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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

番外編 その参 流るるままに page3
◆
「……あれはオレが捨てられて間もないことだったと思う。捨てられた直後はとても悲しくて、その悲しい気分をどうすれば処理すればいいのか判らなかった。だから、良く盗みとかイタズラとか絶えなかったんだよ」
当時、夕顔は何処にぶつければいいのか判らない感情を、他の人にあたった。その当時は何かがスカッとして気分が良かったらしいが、時間が経つにつれて、虚しさと後悔が積もっていった。
「……そこまで気づいているのに、オレは人を傷つけること止めなかった。思えば、随分人に甘えていたような気がする。そうすれば、助けてくれるかもって……。でも、オレに傷つけられた人たちは、オレを憎んでいた。思えばそうだった、自分の気持ちを伝えずに甘えるなんて、最低だよな。
……でも、そんな最低なオレでも、助けてくれたモノが居たんだ」
それは、朝起きた時に、自分が寝ている場所が変わっていたことに気づいたことがきっかけだった。それが三日三晩続いたものだから、とうとう夕顔は徹夜で犯人を捕まえることにしたらしい。
「それでね、捕まえたのが何とオレよりちょっと大きい男の子だったんだ。それも、妖のな。
ビックリして、『どうして移動させたんだ』って聞いたら、そいつ何て答えたと思う?『単なる暇つぶし』ってさ」
妖はそれからも毎晩夕顔の家へ来た。夕顔も毎晩妖が来るまで起きていて、最初はただ居るだけだったのが、次第と親しげに話せるような関係になった。
妖は夜にしか来れないようで、朝が来ると妖も夕顔もとても残念だった。もっと話したい、もっと相手を知りたい、そんな感情が芽生えた。
「……オレさ、何時も『心は男』って言うけど、恋をするまで男も女も無いと思うんだ。小さい時は男より女の方が腕っ節は強いし、かといって成人してから女が劣るわけでもない。男には男しか出来ない事があると思うし、女には女にしか出来ないことがあると思う。……順位なんて、つけなくていいんだよ。それぞれ出来ること出来ない事があるんだから、どっちが偉いとか、男だからこうしなければならない、女だからこうならなきゃいけないとか無いと思う。……少なくとも、幼い時にそんなの必要ないよ。でも私は、成人してからだって、それは言えることだとおもう。
今だからそう思えるようになったけれど、昔はそう思わなかったんだね。自分は異端なんだ、自分は存在しちゃいけないんだ……そんな卑屈な考えが、オレを歪ませていったんだと思う。でも、あの妖にあえて、もうそんなことどうでもいいように思えた」
自分を認めてくれる人がたった一人でも居た。自分を好きになってくれる人が居た。
その人と居るだけで、人を傷つけているよりも更に楽しく感じた。笑いあうというのが、こんなにも楽しくて心を躍らせるものだと、生まれて初めて知ったのだ。
「……でも、ある日突然彼は来なくなった」
はっとして雪乃が夕顔の顔を覗いた。
夕顔は、一度も人前でしたことが無い――泣き顔だったのだ。
「……愛想が尽きたとか、最初は想った。でも、違うと思った。彼は、何か重たい事情を持っているんじゃないかって。根拠は何も無かったけれど、そうなんだと判った。
判った時は……おかしいと思うけど、寂しくはなかった。でも、とても悲しかったんだ。
言って欲しかった。オレが立ち直れたのは彼のお陰だ。だから救いたいと思った!! ……でも、オレに話しても何も変わらないと思ったんだろう。オレが力不足だと思ったから、彼は何も言わずに立ち去ったのだと思う。
その日から、オレは一生懸命生きたいと思ったんだ。――後悔しないように、気持ちを伝えるように生きようと思ったんだ」
◆
夕顔の家を去り、雪乃は帰路に向かっていた。
夕顔とは決して付き合いが長いわけではない。――だが、彼女の弱い部分を、初めて知った。
(……後悔しないように、か)
だから彼女は両親の元に戻ることを決めたのだろうか。
人はあっという間に時に流されてしまう。妖には瞬きのような感覚でも、人は既に遠くの存在になっているのだろう。妖の間でも、人の間でも、別れは必ず来るものだ。
――では、人と妖の間ではどうなのだろうか?
(ひょっとしたら、その妖はユウちゃんの傍に居ることが辛くなったのだろうか?)
人は妖よりもっと儚い。そして、それは別れが来ればとても辛いだろう。――人には長い時間でも、妖にはあっという間なのだから。
だから妖は自分から離れたのだろうか。――別れが来るのなら、自分から手放そうと。
(……でもそれは、ユウちゃんも妖もホントは望んでいたことではないはずだ)
本当は、ずっと傍に居たい、変わらず傍に居たいと願っていたハズだ――。

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