六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第五章 雪女の恋 page1


 鎌鼬騒動から三日経った日。村はやっと何時もの日常を送ろうとしていた。とはいっても、相変わらず雪は降るし、被害が出たせいでもっと税が払えなくなっているところだが。

 雪乃は村を歩く。ナデシコに山リンゴと鱗の塗り薬を届けるためだ。あの後、芙蓉は「人間を助けるのはこれっきり」と言っていたが、五日に一度には届けに来る。雪乃は医術に関しての知識が無い為、医術師であるナデシコに届けようと思ったのだ。

 ナデシコは畑で土を耕していた。ナデシコ、と呼ぼうとしたが、ためらった。
こんな寒い日にも薄い服を着ているナデシコが、一生懸命に耕していたからだ。


(あの子は、寒さを感じているのに)


 自分は雪女だから寒くないのだ。その代わり、熱に弱い。だが、雪乃は佐保姫や芙蓉に助けられている。
 ナデシコは寒いのに、ああやって耐えながらも一生懸命耕している。そんな姿が、痛々しくも神々しかった。


「……ナデシコー」

「は! 雪乃!?」


 雪乃の声に慌ててクワを放り投げ向かって来るナデシコ。


「……って、クワを放り投げちゃいかんだろ」

「あ、いけない。ついうっかり」


 てへ、という効果音が出そうなお茶目な笑顔に、雪乃は苦笑した。


(――これが私だったら、義兄さんはウザイという一言で切り捨てるだろうなあ)


 何て思いながら。


「……ナデシコ? その方は誰だい?」


 後ろから、青年の声が聞こえた。


「あ、お兄ちゃん。もう薬草を集めてきたの?」

「え、お兄ちゃん……?」


 振り向くと、ナデシコが瀕死状態の時に立ち会った医術師だった。ナデシコと目元が似ているが、何処か抜けているような表情はナデシコとは正反対だった。


「ああ、君は確か……」

「雪乃。私の友達だよ。雪乃、この人は杏羅兄ちゃん。聞いて通りの私のお兄ちゃんだよ」


 ナデシコが説明してくれた。雪乃は会釈する。


(ナデシコにも、兄さんが居たんだ)


 そう言えば、と雪乃は思う。義理の兄白龍は今頃どうしているのかと。きっと今頃私が居なくなって大騒ぎになっているだろうな、と容易に考えられる。
 それと同時に、寂しさもあった。


(あそこの所に居た時は、からかわれたり泣かされたり時々ウザイと思ったけれど……)


 今思うとあの人は優しかったのだと。兄である存在が、こんなにも大きかったのだと、今になって思い示された。
 義理なのに、自分を本当の妹のように可愛がってくれた兄。嫌な思い出も沢山あるが、それも全て兄が私を可愛がってくれていたのだと、今更になって判った。


「……じゃあ、私は薬草と薬を家に置いてくから、お兄ちゃんと雪乃はちょっと待ってて。時間、あいてるから畑仕事手伝ってくれるわよね? つーか手伝え」

「命令形ですか。……いいよ」


 雪乃は苦笑すると、ナデシコはパアと笑って「すぐ戻るからー!」と、あっという間にかけ出してしまった。