六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第四章 似た者同士、違う所 page2


                 ◆


 雪乃の家は縦穴住居ではなく、板で出来た小さな小屋のような所である。


「ただいまー」

「「おかえりー」」
 

 返事をしたのは雪乃が契約している精霊・月乃と花乃だった。背丈が三寸(約九センチ)ぐらいで月乃は男子のようで、花乃は女子のようだった。月乃は神官、花乃は巫女の服装をしている。


「今日は何処へ行ったのー?」

「おみやげはー?」


 精霊たちは雪乃におみやげをねだる。こうして見ると、本当に小さな子供のようだ。


「今日はナデシコの家。おみやげは薬草だよ。何とセリ」

「うわー、珍しいねー」


 何て他愛の無い会話をしていると、花乃がポン、と手を叩く動作をした。


「そう言えば芙蓉が来たよー」

「ええ、芙蓉が?」

「居ないって判ったらすぐに帰っちゃったけれどねー」


 そう言った後、花乃は月乃と一緒にセリを陰干ししに行った。


(芙蓉が……何の用だったんだろう。あ、この前の喧嘩謝りに来たのかな?)


 別に気にしてないけどな、でも後日会いに行くか、と雪乃は思った。





「おいしーね、このセリー」

「ホントだね」


 のんびりと雪乃は精霊たちと晩飯を食べていた。ちなみに今日のご飯はセリのお粥。作ったのは月乃で、勿論雪乃は冷まして食べる。

 そんな中、強い妖気を感じた。とてつもない、強い妖気だ。


「何か禍々しい強い妖気が家の上へ通ったねー」

「ねー」


 精霊たちも感じたようで、口ぐちに呟く。


「……何かしら」


 不吉な予感が頭から離れない。雪乃は家を飛び出した。


「月乃、花乃は留守をよろしく! 私は村を見てくる!」


 そう言うと、雪乃は村へ向かった。


                   ◆


 村へ向かうと、悲惨な光景だった。屋根や木々はズタズタにされ、積もった雪が所々えぐっていた。


(……これは、カマイタチの仕業か)


 鎌鼬(カマイタチ)。突風と共に現れる、鎌のような手で人を切り裂く妖。物凄い速さで動く為、姿を中々確認することが出来ない。

 どうやら見るからに村人に大怪我はなさそうだった。ほっと安心して胸をなでおろしたとき、鉄クサイ臭いがした。


(……まさか)


 臭いがする方へ駆け寄ると、人だかりがあった。人をかきわけて進むと、青年が一生懸命に手当てをしている。

 寝転がっている患者は、ナデシコだった。


「ナデシコ!」


 雪乃が駆け寄るとナデシコは少し頭を動かした。地面はナデシコの血で紅く染まっており、容体は素人が見ても良くなさそうだ。


「君はナデシコの友達かい?」


 手当てをしている青年が、雪乃に聞く。


「はい!」

「そうか、ボクはナデシコの兄だ。一応手当をしているけれど、血が止まりそうにもない。もしかしたら……」


 ナデシコの兄と名乗った人は、そこで言葉を濁した。だが、その先は言わずとも判る。――彼女は、死ぬと。

 どうしよう、と雪乃は焦った。だが、焦ったって何も変わらない。なす術は無く、ナデシコは死んでしまうのだ。


(――私は、無力だッ……!)


 ギリッ、と唇を噛みしめる。口の中が鉄の味に変わった。

 いくら妖力が強かろうと、精霊を契約していろうと、私は無力。何も出来ない。そんな思いが脳裏をよぎる。

 医術に関しての知識も実力も全くない。それどころか、人に触れれば自分が消えてしまうほど、無力な存在だ。

 今のうちに諦めた方がいいのかもしれない、と雪乃は思った。もう助からないなら、傷つかないように諦めた方がいいと。幾ら期待をかけても無駄だと。だが、雪乃にはそれが出来なかった。

 ナデシコの笑顔が、居心地の良さが、それをさせなかった。


(失いたくないッ……!)


 そう思った。欲張りだと思ったけれど、その気持ちがたかぶった。諦めたくない、まだ希望を持ちたい――。

 その時、家に居たハズの花乃が雪乃の肩を叩いた。


「……どうしたの? 留守頼むって言ったでしょう?」


 ヒソヒソと、雪乃が花乃に訊ねる。精霊の姿は普通の人間には見えないからだ。

 花乃は呑気な声を出しながら、貝殻を差し出した。


「あのねー、今思い出したんだけど、芙蓉が来た理由はねー」


                 ◆


「芙蓉、芙蓉ってばあ!」

『なななな何だ、私は別にッ……!』

「嘘つけ、あの薬私が人間の手当てをするために持ってきてくれたんでしょー! 素直になりなさいったら!」


 後日、雪乃は芙蓉に礼をしに行った。

 花乃が出した貝殻の中身は、薬だった。瑠璃色の塗り薬で、芙蓉があの日来た時に貰ったのだと言う。

 その薬は芙蓉の鱗で出来ていた。人魚の鱗をすり潰した塗り薬は、いかなる大怪我だろうと治す作用があるのだ。それをナデシコに塗ると、たちまちナデシコの容体が回復した。

 その後花乃が言った。


『あのねー、芙蓉は雪乃が人間を助ける際に使えって言っていたよー』


 その言葉を聞いて、一直線に芙蓉の所へ向かったのである。


「ほらほら、ありがとうねー!」

『だだだだだから違うと言うだろう! そそそそれに私は人間は大っ嫌いだからな! ここここれっきりだ!』

「はいはい」


 雪乃は芙蓉の過剰な反応に笑いながら、思う。

 芙蓉とナデシコが似ていると言うのなら、ナデシコも妖である私を受け入れてくれるだろうか。人間が好きな私を、人間嫌いな芙蓉が受け入れて助けてくれたように。ナデシコも受け入れてくれるだろうか。

 ――きっと、受け入れてくれるだろう。あの、優しい少女なら。きっと私を、芙蓉を――。

 何時かちゃんと話そう。何時でもいい。ただ、絶対に話さなければならないな。その時が来たら、あの子は撫子のように笑いながら聞いてくれるかな――。

 そう思うと、少しだけ前向きになれる雪乃だった。