…薫君…君は優しいね」
「は…?」
信司のその一言に薫は冷たい表情になる。
「…そうやって…ううん、もっと前から僕を遠ざけてたんだ…君は優しいね…」
「血流しすぎて頭おかしくなっちゃったんじゃない…」
「違う。僕はいつだって真剣だったよ…」
信司は顔を上げて薫を見る。
その瞳は真っ直ぐに薫を射抜き、薫の心を揺さぶる。
「君が自分のことを話したたがらなかったのは…僕を巻き込まないためだ…君の復讐の道に僕を巻き込まないために…君は…僕を思って…」
「…本当に、出会ったときから変わらないな。いい加減学習しなよ。どうしたらそんな考えにいきつくの?誰もお前のためにしたことじゃない。俺はお前が嫌いで———」
「それも嘘だ…」
信司の淀みない瞳と、言葉に薫は目を瞬く。こいつはどこまでお人好しなのだろう。今刀を向けられているのがわからないのか。危機的状況であるはずなのにどうして笑っていられる。
「だったら一撃で僕を仕留めたはずだ…君ほどの腕の持ち主なら僕を殺せたはずだよ…なのに僕はどうして今生きているんだろうね…」
「…うるさい…」
「今もそうだ…いつだって僕の首を刎ねられるはずなのに…そうしないのは何故?」
「うるさい…うるさい…」
「手が、震えてる…君は優しい人だよ…僕を殺すことを躊躇ってる…憎しみばかりが君の感情じゃない…薫君…君は、本当は望んでいないんでしょ…妹を憎むことでしか生きる意味を見出せない…でもそれは違うって本当はわかってるんでしょ…?」
「うるさい、うるさい、うるさい…!」
「他にもっと道があることも…これが間違ってるってことも…薫君…君は自分を追い込みすぎてどこにも逃げられなくなっちゃっただけだよ…でも、まだ大丈夫…まだ間に合うから…だから—————」
「黙れぇ——————っ!!!!」
薫の怒号が空気を揺らす。叫んだ薫は荒い息を繰り返しながら、鋭い目つきで信司を見る。だが、信司は薫の刀を素手で掴み首元に引き寄せた。
「さぁ…薫君…僕が憎いならこの刀で…その手で…この首を落としてよ…」
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.198 )
- 日時: 2013/12/29 22:00
- 名前: さくら (ID: 45QnB5qh)
「…っ!!」
掛け布団をはね除け、荒い息を繰り返す。ぼんやりとしていた視界がはっきりしてくるとそこが自分の部屋だと知ったとき、やっと安堵できた。
最近悪い夢ばかりみる。
否、自分にとっては悪夢だが他人からすればそれは過去を夢みているだけにすぎない。
上体を起こし、しばらく深呼吸を繰り返す。
「全く…やってくれるね…」
薫は口元に笑みを浮かべながら悔しそうに呟いた。
薫が見ていた夢はこうだった。
最近ある男を拾った。男は酷く衰弱しており、若干混乱気味だった。
普段なら人助けなどしない質だが、何故かその男を見捨てることが出来なかった。格好が少し異様だったからかもしれない。
気になって男を介抱することにした。衰弱しているのか、床から起き上がれず、食事は粥を少し食べる程度だったが、世話の甲斐あってか日々男は回復していった。
そしてようやく口がきけるようになったときだった。
薫がどうして倒れていたのかと経緯を訊ねると、男は未来からきたと言った。
嘘を言っているようには見えず、それが事実であればなぜここに来たのかが知りたくなった。
だが男にもその理由はわからないと首を振るばかりだった。
そして今度は男が訊ねてきた。
『君のことを教えて…』
男は弱々しく笑った。どうしてそんなことが気になるのだろうか。
だが問うたのだからこちらも答えるべきかもしれない。その上相手の意識はまだはっきりとしていない。突然眠ったりふと目が覚めたりと容態は不安定だ。だから昔話をしたところで相手が記憶しているとも思えない。
薫は気まぐれに自分の過去を語った。
案の定男の意識は不安定で聞いているのか聞いていないのかわからない様子だった。
だが全てを話し終えると男は笑ってこういうのだ。
『君の力になりたい…僕は君に何ができる…?』
声も掠れて弱々しい笑みを浮かべているだけだというのに、薫の心は大きく揺れた。男が最後まで話を聞いていたかは定かではない。だが、どうしてかその言葉が胸に響くのだ。何度も何度も、大きく波紋を広げて胸を満たす。
