コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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臆病な人たちの幸福論【第五部完結】
日時: 2016/03/05 21:35
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: AO7OXeJ5)

臆病な幽霊少女は、思い出す。
人を疑いながらも、好きだったわたしを。

泣き虫な文学少年は、後悔する。
せめて、言葉にして伝えたかった。

怠惰な女性司書は、紛らわす。
子供に甘えるなんて、どうなのよ。

憂鬱な平凡少女は、自身を罵る。
どうしようもないなあ、あたし。

——愛。
それは彼らに共通したもの。
カタチは違うけど、彼らを繋ぐ。
繋がりの中で彼らは……何を見つけるのだろうか?





 黒雪様の【あなたの小説の宣伝文、作ります!】に頼み込んで、作ってもらった素敵な紹介文です!! ありがとうございました、黒雪様!!





お知らせ!!>>485
ご報告!!>>198
5000いけました!!!>>390

【皆おいで! オリキャラ投稿だよ!! ついでにアンケートもだよ!】>>165(本気と書いてマジと読む。どうかよろしくお願いします!)



 はい、全然完結させてない八重です。
 …今回は、ちゃんと完結させるつもりでございます。…多分。
 約束守れない人って、情けない…。



 注意
・低クオリティ。何かありきたり。
・幽霊が出てきます。
・最初はとんでもなく暗いです。
・中傷など、常識やルールを守れない方はすぐにお帰りくだされ。
・恋物語です。でも、糖分は低めです。
・瀬戸君の佐賀弁が似非っぽい。
・宮沢賢治のお話がちょろちょろでます。
・批評大好物なので、バッチコイ! あ、でもあまり過激なモノは…(汗
・宣伝は常軌に外さなければおkです。ただ、宣伝だけはおやめください。お友達申請? カモンです!!w
・誤字脱字あったらすぐにコメを!!

 では、よろしくお願いします!!


この小説に欠かせない大切な方々の名前一覧!>>430



目次

登場人物>>54(ネタバレあり。本作読むのが面倒な人はここを読んで置くのがオススメ。大体の話の筋はわかるから)

〜第一部〜
臆病な幽霊少女…>>01(挿絵>>231>>02>>03>>08(挿絵>>431)(長いこと関わらなかった幽霊少女が恋慕を抱く話)
泣き虫な文学少年…>>14>>15>>16(挿絵>>549>>19(一人を望んだ文学少年が『独り』になることに恐怖を抱く話)
怠惰な女性司書…>>30>>31>>32>>33(怠惰に過ごす女性司書が一人の少年を見て我が身を振り返る話)
憂鬱な平凡少女……>>39>>40>>41>>42(日常を憂鬱に過ごしている平凡少女が弱さを知る話)

【自戒予告〜字が違うよ次回予告だよ〜】>>50(ふざけすぎた次回予告です)



〜第二部〜
間章または序章>>55>>56(幽霊少女と、『声』の話)
第一章 春を迎えた文学青年>>60>>61>>62>>63(文学青年と平凡少女が、非日常に巻き込まれる話)
第二章 困惑した文学青年>>64>>67>>68>>69(幽霊少女の真実と奇跡が、垣間見えた話)
第三章 前進する文学青年>>73>>74>>75>>76(幽霊少女の周りの環境が、だんだんと変わっていく話)

間章 >>87(閉じこもってしまった幽霊少女が、やがて狂っていく話)

第四章 平凡少女の行動>>95>>96>>97>>98(諦めかけた文学青年と、行動を起こした平凡少女の話)
第五章 揺らぐ文学青年>>105>>106>>107>>108(平凡少女と、文学青年と、臆病少女は)
第六章 踏み出す文学青年>>118>>119>>120>>121(イレギュラーが入り込む話)

間章 >>128>>129(混乱する臆病少女の前に、文学青年は)

第七章 どうすればいいのか、判らないことだらけだけど>>132>>133>>134>>135>>136(泣き虫な青年の答えに、臆病少女は)
最終章 やっと、春を迎えました>>141>>142>>143>>144(さあさあ、春と修羅が始まります)

