コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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臆病な人たちの幸福論【第五部完結】
日時: 2016/03/05 21:35
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: AO7OXeJ5)

臆病な幽霊少女は、思い出す。
人を疑いながらも、好きだったわたしを。

泣き虫な文学少年は、後悔する。
せめて、言葉にして伝えたかった。

怠惰な女性司書は、紛らわす。
子供に甘えるなんて、どうなのよ。

憂鬱な平凡少女は、自身を罵る。
どうしようもないなあ、あたし。

——愛。
それは彼らに共通したもの。
カタチは違うけど、彼らを繋ぐ。
繋がりの中で彼らは……何を見つけるのだろうか?





 黒雪様の【あなたの小説の宣伝文、作ります!】に頼み込んで、作ってもらった素敵な紹介文です!! ありがとうございました、黒雪様!!





お知らせ!!>>485
ご報告!!>>198
5000いけました!!!>>390

【皆おいで! オリキャラ投稿だよ!! ついでにアンケートもだよ!】>>165(本気と書いてマジと読む。どうかよろしくお願いします!)



 はい、全然完結させてない八重です。
 …今回は、ちゃんと完結させるつもりでございます。…多分。
 約束守れない人って、情けない…。



 注意
・低クオリティ。何かありきたり。
・幽霊が出てきます。
・最初はとんでもなく暗いです。
・中傷など、常識やルールを守れない方はすぐにお帰りくだされ。
・恋物語です。でも、糖分は低めです。
・瀬戸君の佐賀弁が似非っぽい。
・宮沢賢治のお話がちょろちょろでます。
・批評大好物なので、バッチコイ! あ、でもあまり過激なモノは…(汗
・宣伝は常軌に外さなければおkです。ただ、宣伝だけはおやめください。お友達申請? カモンです!!w
・誤字脱字あったらすぐにコメを!!

 では、よろしくお願いします!!


この小説に欠かせない大切な方々の名前一覧!>>430



目次

登場人物>>54(ネタバレあり。本作読むのが面倒な人はここを読んで置くのがオススメ。大体の話の筋はわかるから)

〜第一部〜
臆病な幽霊少女…>>01(挿絵>>231>>02>>03>>08(挿絵>>431)(長いこと関わらなかった幽霊少女が恋慕を抱く話)
泣き虫な文学少年…>>14>>15>>16(挿絵>>549>>19(一人を望んだ文学少年が『独り』になることに恐怖を抱く話)
怠惰な女性司書…>>30>>31>>32>>33(怠惰に過ごす女性司書が一人の少年を見て我が身を振り返る話)
憂鬱な平凡少女……>>39>>40>>41>>42(日常を憂鬱に過ごしている平凡少女が弱さを知る話)

【自戒予告〜字が違うよ次回予告だよ〜】>>50(ふざけすぎた次回予告です)



〜第二部〜
間章または序章>>55>>56(幽霊少女と、『声』の話)
第一章 春を迎えた文学青年>>60>>61>>62>>63(文学青年と平凡少女が、非日常に巻き込まれる話)
第二章 困惑した文学青年>>64>>67>>68>>69(幽霊少女の真実と奇跡が、垣間見えた話)
第三章 前進する文学青年>>73>>74>>75>>76(幽霊少女の周りの環境が、だんだんと変わっていく話)

間章 >>87(閉じこもってしまった幽霊少女が、やがて狂っていく話)

第四章 平凡少女の行動>>95>>96>>97>>98(諦めかけた文学青年と、行動を起こした平凡少女の話)
第五章 揺らぐ文学青年>>105>>106>>107>>108(平凡少女と、文学青年と、臆病少女は)
第六章 踏み出す文学青年>>118>>119>>120>>121(イレギュラーが入り込む話)

間章 >>128>>129(混乱する臆病少女の前に、文学青年は)

第七章 どうすればいいのか、判らないことだらけだけど>>132>>133>>134>>135>>136(泣き虫な青年の答えに、臆病少女は)
最終章 やっと、春を迎えました>>141>>142>>143>>144(さあさあ、春と修羅が始まります)

後書き>>149(とりあえず読んで欲しい)

【次回予告〜今度はまじめにやってみた〜】>>157(第三部の次回予告)




〜第三部〜
「モテたいんだ」「「「……はあ?」」」>>161>>162>>163>>164(とある男子高校生の会話)
「えっと、『おぶなが』と『たかだ神殿』が『長しその戦い』で戦って……?」「『織田信長』と『武田信玄』が『長篠の戦い』で戦った、だ」>>175>>176>>177>>178>>179(とあるリア充の話)
「あ、ダメナコ先生じゃなかー!」「ダメナコじゃない。私の名前は光田芽衣子よ」>>187>>188>>191>>192 (とある元引きこもりと不登校少女の話)

間章>>196>>197(とある不登校少女は逃走する)