『僕は君を…救ってあげたい…』
そこでいつも夢は覚める。目を醒ます度に息苦しさを覚える。
これは悪夢だ。自分を救う?そんなことができるはずがない。誰にもできはしない。
この心に棲まう闇は深く根を張り、二度と光を見ることはないのだから。
「…これは悪夢だ…」
薫は自分に言い聞かせるように呟いた。
意識はいつの間にか遠くにいっていたのか、薫は目の前の二人を呆然と見つめる。
千鶴を庇うようにしてその場から動かない信司。まるで兄が妹を必死に守っているようにも見える。
信司は真っ直ぐに薫へと視線を注ぎ、黙っている。
その姿を見て、その二人を見て薫はふと思ってしまった。
あそこにいるべきは自分ではないのか、と———
信司がいるあの場所こそ、自分が居るべき場所だったのではないか。
意識が遠のいているせいか、信司の顔が次第に自分の顔に変わる。そして千鶴を守るようにしてこちらを見つめてくる自分に、薫は震えた。
どうして自分は“こちら側”にいるのだろう———
信司と自分は何が違うのだろう———
視界が点滅し始め、目の前の自分の顔は次第に信司へと変わる。
自分が居るべきはずだった場所にどうして信司がいるんだろう。どうして自分ではなく、お前がそこにいるんだ。どうしてお前は実の妹でもない千鶴のためにそこまでする。その無償の庇護欲は、その果てしない愛はどこから生まれる。
「…何だ、これ…」
気がついた。胸には様々な感情が渦巻いていた。
ぐるぐると薫の胸を掻き乱し、そして何か答えを出そうとしている。
劣等感、羨望、嫉妬、慕情、憧憬、背徳、後悔——————
憎悪で黒く染まっていたはずの薫の心に一筋の光が射す。
「…君は、やっぱり優しい人間なんだよ」
弾かれたように顔を上げれば信司は首元に刀を引き寄せたまま微笑していた。
その笑みの意味がわからず、薫は眉を潜める。
「君には憎悪と復讐心しかなかった…?本当に…?本当にそうだった…?ねぇよく思い出してみて…薫君…君の人生は…復讐だけしかないの…?」
「俺の、人生…?」
薫は青い顔で言葉を紡ぐ信司を不思議そうに見ていた。
「思い出して…君は…本当に、千鶴ちゃんのことが…憎い?」
問われた薫はすっと視線を千鶴に移した。目が合った千鶴は一瞬身を強張らせるが、真っ直ぐに薫を見つめる。
同じ瞳。同じ目の色。その奥、澄み切った瞳の奥を見つめた。
「……」
違う。そうじゃなかった。
思い出した。昔、昔の頃を。物心ついて間もない頃だ。一番古い記憶と言ってもいい。
村で慎ましく暮らしていた頃。穏やかな日々。安寧を謳歌していたあのとき。
千鶴を愛しいと思った。世界で一番彼女を守ってやれるのは自分だと思っていた。
こんなに傍に居て、いつも愛くるしい笑顔を見ているこの自分が、千鶴を守らなくて誰が守るんだ。
幼いながらにそう思った。愛おしいこの妹の幸せは誰にも脅かせない。何があっても守ってみせる。
それが出来るのは———
「俺だ…」
薫は我知らず言葉を発した。そして幼い頃の千鶴は今、成長して目の前にいる。
あの頃より大きくなった妹は、薫を真っ直ぐに見つめてくる。あの頃と何一つ変わらない、その瞳で。
眩しい。千鶴を中心に世界が色づくように、光が心を照らし目の前の景色を晴らしていく。
薫の気配が変わったことに信司は気がついた。
「…でも、俺は、俺にはこれしか———」
「違う…そう思っているのは君だけだよ、薫君…愛しいから…大切だから…その対象は裏を返すと憎しみにも変わりやすい…けど、君は今それに気がついた…それだけで、世界は明るくならない…?憎悪の目で見ていた世界とは違うはずだよ…」
「…っ」
心が、痛い。暗闇に慣れていたせいで久しぶりの光は心に深く染みた。
胸が、苦しい。様々な感情が奔流となって暴れている。答えを探そうとしている。本当の感情を。憎悪で塗り固められた意識を壊すように、感情が溢れ出す。
「…あ…ぁ…」
薫は目を覆った。怖い。世界が眩しい。見てはいけない。そんな気がして薫は呻いた。自分には無用な感情だ、と心のどこかで誰かが小さく呟く。
憎しみとしか向き合ってこなかった自分が今更元に戻れると思ってるの。
歯車はもう回っている。人間たちに村を焼き払われたあの日から自分の人生は狂っているんだ。狂ったものを元に戻すことはできない。それは一番自分がよく知っているだろう?
