六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第二章 春の女神 page1


 それから数日して。

「雪乃おねーちゃーん!」

「はいはい、今行きますよ」


 座敷わらしたちの世話を、雪乃はしていた。
 小さいモノ可愛いモノが好きな雪乃は、毎日と言っていいほど座敷わらしたちや小さな妖の世話をする。


「雪乃ねーちゃん! こっち、こっちー!!」

「ハイハイ、って待ちなさーい!!」


 子供に付き合うというのはなかなか上手くいくことは無い。小さければ小さいほど危なっかしいこともする。それを叱る時も強く言い過ぎることだってある。しかし、そんな大変なことも含めて、雪乃は楽しいと思った。


 何も変わらない、何時もの日常。


「じゃーね、雪乃ねーちゃん!」

「また明日ねー!」

「気を付けてねー!」


 そろそろ小さい妖たちは帰らなければならない時間になった。

 黄昏時。それは妖の活動時間だが、小さい妖たちにはあまり良くないのだ。何故ならば、子供の妖は神聖なる神に属し、小さい故に邪気に当てられやすいのである。
 妖の成人年齢を過ぎれば、邪気に当てられることは無いのだが。雪乃も昔は良く、邪気に当てられ困っていたものだ。


「……さてと」


 雪乃はまた、村の様子を見に行こうと思った。

                ◆

 膝を抱えて座りながら、村の様子を眺める。

 いつ見てもやはり雪に包まれていた。それはそうだ、数か月で帝の怒りが収まるわけではない。
 それなのに、期待してしまうのは何故だろう。


(……私は、結局バカなのだろうか……)


 何かしたいと、命令を止めたいと思ってしまう私は、バカなのだろうか。
 自分は何も出来ない。村に行った所であっという間に追手に捕まえられるのが落ちと言う事は重々自覚しているのに。

 それだけではない。例え人を救おうと村へ行って、雪女とばれたら。きっと、人間は自分を容赦なく火であぶるなりするに決まっている。人間とは現金なものだ。利用するだけ利用して、後は自分を・・・殺すだろう。


 それでも。助けたいと思うのは、愚かなんだろうか。


「――その思い、かなえてやろうか?」


 ふいに後ろから声をかけられた。


「その願い、届けてあげようか?」


 声を掛けたのは、老婆だった。
 人間の歳で言ったら、八十くらいだろうか。
 薄い布を頭に被せ、顔は良く見えないが声は老婆のようだったので、雪乃にはそう思えた。淡い桃色の着物を着ている。


 雪乃はとっさに構えた。この山は高貴な妖しか入れない山。高貴な妖はそうそういない。雪乃にとってこの山に知らぬ妖など居ないのだ。


「ひっひっひ、そう硬くなるな」


 老婆が笑いながら言った。その声は穏やかな声で、敵意は感じられない。
 構えていた雪乃は、自然と肩の力を抜いた。


「――失礼しました、ご婦人。あの、貴方は……」

「名前など教えなくてもよかろう。ちゃんと、話は通じるからな。名を明かさないで話した方が私にとっちゃ楽なもんでね」

「は、はあ……?」

「まあ、そんなことは置いといて。――お前さん、村へ行きたいか?」


 その言葉が、雪乃の胸を突いた。