「何時もより早く登校したら、校門の前にパトカーがあった」「誰に話しているの? 三也沢君」>>214>>215>>216>>217(とある文学青年が、踏み入る)
「——そこに居るのは、誰ですか?」「だあれ、君……?」>>223>>224>>225>>226(不登校少女と、やさしい想い出と苦い想い出と)
「……玲ちゃんの家は、一度離婚してるったい」>>239>>240>>241>>242(第三者が語る、不登校少女の姿)
「どうして、ないてるの?」>>252>>253>>254>>255(無表情少年と不登校少女)

間章>>258>>259(不登校少女と、不登校少女の父)

「何でこんなあつー日に走らんといけんと!?」「全くだ!」>>265>>266>>269>>270(少年少女の試行錯誤)
「い、行かせて平気なんですか!?」「平気よ」>>271>>272>>273>>274(怠惰な司書と平凡少女と臆病少女の他人事と共感と)
『この世界は、嫌なことだらけだ。悲しい事だらけだ。でもだからこそ、お前なら、小さな幸せを見つけることが、出来るはずだろう?』>>281>>282>>283>>286(結局のところは)
「……で、結局どうなったんだ?」>>287>>288>>289>>290(大団円を迎えたよ)
「きっと、何とかなるよ」>>291>>292>>293>>294(第三者だった、文学青年と臆病少女の考察)



小話>>366(第三部の後日談)

後書き>>305(とりあえず読んで欲しい)
【自戒予告〜反省なんて言葉は無いんだよ〜】>>311(シリアスばっかだったから〜…)


〜第四部〜
蛍火の川、銀河に向かって【前編】>>312>>313>>314>>315
蛍火の川、銀河に向かって【中編】>>316>>317>>318>>319
蛍火の川、銀河に向かって【後編】>>323>>324>>325>>326>>327

【あの日を誇れるように ぱーとわん】>>335>>336>>337>>338
【あの日を誇れるように ぱーとつー】>>339>>340>>341>>342
【あの日を誇れるように ぱーとすりー】>>353>>354>>355>>356
【あの日を誇れるように ぱーとふぉー】>>358>>359>>360>>361>>362

「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその一」>>367>>368>>369>>370
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその二」>>384>>385>>386>>387
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその三」>>393>>394>>395>>396
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその四」>>402>>403>>404>>405
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその五」>>407>>408>>409>>410>>411

『思い出と後悔のこの町は、また今日も』>>415>>416>>417>>418>>419


【低気圧&高気圧注意報】(方言監修:ルゥ様)>>510>>513>>514>>515>>516(Battle of youth)

〜第五部〜

序章>>426(口裂け女と労働青年の邂逅)
第一章 健全なる高校男子の昼食事情>>433>>434>>435>>436(口裂け女の噂と高校生の話)
第二章 労働少年の秘事>>440>>441>>442>>443(労働少年の家と隣の口裂け女)
記憶喪失の口裂け女の話 一>>447>>448>>449
記憶喪失の口裂け女の話 二>>454>>455>>456
第三章 文学少女と文学青年>>460>>461>>466>>469(女子トイレと橘と後輩と)
口裂け女と労働青年の日々 一>>471>>474>>479>>480
第四章 それは全てを変えるような>>483>>484>>486>>493(ぐらつく足元)
口裂け少女のたまに見る夢>>496>>497


【第五部後半 予告編】>>503(こういうの結構楽しく書ける)


口裂け女の終焉の始まり>>521>>523>>524
口裂け女 ムカシバナシ 1>>525>>526
口裂け女 ムカシバナシ 2>>527>>528>>529

第五章 瀬戸少年の意外な面について>>530>>531>>532>>536(キレる瀬戸君、笑うフウちゃん)


口裂け女のひとつの過ち>>545>>546>>547>>548
口裂け女のひとつの過ち その2>>551>>552>>553>>554


第六章 少しずつ忍び寄る>>559>>560>>561>>562(怪異と妖怪と幽霊と)
第七章 元幽霊少女と現怪異少女>>563>>564>>565>>566(諷子と千代)
口裂け女ノ邯鄲ノ夢>>567>>568>>569
第八章 間違っていること、正しいこと>>570>>571>>572
口裂け女の初めてのデート>>573>>574>>577>>578>>581
第九章 それは何も変わらず>>584>>585>>586>>591
よだかの星になった少女>>592>>593>>594

終章 泣き虫な文学少年と、憂鬱な平凡少女、臆病な元幽霊少女の>>598>>594>>604



番外編・企画・もらい物>>470(これまた多くなったので引っ越し!)


履歴>>332(多すぎてスクロールするのがめんどくなったので引越し!)
その2>>539(その2まで出来ちゃった……本当にありがとうございます!!)

