六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第十三章 最後の六花 page4



「……杏羅さん、私、怖いよ」

「……何が?」


 雪乃の言葉に、杏羅が不思議そうに聞いた。


(――言わないって、決めたのに。自分が明日、溶けてしまうって)


 それでも、言わずにはいられない。


「私ッ……!! 理由はよく解らないけど、明日溶けてしまうのッ……!! そうしたら、もう皆と会えなくなってしまうッ……!!」


 その言葉に、杏羅の目がはっきりと、大きく開かれた。
 あふれる涙と言葉を堪えずに、雪乃は続けた。


「会えなくなるって……いやだよッ……!! こんな幸せな日常を手放すことなんて、出来ないよッ……!! 怖いよ、悲しいよ、辛いよッ……!! 皆と、別れたくないッ……!!」


 始まりがあれば、終わりがある。出会いがあれば、別れもちゃんと付いてくる。
 永遠なものなんて無い。そんなこと、今までの経験で判っていた。
 儚いからこそ、人は想い続ける。それが、とても美しいことだと言う事も判っていた。
 それでも。辛い。手放したくない。終わりたくない。
 沢山の想いが、涙と一緒にあふれ出した。


 幾つ時が流れただろうか。サアアアアアアアアア……と、風が流れる。少し冷たいが、それでも春の風だと言う事が判った。
 もうすぐ、冬が終わりをつげ、やっと久しい春が来る。これは雪乃も、杏羅も、皆が望んでいたことだろう。
 けれどそれは、雪乃の生の終焉を告げるものでもあって。


「……大丈夫だ!!」


 杏羅が、明るい声で言った。その声に、泣き崩れた顔で振り向く雪乃。


「雪乃が消えたって、雪乃は俺の想い出に残る!! 雪乃を忘れたりしないし、忘れたくない!
それにな、もしも雪乃が消えても、俺がこの世を去る時が来ても、また逢える!! 生まれ変わって、また逢えるよ!!」


 その言葉に、雪乃は目を瞬かせた。
 杏羅は少年のような笑みを浮かべて言い続ける。


「な、今度逢えたらもっと楽しいことをしよう。いっぱい笑って、いっぱい話して、いっぱい食べて、ずっと傍に居よう。
 それまでの辛抱だ!! それまで、俺は忘れないで居るから!!」

「……本当に? 本当に逢える?」


 ヒック、としゃっくりをあげながら、雪乃は聞いた。


「ああ!! 俺が保証する!!」


 杏羅は目を細めて言うと、雪乃は楽しそうに笑って言った。


「……そっか。そうだよね! また、皆と逢えるよね!! 私何勘違いしてたんだろー! 自分が可笑しく感じるよ!!」


 そう笑うと、また沈黙が流れる。だが、その空間はとても居心地が良かった。


「……ねえ、杏羅さん。私の願い、聞いてくれない?」

「……俺も、同じように考えていた」


 雪乃が、穏やかに笑って言うと、杏羅も同意した。


 ――その言葉を聞いて、雪乃は一直線に杏羅の胸に飛び込んだ。
 その途端、杏羅は壊れないように、しっかりと雪乃の体を抱きしめる。
 雪乃の体温は冷たくて――でも、春のような柔らかい暖かさがあった。

 その途端、雪乃の体が淡く光り始める。


「――ねえ、杏羅さん。私、おかしいよね」

「何が?」

「雪女なのに……暖かい物が好きだなんて」


 消え逝く体で、雪乃は精一杯杏羅に伝える。


「――それでも、ね? 私、皆に逢えてよかった。こんなにも、宝物に恵まれたのだから。最後の最後で、杏羅さんに触れることが出来たもの……」

「雪乃……俺も、おんなじように思ってた」


 杏羅がそう伝えると、雪乃は笑った。――心の底から、自然と。


「ありがとう、杏羅さん。また、――」


 最後の言葉は、声になっていなかった。けれど、杏羅には確かに伝わった。
 雪乃は、空気に混じるように消える。杏羅は暫く空を抱きしめるように居たが、やがて跪き、地面に手を置いて泣いた。

 その途端、六花がちらほらと落ちて来た。――最後の、六花だ。まるで、雪乃が降らしているかのように、六花は落ちて行った。







 地獄のような苦しみを誰もが抱いた中、優しい花がこの村に来てくれた。

 その花は雪のように儚くも、春のような暖かさを持っていた。

 けれど、私たちはその花に何もしてやれなかった。その花は雪のように淡く消え去ってしまった。

 でもきっと、私たちは忘れないだろう。

 この村に、鮮やかな六花が咲いたことを。

それまでは、ずっと私たちの心の中で咲き続ける――――――――――――……。