六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第十三章 最後の六花 page3



                             ◆


 簪を買った後、雪乃たちは市を出て河原へ向かった。
 そこには、まあ当然のように川男が居る訳で。


「おお、雪乃嬢に杏羅さんじゃあありませんかァ!!」


 夕陽に照らされて、川男の青い肌が、紅くなっていた。昼間は川男の姿は徒人には視えないが、黄昏時になると、川男の姿は徒人にも視えるようになる。つまり、杏羅の目にも見えるのだ。


「久しぶりね、川男」

「そりゃあ久しぶりですさあ!! 雪乃嬢、帝に捕まったり死刑になりそうだったりで、バタバタしてやしたもの!!」

「あはは……それは本当にごめんなさい」


 頬を膨らませる川男に、雪乃は苦笑しながら言った。
 人一倍、いや妖一倍心配性な川男だから、きっと大混乱したのだろうなあ、と雪乃には容易に想像出来る。


「それで? 今日は何をしに?」

「ちょっとね。桔梗さんたちの墓参りに」


 雪乃がそう言うと、杏羅が目を瞬かせた。


「姉さんの……? 何で?」

「川男に頼んで作って貰ったんです。桔梗さんが、寂しがらないように」


 背丈ほどある葦に隠れたように、大きな石があった。その石には、はっきりと『桔梗』と刻まれていた。


「ここに作ったのは、秋になると一面にバアアアア!! って、桔梗の花が咲くんですよ。日当たりもいいから暖かいし」


 満足そうに言う川男に、杏羅は微笑んで言った。


「……有難うございます。きっと、姉も喜んでいますよ」

「いやいや。おいらがしたかっただけだから、気にしないでください!」


 笑いながら、バン、と杏羅の背中を叩いた。


「そして、山の方には猫又さん、ちづさんの墓も作っておきました。今度で良いので、参ってください。今日はもう遅いので」


 川男の言葉に、了解、と雪乃は言った。

 今度、と川男はいったが、今度、と言う言葉は雪乃にはもうない。


(私には、今まで積み上げてきた過去と、残りわずかな今しかないのだから)


 そう想うと、とても寂しくて、悲しかった。


                               ◆


 川男と別れた時にはもう暗くなっていた為、杏羅は村に向かおうとする。だが、思わず雪乃はそれを止めた。
 どうしたんだ? という杏羅の言葉に、


「……もう少しだけ、付き合ってくれませんか?」


 雪乃がためらいがちに言った。
 杏羅は最初目を開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かび、いいよ、と答えた。


 雪乃が杏羅を連れて辿り着いたのは、猫又とちづさんの墓、そして紫苑の墓の前だった。
 雪乃は杏羅の手を放し、三つの墓の前でかがみ、手を合わせた。


「……君の弟の分の墓もあったんだね」


 杏羅が言うと、雪乃はコクンと頷いた。


「……やっと解放されたのに、ずっとあそこに居るのは可哀そうだったから」


 雪乃はそう言って、杏羅の方へ振り向く。


「あの子は……決して私たちの為に死んだんじゃない。この世に疲れて自決したんだ。
 私は沢山良い人に恵まれて、辛いこともあったけど、楽しい事嬉しい事沢山経験できたんだ。でも、紫苑は辛いことばっかりだったんだね」

「……」


 雪乃の言葉を、ただ杏羅は聞く。何も言わず、痛々しい言葉を全て受け止める。
 雪乃は、今度は紫苑の墓に向けて言った。


「それほど辛かったんだから、逃げたかったんだよね? 逃げ出したいほど辛かったんだよね? 間接的とはいえ、私にも罪はある。君は死んでしまったから、私は一生許されることはない。……けれど、最後は自分の道を選べたのだから、幸せだったんだって、想っていいよね? 最後は笑って逝ったって、想っていいよね?」


 そう言った雪乃の頬に、透き通った雫が伝い落ちた。それは、ポツリ、ポツリ、と雨のように降り落ちる。