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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.559 )
日時: 2014/05/20 08:40
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: eH196KQL)



「……え?」
「いやだから」


 花子さんは、特に表情を変えずにこういった。


「男もいるのに、女子トイレで話すのはマズかろう? じゃから、わしが作った異空間でゆっくり話をしようかと……」

「女装し損かよッッ!!!」


 バン!! と、思いっきりカツラを床に叩きつけた。
 気合を入れて女装した自分が恥ずかしい。恥ずかしすぎて、後ろにいるフウと瀬戸の顔を振り向いてみる勇気なんて、ひとかけらも持っていなかった。








第六章 少しずつ忍び寄る




 ウワアアアアアア、と思わず呻き声なのか叫び声なのか自分でも良く判らない声を上げた。二人の視線を意識すると思わず喉をガリガリと引っかけた。痛い、二人の視線が。何を思って向けているのか、気になるけれど知りたくない。



「何でだよ花子さん、アンタ男が嫌いっていう設定じゃなかったっけ!?」



 憎悪やら羞恥やら絶望やらが混じった思考を振り払うために、俺は無駄に高く大きな声で花子さんにツッコミを入れた。
 すると花子さんは、真顔で、



「いや、おぬしもわしには女子と偽っておる設定だったじゃろ?」
「フラグ立ってましたぁ! バレてるフラグばっちり立っていたもんね!」


 読んでみろよ、第三章!!
 と、いっていると、後ろに控えていたフウと瀬戸が、苦笑いで、


「……二人とも、メタネタはやめた方が……」
「というかこれみやっち視点じゃろ? 花子さんがそうだと思っているって証拠が……」

「ええい!! 第三者は口出すなああああ!! あとあの時いなかった瀬戸がそういうこというのもギリギリだからな!?」


 振り返りたくなかったのに振り返ってしまった。その際に、脳の冷静な部分で感じ、思う。苦笑いの顔が似てるわこの二人。


 叫んでいるうちに、だんだん自分が何をいっているのかわからなくなり、疲れてやっと口を閉じた時、少しだけ興奮が収まり、冷静になったところで、さっきもの倍の羞恥心が膨れ上がる。


 ……何叫んでるんだ、俺。死にたい。死んで消えたい。


 恥ずかしさと疲労で、ガックリと膝をついた。その時、後ろで誰かが、ポンと肩を叩いた。
 振り向くと、背丈は俺の腰ほどしかない花子さんが、膝をついた俺を見下ろしていた。そして、慈愛の微笑んでこういう。



「取りあえず落着け。ケンコよ」
「それ女装時の名前だぁぁぁぁ!!」


 えぐるな、笑うな、最早触れるな。人の心の傷を。畜生、ここには悪魔しかいないのかよ!!






「いや、わし確かに男はどちらかというと嫌いじゃが、真面目で礼儀正しい男に対して過度の敵対心を持ったりはしないぞ?」



 バカやるのがどちらかといえば男が多いだけで、と花子さんが付け加えた時、俺は心底、タイムマシンが欲しい、タイムマシンを使って、最初に女装した時に戻りたいと切に願った。

 今俺たちは、花子さんが作ったという、異空間の中にいる。異空間、といっても、満ちの世界が目の前で広がっているわけではない。どこにでもある一戸建て、今はその家の一室である和室の縁側で三人並んで座っている状態だった。


 湯呑を片手に持った花子さんは、細い足をブラブラとさせている。こうしてみると、昭和時代の小学生のようだ。



「それに、瀬戸のことは知っておったからのう」
「え、俺?」
「この学校に住み着く妖魔たちの間では、色々噂になっておるんじゃよ」



「おぬし、良く学校の清掃の仕事を受け持つじゃろ?」花子さんがいうことは、俺も記憶にある。
 そういえば、一年生の秋から冬にかけて、放課後に廊下やトイレを掃除している瀬戸の姿を何度か見かけたことがある。


 思えば俺は、瀬戸のことを、あの頃から知っていたのだ。

 フウと、出会ったあの頃から。



「学校となると、結構行き届かぬところが多いからの。埃まみれでもわしたちは生きてはいけるが、綺麗な方が、気持ちも穏やかになるし。助かっている妖魔にはモテモテじゃぞ、おぬし」
「モテモテ……?」
「モテても、妖魔なので、見えないから残念ですね、瀬戸君……」



 元この学校の幽霊、フウが乾いた声で笑った。
 ……口裂け女の千代といい、フウといい、妖魔といい、花子さんといい。瀬戸は人外に好かれるスキルを持っているんだろうか。何だそのファンタジー小説の主人公みたいなスキル。


「(あ、千代で思い出した)」


 そうだった、千代のことで聞きに来たんだった。その為に瀬戸を連れてきたんだから。
 無駄話をこれ以上していると、当初の目的を忘れてしまう。


「あの、花子さん……」


「……まあ、おぬしとは、知らぬ仲ではないしの」


 本題に入ろうと花子さんに呼びかけた時、重なるようにして、花子さんの独り言が、綺麗な形をした口から漏れた。



「……え?」


 俺の声と重なって、しかも小さかったから、全部は聞き取れなかった。
 けれど、俺には、「花子さんと瀬戸は知り合い」という意味のような言葉が、聴こえた気がする。


「ん? なんじゃ?」


 それを聞いてみたかったけれど、花子さんが、特に何も気にしないような声調で聞き返してきたので、それ以上は聞けず、当初の目的を口にするしかなかった。







 ……瀬戸と、花子さんは、知り合いかどうかはわからない。
 瀬戸は初めて会ったようだし、花子さんのあの独り言も小さかったので、俺の聞き間違いかもしれない。


 でも、と。
 ふと、思った。




 俺とフウは知り合ったあの頃に、俺は、図書室の近くのトイレで、清掃している瀬戸を見かけた。
 なら、この学校に住み着いていたフウは、瀬戸を見かけたことがあったのだろうか——?

