六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第十三章 最後の六花 page1



 雪乃は大きな楠の前に居た。
 地面を眺めていると、向こうから、雪乃、と杏羅の声が聞こえた。
 雪乃が声がした方を見た時には、杏羅は雪乃の横に立っていた。


「待ったか?」


 杏羅の問いに、雪乃は穏やかな顔で首を横に振った。


「いいえ。じゃあ、行きましょう?」


 そう言うと、雪乃は手袋をした手を差し伸べる。すると、杏羅は恐る恐るその手を取り、壊れないように握り締めた。
 今日は二月二日。――明日は立春だ。
春を迎えれば、雪乃は溶けてしまう。今日は、その最後の思い出作りに、一日杏羅と散歩しに行くのだ。


「でも、何でいきなり? 散歩に行きましょうって……」

「え? 別に良いじゃないですか」


 杏羅の質問に、明るく雪乃は答えた。
――杏羅には、明日で雪乃が溶けてしまう事を伝えていない。杏羅だけではなく、雪乃は芙蓉や白龍、ナデシコにも教えないで居た。
 別に、心配掛けたくない、という理由で黙っているわけではない。ただ、伝えたくなかっただけだった。


「行きましょう、杏羅さん!」


 雪乃はぐい、と手を引っ張る。ああ、という杏羅の声が答えた。


                              ◆


 ワイワイ、と市は賑わっていた。
 人々の声がすると、雪乃はとても落ち着く。妖の声も落ちつくのだが、その要因は全く違う。
 妖は懐かしい声だから落ちつく。人々の声は――ここに居ていいのだと、居場所はここなのだと、そう言われているように聞こえるのだ。勿論、自分が勝手に解釈しているのだということは判っている。それでも、人々の声を聞くと、雪乃は自然に笑っていられるのだ。


「おや、雪乃ちゃんと杏羅じゃないか」

「ユウちゃん!?」


 市の中には、あの夕顔の顔もあった。


「お久しぶり!! でも何で!?」

「あー、父さんが何と蔵人になってさ。それで、この辺に住むことになったんだ」

「え、初めて聞いた。お父様凄い職についているじゃない!」


 夕顔の思わぬ裏事情に、雪乃は心底驚いた。その様子に、夕顔は笑って言った。


「だから、また一緒に居られるな! これからも」


 その言葉を聞いた途端、雪乃は一瞬思考が停止した。
――それは、何気ない一言だったのだろう。だが、今の雪乃には心を大きく揺らがせた。
 返事が遅れた雪乃に、雪乃? と、夕顔が心配しそうに声をかけた。その声にはっと我にかえり、


「……そ、……そうだね! これからも一緒に居られるね!!」


 雪乃はとびっきりの笑顔で言った。


「?……う、うん」


 夕顔は戸惑いながらも答えた。
 それから、夕顔と少し話をして別れた。


「ユウちゃん変わって無かったですね。まあ、ひと月ぐらいだからそんなに変わんないですか」

「そうだな。でも、やっぱり友人が元気だとこっちも嬉しいよ」


 杏羅の一言に、雪乃は大いに同意した。