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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

第三章 名を呼ぶもの page3
だが、雪乃にはここで引き下がるつもりは毛頭なかった。
「……まあ、そんなことがあったら憎むのが普通だよね。でも、貴女も欲深くて愚かじゃなくて?」
『何……?』
「貴女は自分の怒りを人間のせいにしている。……まあ、ホントに人間のせいだけどさ。でも、その怒りが人間じゃない雪女である私を巻き込んだ。これが欲深くて愚かじゃなくて、何?」
雪乃の言葉に、人魚はポカンと口を開けた。その様子がおかしくて、雪乃は吹きだした。
『な、笑うな! 全く、失礼な奴め! 雪女は、皆そうなのか!?』
顔を真っ赤にし、むきになる人魚。それに雪乃は「ゴメンゴメン」と謝罪し、なだめる。
『……お前、ホントに変な奴だな。妖のくせに、人の肩を持つし、拒絶している私に話しかけたり』
「そう? 私みたいな妖だって、世界には沢山いるんじゃない?」
『……そうか?』
「そうだよ。でも、欲がないモノは居ないと思うよ。私みたいな人間好きな妖も居れば、妖に興味を持つ人間だって居ると思う。妖と仲良くなりたい、そう願っている人だって」
それは、自分が雪女なのに人間を好きになってしまったからこそ言える言葉だった。
(私だって妖だ。妖の立場から何度も人の醜い所を見ている)
けれど。雪乃には例えどんなに期待を裏切られても、どんなに傷つけられても、誰かと仲良くなりたいと言う『欲』がある。それは雪乃だけに限られたことじゃなく、誰にだってあるもの。
『……だが、誰しもそんなものは居なかったぞ。皆勝手な奴ばっかりで、弱くて、脆い奴だ。人魚にも、そんな奴は居た。だから、結局――』
人魚が言うと、雪乃は言う。
「昔ね、瀕死だった私を助けてくれたのは、人間だったの。妖に狙われて瀕死だった私を、周りの妖は助けようとは思わなかった。だって、自分も巻き込まれてしまうからね。
……でも、あの少女は私を助けてくれた。自分の身も顧みずに」
雪乃がそう言うと、人魚の目が大きく開く。その様子を見て、雪乃は続ける。
「妖も人も紙一重だと思うの。妖だって醜い心はある、人にだって醜い心はある。でも、自分の身を顧みずに助けてくれたあの子は、私の心に残っている。悪い所があれば、良い所もあると思うの。――貴女は、どうだった? 何百年見続けて、妖だろうが人であろうが、ちゃんと貴女の名前を読んでくれた人は居たでしょう――?」
そう言った後、少し、間があった。だが決して居心地の悪い間では無かった。
その間を破るように口を開いたのは、人魚だった。
『――お前名は?』
「へ?」
思わず聞き返してしまった雪乃に対して、人魚は顔を真っ赤にしながら続ける。
『名を聞いているんだ! わ、私の名は芙蓉だ。覚えとけ!』
「芙蓉、か。私の名は雪乃。鮮やかに水面に咲く蓮は、貴女にそっくりね」
そう言うと、芙蓉は微笑んだ。今度はむきにならず、ふわりと微笑んで。それが嬉しくて、雪乃も微笑み返す。
名を呼ばれて嬉しいと感じたのは、きっと芙蓉もだろうと雪乃は思った。

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