後書き>>149(とりあえず読んで欲しい)

【次回予告〜今度はまじめにやってみた〜】>>157(第三部の次回予告)




〜第三部〜
「モテたいんだ」「「「……はあ?」」」>>161>>162>>163>>164(とある男子高校生の会話)
「えっと、『おぶなが』と『たかだ神殿』が『長しその戦い』で戦って……?」「『織田信長』と『武田信玄』が『長篠の戦い』で戦った、だ」>>175>>176>>177>>178>>179(とあるリア充の話)
「あ、ダメナコ先生じゃなかー!」「ダメナコじゃない。私の名前は光田芽衣子よ」>>187>>188>>191>>192 (とある元引きこもりと不登校少女の話)

間章>>196>>197(とある不登校少女は逃走する)

「何時もより早く登校したら、校門の前にパトカーがあった」「誰に話しているの? 三也沢君」>>214>>215>>216>>217(とある文学青年が、踏み入る)
「——そこに居るのは、誰ですか?」「だあれ、君……?」>>223>>224>>225>>226(不登校少女と、やさしい想い出と苦い想い出と)
「……玲ちゃんの家は、一度離婚してるったい」>>239>>240>>241>>242(第三者が語る、不登校少女の姿)
「どうして、ないてるの?」>>252>>253>>254>>255(無表情少年と不登校少女)

間章>>258>>259(不登校少女と、不登校少女の父)

「何でこんなあつー日に走らんといけんと!?」「全くだ!」>>265>>266>>269>>270(少年少女の試行錯誤)
「い、行かせて平気なんですか!?」「平気よ」>>271>>272>>273>>274(怠惰な司書と平凡少女と臆病少女の他人事と共感と)
『この世界は、嫌なことだらけだ。悲しい事だらけだ。でもだからこそ、お前なら、小さな幸せを見つけることが、出来るはずだろう?』>>281>>282>>283>>286(結局のところは)
「……で、結局どうなったんだ?」>>287>>288>>289>>290(大団円を迎えたよ)
「きっと、何とかなるよ」>>291>>292>>293>>294(第三者だった、文学青年と臆病少女の考察)



小話>>366(第三部の後日談)

後書き>>305(とりあえず読んで欲しい)
【自戒予告〜反省なんて言葉は無いんだよ〜】>>311(シリアスばっかだったから〜…)


〜第四部〜
蛍火の川、銀河に向かって【前編】>>312>>313>>314>>315
蛍火の川、銀河に向かって【中編】>>316>>317>>318>>319
蛍火の川、銀河に向かって【後編】>>323>>324>>325>>326>>327

【あの日を誇れるように ぱーとわん】>>335>>336>>337>>338
【あの日を誇れるように ぱーとつー】>>339>>340>>341>>342
【あの日を誇れるように ぱーとすりー】>>353>>354>>355>>356
【あの日を誇れるように ぱーとふぉー】>>358>>359>>360>>361>>362

「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその一」>>367>>368>>369>>370
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその二」>>384>>385>>386>>387
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその三」>>393>>394>>395>>396
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその四」>>402>>403>>404>>405
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその五」>>407>>408>>409>>410>>411

『思い出と後悔のこの町は、また今日も』>>415>>416>>417>>418>>419


【低気圧&高気圧注意報】(方言監修:ルゥ様)>>510>>513>>514>>515>>516(Battle of youth)

〜第五部〜

序章>>426(口裂け女と労働青年の邂逅)
第一章 健全なる高校男子の昼食事情>>433>>434>>435>>436(口裂け女の噂と高校生の話)
第二章 労働少年の秘事>>440>>441>>442>>443(労働少年の家と隣の口裂け女)
記憶喪失の口裂け女の話 一>>447>>448>>449
記憶喪失の口裂け女の話 二>>454>>455>>456
第三章 文学少女と文学青年>>460>>461>>466>>469(女子トイレと橘と後輩と)
口裂け女と労働青年の日々 一>>471>>474>>479>>480
第四章 それは全てを変えるような>>483>>484>>486>>493(ぐらつく足元)
口裂け少女のたまに見る夢>>496>>497