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.560 )
日時: 2014/05/29 20:22
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)




 縁側いっぱいに古い新聞が開かれる。
 日付を見ると、今から二十五年ほど前の新聞だった。本当に古い。


「……これを見てくれ」


 小さな手で、そっと指さされたのは、そこそこ大きい見出しがついた記事。
 そこには、『資産家一家、虐殺』と書かれていた。
 穏やかではない記事に、ゴクリとつばを飲み込む。


 千代の話で、千代の情報を集めてくれた花子さんが、この記事を持ってきたということは。
 もう既に、この時点で判ったようなものだった。


 わかっていても、読まなければならない。
 多分、そうじゃなければ、話は進まない。







 被害者は、その家の夫婦と使用人。
 鎌のようなモノで斬られており、頸動脈を滅多切りにされていた遺体もあったそうだ。
 唯一、生き残ったのはまだ一歳にも満たなかった男の子のみ。



 そして、なによりも。




「場所は京都……被害者は大八木……大八木!?」



 その被害者の名字は、大八木。
 ……それは、瀬戸の先輩のような存在である、千歳さんと奇しくも同じ名字だった。




「……大八木さんって、文化祭の時来てくださった、バーの店長さん!?」



 フウも驚きと、ほんの少しの青い色を混じらせた表情を浮かべて、瀬戸に関しては、ただただポカンとしているだけだった。



「なんじゃ、知りあいかえ? ……では、この続きを読むのは、酷じゃろうな」



 そういって、花子さんは古い新聞紙を折りたたんで、隅へ追いやった。
 佇まいを正して、ゆっくりと息を吐くように、言葉を紡いだ。



「……京都の花子さんの話によると、生き残った赤ん坊には、姉が一人おったそうじゃ。ただ、生活に窮した夫婦の子供を、中々子供が出来ない大八木夫婦が引き取ったので、血は繋がっておらん。……随分、美しい娘だったようで、良くも悪くも目立っていたらしい。個室で一人、髪をズタズタに切られ、汚水を掛けられて、泣いている姿を小学校の花子さんが見ているそうじゃ」



 フウの息をのむ気配がした。
 俺は、頭が真っ赤になった。
 小学校で、そんな侮辱的ないじめが? そんなことが、漫画や小説だけじゃなくて、現実でもあるのか? いや、そういえば星宮もそんないじめを受けていたと、文化祭でいっていたな。
 幼いからこそ、軽々しく、残酷なことをやれるのだろうか。
 けれど、あんまりだ。あんまりすぎる。酷すぎる。



「中学でもそのようじゃったみたいでな。けれど、その頃にはもう上手く立ち回る術を持っていたみたいで、学年を重ねるごとにそこまで酷いいじめはなくなっていったようじゃ。……じゃが、それは、彼女の心を深く傷つけたじゃろうな」

「……それで、高校は」

「物を隠されたり、逆に悪口や罵りが書かれた紙を入れられたぐらいじゃと。おまけに、高校に入ると男子は発情するからな」



 発情とか直接的な言い回しはやめてください。
 あえていいかえしも否定もしないが、聞いている俺はとっても複雑です。



「痴漢や、直接的なわいせつはなかったようじゃが、それでも、舐めまわされるようにジロジロと見られるのは、さぞかし年頃の娘にとっては苦痛じゃったろう。その苦痛は、多分誰にも理解してくれないものじゃったろうし」



 裸にされるならまだしも、ただ見ているだけじゃ、セクハラと訴えることはできんじゃろうしな、と花子さんはいった。それに、内容が内容なだけに、そうそう口に出せるものでもなかったのだろう、とも。


「更に、大八木夫妻は、その赤ん坊を産んだ後、まるっきし育児をしなかったそうじゃ。その娘も、同じようにお手伝いさんに育てられたが、娘の時と違って、その赤ん坊を世話する良心的なお手伝いさんが一人もいなかった。姉である彼女がほぼ一人で、面倒を見ていたらしい」

「……まだ、高校生でしょう……? なんで全部任して……実の親だったら、事故に遭わないか不安に想ったりとか、娘には自分の好きなことをやりなさいとか、なによりも、自分の子供がかわいくなかったの!?」

「……子供は、彼らにとって、世間体の評価を取る為のものじゃったそうじゃ」




 ポロリ、とフウが涙を零す。
 花子さんの言葉は、父親に「生まれなければよかった」と面としていわれたフウ、母親から憎まれる俺にとっては、他人ごとと割り切れることは出来なかった。そのまま事実を知った衝撃が、身体を揺さぶる。
 親は子供を無条件に愛すという。けれど、俺は、それを素直には受け止められない。


 親と子供は、血は繋がっていても他人だ。
 他人同士では、まず言葉を通わせない限り、心を通わせることは出来ない。
 ましてや、血が繋がっていないということを知っていた彼女は、一体その事実をどんな思いで受け止めていたのだろう。



