六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第九章 蛮勇と勇気の違い page2


(――お兄ちゃん!!)


 雪乃の耳には、白龍が男たちに捕まる音がした。
「帝に逆らった反逆者め!!」とののしりの声が聞こえた。
――やはり、帝の兵士たちだったか。そう言う想いが広がる。
「おい、お前の妹も居るはずだ!! 何処に居る!!」そう兵士に聞かれても、口を固く閉ざす白龍。
 叩きつかれる音がした。恐らく乱暴な兵士に白龍は殴られたり蹴られているのだろう。
 それでも。白龍は、妹の居場所を話さなかった。
 兵士は焦れて来たのか部下たちに「くまなく探せ!!」と命令した。


(――お兄ちゃん!!)


 ――そう叫びたかった。今すぐに飛び出していきたかった。
 けれどそれは寸前に思いとどまった。今飛び出していけば、白龍の覚悟を踏みにじることになるからだ。
 雪乃は膝を抱え、耳を塞いだ。見えないけれど目も閉じた。――そうでもしない限り、飛び出して行きそうだったのだ。


(どうして、どうしてそんなことをするの? そこまでして私を庇うの?)


 そんな想いが、頭の中をぐるぐると駆けまわっていた。
 あれほど心配させてしまったのに。
 あれほど、不孝を犯してしまったのに。
 それなのに、どうして。


 暫くすると、気配が消えた。恐る恐る目を開き、耳を澄ます。音も聞こえない。
 恐る恐る雪乃は動いた。もしかしたら敵がまだいるかもしれないからだ。
 そこには誰も居なかった。代わりに、戸の近くに置手紙があった。
 雪乃はその紙を拾い、読んでみる。
 手紙には、こう記されていた。


『三日後までに帝の元まで来い。でないとお前の義理の兄を死刑にする』


                       ◆


 白龍が連れ去られ、眠れず夜が明けた。
雪乃は悩んだ。――私が行かなければ、お兄ちゃんは死刑にされる。
 だが、白龍は死を覚悟して雪乃を逃がしたのだ。雪乃が行けば、白龍の勇気が水の泡になってしまう。
 それに、もし雪乃が帝の元へ足を運んだとしても、白龍が殺されないとは保障されない。……もしかしたら、雪乃と一緒に死刑にされるかもしれない。


(一体、どうすればいいの? どうすれば、最善の解決法を取れる?)


 解らない。判らない。
 自分が、何を行動に移せば白龍の命も意志も守れるか、解らない。
 自己犠牲はきっと、白龍を傷つけてしまう。――それは、杏羅とナデシコ、その姉である桔梗のことを見たからだ。

 その時、戸の方に気配を感じた。


(まさか、追手!?)


 バッ、と後ろを振り向く。
しかし、そこに居たのは追手ではなく、杏羅とナデシコと人間姿の芙蓉だった。


「杏羅さん……ナデシコ、それに、芙蓉……?」

「白龍さんに聞いたぞ!! 何か悩んでいるんじゃないかって!!」

「何か巻き込まれているんでしょう!! 話してよ!!」


 血相変えて兄妹が言う。けれど、雪乃は俯いて黙った。
 そこに芙蓉が険しい顔をしていった。


「悩むなんてらしくない。相談しろよ」


 その言葉に続いて、ナデシコも言う。


「そうよ!! 白龍さんも居ないし、一体何が起こったの!?」


 ナデシコは手袋をつけている雪乃の手を握る。
 その様子に、言いたい気持ちと、言っていいのか、という戸惑いの気持ちがあった。

 ――いつの間にか、白龍とナデシコは互いに惹かれていた。杏羅は気付いていないかもしれないが、雪乃には気づいていた。
 だからこそ、白龍は「ナデシコにいうな」と口止めしたのだろう。そして、ナデシコも、白龍が居ないことに気づき、雪乃に聞いているのだろう。

 だからこそ。矛盾した気持ちが、頭の中で駆け巡る。


「――雪乃」


 杏羅が一歩前へ進んだ。


「俺達は人間だけど、雪乃と白龍さんの味方だ。かけがえのない存在だと思っている。――だからこそ、失いたくないんだ!! 出来ることをしなくて、後悔するのはもうゴメンなんだ!!」


 雪乃はその言葉にはっと顔をあげだ。杏羅の瞳には、とても強い決意がある。
 杏羅は、自分たちの為に姉が自身を犠牲にし、失ったことを後悔している。そして、自分の身が惜しくて、大切な幼馴染を犠牲にして失ったことも。
 大切な人を二度も失い、後悔している。だからこそ、今度こそはと強く決意している。
 その姿は、必死にもがいているのに、強くて神々しい。


(――私は、一体何を勘違いしていたのだろう?)


 その言葉が脳裏に浮かんだ。
 白龍を失いたくない。そして、白龍を傷つけたくない。
 なら、その方法をとればいいじゃないか。白龍を助けて、かつ自身を犠牲にしない方法を。


(そうだ、私は何回も見て来たじゃないか。蛮勇は誇れるものじゃないって。本当に誇れるものは、人を受け入れ、自分も受け入れてもらうことだって。だから、人は弱くても力を合わせるから強いんだって)


 自分が人に惹かれた理由。それが答えだったのに。すっかりそれを忘れていた。
 そこまで考えが至った途端、自然と笑みが零れた。


「……判りました。全部話します。だから、力を貸してはくれませんか……!」


 雪乃が言うと、杏羅達は微笑んでコクリ、と頷いた。