【第五部後半 予告編】>>503(こういうの結構楽しく書ける)


口裂け女の終焉の始まり>>521>>523>>524
口裂け女 ムカシバナシ 1>>525>>526
口裂け女 ムカシバナシ 2>>527>>528>>529

第五章 瀬戸少年の意外な面について>>530>>531>>532>>536(キレる瀬戸君、笑うフウちゃん)


口裂け女のひとつの過ち>>545>>546>>547>>548
口裂け女のひとつの過ち その2>>551>>552>>553>>554


第六章 少しずつ忍び寄る>>559>>560>>561>>562(怪異と妖怪と幽霊と)
第七章 元幽霊少女と現怪異少女>>563>>564>>565>>566(諷子と千代)
口裂け女ノ邯鄲ノ夢>>567>>568>>569
第八章 間違っていること、正しいこと>>570>>571>>572
口裂け女の初めてのデート>>573>>574>>577>>578>>581
第九章 それは何も変わらず>>584>>585>>586>>591
よだかの星になった少女>>592>>593>>594

終章 泣き虫な文学少年と、憂鬱な平凡少女、臆病な元幽霊少女の>>598>>594>>604



番外編・企画・もらい物>>470(これまた多くなったので引っ越し!)


履歴>>332(多すぎてスクロールするのがめんどくなったので引越し!)
その2>>539(その2まで出来ちゃった……本当にありがとうございます!!)

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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.564 )
日時: 2014/08/01 13:39
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)

 勿論、人形が喋ることはない。
 決して大きくないわたしの声だけが、この静かな空間を支配するかのように響いている。


「(……おかしい)」


 なんでこんなに静かなんだろう?
 風一つも吹いていない。さっきはほんの少しだけ、風が吹いたのに。

 木々のこすれる音もしない。
 夕暮れに鳴く鴉の声もしない。
 秋に鳴く虫の声も、息遣いも、なにもかも。

 何の音も聴こえない。
 不気味で異常な状況に、わたしは唾を飲み込む。

 元幽霊少女を名乗っておきながら、わたしはオカルト関係にはあまり詳しくはない。けれど、直感した。

 これは、結界だ。
 外界と遮断された世界。
 だから鴉の声も、虫の声も、風すらもないのだ。そしてきっと、この先には、ケンちゃんたちはいない。


「(何故わたしが結界の中に入れたかはわからないけれど)」


 わたしは大きく一歩を踏み出した。
 グワンと景色が歪み、足元が崩れたような感覚に陥った。——と思った瞬間には、既に元に戻っていた。
 一体何があったのかと目を瞬かせ、前を見据える。


 景色は変わっていなかった。
 けれど、付け足すように、人影が二つそこにあった。
 一つは、大きな棚の上に立っていた小さな男の子。もう一つは、——廃車の上に膝をついた千代ちゃん。


「千代ちゃん!」


 わたしは声を上げる。
 まず最初にこちらを見たのは男の子。遅れて千代ちゃんが、こちらを見た。

 艶を失った髪。
 カサカサになった肌。
 それでも裂けた口は、夕暮れの色よりも赤い。
 悲惨な姿。でも魔性は、失っておらず。


 こちらを見るアーモンド形の大きな目は、光を失っていなかった。


 良かった。わたしは安堵する。
 千代ちゃんは、まだ千代ちゃんだ。化け物じゃない。わたしたちが知っている千代ちゃんだ。わたしの声はちゃんと届いている。
 その事実をこの目で確かめた時、無意識に入っていた肩の力が抜けた。


「千代ちゃん、無事!?」


 重なる粗大ごみの上を慎重に渡って、千代ちゃんの元へ向かう。
 千代ちゃんは、信じられない、というような目で、わたしを見ていた。
 千代ちゃんだけじゃなかった。傍に立っていた男の子も、驚愕を隠さずにわたしを見ていた。


