六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


番外編 その弐 交差するモノ  page2


                              ◆


「……あれは、もう五十年以上前の話だ。ちづは妖のモノの姿を目に写すことが出来るほど霊力が高くてな。その為、良く妖に狙われることが多かった。……その為、妖を嫌っていた。


 そんな時、怪我をしている私を、ちづは手当てをしてくれてね。私がただの猫だと思っていたのだろう。彼女は、妖気を感じ取るほどの器量は無かったようだ。

 最初、私は彼女を喰おうと思っていた。生意気な人間、食ってやる、ってね。……私を猫だと思っていた彼女は、一方的に私に話しかけたよ。自分が楽しいと思ったこと、美しいと思ったこと、嬉しいと感じたこと……。

 私は喋ることはしなかったけれど、彼女の笑顔が愛らしくて、彼女が喋っていることに耳を傾け……彼女といる時間が、楽しいと思い始めた。

 そんな時、ふと私は思ってしまった。自分も喋れたら、どんなに楽しいのだろうと。――私は人間に変化して、彼女に近づいた。

 彼女は私をあの猫とは知らなかったけれど、私に対しても優しくしてくれた。話したり、笑ったり、楽しんだり。……何時しか私も彼女も、惹かれあっていた」


 目を細め、幸せそうに語る猫又。その様子に、思わず雪乃も微笑む。


「――だが、その幸せも終止符を打たれた。
 ……彼女よりも先に、周りの村人たちが私の正体に気づいてしまってね。ちづを説得させようとしたけれど、ちづは聞く耳を持たなかった。
 ……そしてとうとう、村人たちはちづと私を殺す行動を取った」


 はっと、雪乃は心に何かが刺さったような気がした。
 猫又が紡いだ言葉には、とても暗い色があったからだ。


「……私は怒りのあまり、村人たちを噛み殺し、抉り、首を取った。……我に返った後、そこは地獄のような惨状だった。生き残っていたのは私と、脅えているちづで。……ちづの真っ青で脅えている顔に、私は自分の罪の重さを知った。

 ――私は猫又だ。人を噛み殺す、血でまみれた猫又だ。どんなに人を好いても、本性は鬼だったのだ。……本当は、あの時欲を止めればよかったのだ。人と言葉を交わしてはならなかったのだ。……そうすれば、ちづは傷つかなかった」


 その最後の言葉が、雪乃の心を一番抉った。


                          ◆


 猫又は自分の過去を告げると、また眠ってしまった。
 どうやら精霊たちの前に、大物の妖に妖力を吸い取られたようで、もう命は僅かのようだった。
 夜も遅いので、雪乃たちも寝ることにしたが、雪乃だけは中々寝付けなかった。

 猫又の話を聞いている時、まるで自分と杏羅のようだと思った。


(――妖と人は、交わってはならない、か……)


 正論だと思った。だって、妖と人は別モノなのだから。楽しい時間に終わりを告げた時、とても辛いことにはなるだろう。
 けれど、雪乃は杏羅と出逢ったことを、悔いてはいない。例え辛い別れが来るとしても、楽しかった思い出は残るのだから。
 交わってはならないなんて、雪乃には言い訳のように聞こえた。


                          ◆


 翌日、雪乃は杏羅にちづの家を教えてもらった。教えてもらうついでに、ちづに渡す薬も預かった。

 家の前に、丁度ちづが居た。どうやら、今から杏羅の家へ行こうとした所らしい。
 ちづさん、と話しかけると、あら昨日の……と、優しげな声が返って来た。

 猫又から聞いた通り、とても優しい方だった。雪乃は猫又のことをちづに聞いた。


「……そう、貴方も妖が見えるのね」

「ハイ、最近会った妖が、貴方は昔見えていたと聞いて……」


 妖とバレるのを避けるため、自分は見鬼の才があるとちづに言った。ちづになら言っても良いかもしれない、と一瞬思ったが、ちづの口から他の者に伝わらない、とは限らない。


「……ねえ、貴方の目には、私はどう映っているかしら?」


 ちづは少しため息をついて、雪乃に訊ねた。


「とても優しい方に見えます」


 雪乃が素直に言うと、ちづは少し自嘲気に笑った。


「……そう、貴方にはそう見えるのね。でも、違うのよ。
 私はね、とても仲が良い妖が居たの。妖とは知らずに、……好きになってしまった」


 その言葉に、ドクンと雪乃の胸が鳴った。


「……けれど、それを伝える前に、あの人は去ってしまった。……理由は私が弱かったから。あの人は私を怖がらせたと思って去ってしまったけれど、本当は違うのよ。それはちょっとは怖かったわよ? 妖と知って傷ついたし、恨んだりもした。……でも、それでも私はあの人のことが好きだった。
 けれど、伝える勇気が無かったのよ。……戸惑いがあったから」


 また一つ、ドクンと胸が鳴った。
 ぽろぽろと、涙を零すちづ。手で覆い、我慢できなくなって叫ぶように泣いた。


「……私に、あの時、伝える勇気があったらッ……! もしかしたら、何か変わっていたかもしれないのにッ……!」


 猫背になるちづの背中を、雪乃は触れるわけにもいかず、ただ見るしか出来なかった。