六花は雪とともに

作者/  火矢 八重


第六章 沢山のカケラ その壱 page1


 雪乃が家出をして、一か月が過ぎた。


「あー、美味しー!」


 雪乃は精霊たちとのんびりとご飯を食べていた。今日は奮発して姫飯にしたのだ。川男から小魚を貰い、イナゴを揚げた。今と比べて質素なものだが、この頃だと結構豪華な食べ物である。


「単純だねー、雪乃はー」

「ねー」


 精霊たちの言葉に、雪乃は叫ぶような声で訴える。


「単純じゃなきゃやっていけるかー!!!」


 騒がしくも、平和な日々。貴族で居た頃よりも、雪乃は輝いていた。
 友人や好きな人が出来、守りたいモノが増えたからだろう。だが、そんな雪乃にもまだまだ悩みの種はあるのだった。



「……ん?」


 夜中、唐突に雪乃は目が覚めた。貴族の頃は朝に寝ていたが(それでも仮眠)、ここに来てからは夜に寝ている。


(……何かしら?)


 雪乃は何やら良からぬ予感がした。胸騒ぎが止まらない。
 寝ようとも寝付けない為、雪乃は心を落ち着かせるために、川へ行った。水を飲む為だ。
 水を掬うと、ポタポタと冷たい水が手のひらから零れ落ちる。それを見ると、雪乃はまるで自分のようだと思った。


(妖の世から抜け出した、私みたいに。帝に逆らってまで人間が好きな私は、一体何だろう)


 帝は神である、と教えられた雪乃。帝を敬ってこそ「妖」であると言い聞かされた。だが、帝の考えには賛成できなくて、雪乃は家を飛び出した。
 とある人間に助けられ、それ以来、人間が好きになってしまった雪乃。人間に憧れ、幼いころ何度何時かあの輪の中に入りたいと思ったか。
 だが、自分は人間ではない。幾ら人間のフリをしても、自分は人に触れることすら出来ない妖異のモノだと言い続けられる。


(じゃあ――自分は何? 人でもなく、妖でもない、私は何?)


 友人であるナデシコは雪乃が雪女であることを知らない。杏羅は知らなくても受け入れてくれた。芙蓉は知っていても中々話がかみ合わない。充実しているからこそ、何時終わるのか、不安で仕方が無いのだ。自分が何者にも染まらない、そんな不安も抱えていた。

 はあ、とため息をつく。悩みだしたら止まらないのは雪乃の悪い癖だ。


(悩んだって、何にもならないのにな)


 そう思って一気に水を飲み込む。丁度いい温度の水が、喉をうるおした。口から水が零れ、それを袖で拭く。


(早く寝よう)


 そう思って、帰路を急いだその時だった。


「雪乃」


 一度も忘れたことのない、声が耳に届いた。決して幻聴ではない、低くて良く通る声。
 それは後ろから聞こえた。雪乃は怖いモノを見るかのように、恐る恐る後ろを向いた。
 橙色(だいだいいろ)の冠と袍(ほう)を身につけ、黒い口髭を蓄えた二十五、六ぐらいの青年。その顔を、声を、雰囲気を、雪乃は忘れるはずもなかった。


「……白龍、お義兄様」