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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

第十一章 明かされた生い立ち その弐 page3
(――どれほど、苦しんだのだろう)
雪乃はそう思った。
帝は――本当の自分を隠され、自由にもなれず、人が傷ついているのをずっと見て来たのだと思う。
雪乃も知らなかった。一歩間違えれば、帝を恨んでいたかもしれない。そうなれば、『知らなかった』じゃ済まされなかったと思うと、ヒヤリとした。
だとしたら――。
「だとしたら、私にも罪はあるよ」
いつの間にか、雪乃は声に出していた。
「私は何も知らなかった。伝えられなかったのは言え、何にも知らなくて貴方を傷つけていた。それは、私も許されることではないと思う……」
だから、と雪乃は続けた。
「もっと話そうよ。もっと一緒に居ようよ。そしたら、貴方が幸せになれる方法が判るかもしれない!!」
必死に、伝えたかった。
実の弟なんだ。姉である私が弟の幸せを願ったって、罰は当たらないはず。――帝が、実の姉である私を気にかけてくれていたように、私がそうしたっていいはずなんだ。
沈黙が流れる。帝は俯いていたが、やがて笑って言った。
その笑みと声はとても乾いていた。
「……そうだな。そうかもしれない。……だから、せめて最後は我が道に進むよ」
「最後……?」
疑問に思って呟いた途端、白龍が雪乃を抱えて中庭へ飛び出した。
目に映らない程、その行動は早かった。
「……ッ、ちょっとお兄ちゃん!? 何いきなり!?」
そう言った途端、ゴオオオオオ……と凄い音が鳴り響いた。
雪乃が王室の方を見ると、王室は紅蓮の炎に包まれていた。
「――帝ッ!! 何をッ……!!」
「おい、起き上がるな!! 死ぬぞ!!」
バタバタと白龍の腕でもがく雪乃。
帝は炎に背向けながら、穏やかに笑って言った。
「……茶番を終わらせるには、この方法しかない。だから、その好機を狙っていたんだ」
「帝……? 何言ってるの……?」
「私はお飾りで、しかも自分の道すらも歩めない臆病者……だから、せめて最後はお前や白龍を役立たせたかった」
「ちょっと、早くこっちに来なさいよ!! 死んじゃうよ!?」
血相を変えて必死に呼びかける雪乃。
「……ごめん、姉さん。ずっと辛い想いさせちゃって。……最後に、僕の生が意味を持ったよ」
そう言った時、唇が動いた。
『ありがとう』と。
その途端、炎が帝を纏った。あっという間に帝は消え、王室は炎に包まれる。
その時、雪乃の脳裏に忘れていた思い出が蘇った。
――昔、小さい頃二人で王室から抜け出した。あの防空壕から、あの山へ。
その時、小さな紫色の花が咲いていて。
何の花か判らなかったから持って帰ったんだけど、抜け出したことがバレて、二人して大目玉食らったんだ。
その時、おじい様が教えてくれた。――この花は、『紫苑』っていうんだよって。
その時、あの子はあどけない笑顔で、
『じゃあ、僕の名前と同じだね!!』
……そう言った。
そうだ。あの子の名前は――……。
「紫苑――!!」
精一杯叫んだ。腕を振り払う事が出来なかったから、精一杯叫んだ。
(どうして、忘れていたんだろうッ!! どうして、今まで思い出せなかったんだろうッ!!)
雪乃は堪え切れず、涙が零れた。後悔が湧きだした。
(あれほど一緒に居たのに、なんでッ……!!)
唯一血縁である彼の心に気付けなかった。
あのあどけない笑顔を守れなかった。
あの子の名前を呼ぶことすら出来なかった!!
あの子は、言いたいことを全部飲み込んで私を見守ってくれていたのにッ――!!
遠くで、叫び声と金属音が聞こえた。
どうやら兵士と芙蓉たちが闘っているらしい。雪乃があまりにも遅いものだから、耐えきれず攻撃をしかけたのだろう。
違う、と雪乃はとっさに思った。
(私は――こんな世界、望んでいない)
誰かが生贄になることなんて、望んでいない。
誰かが死ぬことを、望んでいない。
皆が笑い合って、他愛ない日々を過ごして――幸せであって欲しい。そう願った。それが私の望みだった。
それは、紫苑も同じで。普通に笑って、泣いて、怒って、幸せに生きて欲しかった。
けれど――その夢は、叶う事はなかった。
そして、これからも叶う事はないだろう。

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