「そんな……何重も結界を張っていたのに、たどり着ける人間が居るなんて……」


 呆然として呟く言葉に、わたしは先ほど起こった状況を理解した。


「(あの歪んだ景色は、結界に侵入した時に起こったのね)」


 そしてそんなことが出来るのは、一般人では無理だ。
 陰陽師、霊能力者、魔法使い……さっきの言葉だと、あの結界はこの小さな男の子が張ったことになる。
 灰色と白の半袖に、半ズボン。どう見ても小学生の男の子なのに、術者。
 術者と、怪異。この二つの存在が、偶然ここで佇んでいるなんてことは、流石に考えられなかった。

 なぜ二つの存在が一緒の空間にいるのでしょう? 花子さんの話や、今まで聞いたり読んできた物語から、考えられるのはただ一つ。

 嫌な組み合わせに、冷汗が流れた。



「……初めて、術者に会ったけれど、案外普通の姿なんですね」


 幽霊だった頃、花子さんから、術者や妖怪のことについてはよく聞いていたけれど、実際に会うことはなかった。特に前者は、この目で見るのは初めてだ。

「……僕も、まさかただの女子高生に、結界を破られるとは思わなかったよ」

 サッパリとした、かわいらしい男の子なのに、出てきた言葉は随分冷えていた。
 また一滴、冷汗が流れる。
 なんだろう。恐怖、とは違う。けれど、無邪気とは程遠い重たい声に、子供が喋ったとは思えなくて。薄気味悪いモノが、小さな体に取り憑いて喋っているような。

「この間はどうも」
「……え」

 いきなりお礼をいわれた。
 え、わたしこの子に何かしたでしょうか? いやその前に、この子とは初対面のハズですが。

「……覚えていないのならいいよ」

 ため息をつかれた。
 なんだろう。表情筋があまり動いていないけれど、呆れられているような気がする。


「えっと、ごめんなさい……」
「……いや、覚えているほうが無理なような気がするし」


 仕方がないというそぶりを見せる。その仕草が、ませた子供としてではなく、さりげない仕草だったので、本当にこの子は子供なんだろうか、と思った。中身と外見が全く合わない。



「改めて——初めまして。芦屋朔と申します」


 ペコリと頭を下げて、恭しく腕を胸のところへ持っていく。
 さっきとは打って変わっての、芝居掛かった動きで、思わずわたしは噴き出してしまった。

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.565 )
日時: 2014/08/06 17:05
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

「……ご丁寧にどうも。宮川諷子です」


 ジロ、と睨まれて、少し罪悪感を感じたわたしは、男の子——朔君を見習って自己紹介をした。
 頭を下げた時、花子さんの言葉を思い出す。


 芦屋家。
 あのかの有名な陰陽師——安倍清明の好敵手、芦屋道満を始めとする陰陽師一家。



『今では公に出ることはないが、裏の世界でひっそりと権力を拡大させている。その力は人によってピンキリではありが、何十年に一度か生まれる子供には、神を降ろすことも世界の理を変えることも世界を滅亡させることまで出来る子が産まれる。——とかなんとか、胡散臭い話が多い一族じゃが、神殺しを許されている一族は、芦屋家のみじゃ。それほどまでに、とても強い力を持つ』


 神殺しというのは、その名の通り、神を殺すこと。
 それが禁止されているのは当たり前のように聴こえるかもしれないけれど、祟り神も神様なので、どれだけ人が迷惑こうむっても、殺すことは出来ない。

 神に、人は太刀打ちできない。
 ただ、例外がある。ある有力な術師の中では、神殺しを認められているのだと。
 その一つが——芦屋家。


『いいか、相手が芦屋家を名乗ったなら、すぐに逃げるんじゃぞ!! あいつらはおっかなすぎるからの。怪異に近づくイコール祓うか利用するかだけじゃ!! 絶ッッッ対、逃げるんじゃよ!!』


 説明にプラスされていた花子さんの忠告を思い出した。
 ……が、もう時すでに遅しです、ごめんなさい花子さん……。
 けれど、わたしが祓われることはないでしょう。昔は幽霊を名乗っていても、今は普通の生身の人間ですし。
 ——寧ろ、祓われる危険性があるのは……。


