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六花は雪とともに
作者/ 火矢 八重

番外編 その参 流るるままに page4
◆
夜、雪乃たちは眠ったふりをしながら耳を研ぎ澄まし警戒していた。白龍は特に夜網を持っていた。その行動に、何故? という雪乃のツッコミがあったのは言うまでも無い。
とにかく、雪乃は布団にもぐり、白龍は夜網を持って柱の陰に立ち、精霊たちは呑気に寝ていた。
雪乃がうとうととしていると、ガタン、と物音がした。それに慌てて起きる雪乃。
耳を澄ますと、ガタン、とまた物音がした。どうやら気のせいではないようだ。
布団から身を起こすと、暗闇で良く見えないが――少年の顔が見えた。
その途端、少年の顔から光る何かが落ちた。何かは、雪乃の頬にポタリ、と落ちた。
その途端、雪乃の視界が瞬く間に光り出した。
気づくと、雪乃の瞳に少年と幼い夕顔が居た。その時、これは少年の記憶なのだろうと悟る。
『憎い……憎い』
そんな声が聞こえた。その主は、暗闇の中、手さぐりに歩く少年。
『憎い……俺を殺した、見捨てた、奴らが憎いッ……!!』
少年はどろどろとしたモノを引きずりながら歩いていた。その様子に、雪乃は餓鬼だったのだと知る。
餓鬼とは、飢えで死んでいった怨霊のことである。腹をすかせ、食べることにしか頭にない、憐れな妖。人であろうと妖であろうと関係なく、目の前にあれば食い殺していく。
夕顔の家に行ったのも、夕顔を喰い殺そうとしたからであろう。
けれど――夕顔を喰い殺すことはできなかった。同じ苦しみを持つものだったからだったのか、本当にただの気まぐれだったのか判らないが、食い殺さないでイタズラだけにすませた。
けれど一晩で済ませることはしなくて。そして、それが夕顔にバレても、少年は夕顔の家へ訪れた。
何時しか、少年と夕顔の間では小さな恋心が芽生えたのかもしれない。
けれど、そんな時間は少年の想いが終止符を打った。
――俺と一緒に居たら、きっと夕顔は『普通』では居られなくなる。俺の穢れが、きっと夕顔に移ってしまう。
自分は餓鬼だということは消えなくて。自分が何時か理性を保てなくなって夕顔を殺してしまうかもしれない。もし、餓鬼で居られなくなったらきっと夕顔には会えなくなるだろう。どちらにしても、少年にとっては嫌だった。
だから、離れたのだ。――それが例え、後悔するとしても。
◆
記憶の世界から現実の世界へ戻った時、雪乃の目の前には口があった。――どうやら寂しい時間が長すぎたようで、餓鬼そのモノになってしまったのだろう。
変わりはてた少年は、雪乃を喰おうとしていた。
「雪乃!!」
とっさに、白龍が夜網を投げた。それはちゃんと餓鬼にかぶさるようになる。
だが、そんなもので動けない餓鬼ではない。夜網を引きちぎり、雪乃の家を出て行った。
「雪乃、平気か!!」
白龍の声に、コクコクと頷く雪乃。
「アイツは餓鬼だな。今朝の妖気に邪気が薄かったから油断した。あれを放っておくと、村人たちが食い殺されるぞ!!」
その言葉を合図に、雪乃は走り出した。白龍も一緒について行く。
(――絶対、殺させない)
雪乃は夕顔の言葉を思い出した。――人を傷つけるということは、自分も傷つけることだと。
夕顔がそれを体験したのだ。今彼を放置していれば――きっと、夕顔も彼も傷つく。
それでは、彼を救えない。闇の中、一人でさ迷い続けることになる。
(一人なんて、させない)
一人で居たから、夕顔は他人を傷つけ自分も傷つけた。
一人で居たから、少年は他人を恨み自分も恨んだ。
一人が好きな人もいるかもしれない。でも、一人で居たいなんて――絶対に耐えられることではないのだから。

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