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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

番外編 その弐 交差するモノ page1
「杏羅さーん、お薬と食糧持ってきましたー」
「あー、ありがとう、雪乃」
「いいえー」
雪女の雪乃が実家を飛び出して早十五日たった。雪乃が想いを寄せている杏羅の家に、雪乃は毎日と言っていいほど通っている。今日は鱗の薬と、山リンゴ、それとワカサギを持ってきた。
その様子を見て、杏羅の妹ナデシコが「まるで夫婦のようだ」とからかってきたが、雪乃はただ、微笑みをつくるしかなかった。
(そう出来たら、どんなに良いだろう)
そう淡く希望を持つが、それは叶わないだろうと思う。
自分は雪女なのだ。熱に弱く、それ故人に直に触れば溶けてしまう、脆い妖。そんな自分が、杏羅と一緒になれるはずはないと、ずっと言い聞かせてきた。
だから、この気持ちも伝えずにいようと思った。彼を惑わすことはしたくなかったからだ。
「それでは」
「はい、お大事に」
雪乃が着いた時、老婦人が杏羅の家を出て行くのが見えた。少し足元をふらつきながら、帰路を急ぐ。
気になって、雪乃は杏羅に訊ねた。
「あのお婆さんは……?」
「ああ、ちづさんと言って、最近よくうちに通うんだ。……もう、先は短いようだけど」
杏羅の最後の言葉はあまりにも小さくて聞き取れなかったが、雪乃は見た時から気づいていた。
杏羅は背伸びをしながら言う。
「何とかしたいって思うんだけどね。命には限りがあるからなあ。……こういうのは、傲慢なのかもしれない」
そう言って、少し俯いた。
(……傲慢なんかじゃないよ)
雪乃は心の中で思った。思っただけで、口には出さなかった。
傲慢なんかじゃない、誰だってそう望んでしまうよ――。
◆
「ただいまー」
雪乃がそう言うと、「「おかえりー」」と必ず契約している精霊たちが返す。だが、今日は何も返事が無い。
中を覗くと、月乃と花乃がしゃがみこんで、何かをしている。
「……月乃、花乃―?」
「あ、おかえりなさーい」
「今丁度ニャンコの手当てしていたんだよー」
「……」
精霊たちの言葉に、無言で返す雪乃。
そこには、雪のように真っ白なニャンコが寝ていた。
(なななななななにこれ!? なにこのかわゆいニャンコちゃん!? 抱きしめたい頬ずりしたいくんくんしたいッ……!! ああでも私雪女だった!! ニャンコに触ればあっという間に溶けてしまうんだった!! ……で、でも!!触りたいッ……!! でもダメッ……!!)
「……大丈夫―? 雪乃」
雪乃の心の中で天変地異が起きていたことに、精霊たちは知るよしもなかったし、知る必要もなかった。
「……ねえ、聞くけどこれ猫又だよね?」
やっと落ち着いた雪乃が、精霊たちに訊ねる。
すやすやと寝ているニャンコは愛らしい姿だが、妖気を発散させているということは、このニャンコは間違いなく妖なのである。それに、普通のニャンコではありえない、元は一本だったのだろう真ん中で割れるように二本になっている。
「うん、でも怪我してたしー」
「妖気に凶暴な色は無いしー」
「……そっか」
そう聞いて、雪乃は精霊たちの頭を撫でる。穏やかな顔で、精霊たちは気持ちよさそうに笑った。
「……ん」
「あ、気がついたー」
パチリ、と猫又の目が開く。月乃が明るい顔になった。
「……ここは?」
きょろきょろと辺りを見渡し、雪乃の方を見る。すると、驚いた顔で呟いた。
「……ちづ?」
「え?」
雪乃が少し驚くと、猫又は首を振った。
「いや、匂いが少し違うな。それに、何十年も同じ姿はしていないはずだ。……だが、良く似ている」
独りごとのように言い、少し俯いた。
何が何だか良く判らない為、雪乃は猫又に現時点のことを伝える。
「あ、私は雪女の雪乃。わけあって人間と同じ生活をしているの。で、貴方怪我していて、見えないだろうけど私の精霊が手当てしたのよ」
早口で伝えた為、猫又はポカンとした顔をした。その様子に、しまったと雪乃は思った。
(どうすれば、ちゃんと伝わるのだろう)
自分の言葉で、相手に伝えると言う事は、中々難しいことである。
「えっと……とにかく、この者たちが手当てしてくれたんだな?」
「あれ? 私たちの事が見えるのー?」
猫又の言葉に少し驚いた顔で言う花乃。それには、雪乃も驚いた。
精霊を見る妖は少ない。少なくとも雪乃の周りには一人もいなかった。
「……そうか、これが精霊か。この目で見るのは初めてだが。何から何まですまなかったな」
猫又自身も驚いていたようだ。だが、礼儀正しくお礼まで言う。それに、「「いいよー。気にしてないしー」」と、精霊たちがのんびりとした声で返した。
「……ねえ、聞きたいんだけれど、ちづさんって……」
雪乃が聞くと、猫又は小さな目を見開く。
「……お前、知っているのか?」
「知っていると言うか……今日すれ違ったんです」
雪乃は、今はもう老いていて、医術師の家に通うほど体調が悪くなった、と猫又に伝える。
「……そうか、道理で同じ匂いが少ししたんだな」
「……知り合いなんですか? 良かったら聞かせてください」
雪乃は願い申しでた。――人の過去の事を根掘り葉掘り聞くのは好きではないが、あの人の顔を見るととても気になったのだ。
猫又は戸惑いながらも、ポツリポツリと話しだした。

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