六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


番外編 その参 流るるままに  page5


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 夕顔は、中々寝付けなかった。
 今日妖の話をしたからかも知れない、と夕顔は思った。
 あの話をするには、あまりにも辛かった。でも、話したいと思ったのだ。
 何故だかわからないが、雪乃に話せばまた会えるかもしれないと思ったからかもしれない。


(……そんなワケ、ないのに)

 いくら雪乃が妖だろうと、そんなことが出来るとは思わない。それに、あの妖は自分から去って行ったのだ。……妖と自分が会えば、辛くなるのは他ならぬ自分なのだ。
 でも――会いたい。


「会いたい、会いたいよッ……!!」


 自然と言葉に出た。自然と涙が零れた。
 ふたをしていた自分の気持ちが、抑えきれなくなりあふれだした。
 会いたい、会いたい。会える間に伝えれば良かった。そうすれば何かが変わっているかも知れなかった。
 でも、時はもう取り戻せない――。


 その時、ガタンと物音がした。ハッ、と上半身を起こす。
 耳を研ぎ澄まし、体を動かさないようにすると、またガタン。と物音が聞こえた。


(――気のせいじゃ、ない。居る、あの人が――!!)


 バッ、と家を飛び出した。月明かりに頼り、暗闇の中目を凝らす。



 だんだんと夜目に慣れてきて、姿が現れた。そして、耐えきれず駆けだした。

「……居た、ユウちゃん!!」

「雪乃!? 何でこんな真夜中に!?」


 だが、そこに居たのは友人である雪乃だった。
 雪乃はハアハア、と息を切らし、前かがみになりながら言う。


「そ、それよりも早く、ユウちゃん行って!!」

「え……」

「昔会ったっていう妖が、貴方を探しているの!! 会ってあげて!!」


 その言葉に、夕顔は少し顔を強張らせていった。


「何で、あの人と雪乃が知りあいなの? それに、オレには会う資格は……」

 夕顔の言葉を、擦れた声で雪乃が遮った。

「何時までそう意地を張っているのさ!! 何時まで一人でいようとするのさ!! どうせ、耐えきれないじゃない!! だったら、会いに行けばいいじゃない!!」


 その言葉に、顔に、夕顔は黙った。だが、雪乃もめげない。


「ユウちゃん!! さっさと会いに行きなさいよ!! アンタ言っていたじゃない!!
 自分の人生が短いから、後悔しないように生きて行こうって、言っていたじゃない!! 今また会いに行かなくちゃきっと後悔するよ!!」


 その言葉が終わらないうちに、夕顔は飛び出した。


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 ――何時から、何もかも判らなくなったのだろう。
 あの時からだろうか、ある幼女にあってから。
 あの幼女と居る時間はとても楽しかった。嬉しかった。何よりも――自分の傷が、癒させているように感じた。
 ずっと傍に居たかった。ずっと傍で、笑いあって居たかった。

 けれど、俺は何もしてやれない役立たずだということを忘れていた。――俺が彼女に与えられるモノなど、何も無かった。
 俺は餓鬼だ。さ迷い続ける餓鬼だ。きっと、穢れた俺と居ると、彼女も穢れてしまう。

 ――そんなのは、嫌だ。

 そう思った時、一人で居ることを選んだ。一人で居れば、彼女を傷つけることはないのだから。
 けれど……弱い俺には、一人で耐えることはできなかった。理性が餓鬼に呑まれ、今もまた妖を喰おうとしていた。
 ……どうせもう寿命は短いだろうが。こうしている間にも、時間は流れて……俺は消え、地獄へ落ちるだろう。

 そう諦めていた。なのに。


「また、会えた!!」


 ――何故、君がここに居るんだ。


 俺の目の前に居るのは、一度も忘れたことのない彼女だった。
 あの時よりも大人びていて、綺麗な女子に育っていた。


「久しぶり!! オレだよ、夕顔だよ!!」


 ……オレと言っているのは、変わらないのか。そこだけは、変わっていないんだな。
 彼女はそう言って、俺に近づいた。そして、俺の体を抱きしめた。
 あれほど小さかった背丈は、今や俺の肩にまで届いていて――その時、時の流れがどれくらい経ったのか、そしてそれに対する寂しさがあった。
 ――触れると彼女にも穢れが移る。けれど、彼女の腕を振り放すことは出来なかった。


 その時、だんだんと理性が保てるようになった。そして、ふと悟る。


――俺は、夕顔に逢いたかったのだと。


 だんだんと自分の体が消えて行くのが感じた。闇に呑まれる感触ではなく、光と空気に溶けるような、そんな感覚。


「……行くの? もうすぐ」

 彼女の言葉に、ああ、と俺は答えた。


「……あのさ、オレ、君に伝えたかった事がある」



「「――傍に居てくれて、本当にありがとう」」


 
 彼女の声と、俺の声が重なった。彼女は微笑み、俺も微笑み返す。

 ――君も、そう思ってくれたんだね。

 そう思った時、俺は光に包まれる感覚に陥った――。


                         ◆


 正月が過ぎ、夕顔は両親の村へ向かう事になった。


「じゃあね、ユウちゃん」


 雪乃が言うと、夕顔がこくん、と頷く。


「あのさ。……雪乃、ありがとう。オレと、その妖さんを救ってくれて」

「へ? 私何もしていないよ?」
 
夕顔の思わぬ言葉に、思わず首をかしげる。
 実際、何も出来なかった。無事妖の少年が成仏したとはいえ、それは妖と夕顔の力なのである。あれだけ張り切っていた雪乃だが、実際は何も出来なくて落ち込んでいた。
 だが、夕顔は首を横に振る。


「ううん。……雪乃はオレを認めてくれた。うじうじしていたオレに喝を入れてくれた。それが全ての解決に進んだんだよ。雪乃が居なくちゃ、オレも心が晴れなかった。
 じゃあね、雪乃。お餅も美味しかった。また会おう」


 そう言って、夕顔は一人、山道へ向かった。




「ユウちゃん、何て言っていた?」


 白龍が尋ねると、雪乃が答えた。


「お餅、美味しかったって。後、何も出来なかったのにお礼言われた」

「……何も出来なかったってことはないんじゃないか?」

 白龍の言葉に、思わず雪乃は聞き返したが、何でもない、と白龍ははぐらかした。


 時が流れるのは早くて、悪くても良くても変わって行ってしまう。
 だから、今この幸せな時間を、一生懸命生きて行こうと雪乃は思った。