「……何か、ご用ですか」


 両手を広げて、千代ちゃんの前に立つ。
 顔を険しくした朔君を見て、ああやっぱり、と思う。
 この小さな陰陽師は——千代ちゃんを、祓いに来たのだ。


「……その様子だと、知っているんだね。そこに座っている女が、どんな化け物か」
「化け物なんて呼ばないでください。千代ちゃんは千代ちゃんです」


 口調を強くしてわたしはいった。


「今巷の口裂け女であろうが、千代ちゃんは化け物じゃない。わたしの」


 大切な友だち。
 そういいきった時、もう、迷いはなくなっていた。


「……友だち」


 友だち、ね。
 フウ、とため息をついて、朔君はいった。
 その姿はバックに夕日を受けているので、妙に渋さを引き立てている。
 ……いや、さっきから思っていたのですが……。


「……ねえ。朔君、あなたわたしより若いのだから、そんな哀愁漂うため息はちょっと……もう少し若い子っぽく振舞った方が、生き延びる感じがするよ……?」
「え、何それ。僕が老けて見えるってこと!?」


 その場の空気にはそぐわない発言を思わずしてしまった。けれど、それに反応する朔君の姿が子供らしかったのでホッとする。



「老けてるってわけじゃないですが……こう、瞼を閉じたらあっという間に消えてしまいそうなぐらいには儚く見えて」
「そこまで僕ヤバイ人じゃないよ!! ちょ、目閉じないで!! お願いだから目を開けて、ねえ!!」
「……」
「え、何、急に目を開けられても怖い」
「いえ……随分反応がよろしいなあって」
「僕からかわれてただけッ!?」



 意外と反応が良い子だった。
 さっきのアンニュイで哀愁漂う雰囲気とは打って変わっている。
 最近流行りの『ギャップ萌え』とはこういうことなのでしょうか。いや、可愛いとは思うんだけど。いまいち『萌え』というのがわからない今日この頃です。

 ……って、思いっきり話が逸れた。


「……それで、わたしたち今すぐ帰らなきゃいけないんですけど」
「いいよ。帰って。その化け物は置いてもらうけど」
「だから化け物っていわないでってさっきいったでしょう」


 押し問答だな。
 わかっていながらも、わたしは訂正を求めた。
 ハア、と朔君がため息をつく。


「……押し問答だね」
「奇遇ですね。わたしも同じことを思ってました」
「じゃあさ、無意味なことはせず、こっちに引き渡してよ」
「いやですね。千代ちゃんもわたしも、待っている人がいるんです」


 そろそろ区切りのいいところ。
 そう思ったわたしは、後ろを振り返って、千代ちゃんを見る。
 俯いていた千代ちゃんの顔を、長い髪が覆っていた。


「千代ちゃん」


 わたしはつとめて普通に声を掛けるようにして告げた。



「帰ろう」


 手を差し伸べて、優しく微笑んで。
 千代ちゃんがこの手を掴んでくれることを期待して、わたしは彼女が顔を上げるのを待った。







「————帰るっていったって、何処に帰るのさ」



 帰って来たのは、無情な問いだった。
 けれどそれは、千代ちゃんがいったんじゃない。


「育て親を殺して、家もなくして、たった一人の弟はお前を覚えてはいない。
 お前の弟に会ったよ。お前より歳を食った容姿をしていた。仕事場を見に行ったけど、料理はおいしかったし、部下に慕われていたし、お客さんに好かれていた。優しい人だったよ。
 いやあ、苦労したと思うのにねえ。あんな良い人に育っているなんて。——お前のことなんか、覚えていなかったのが、せめてもの救いだったんだろうね」


 ……ゆっくりと後ろを振り向く。
 彼は一歩も動いていなかった。よく見て見ると、彼が乗っているのは食器棚で、ガラスが張られた扉は、木の枠組みが折れていた。
 ガラスも、明らかに人為的に壊されている。

