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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

番外編 その肆 六花とともに page2
◆
あれから、私は杏羅さんの家には行きませんでした。その代わり、芙蓉と一緒に居る時間が長くなりました。
芙蓉が時々、「最近来る回数多いな」と尋ねますが、「迷惑だった?」と答えると何も言い返してきません。「まあ別に構わないが……」と言葉を濁すだけです。
芙蓉は勘の鋭い子です。きっと、杏羅さんと私の間に何かあったのだと、気づいたのでしょう。
最初はその会話に触れませんでしたが、その状態が五日経ち、遂に聞いてきました。
「なあ、やっぱ杏羅と何かあったんだろう? 顔にかいてあるぞ」
「相談に乗るから、話せよ」と芙蓉に言われ、私は思わずあのことを話してしまいました。
話し終えると、芙蓉は考えるように顔をしかめ、言いました。
「そうか……まあ、杏羅の言い分は最もだよな。人と妖とは、時間が違う。辛い想いをするのは、雪乃だよな」
その言葉に、思わず私は俯きました。
やっぱり、そうなんだ、と。
貴方も、そんな風に考えるのか、と。
でも、と芙蓉は続けました。
「それって、人同士でも、妖同士でもいえることだよな」
その言葉に、私は顔をあげました。
「やっぱり、出会いがあれば別れもあって、別れる時辛かったり悲しかったりすると思う。でも、それを畏れるなんて、雪乃らしくないよ」
「でもッ――」
「例え、雪乃にとっては短くたって、幸せな時間ならそれでいいじゃないか」
その穏やかな顔に、言葉に、私ははっとしました。
何故、忘れていたのでしょう。これまで、ずっと想っていたことなのに。
川姫のことだって、猫又さんの時だって、ユウちゃんの時だって、出会い、知る度に想っていたことだったのに。
――別れの時でも、出会いを後悔するはずがない、と。
ずっと、想っていました。それをすっかり忘れていたのです。
これだけは、絶対に突き通すと思っていたことを。意地でも、一生突き通すと思ったことを。
「芙蓉……」
思わず零れた『名』に、芙蓉は笑って言ってくれました。
「頑張れよ、雪乃。貴様は、どんな苦境でも立ち向かっていったじゃないか。それを、自分の為に闘わなくてどうする」
その言葉に、私は少し遅れて頷きました。
声に、なりませんでした。
こんなに心配してくれるのに、確実に可能性を指してくれるのに、私はただいじけていました。
こんなにも励ましてくれるのに、私が闘わなくてどうするのだと。
◆
ちょっと前、私が杏羅さんにぼやいたことがあります。
『皆は、いいなあ……』
『何が?』
『だって、皆は花に例えられるじゃないですか。ナデシコは撫子、芙蓉は蓮に例えれる……でも私は、雪女だから、春が来る前に溶けてしまうし……例えれる花なんてないなあって』
私は、とても花に惹かれました。愛らしく、凛々しく咲き誇る花は、とても強く感じられるからです。
けれど、私は雪女なので春が来れば溶けてしまいます。だから、とても残念で。
すると、杏羅さんは笑いながら言ってくれました。
『あるじゃないか、例えれる花』
『え……?』
混乱する私に、杏羅さんは手を差し伸べ、六つの雪の結晶を見せてくれました。
『六花。君には、とてもしっくりくる花だよ』
◆
「杏羅さん!!」
芙蓉と別れ、私は一直線に杏羅さんの家へ向かいました。
けれど、生憎家は留守で、私は落胆しながら帰路へ向かいました。
そして、家に戻ると、家の前に杏羅さんが居たのです。
杏羅さんは私の姿に気づき、こう聞きました。
「――時間空いてるか?」
雪の中、私と杏羅さんは村から少し外れた所で居ました。ここは人気も少なく、妖も出ず、獣も出ないので、一人で居たい時にはもってこいの所です。
話題が何も無く、暫く沈黙が流れました。私は今さっき不思議に想った事を杏羅さんに尋ねました。
「……どうして、家へ?」
「……最近来なくなったから。雪乃、たまでもいいからウチに来てくれないか」
その言葉を聞いて、私は思わず舞いあがりそうになりました。その勢いに、私はさっき決意したことを杏羅さんに伝えます。
「杏羅さん、私は妖だけど、杏羅さんを好きになったことを後悔していません。それは、これからも後悔しません。
――それだったらいいですか? 杏羅さんに好かれなくても良いから、また隣で話していいですか?」
この言葉は、伝えたかったのです。この言葉が、伝えたかったのです。
他の言葉は届かなくたっていいから、この言葉だけは、杏羅さんには――……。
「……もしも」杏羅さんが口を開きました。
「もしも、俺が先に死んでしまっても。俺がいなくなっても。それが判っていても――居てくれると言うのか?」
その言葉に、私は強く頷きました。すると、杏羅さんは微笑んでくれたのです。
「――だったら、出来る限り、隣に居てくれるか? 俺も、出来る限り隣に居るから」
その言葉を聞いて、私は涙目で答えました。
そこには、ほんの少しの寂しさと、嬉しさがこみ上げてきました。
帰り道、雪を眺めながら、私は杏羅さんに話しました。
「――ちょっと前、杏羅さんは私を六花に例えてくれましたよね」
「え、いやだったか?」
不安そうになる杏羅さんに、私はクスクス、と声をもらしながら微笑みました。
「――逆ですよ。寧ろ、とっても嬉しかったんです」
もしかしたら、彼より私がこの世を去ってしまうかもしれない。杏羅さんが言った通り、杏羅さんが先に去ってしまうかもしれない。
それでも、この時間はちゃんと存在するから、私は『ここ』に『存在』するのです。
手袋から伝う手のひらのぬくもりがあるから、私はまだ笑っていられるんです。
番外編 終

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