「確かに、姉弟は両親に『可愛がられた』。しかし、『愛された』わけではないのじゃ」



 可愛がることは出来ても、可愛いと思うだけじゃ、愛情は生まれないと俺は思う。
 子供でも大人でも、人は、醜いところ、汚いところ、黒いところがあるから。それを見た時、それでも「可愛い」と思える人間は、どれだけいるのだろう。
 その人の本質を見た時、人は、その人の一部分しか見ていなかった故に描いた理想が、音を立てて壊れていく。


 きっと大八木夫妻は、子供に対し、異常な「期待」と「幻想」を抱いていたんだ。
 大きな会社の務めだったら、何時かエリートに、とか、子供の輝かしい未来を想像したかもしれない。ただ単純に、子供は天使のようなものだと思っていたかもしれない。
 その幻想が、子供が生まれた途端、現実を垣間見て崩れたのだ。



 まるで、見せびらかして自慢するために、ペットショップで買った小型犬。
 そして、世話に飽きて、果ては捨ててしまう。

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.561 )
日時: 2014/06/01 20:18
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)



 その例えがポンと頭に浮かんだ時、皮膚が凍ったように感じた。
 それでいて、身体の中は、燃えるように熱かった。



「世間体を気にする夫婦だったから、捨てられなかったのがせめての救いだったのか。寧ろ公に問題をバラしてくれた方が、姉弟にとっては穏やかな未来が待っていたかもしれない……」



 目を伏せた花子さんは、儚げに見える。何をおもっているんだろう。優しい花子さんは、きれいとはとてもいえないこの話を、どんな想いで喋っているんだろう。


 聞いている俺たちでも、こんなにも苦しい。
 儚げな表情には、怒りとも悲しみともとれなかった。けれど、無表情ではないと思った。


 花子さんは別の古い新聞を開く。


「そして、この悲劇が起こったんじゃ。——ここからの話は、しっかりと聞いておれ。間違いなく、おぬしたちには関わりのある話じゃ」



 そういわれた今度の記事は、これはまた、最初の一面に大きく載るほどの事件。
 しかもそれは、そう昔のことではない。そして、その事件は、俺が知っているほど新しく、大きな事件。



 とある宗教団体の、一般人を巻き込んでの集団自殺。
 廃墟ビルを使って立てこもり、警察と交渉が決裂したその後、時限爆弾で爆死。


 その団体の名前は——。




「……ケンちゃん、これって!!」


 フウがなぜそんなに取り乱しているのか。俺も同じだったから、フウの気持ちが嫌でもわかる。


 この名前は……上田妹が、夏休み疾走した時、怨霊みたいな何かが、上田妹に襲い掛かって来た。

 後から心当たりのある人物の話を聞き、それを調べた時、たどり着いたのがこの集団。黒魔術のように、生贄をささげて神を下ろすことを目的として動く、極めて悪質な宗教。

 上田妹を追いかけていた怨霊——山田と呼ばれた男も、宗教団体の目的を沿うために自殺している。



「おぬしたちには心当たりがあるはずじゃろう。わしも、夏休みの件に関しては耳に入っておる。……赤ん坊の姉、千代は、その宗教と関わりがあったんじゃ」


 とはいっても、彼女自身が宗教的なことを行ったことはない。
 ただ、……騙されていただけだと、花子さんはいった。


「どうやら、千代とその集団の一人が、恋仲であったらしい」



 …………。
 え。

 ピシリ、と石化したのは、俺だけではないはずだ。


「本当にそやつが千代のことを好いておったかはしらんが、千代の方は随分入れ込んでおったそうじゃ」



 千代に、恋人………?
 しかも相手がヤバイ犯罪者? え? いやその前に————恋人がいたのかよ!?
 当初あった時の態度を思い出せば、彼女は花子さんの比にもならない男嫌いだったと思ったが……いや、それよりも!


 それって……説明しづらいが。
 コイツ的に、まずくないか?


(本心をいうと見たくなかったが、)恐る恐る、瀬戸の様子を見てみる。

 瀬戸は放心——なんてことはなく、案外冷静に聞いていた。よかった……。安どのため息をこっそりつく。


 だが、そんなのほほんな気持ちは、あっという間に消え去った。
 花子さんが語る千代の過去は、まだまだ、凄絶なものだった。


「しかし聞くところによると、千代は今でいうデートDVを受けていたようで、徐々に不信感を抱いていたようではあった。が、彼女にとっては初めての男だったみたいでな、千代はその男から離れようとしなかった」

「……」

「とうとうある日、宗教の手が千代にかかった。千代は必死に逃げて逃げて逃げまくり、交番まで逃げ込んで説明した。結果、その男および宗教団体に関わっていた人間はあっさりと逮捕されることになったが——千代は、両親に、隠していた交際のことについてがばれてしまった。

 娘はこうあるべき、という理想を持っていたからだろう。結婚する前に身を汚した、大八木の恥と、父親は千代を責めたてていった。
 宗教の手が伸びた時、愛する恋人に裏切られたと判ってしまった千代は、もうボロボロだったというのに……」