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.566 )
日時: 2014/08/15 20:50
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

 パン! 朔君が手を叩いた。
 ガラガラと、粗大ゴミが崩れていく。


 車よりも背が高い食器棚は、粗大ゴミによって、半分より下が覆われていた。崩れていったことで、隠されていたところが現れていく。
 音を立てて崩れ、頭から地面にぶつかって壊れていく粗大ごみ。それは怪獣映画の、次々と壊されていく建物のシーンのようだ。

 のんきなことを考えていたわたしは、——目を疑った。



「これ、なにかわかる?」



 棚の至る所に、真っ赤な血がベットリとついていた。
 口紅よりも、絵の具よりも、ドラマなんかでよく使われる血のりよりも、鮮やかで狂気を帯びた赤。
 自然の色とは程遠い。なのに、夕暮れや花のように見るものを魅了する、それでいて、人を狂わせるように美しい、赤。


「これ、見覚えあるだろ。お前の家にあった食器棚だ。
そしてこの赤は、お前が殺した使用人の、血だよ。
 お前の妖力が帯びているせいか、何時まで経っても色が変色することはない」


 まるでお前のようだね、と朔君はいった。

 彼はしゃがんだにも関わらず、こちらを見下ろしている。
 その目は、あまりにも冷徹で、口は笑っているのに、目は笑っていなくて。
 まっすぐと届いた悪意に、わたしは身震いした。


 本当に子供? この子は。


 何度目の疑問だろう。
 なんでそんな目が出来るの。隠そうともしない悪意を向けられるの。
 そこら辺に居る大人びた子とは違う。生意気な子とも違う。根本的に違う。

 これが、芦屋家?

 子供だろうが関係なく、人の温かみを忘れたような冷たい悪意を向けるようにしているのだろうか……。


 頭がガンガン痛む。胃らへんのところがムカムカして、吐き気が襲ってきた。
 慣れたハズの義足が、思うように動かない。
 義足と接している足の断面が、だんだんと痛んでくるように感じた。

 逃げ出したくなるぐらいに、痛かった。立ち向かうのが怖くなった。
 これ以上逆らったら、どうなるんだろう。芦屋家の陰陽師は、神をも殺す権利を持っていると聞く。わたしを殺すことぐらい、他愛ないだろう。
 こんな目が、出来るぐらいなら。


(——負けるな。負けるな、負けるな)


 自分の身体を抱きしめて、必死になって震えを止めた。
 奥歯を噛みしめて、唇も噛んで、足の痛みを耐える。鉄の味が口に広がった。遅れて唇を切った痛みも来た。
 同じ痛みのはずなのに、何故か唇の痛みは、心を落ち着かせてくれた。


 ……大丈夫。まだ、いける。小さくつぶやいた。
 気迫負けしないように、キ、と朔君を睨み付ける。
 朔君は笑いを止めて、真顔になっていた。それでも、冷たい目は変わっていない。


「……お前は、使用人たちを殺してから何も変わっていない。——それだけでもう、お前は十分にバケモノだ」
「姿かたちが変わっていないだけで、なぜ化け物扱いされなきゃならないんです!?」


 彼の言葉にカチンと来たわたしは、思いっきり叫んだ。
 声が裏返ったが、気にする余裕はない。


 人を殺した罪は、とても重い。
 それを責められたら、わたしは言い返すことは出来なかっただろう。
 どんな背景があったとしても、殺された相手にとっては、憎むべき殺人鬼。
 つい最近の通り魔事件の被害者は、千代ちゃんとは無関係な人ばかりだったのだから。——怪異の警察と呼ばれる陰陽師の人にそれを指摘されても、何も反論できない。

