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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

番外編 その参 流るるままに page2
◆
「す、スマンホントに……」
「ゴメンね、ユウちゃん。義兄様もわざとじゃないから赦してやって」
ここは雪乃の家。一通り怪我の処置を杏羅の家で行い、雪乃の家で謝罪会をしていた所だ。
白龍の必死の謝りに、女の子――夕顔ことユウちゃんはからりと笑って言う。
「オレも周りを見ていなかったし、お互い様です」
そう言う夕顔に、雪乃と白龍はホッとした。
この少女は雪乃とは面識があった。夕顔は村では『ユウちゃん』と呼ばれている。呼び方が男の子っぽい、と思う人もいるだろう。
何故ならば、彼女は体は女でも、心は男なのである。理屈は雪乃には判らないが、彼女がそう言うのだからそうなのであろう。それだけを受け入れているのである。
勿論、彼女を受け入れない村人も居る。「変だ」「おかしい」と蔑むものたちも居る。夕顔の両親もそうだったようで、小さかった夕顔を捨ててしまったらしい。
けれど、夕顔は細かいことを気にしないおおらかな性格だった為、病むことはなかった。
その姿を、雪乃は素直に凄いと思った。自分の存在を疑わず、周りに押しつぶされずありのままの自分で居るのは、とても大変で辛いことだと身を持って知っているからだ。それなのに、何時も笑顔を絶やさないこの少女は、例え神である帝にも敵わないと思った。
「そうだ、すっかり伝えるのを忘れていた!!」
ポン、と手のひらを叩く。
「あのさ、オレまた両親と暮らすことにしたんだ」
「へえ~……え!?」
話の流れに思わず相槌をうった雪乃だが、すぐに聞き返す。
夕顔はからりと笑って言った。
「いや、家にわざわざ来てくれて、どうやらはるばるオレを探してくれたみたいなんだ。で、また一緒に暮さないかって言われたもんだから、了承した。正月が終わったら行くよ」
「……随分あっさりと決まったわね」
雪乃が言うと夕顔はカラリと笑って、まあな、それがオレの取りえだから、と答える。
「……ユウちゃんが決めたならいいけど、いいの?」
雪乃は心配そうに言った。夕顔とその両親が一緒に暮らすことは、実に喜ばしいことである。が、何せ一度は夕顔を捨てた両親なのだ。二度目が無いとは言い切れない。その時傷つくのは夕顔なのだ。
夕顔は少し間を置き、乾いた声でいった。
「……最初さ、オレも憎んでいたよ。あんなの親じゃないって。
でもさ……長いこと考えて、思ったんだよ。女なのに、男の行動して、一目見れば普通の子じゃなくて……世の中でどう見られるかなとか、そんな風に戸惑って、子供の事を真っすぐ見られなくなって……それはどれぐらい辛いか、身を持って知ったんだ」
そう言うと、カラリとした笑みに戻り、明るく言った。
「人生短いんだし、もう一度仲直りしてみようと思うんだ。それに、オレは母親の腹から生まれたんだぜ? 嫌いになるわけないよ」
その笑みに、思わず雪乃は吹き出してしまった。隣を見ると、白龍は腹を抱えて笑っている。
「な、何だよ!! せっかく人がいいこと言ってんのに!!」
顔を真っ赤にして拳を振り上げる夕顔。
「ぶッ……そんな言葉、ユウちゃんには五十年早いよ!!」
「青臭ッ!! メッチャ青臭ッ!!」
「わ、笑うな――!!」
夕顔の怒っている顔に、ああ、やっぱり時間が流れれば変わるんだなあと雪乃は想った。
◆
その日、雪乃は夢を見た。
それは、少年が幼女を抱きしめているところだった。幼女は夕顔だった。今の夕顔より幼く感じる。少年の顔は見えなかった。けれど、何処か寂しそうな顔をしていた。
そして少年は――夕顔を抱きしめながら、影に飲み込まれていった。
「……い、おい雪乃!!」
遠くから声が聞こえ、瞼を開けると白龍と精霊たちが覗きこんでいた。
朝日が差し込み、少し賑やかな音を聞いて、朝なのだと気づく。
「義兄様……?」
「大丈夫か、随分うなされていたぞ」
雪乃は上半身を起こすと、頬から涙が伝わった。ポツリ、と布団の上に落ちしみをつくる。
「あれ……? ホントだ」
「何か悪い夢でも見たのか?」
白龍が心配な声でいうが、雪乃はふるふると首を横に振る。
「悪い夢というか……あれ?」
「どーしたの、雪乃――」
月乃が聞くと、雪乃は不思議そうに答えた。
「私……あそこで寝ていたと思うのだけど」
その次の日も、そのまた次の日も、雪乃たちが寝ている場所が変わっていた。はじっこで寝ていたはずなのに、起きると真ん中に居たり、逆の場合もあった。
「……私って、こんなに寝相が悪かったっけ?」
心配しそうに雪乃が言うと、白龍は否定する。
「それは俺たちも変わっているから違うだろう。これは妖の仕業だ」
「妖……」
「微かに妖気が残っている。それに見ろ」
白龍が指す所を視線で追うと、見慣れない足跡がポツリ、ポツリとあった。
「明らかにこれは人為的……もとい妖為的なモノだ」
「……一体、何のため?」
雪乃が聞くと、白龍は判らん、と首を振る。
「だが、今日は徹夜で見張る必要がありそうだ。もしかしたら悪意のあるモノかもしれんからな」
朝の事を思い出し、思わず雪乃はため息をついてしまう。
(普通におだやかに平和的に正月を迎えたいんだけどなあ)
ひょっとしたらただのイタズラかもしれない。だが、悪意のある妖だと放ってはおけないだろう。それでも、のんびりとした正月を迎えたかった雪乃である。
杏羅の家へ行き、用事を済ませ帰ろうとしたところ、夕顔にあった。雪乃の後ろから、ポンと肩を叩いて笑う。
「ゆーきの、何そんな暗い顔してるんだい? 良かったら聞くよ」
「へえ、怪奇現象ねえ。妖の家でもそうなるんだ」
夕顔の家に立ち寄ることになり、そこで雪乃は今朝の話をした。
ニコニコし、興味津津で聞く夕顔。余談だが雪乃が雪女であることを、村の人々は皆知っている。
夕顔はその類の話が好きで、自身も相当な見鬼の才があった。
「全く、面白そうに聞かないでよ。ただでさえ不気味なのに」
「妖にも不気味って言葉あるんだ。……でも、オレの家でもそんなことがあったな」
夕顔の思わぬ発言に、え、と聞き返す雪乃。
「……ちょっと昔の事だから忘れていることも多いけれど、聞くかい?」
夕顔の言葉に、雪乃は首を縦に振った。

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