「そんな、いい加減過ぎですよ!!」







 フウが目一杯叫ぶ。
 嗚咽が邪魔をして、そんなに大きな声にはならなかった。けれど、聞くだけで胸が張り裂けそうだった。



「今まで自分は、娘を放置してたくせに! 親に放置されて、千代ちゃんはどれだけ悲しかったか、どれだけ望んだか、裏切られた後、お父さんたちにそんな風に責められて、どれだけ………………そんな、……そんなんじゃ……」



 ポタポタと涙が零れていく。



「そんなんじゃ、誰だって、わたしだって狂っちゃうよッ……!」



 顔をくしゃくしゃにして、すぐフウは手で覆い、嗚咽と一緒になった、くぐもった声で訴えた。

















「——狂ったんじゃよ」


 花子さんは淡々とした口調で綴る。
 

「狂って、精神が壊れた千代は…………手元にあった鎌で、両親を引き裂いたんじゃ」


 新聞を見た時、うっすらと、予感していた事実が。
 だからこそ、一番聞きたくない事実が、花子さんの口から発せられた。


「彼女は両親と、お手伝いさん数名を切り裂き、そして自分の口元を自ら切り裂いた。
 ……その後のことは」


 急に声が掻き消える。
 花子さんは躊躇うそぶりをしてから、グ、と唇を噛んだ。
 まるで、なにかをいうことを、耐えるかのように。



「その後のことは、どうなったかはわからん。警察の方では、容疑者になりつつも、彼女の行方を掴めずにいたのじゃからな。……そして唐突に、千代は先月現れた。
 通り魔の正体も、千代で間違いない」

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.562 )
日時: 2014/07/18 14:49
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)

「どうして、なんで、口裂け女に……」
「何らかの強い想い、その土地の霊気、時間、いろんな要因で突然、人は妖怪になることがある。ただ、彼女の場合は、『怪異』じゃがな」


 ……それは、どう違うのだろうか?
 幽霊と妖怪の違いは流石に判る。でも、妖怪も怪異も、同じものじゃないのか?



「妖怪というのは、わしのように、独立した意志を持っておる生き物……何者かの噂にも振り回されず、超越した力を持っているモノのことじゃな。
 その代わり、土地に縛られていたりするんじゃが……簡単にいうと、わしは学校のトイレでしか活動できん、ということじゃ。河童は川に出てくるのと同じように」

「なるほど……それで、怪異というのは、人の噂によって成り立つということか?」



 確認の為聞いてみると、花子さんが頷いた。
 何となく判って来た。

 つまり、怪異とは、怪談や都市伝説など、「噂」によって生まれたもの。

 河童が川以外に出てこれないのと同じように、怪異は「噂」以外の行動を取ることが出来ない。

「噂」によって、活動及び、生きることが出来る。ということだ。
 ソフトを入れていないパソコンと同じことなんだろう。



「区別しづらいじゃろうがな。もっといえば、『妖怪』になりそこねたものを『怪異』というんじゃ。
 『妖怪』はある程度の地盤を持ってる故、誰かに忘れ去られても存在は消えぬし、自分の領域ではないところでも生活は出来る。鬼がまさにそれじゃな。人の中でも暮らしてゆけるし、山の中でも暮らしてゆける」



 わしもこの学校の中なら、トイレ以外の所でもいけるしな、と花子さんはいった。



「じゃが……怪異はそんな例外は認められぬ。
『噂』が消えれば、自然に存在は消滅し、自分が取るべき行動以外はとれぬ。
 ただ、後者は例外がある。千代のように、元々は人間であったり、幽霊だったりする場合じゃ。地盤がしっかり固まっていた時期の貯金があったから、噂ではなかった行動を取ったりできた」



 花子さんは、フウの方を見る。



「フウ、お前にも心当たりはあるじゃろう」
「……」



 この学校の怪談の一つ。
 『屋上で飛び降りた女子高生の幽霊が、屋上に来た生徒を突き落す』。
 その幽霊がフウだった。
 けれど、フウは一度も生徒を突き落したことなんてないし、フウがまだ生霊だった頃も、怪談にはない行動を沢山とっていた。



「お前の場合は色々例外じゃが、まあそういうことじゃ。
 千代は、千代という人格を持っておった時期がちょびっとあったから、怪異になっても自我と理性を持っておった。
 けれど、それはあくまで貯金じゃ。時間が経てばその貯金は尽き——やがて、『噂』通りの『化物』と化する」



 それは、千代が千代ではなくなるということ。
 なにもできなくてオロオロしたり、素直じゃなくてつっけんどんな態度を取ったり、笑ったり怒ったり泣いたりすることが出来なくなるということ。