「…ぅ…あ…っ!」
「薫君…?」
刀を手から落とし、薫はうずくまった。その様子に千鶴も目を瞬いた。
「く…!」
心の中で、光に対抗するようにその声は囁く。
お前に光は似合わない。ずっと闇で生きて来たお前に居場所はない。ここがその居場所だ。闇の深淵。憎悪と復讐の暗闇の方が生きやすいだろう?ずっとここに居れば良い。そして千鶴を、憎い妹を同じ場所に堕としてやろう。
「お、れ…は…!」
薫は千鶴に目を向けた。記憶はなくても薫は覚えている。彼女の笑顔、仕草、優しさ。憎悪が閉じ込めていた記憶は眩しく、とても眩しく輝いている。
闇は言う。
「“お前の居場所はここだ————”」
「薫…さん…?」
薫は呟くとゆらりと立ち上がった。気配がまた、変わる。
何かに取り憑かれたように、操り人形かのように薫の存在は不安定に見えた。
「…信司、ありがとう…お前のおかげで目が覚めたよ…」
「薫、君…?」
薫は畳に転がる刀を手にすると、微笑んだ。それは誰に対しての笑みだったのかはわからない。ただとても優しい笑みだった。
信司は薫をじっと見つめている。その笑みの意味を推し量るために。
「気づかせてくれてありがとう、信司…俺は—————」
薫の刀が空を切る。そしてその切っ先は信司の腹を貫いた。
- Re: 薄桜鬼×緋色の欠片 ( No.199 )
- 日時: 2014/01/03 17:10
- 名前: さくら (ID: 45QnB5qh)
「え…?」
突然のできごとに信司は目を丸くした。どうして、今薫は自分に刀を差し立てているの。すぐには理解できなかった。
「…悪夢を終わらせる…お前のおかげで気がつけたよ。俺は、二度と“そっち”には戻れない」
鈍い音を立てて刀を引き抜く。
赤い血が畳に散る。千鶴が何か叫んでいる気がしたがよく聞こえない。
ほら見ろ。
闇が嗤う。
この赤い血を。お前が今まで殺めた命がお前を戒める。ずっとずっと。この赤い血はお前と闇を繋ぐ証。何を戸惑う必要がある。
お前の業は生温い光では浄化できないんだよ————
「あぁ…」
薫は大きくため息をこぼして天を仰ぐ。視界は既に戻り、先ほどのように眩しいとも思わない。
“ここが俺の居場所だ”
「さて…仕上げだ」
薫は信司の刀にこびりつく血を振り払うと、千鶴へと視線を移した。
千鶴は警戒心を露にする。その目には敵意が感じられて薫の全身は粟立った。
「そう、それでいい…憎しみによってお前は俺にどんどん似てくる…血は争えないね…もっともっと教えて上げる。俺の闇を…お前にも味わってもらうよ…」
一歩一歩と千鶴に近づき、その距離を詰める。千鶴は腰が抜けてどうにか座ったまま後退するが、壁が背中に当たった。
「大丈夫。すぐには殺さない…苦しんで苦しんだ最後に…俺が楽にしてあげるから…どう?優しい兄でしょ?」
「…最低…貴方なんか兄じゃない…!」
千鶴は薫を精一杯睨み、吐き捨てた。だが薫にはそんな言葉は響かない。
薫の心は既に闇の中だ。差していた光も失せ、感情は再び憎悪しか残らなかった。
これが南雲薫。闇に支配された、誰にも救うことは出来ない深い闇の中でこれからも生きていく。この先、ずっと———
「復讐劇は、これからだよ…千鶴…」
薫はうっそりと嗤うとちらりと廊下へと視線を投げる。襖は閉まっているが、遠くの方からいくつかの足音が聞こえた。
「また会おう…千鶴…俺は誰よりお前を想ってるよ…」
薫は最後に言葉を残すと、霧のように姿を消した。
