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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

第八章 沢山のカケラ その参 page2
『雪乃へ。
あの後、俺は杏羅とかいう人間に説教された。
「雪乃が何故妖なのに人と一緒に住んでいるか、僕は存じませんが……けれど、雪乃の生き方や考えは雪乃のモノです。例え貴方が兄で在ろうと、雪乃の価値観を奪って良いなんてことはありません」
その言葉を聞いた時、俺はとても怒っていたと思う。けれど、次の言葉でその怒りは鎮まった。
「常識って何ですか? 普通って何ですか? 常識なんて儚いモノだし、普通と特別の境界線なんていくらでも引けますよ。人だって、全部一緒ではありません。男と女で体格も違うし、育った環境で考え方や性格も違います。個人の幸せも、その人でしか判らないモノです。それは、妖にも言えることではありませんか?」
その言葉に、俺は衝撃を受けた。自分が正しいと思っていることに何の疑問も持たなかった俺の価値観を、人間の言葉によって、あっという間にそれが壊された。
けれど、不思議と不快感ではなかった。霧が晴れた様な、そんな気分になった。そして……とてつもない、敗北感に包まれた。かなわない、と初めて思った。
雪乃が言った言葉を、俺は何回も繰り返し思い出して考えた。『何千何百年生きて、何故人の良い所を見つけられなかった』のだと。その時、やっと判った気がした。
雪乃、俺は自分の意見さえろくに持たなかった卑怯者だ。そして、自分の価値観を壊されるのを恐れて、雪乃を判ろうとも思わず、ただ外見だけ良い兄と妹の関係を作っていたのだと思う。
雪乃の義兄として、これからは雪乃と戦っていきたい。雪乃の考えを認めてもらえるように、俺も戦おうと思う。
だから雪乃、俺を赦して欲しい』
『雪乃へ。
雪乃が妖と知った時、私はとても悲しかったです。
私は妖が凄く憎くて大嫌いでした。だから、雪乃も妖だと知った時、ああ裏切られたんだなととても怒りを覚えました。
その後、お兄ちゃんにも叱られてしまって、私はもっと雪乃を憎んだと思います。
でもその時、芙蓉という妖が来て、私にこう言いました。「妖であろうと人であろうと雪乃は雪乃だ」と。
綺麗事だと思いました。だって私は雪乃を親友と思っていたけれど、妖だと思った時はとても憎悪を感じたから。
けれど、私は貴方が人だから好きになったわけじゃないと、諭されました。雪乃がとても優しくて面白いから、友人になりたい……そう思ったのは何者でもない、私。
けれど、私は勝手に悲劇の主人公に置き換えていて、貴方のことちゃんと考えていなかった。だから……貴方は私に本当の事を話せないでいたんだよね。
『大っ嫌い』と言ってごめんなさい。私は自分の弱さに立ち向かうことが出来なくて、嘘をつくことで自分を誤魔化していました。
まだ、間にあいますか? 謝ったら、また親友で居てくれますか?』
前半の達筆な文は白龍で、後半の歪な文はナデシコが書いたというのが一目で判った。
「……私村へ行って、全て事情聞かせてもらったの。そしたら、ナデシコという娘が白龍から文字を教えてもらっていたわ。慣れない文字に、ナデシコも教える白龍も凄く苦労していたけれど、……でも、とても一生懸命だった」
直接謝ればいいのかもしれない。けれど、今会えばまた不用意な言葉で傷つけるかもしれない。そうならないように、ナデシコは大嫌いの妖である白龍に、文字を教えて欲しいと頼み込んだ。白龍もまた、しぶしぶながら了承した。
「アハハ……頑張った形跡がとてもありますね」
そう言って笑ったハズなのに、何故か涙が零れた。もうとっくに枯れていると思った涙は、紙の上にしみをつくった。
「……誰かの価値観を認めるというのは、決して楽なことではないわ。特に、余裕の無い人には、ね」
佐保姫は静かに語りだした。
「でも、この差出人は貴方に帰ってきて欲しいそうよ。というか、元々貴方が帰る場所は、帝の山ではなく、あの村でしょう?
――まだ、ダメだってことはないんじゃない?」
その言葉に、雪乃は力強く頷いた。
(――帰ろう。そして、謝ろう)
白龍には心配かけてごめんなさいと、ナデシコには自分の正体を黙っていてごめんなさいと。
今ならまだ間に合うだろうから。
あの村へ、帰ろう。「ただいま」と言って――。

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