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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

第五章 雪女の恋 page3
◆
残ったのは、氷の破片と雪乃だけだった。
牛鬼は倒した。だが、最後の言葉が頭から離れない。
(「人間と一緒になれることはない」、か……)
確かにそうかもしれない、と雪乃は思った。
牛鬼と闘っている自分は、自分で判るほど冷酷だった。それが雪女の本性だ。敵と判断したモノはとてつもない冷徹冷酷な態度をとる。
ましてや人間と一緒に暮らすなんて、無理なのかもしれない。逆に、自分が災いのもとになっているのかもしれない……。
ふと、杏羅の顔が浮かんだ。優しい、温かい杏羅の笑顔を。
――私は、あの温かさが好きだ。あの人に憧れた。あの人を好きになった。
(……でも私は、一生あの温かさに触れることはできない)
あの温かさは、私は触れてはだめだ。それは判っている。――私は、あの人たちを悲しませるためにここに来たのではない。
それでも、それでも――。
「雪乃?」
はっと、後ろを振り向くと杏羅が居た。ゼエゼエ、と息が荒くなっている。どうやらいきなり居なくなった雪乃を探すため、あちこちを走り回っていたようだ。
「き、杏羅さん!? 大丈夫ですか!?」
「その台詞はこっちのが言いたいよ。どうしたんだい、こんな氷……」
その言葉に、今いる現状を思い出す。すっかり忘れていたが、雪乃の周りには雪乃を中心とした、巨大な氷があったからだ。
「こ、これはッ……!」
とっさに言い訳を考えたが、良い言葉が思いつかなかった。
(――嘘も、付けない)
ここまで来たら、嘘も付けない。雪乃は俯いた。やっぱり、自分はここに居てはいけないのだろうと。もう、ここに居ちゃいけないのだろうと。そう思うと、胸が張り裂けそうで、恐怖に溺れそうで、とても怖かった。
「雪乃」
杏羅のはっきりした声に、ピクリと雪乃の柳眉が動く。
「顔をあげなさい」
言われたまま顔をあげると、口を引きしめた杏羅の顔が見えた。瞳も何処か、固い決意を持っているかのようだ。
「……君が何を隠し持っているか、僕には知るよしもないけど……君は、僕にとっても大切な人だ。ナデシコを救ってくれた、ナデシコと友達になってくれた、あれだけ沢山のリンゴや薬を分けてくれた。……それだけで、君の心遣いがどれだけ人を救ったか」
その言葉を聞いて、雪乃はポカンと口を開けた。それに杏羅は少し顔を綻ばせて続ける。
「――だから、君はここに居て欲しい。怖がらなくていいんだ、君はここに居ていいんだよ」
ここに居ていい――居て欲しい。
その言葉が、素直に雪乃の心に沁み渡る。ポロポロと涙が零れた。冷え切った心が、だんだんと温まって行った。
ここに、居たい。ずっと、ここに居たい。迷惑になるかもしれないけれど、災いの元になってしまうかもしれないけれど、それでも一緒に居たい。
この人たちを、守りたい――。
それを何も知らないのに受け入れてくれたのは、初恋の相手だった。

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