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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

第三章 名を呼ぶもの page2
◆
雪乃は佐保姫と別れた後、これから住む家へ向かった。佐保姫は神なので、やることがいっぱいのそうだ。……というか、神というのは気まぐれで、面白い事が起きない限り人間界に降りることはまず無い。それでも雪乃は佐保姫は慈悲深い、と思った。
(私のわがままに、ここまで準備してくれたんだ)
これ程嬉しいことは無かった。自分の考えを認めてくれる人が居るだけで、元気が出る。
雪乃は浮かれたまま足を進めた。自然に足が軽やかに進む。ここに白龍が居たら「顔がにやけているぞ」とからかわれるだろう。それほどまでに浮かれていた。
浮かれていたせいで、足元が川であることに全く気が付かなかった。
「へッ?」
間抜けな声を出し、下を確認した時には遅し。バッシャンと水しぶきとともに大きな音が出たかと思うと、全身水に浸かっていた。
(……私ってば、どれだけドジなら済むの?)
自己嫌悪に浸りながら泳ぐ雪乃。そこまで深く無かったのが不幸中の幸いだ。余談だが、雪乃は小さい妖たちから「高速人魚」と言われるほど泳ぎがうまい。
バシャバシャと水の流れを分け、岸へ手を伸ばした時だった。足が何かに掴まれた感触がした。感触がしたかと思うと、思いっきり足を引っ張られる。
「え!?」
バシャン、と音がしたかと思うと、雪乃はすでに水の中に居た。いきなり潜ったせいか耳鳴りがする。
雪乃は水の中で目を凝らした。明らかに、これは他意があって起こっていることだ。
視界が曇っているが、良く見ると足に掴んでいるのは手だ。そして、何やら大きな尾ひれが見えた。瑠璃色の尾ひれで、光の反射でキラキラと雲母のように輝いていた。
その美しさに一瞬見止めれてしまった雪乃だが、す
ぐに我に返りその魚らしきものを凍らせた。
「ぎゃ!!」
叫び声が聞こえたかと思うと、パキパキッ・・・と、氷の砦が出現する。川の奥深くに居た魚は、凍ったままあっという間に水面にまで浮上した。
「何すんのよー!」
雪乃は陸に上がり、仁王立ちになって凍った魚に怒鳴った。
凍った魚は、人魚だった。上半身が女の体で下半身が魚である。水の中では顔までは見れなかったが、今見ると相当な美貌である。
雪乃は取りあえず、どうして自分を溺れかけさせたか聞く為に、顔だけは解放させておいた。
『……ん!? 貴様、人間ではなかったのか!』
人魚の驚いた声が聞こえたが、無視して一番聞きたいことを聞く。
「まずは名を名乗りなさい。そしてどーして私を殺そうとした理由を言いなさい。あのままじゃ溺死だったわよ」
聞くと人魚は声を荒げて言う。
『き、貴様を人間と間違えたのは悪い! だが、貴様も私の住処を荒らしたのも事実だろう! そんな奴に名を名乗る権利は無い!』
「……貴女もしかして相当な人間嫌い? (荒らしたって言うかただのドジだったんだけどなあ……)」
『当たり前だ! 人間なんか、何時も不老不死だの肉など肝だの言って私たちを食べにくる! 自分の欲で私らをむさぼり食う欲深い愚かな存在だ! それだけで、どれだけの友人が死んでいったかッ……!』
人魚の言葉には、人間に対しての憎しみと悲しみと――失望が混じっていた。
人間に対しての憎しみを一通り吐き出した後、人魚は静かに言った。
『……さっさと去れ』
「え?」
『もうこりごりだ、誰かと一緒に居るのは・・・。友人なんて、居なくなった時に寂しくなるだけだ』
雪乃は少しだけ同情した。――ここにも、似たようなモノが居たんだ、と。帝のように、大切な人を失くして、憎んで、期待を裏切られて、信じられなくなっているモノが。そう思うと、少し悲しく思えた。
人間の憎しみだけではなく、独り残された寂しさだけを感じる日々。それは、どんなに辛く、覇気の無い日々だろう。

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