一瞬で姿をくらました薫に、千鶴は深い絶望を思い知らされた。完全に薫がいないことを確認すると涙が頬を伝う。
これは何の涙だ。薫への恐怖心か。安堵か。悲しみか。
彼が向ける意思。それは憎悪と復讐心。誰からも求められず誰も必要としなかった孤独な彼のその感情は研ぎすまされていた。
「…!信司君…!!」
千鶴は部屋の真ん中で倒れる信司ににじり寄った。
「信司君!信司君!!しっかりして!!!」
千鶴は俯せている彼の肩を揺する。抱き起こして仰向けにして口元に耳を近づけると呼吸をしていた。そのことに安堵していると、頬に彼の手が添えられる。
「ち…る…ちゃ…」
「喋っちゃだめです!!血が…!!」
千鶴は手で彼の傷口を押さえる。だが、指の隙間からは鮮血が溢れ、信司からどんどん体温を奪っていく。
「きい…て…ち、づる…ちゃ…」
「駄目です!!!血が…止まらない…っ!!!」
千鶴は泣きながら叫んだ。早く、誰か来て。この人を助けて。
「どうして、私なんか庇ったんですか…今日、初めて会ったのに…どうして…!?」
千鶴が呟くと信司は白い顔で歪な笑みを浮かべた。それは照れているような、不器用な笑みにも見えた。
「僕…妹が…いて、ね…君と…同じ…双子の…可愛い、いも…とで…」
信司は掠れた声で笑う。そして何度も千鶴の頬を弱々しく撫でた。
「僕、は…かお、る君の…気持ちが…わか、る…から…だから…と、めたく…て…」
「信司君…!」
千鶴の涙は信司の顔にかかり、流れ落ちる。
「は…っく……だか、ら…僕、は…わかる…君も、か、お…く、のことも…」
だんだんと声が萎んでいく。信司は必死に声を振り絞った。
「君…たち…を助け、るから…だか、ら…君、は…ここで…起こった、こと…全、部…わす、れて…」
「え…?」
信司が何を言っているのかわからない。いきなり何を言うのだ。
目を丸くする千鶴を安心させるように、信司は残る力を使って彼女の頬を撫でる。
「不幸…に、しない…僕、は…決め、たから…君、は…知らなく、てい…」
「何を、何を言ってるんですか…!?記憶を、私の記憶を消すっていうんですか…!?」
信司は答えない変わりに弱々しく笑った。その笑みに千鶴は首を横に振った。
「嫌です…!こんな大事なこと、忘れちゃ、消しちゃいけない…!」
だが信司も黙ったまま千鶴を見つめる。彼の覚悟は固い。心のどこかでそう感じる。
「…知ら、ないほ…が…幸せ…なこと、も…ある…君た…ちには…しあ…せに…な…て…」
信司はもう片方の腕を上げて千鶴の頬を包み込む。
「今日…君…は…誰に、も…会って…な、い…か…る君の…こ、とは…ぼ…に任せ…て…」
「嫌です!!そんなの嫌!!!私、私はそんなの絶対嫌!!!」
「ふ…その…顔…ぼ…くの妹に…そ…くり…」
信司は目を閉じて息を吐き出した。千鶴に触れる手だけに残る意識を集中させる。
「嫌…っそんなの…おかしいです…!!!それじゃ、信司君はどうするんですか…!!貴方は不幸にはならないんですか!?」
信司は答えない。口を閉ざして、ただ優しく千鶴の頬を撫でる。
「嫌です、こんなの…!!!私は忘れたくない…!!」
「だい、じょ…僕…が…君を…ま、もる…よ…———」
「いや、いやいやいや…!!信司く————」
信司は最後に小さく唇を動かした。
「消去…———————」
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