 ……このまま、人を殺していくのだということ。
 頭ではまだ、実感が湧かないのに、身体がとても寒かった。



「その前に消滅する、ということも考えられるんじゃが……無理じゃろうな。

 死ぬのは、誰だって怖い。

 怪異とは、人が噂で魂を縛ったモノじゃ。意思を持つ魂は、消されたくない一心で噂に従う」


「噂に従うことが——生きることそのものだから……?」



 フウの問いに、花子さんは答えない。
 無言ということは、恐らく、肯定の意だ。



 恐怖と涙が、一緒に出てきそうだった。



 救いようがない。救う手立てがない。
 このままだと、千代はまた人を殺す。けれど、それを止めたら、千代は消滅する——死ぬ。

 千代が千代じゃなくなる。そしたら、俺たちのことも、——瀬戸のことも忘れて。




 無暗に近づいたら——今度は、殺されるかもしれない。

 もう既に口裂け女の噂に従って、人を殺めているのだから。
 残虐事件とか、殺人事件すら、目の前で見たことがないくせに、俺たちが千代に殺される姿がリアルに想像できた。








「……それでも、連れて帰る」



 今まで黙っていた瀬戸が、ハッキリといった。



「千代っちと、約束したんじゃ。置いていかないって。
 その約束を破らせるわけには、いかんのじゃ!」


 迷いのない顔だった。
 どういったって、揺らぎそうにない、しっかりとした口調で、瀬戸は花子さんに頭を下げる。


「お願いじゃ、花子さん。千代っちの場所、知っとるなら、教えてください……!」


 怪異と、人間。
 少女と、青年。
 正反対のモノたちが、目の前に立っている。

 その姿が、かつての俺と、あの美しい雪女そのものだと感じた。



 ……そうだ、知ってる。
 千代がどんな気持ちで逃げ出して、どんな気持ちで街中をさ迷ったのか。
 置いて行かれた瀬戸が、今どんな気持ちなのか。

 今の千代と瀬戸は、かつてのフウと俺だった。
 今のトイレの花子さんと瀬戸は、かつて助けてくれた雪女と、助けを求めた俺だった。







「……これでいいのじゃろう」


 未来ある子供たちを、化け物のところに向かわせた。
 こんなのでよく、この学校の守り神を名乗ることが出来るな。花子は自嘲した。
 本来なら、いや、例え守り神じゃなくとも、止めるべきだった。
 動くのが彼らではなかったら、花子は神通力を使ってでも止めただろう。

「……しかし、何とも残酷な話じゃ。彼らはわざわざ自らの目で、化け物と化した大切な存在を見なければならぬとはな」


 化け物になってしまった怪異を、もう止めることなどできない。
 枯れた木々を吹き返すように、死んだ生き物が生き返ることと同じように、それは不可能なことだ。
 だが——憐憫だけは決して彼らの前に見せてはならない。彼らは真っ直ぐ、身も蓋もなくいえばバカだ。一直線に進む猪だ。
 実際に現実を肌で感じない限り、納得して前に進めない。けれどそれは、ある意味一番、人間として大切な物だと花子は考える。だから決して、彼らは可哀想ではない。例えばそれが、救いようのない最悪な終り方を直視することになってしまっても。


 ……しかし、ちとマズイかもしれぬ。——京から、芦屋家の陰陽師が来てしまった。
 安倍清明の好敵手と呼ばれた芦屋道満。その子孫。

 あれらは、怪異や妖に容赦はしない。

 例え、千代の延命を瀬戸たちが願っても、きっと聞き届けはしない。……それで、引き下がるような相手ではない場合、陰陽師は手を出すだろう。
 命に関わるような怪我はしない。しかし、相当キツイ怪我を負うことにはなる。
 芦屋家の陰陽師は、必要なら一般人の暗殺すらも許されている。勿論、必要でない限りは違反であるが。

 しかし、フウのことも気にかかる。
 あれは人間だ。まごうなき人間。だが、八十年も姿を変えなかった人間を、あやつらは人間ととらえるか。



 それも——彼らにとっては、禁術といわれている術が掛かっている彼女を。





「……あれは、何を見ているのかの」


 本当に。長いこと友人をやっているが、あのモノの考えだけは、サッパリわからない。

 今回、花子が瀬戸たちに千代の情報を提供したのは、ある友人の頼みだからだった。

 花子は直感している。今動いている事態は、恐らく、彼女の作意。

 聡明な彼女のことだから、何か理由があってのことだろうが。何も知らぬこちらから見ると、ただ、若者を引っ掻き回して弄んでいるように見えてしまう。


「……芙由子。お前は、何を考えているんじゃ?」


 呟いた時には、何処からか来たのかわからない風のせいで掻き消えた。


           終わりは刻々と刻んで

(花子は願う)
(せめて、あの子たちが思うように動けたらいいと)

(贅沢をいうならば、この世の理がひっくり返る奇跡が起きることを)

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.563 )
日時: 2014/07/26 22:42
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)


 瀬戸君の家を初めて訪れた時、いたのは瀬戸君ではなく、美しい少女だった。
 雪ちゃんや玲ちゃん、優ちゃんだって可愛いし、芽衣子さんや柊子さんもとても綺麗な人だけれど、その子はそんな次元を超えているように思えたのです。


