六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第一章 優しい雪女  page1


 地獄のような苦しみを誰もが抱いた中、優しい花がこの村に来てくれた。

 その花は雪のように儚くも、春のような暖かさを持っていた。

 けれど、私たちはその花に何もしてやれなかった。その花は雪のように淡く消え去ってしまった。

 でもきっと、私たちは忘れないだろう。

 この村に、鮮やかな六花が咲いたことを。

それまでは、ずっと私たちの心の中で咲き続ける――……。

                      ◆

 時は奈良時代。奈良にそれは大きな仏像が出来てすぐのことだった。

 雪が降っている。純白ともいえる雪は、人の掌ではすぐに溶けてしまうのに、一晩で沢山積もってしまった。
 雪とは、本来なら人々をはしゃがせる風物であろう。だが、今年の雪は、人々にとっては不運にもそんな生易しいものではなかった。

 飢饉のせいで食べるものはもう僅か。伝染病がはやったせいで弱った体は、寒いこの冬には最も天敵である。

 仏像を作り、すがろうとした国人たちにとっては、地獄以外に当てはまるものは無かっただろう。

 そんな村の様子を、良く見渡す事が出来る頂上から、一人の少女が見ていた。

 歳は十六、七だろう。薄い浅葱色(薄い藍色)の袍(ほう)に茜色の喪。漆黒の長い髪は紅色の髪飾りで結っている。
 はた目から見れば貴族の娘に見えるだろう。だが、良く見るとその娘は――この国では絶対に見られない、納戸色(緑みがかかったくすんだ藍色)の瞳を持っていた。
 明るい所で見れば、深く茂る緑にも見えるだろう。暗い所で見れば、深い海の色を思わせる、そんな瞳だった。

 そして肌が――雪のように、白い。


 彼女は、妖――雪女だった。


「――雪乃、また村を見つめているのか」

 一人の男が、娘に近づく。

「白龍お義兄様」

 雪乃と呼ばれた娘が、視線を男の方に向ける。

 白龍、と呼ばれた男は二十五、六ぐらいだろうか。朱色の冠と袍を身につけ、青磁色の長紐と褶(ひらみ)を纏い、笏を持っている。
 瞳は漆黒、肌も白いが雪乃と比べると少し朱が混じっている色だ。


 白龍も名の通り――龍だ。人ではない。


 白龍は雪乃の横に立つと、一つため息をついて言った。

「――一応言って置くが、人間の手助けをしようとは思うなよ。人間は我が身かわいさにあんな無謀な大仏を作り、森羅万象を崩そうとした。これは水の妖を率いる神のご命令だ。神は帝であり、我々妖はそれに従う僕(しもべ)なのだから」

「……重々承知しております」

 雪乃の重たい声が凍った空気に響く。白い息が、ふうと出た。

「ならいいがな。逆らったりしたら、火あぶりの刑にされるぞ。雪女にとって、それが一番キツイ死刑らしいからな。――優しいお前のことだから、少し心配していたが」

 そう言ってくしゃくしゃと雪乃の頭を撫で、白龍は去った。

 白龍が去っても、雪乃はずっと村を眺めている。
 雪乃はこの村を遠目でも眺めるのが大好きだった。この村は活気があって、楽しい行事が幾度もある。人間は妖よりも感情があって、可愛らしくて強い。だから見ていても飽きることは無かった。


 村を見ると、無色だった世界が、あっという間に色鮮やかに感じたのだ。


(なのに、今は……)

 なのに今は。何十年も雪が沢山積もったせいで、本当に無色のようにしか見えない。
雪のせいで飢饉で死ぬ人間も居た。雪のせいで除除に体力を奪われ、そのまま死んでしまうモノも居た。

 それを見る度に――誰かが死んで、周りが悲しむ度に、雪乃は心を痛めた。

 だけど、どうすればいいか判らないのだ。
 自分が、何をしたいのか判らないのだ。