六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


番外編 その壱 妖と人と水神様と  page3


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 次の日の黄昏時、雪乃はまた河原へ向かった。塗り薬と山リンゴを持って。今日は川姫の妹の名を聞いてみようと思ったのだ。

 河原に出かけると、数名の男が居た。黒い服で、まるで誰かを囲っているようだった。
 間から覗くと、ビリビリッ!と、雷のような音と光と――陣の上に立つ、傷ついた川姫がいた。


(――川姫ッ!)


 どうやら数名の男は川姫が言っていた祓い人のようだ。陣は何て書いているか判らなかったが、とにかく川姫が危ないことは判る。

 雪乃は慌てて祓い人達を凍らせた……のではなく、眠らせた。冷気で眠らせることも可能なのだ。
 祓い人が倒れると、雷は止み、川姫はずれて倒れた。


「川姫! 大丈夫!?」


 雪乃が彼女の頭を膝にのせる。少し、面が割れ、瞼が腫れていた。


「……何故、止めた? 私の気持ちは、知ってるだろう……?」


 川姫の言葉に、雪乃は早口で言う。


「――そんなの、友人だからでしょ!」


 そう言って、川姫をその場に置き、雪乃は走った。


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(……どうして、あの子は)


 自分の気持ちを知っているなら、どうして死なせてくれないのか。これは罰だ。何の理不尽も無いし、未練も悔いも無いのに。

 そう聞いた時、あの子は私を叱るように言った。


『友人だからでしょ!』


 友人だから――そう言ってくれたあの子の瞳に、何故妹の――ナデシコの面影を重ねたのだろう?

 守りたかった、弟の杏羅と妹のナデシコ。けれどそれは――ただ私が寂しかっただけ。妹を失うのが、怖くて辛くて寂しくて――だから、置いて行かれる前に、置いて行こうと思っただけ。

 なのに――あの子たちは笑っているだろうか? 私が居なくても、笑う事が出来るだろうか? それが心配で、私は――。









「「お姉ちゃん!!」」






 


 忘れられない声が二つ、私の耳へ届いた。
 その声は――杏羅とナデシコ?
 私は瞼が腫れて、良く見えないけれど――。


「お姉ちゃんッ……お姉ちゃん!」


 ああ、その声はナデシコだね。泣き虫なのは、今もなんだね。
 冷たい手に、ナデシコの暖かい手が触れるから、とても良く判るよ。


「……ゴメンッ、お姉ちゃんッ……! 私のせいでッ・・・私のせいでッ……!」

 言葉にならない程、泣いているんだね。こっちこそごめんね、ずっと
辛い思いをさせたね。

 杏羅の手が私のもう一つの手に触れる。杏羅は何も言わないね。昔から杏羅はずっとそうして受け入れて来たね。




 ――ああ、そうか。ずっと、変わらないで居てくれたんだ。私の帰りを、ずっと待ってくれたんだ……。






「……お姉ちゃん?」


 ヒックヒック、と嗚咽を漏らしながら、疑問形を私にかける。
 ああ、私行かなきゃ。自分の手が、ナデシコと杏羅に触れていた手が、だんだん空気に溶けて行くのが判るよ。



「お姉ちゃんッ……! 行っちゃ、嫌だああ……」


 ごめんね、ナデシコ。そうはいかないよ。
 私はもう、ここに居られないんだ。ここに居てはいけないモノなんだよ。
 ねえ……一つだけ、伝えたかったことがあった。これだけは、伝えるよ。




 私を待っていてくれて、ありがとう――。








「……彼女の言葉は、伝わった?」


 川姫の旅立ちを見送ると、雪乃はポツリと小さな声で聞いた。
 ナデシコは顔を手で覆いながら、縦に首を動かす。どうやらそれが精いっぱいのようで、言葉にすることは出来なかったようだ。

 代わりに、杏羅が答えた。


「聞こえたよ……『ありがとう』って」


 雪は相変わらず降り続ける。けれど、その雪は雪女である雪乃が驚くほど、とても暖かった。


                           ◆


「……そうですか、川姫――いや、桔梗さんは無事あの世へ行きましたか」


 雪乃は川男に川姫の全てを話すと、川男は穏やかな顔で微笑んだ。あの後、祓い人のものたちは眠った前後のことは良く覚えて居なく、ややこしいことが起きる気配は無かった。

 ナデシコは相変わらず、妖を憎んでいるが、それでも少し顔が穏やかになった。杏羅も元々穏やかだが、少しさっぱりした顔になった。

 そして雪乃は今日も、川男と釣りをする。


「ったく、貴方も色々首を突っ込みますなあ」

「あはは、言われてみればそうかも」


 笑って返せば、川男は滅多に見せない怒った表情で雪乃を叱る。


「笑いごとじゃありませんよ! 今回だって、一歩踏み外せば貴方も殺されるところだったんですぜ!?」

「あー、はいはい」

「はいはいじゃありません――!!」


 川男の怒鳴った声が、木霊した。




 人の気持ちというのは中々判らない。余計なおせっかいや、良かれと思った行動が相手を傷つけてしまうことだってある。
 けれど、解りあおうとする気持ちは、何時かちゃんと伝わるだろう。