 わたしが怖がっていたのは、それだった。
 千代ちゃんを庇いきれないことが、怖かった。

 でも、これは、違う。姿が変わっていないからってなによ。見た目が若い人にもそんなこというの。それをいったら、まるで。
 まるで……。






「わたしも化け物みたいじゃない!!」



 わたしだって、例外じゃない。
 千代ちゃんは二十五年ほど姿が変わっていないけれど、わたしなんか八十年近くは変わっていない。

 それをいうなら、わたしの方が化け物だ。



 ほんの少しだけ、朔君の冷酷さが薄らいだ。
 あれだけ肌で感じたキツイ殺意と悪意も、なくなったわけではないけれど、足の震えが止まるぐらいには消えていた。


「……『八十年近くもの冬眠から覚める』だったっけ? 見出し」


 叫んだわたしの心中を察したのだろう。
 朔君も、あの記事を読んでいたようだ。


「それじゃ、結界をくぐり抜けることが出来るわけだ。……そっかあ。禁術の子かあ……」
「……禁術?」


 聞きなれない言葉を聞き返す。
 けれど、声は思ったよりも小さくて、朔君には届かなかった。

 でも、なんとなく、その言葉の意味は分かっていた。
 禁術。つまりは、禁じられた術のこと。
 多分、その禁術というのは、わたしの冬眠に関してのことだと。



 朔君がまた、悪意と殺意を向けた。今度はわたしに向けて。
 けれど、今度はさっきとは比にもならないぐらい弱いもので。
 悪意を感じることは出来るのに、彼の態度は弱弱しく。殺意は向けられるだけ痛いのに、彼の態度は、虫も殺せないぐらい。

 何故だろう。何故でしょう。
 涙なんて流していないのに、どうしてかわたしには、彼が泣いているように見えました。



「じゃあ、別に君でいいよ」


 か細い声で、朔君はいった。


「——誰だっていいんだ、一匹化け物を狩ることが出来れば、僕の仕事はおしまいだもの」


 ゆっくり、ゆっくりと告げられた言葉とともに、朔君は手を伸ばす。
 その言葉の意味を、わたしは、すんなりと理解した。



 ……薄々、想っていたことでした。
 何故、わたしは冬眠することが出来たのだろうかと。
 結核で弱った体のわたしが、死んだと思われて埋葬されたわたしが、どうして今まで生きたまま眠り続けることが出来たのかと。
 偶然なんてありえない。わたしの身体に、誰かが何かを施して、わたしを冬眠させた。それしか考えられない。
 でも、あの時代の科学では、——否、この現代の科学でも、到底無理な芸当で。

 だから、考えられるのは一つ。
 わたしが、生霊だったからこそ、そうだと感じた、たった一つの可能性。
 わたしに。


「君を殺してもいいなら、その子は見逃してあげる」


 わたしに、誰かが、人外的な術を掛けた、ということ。


             死刑判決は唐突に


(千代ちゃんを差し出すか、自身がその代わりとなるか)
(朔君に聞かれたわたし)

(命の天秤が掛かった質問をされるなんて、夢にも思わなかった)

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.567 )
日時: 2014/09/07 21:36
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

口裂け女ノ邯鄲ノ夢


 ……あの日、ワタシは、山田さんに騙されたことを知った。
 その瞬間、ワタシは、殺されかけた。


 何故殺されそうになったかは、実のところあまり覚えていない。
 何となくだけど、宗教上の『生贄』とかだと思う。——オカルトに興味のなかったワタシが、その存在になっているなんて、なんとも滑稽な話だけど。

 叫んだワタシに、彼は持っていたナイフで切り付けた。

 それから必死にもみ合って、両頬にヒヤリとした感覚が、遅れて鋭い痛みを伴った。そのまま傷をえぐられそうになったワタシは、何とかスキをついて外に飛び出した。

 女のワタシは力負けすると思っていたのに。火事場のバカ力とでもいうのだろうか。奇跡だった。
 その奇跡を逃すわけにいかない。助けを求める為に、必死に走った。

 息苦しくて、全身が麻痺するぐらいに脈が速く鳴って、酸欠した頭は何も考えられなくなるぐらいに痛んだ。
 小学生の時は、走るのは凄く苦手だったのに、高校生になった途端、速く走れるようになったいた。追い掛けてくる山田さんたちの友人から逃げて、ギリギリのところで交番にたどり着いた。