 魔性。
 その言葉がよく似合っていた。

 それでいて、少女のあどけなさ、可憐さが残っている、アンバランスのようで釣り合った美しさ。一目見たら、もう目を離すことは出来ない。

 その子の名前は、千代ちゃんといった。
 素敵な名前だな。わたしは彼女を一目見た時から、好きになりました。




第七章 元幽霊少女と現怪異少女





 彼女は、普通の女の子ではなかった。
 大きなマスクを取り外して現れたのは、サクランボのような唇。けれどそれは、耳の所まで裂けていて。

 巷で噂されている、『口裂け女』にそっくり。

 でも、瀬戸君と千代ちゃんが仲良くしているところを見ていると、とても、凶暴なお化けには見えなかった。
 千代ちゃんは本当に瀬戸君のことが好きのようで、わたしが肉じゃがをおすそ分けした時なんか、すごく睨んでいた。
 それがなんだか可愛くて、こっそり笑ってしまったのはわたしだけの秘密。
 嫉妬する姿を見て、ますます『口裂け女』には見えませんでした。

 彼女は記憶喪失で、瀬戸君と一緒に住んでいると知った時、一緒にいたケンちゃんは心配したけれど、瀬戸君は「芙由子さんにはもう話している」と笑っていった。
 芙由子さんというのは、瀬戸君の保護者的存在の人。瀬戸君のご両親は他界していると、瀬戸君の口から聞いたことがあった。わたしはまだ会ったことはない。直接会ったケンちゃん曰く、「とんでもない人」といっていた。器が大きい人なんだろう。


 ……わたしの母は、弱い人だった。
 母が強かったら、父はあんな風に、酒に溺れ、暴力を振るうことはなかっただろうか。
 兄たちが、傷つくこともなかっただろうか。

 一番悪かったのはわたし。
 病気だったのが悪かった。母の弱さではなく、わたしの弱さが家族をバラバラにした。
 それは、間違いではない、けれど。

 守ってほしかった。
 心の中にいる、幼いままの自分が、そう叫んでいる。
 このまま生きていけるかとか、自分の立ち位置がどれだけ人に迷惑をかけているか、とか、ずっとこのままじゃないか、とか。
不安で不安で仕方がなかった。揺れ動いて定まらない自分の心を、守ってほしかった。



 ちら、と走っているケンちゃんを見る。
 今、瀬戸君が一番前を走って、わたしは一番後ろで走っている。
 わたしは女だし、義足だから、そんなに速く走ることは出来ない。ケンちゃんからは、花子さんのところに居ろといわれたけれど、絶対に嫌だった。



 女として、娘として、そして、長いこと生霊だったモノとして、千代ちゃんのことは他人ごとじゃないって思ったし、何よりも、友人として千代ちゃんを放ってなんか置けない。


 危険なのは瀬戸君やケンちゃんも一緒だ。
 千代ちゃんは化け物になってしまっているかもしれない。
 でも、まだ間に合うって信じている。
 二か月ぐらい彼女を見てきた。そして、花子さんから千代ちゃんの過去を聞いた。化け物になってしまうほど悲しい目に遭った千代ちゃんだけど、千代ちゃんは強い。それに耐えられる強さを持っている。そう確信していた。

 会ったらどうするかなんて、会ってから考える。
 危険なことになったら、どうするかなんて、たどり着いてから考えます。
 大怪我以外なら覚悟しているし、わたしたちのことを忘れたとしても、何度だって思い出させて見せる。



 助けてあげたい。
 助け出して見せる。——だって、わたしは助けられた。
 なんとかしてあげたい。
 なんとかしてみせる。——だって、わたしはなんとかなった。


 助けられたのはわたしだけなんて、そんなのは、寂しいよ。








 廃れた工場の建物と建物の間を通った時、気が付けば、前を走っていたケンちゃんと瀬戸君の姿が消えていた。


「(はぐれた!?)」


 というか置いて行かれた!?
 頭が真っ白になる。流石に一人は怖いです。というか、今千代ちゃんに会っても、どうすればいいかわからない。
 どこらへんではぐれたのだろうか、どのへんで置いて行かれたのだろうか……。いやでも、千代ちゃんが居る場所はこの暗い道を通ればすぐ。
 置いて行かれたなら、この道を行けば合流できる。でも、もし、もしはぐれたなら……。


 微かに風が吹いた。
 わたしの頬に、そっと触れるように通り抜ける。
 静寂が、木々の葉がこすれる音で乱された。

「……」

 山の風だ。
 山の神様が、行けといっている。そんな気がして、それに従おうと、わたしは一歩を踏み出した。


 廃業になった工場だからだろうか。あっちこっちにゴミが捨てられている。
 空き缶から、人形、わたしの腰ぐらいまでの棚、更には冷蔵庫まで。見る限り、不法投棄場所だ。
 いろんなものが捨てられていて、足場が悪い。思わず西洋人形を踏んでしまった時には、背筋が凍った。


 少しカールがかった髪。赤く可愛らしい唇。愛くるしい目。
 容姿は全然違うのに、千代ちゃんと重ねられずにはいられなかった。


 わたしはその人形を拾い、近くにあった棚の中に入れる。
 踏んでしまったにも関わらず、どこも壊れていない人形は、じっと、わたしを見つめる。


「ごめんね、踏んじゃって」


 わたしは人形を見つめ返して、そういった。


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