六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第四章 似た者同士、違う所 page1


 雪乃が実家を飛び出し村に来て、数日がたった。

 最初は村の様子を見た時、凄い有様だと雪乃は思った。

 今年は大雪で不作にも関わらず、村長がやってきて無理にでも税を取ろうとしているからだ。勿論、この村に引っ越してきた雪乃も例外ではないが、雪乃には実家から持ってきたものがある。だからさほど苦では無かったが、村人たちが苦しんでいる姿を見ると、何も出来ないで居た。

 せめて食糧をと、雪乃と雪乃が契約している精霊しか、たどり着けない山からリンゴを与えるぐらいである。


(……やっぱ何も出来ないなあ)


 雪乃はそう自己嫌悪に浸ってしまう。佐保姫に後押しされるように来たとはいえ、何も出来ない。それどころか、人間は救いのない愚か者じゃないかと思ってしまうぐらいだ。

 最近友人になった人魚の芙蓉に相談したら、「だから人間は愚かだと言っただろう」と切り捨てられた。


「救いようのないバカを、もう見捨てたらどうだ?」


 そこまで言うと、雪乃も流石に怒って喧嘩になったが。

 そんな優鬱な気持ちの時、決まって会いに行く相手が居る。雪乃は家を出てその人物に会いに行こうと思った。


                 ◆


 雪乃が見つけた人物は少女だった。歳は十四、五ぐらい。薬草を籠いっぱいに入れ、つぎはぎが多い薄い着物を着ているが、小さくても一生懸命鮮やかに咲く撫子のようだった。

 ナデシコ、と雪乃が呼ぶ。ナデシコと呼ばれた少女は振り返り、雪乃の姿を確認すると、パアと明るく笑った。


「雪乃!」

「やっほ。遊びに来ちゃった」


 二人はあっという間に話しこんでしまった。このナデシコと言う少女、医術師である。まだまだ若く、経験は浅いが技術と知識はお手の物だ。
 お互い経験が浅く出来ないことが多いので、そんな愚痴を言い合ったり聞きあったりするのである。だから雪乃はこの時間が一番ほっとする。同じ悩みを打ち明けると、前向きな気持ちになって、頑張ろうという気持になるのだ。

 だが最近、この友について悩みが出てきた。


「……でさ、お隣のユウちゃんが家に妖が出たって騒ぐのよ!? 妖なんて居ないわよね!」

「う、うん……」


 そう。このナデシコと言う少女、妖を全く信じない――と言うか、ハッキリ言って憎んでいるのである。
 村人から聞いた話では、両親が大仏作りに参加し、水銀中毒で亡くなったらしいのだ。その上、川が大雨で氾濫した時、姉が人柱として川へ投げ捨てられたとも聞いた。

 そんな過去があるから、妖の存在を拒絶しているのだろう。

 雪乃はふと芙蓉を思い出した。――人間に狩り尽くされ、人間を憎み拒絶する人魚を。
 似た者同士かもしれない、と雪乃は二人を比べながら思った。立場や存在こそ違うものの、傷つけられ、奪われ、そして失望し、拒絶するのは似ているなあと雪乃は思った。


「雪乃、雪乃ってば!」

「ああ、ゴメン! 何?」

「……話聞いてなかったでしょう? 今度、兄様がうちに来ないかって言われたのよ」


 その言葉を聞いて、雪乃は迷った。

 雪乃は雪女だ。暖炉の熱どころか、人間の体温すら触れると溶けてしまうほど熱に弱い。だから、家に入れないのだ。
 少し考えてから、雪乃は言った。


「……ゴメン。最近忙しいから上がれない。今度家に来て」

「えー、残念。ま、しょうがないっか」

 彼女の寂しそうな笑顔が、雪乃の胸を突いた。


(ああ、嘘を付かないといけないのか)


 そう言う思いが頭に響く。


(嘘を付かないと――きっとナデシコは私を嫌いになる。でも、嘘がバレたら――? 嫌いになる所じゃない、きっと彼女は傷つくだろう)


 こんな優しい友人を、傷つけねばならないのか。
 こんな優しい友人を、裏切れねばならないのか。

 そう思うと雪乃は、怖くて恐ろしくてたまらなかった。