 山田さんたちは現行犯として逮捕されて。ワタシは、警察署の方で事情を聴かれ、保護されて。——その後、お父さんが迎えに来た。
 今日のところはもう遅いからと、家に帰らされた。
 珍しく車で運転するお父さん。街のネオンで照らされたバックミラー越しでも、どんな顔をしているのかわかった。
 いや、見なくたってわかった。
 想像通りなのだ。こうなるとは思わなくても、ワタシが男の人と付き合っていると知ったら、どんな表情になるかは判っていた。

 顔を合わせる度に言っていたのだ。

「お前は、お父さんが決めた人と結婚するんだよ」と。

 高校を卒業したら、お金持ちの男の人と結婚させられると気づいた。
 だからワタシは、山田さんに騙されたのだろう。










 家にたどり着くや否や、ワタシはお父さんに殴られた。
 切り付けられた頬が、尋常ではないぐらいに痛む。でも、もう、泣くことも出来ない。疲労して立ち上がることも出来ないワタシに、父と母が、罵声を浴びさせてくる。


「そんな娘に育てたつもりはないぞ!」

「汚らわしい……はしたない!」


 恥というものを知らないのかと思ってしまうぐらい、人様には聞かせられない言葉。その勢いは止まらない。
 異常を感じた弟が泣き喚く。何時もなら耳がキンキンとするぐらいに煩わしいのに、両親の怒鳴り声は赤ん坊の泣き声をかき消した。


 どんどん重くなる身体。
 ボンヤリと、はっきりしない思考。
 ただ、このときになって、ようやくワタシは、真実を知った。


 ああ、そうか。

 この人たちは、子供なのだ。
 赤ん坊のように、何も考えず、ただひたすら泣き喚く人たちなのだ。

 山田さんも、ワタシが何か気に食わないことをしたら、こんな風に散々怒鳴り散らしていたっけ。
 八歳年上の山田さんが大人に見えた。そこら辺のサルのような男子高校生とは違うと思った。
 汚らわしい、性欲にまみれた目でワタシを見ず、ワタシという人格そのものを受け入れてくれると思っていた。
 でも、違う。
 あの人もまた、自分以外は何一つ受け入れられない、子供だったのだ。


 愛してくれると思っていた大人は、皆子供だった。
 誰も、ワタシを愛してなんかいなかった。あったのは、執着心。
 赤ん坊が気に入った玩具を手放さないのと同じ。
 両親にとって、山田さんにとって、ワタシは人間じゃなく——玩具。


 ワタシは随分ひねくれた人間だと思っていたが、そうでもなかったみたい。
 それでも愛されていると信じていた。恋人だから、愛してくれる。両親だから、愛してくれる。何にも疑わず。


 そんな自分がバカらしく、アホらしく、間抜けで、——純粋だと思えた。


 そうだ。
 ワタシは、純粋だった。
 両親よりも、山田さんよりも、ずっとずっと純粋だった。
 両親がワタシを見てくれないのは、自分がダメな娘だから。ワガママで、人の苦労の上で平気で寝そべって食って暮らす。それなのに、両親が思うような令嬢にはなれず、両親が望むような人生を歩まず、勝手に暮らしている。
 山田さんの言葉がキツイのは、ワタシがダメな人間だから。人の神経を逆なでして、恋人がしてくる行為がたまらなく嫌だと感じて。山田さんには迷惑しかかけない。好意をちゃんと返していない。それどころか怖く感じて。でも、それはワタシの心が弱いから。


 ずっとそう思っていた。
 ずっと自分を卑下にしていた。
 真実に気づけた今、それがどれだけ滑稽知って——でも、そんな自分が、たまらなく愛おしかった。

 ワタシはこの時、やっと自分を好きになれた。

 そう自覚した途端——ワタシの意識は、一旦途切れる。













 気づけば、あたりは血の海だった。
 鉄と生臭い肉の匂い。手には草を刈る為の鎌。……ワタシこんなの、ドコで拾ったんだろう。
 お手伝いさんがお庭の掃除をしてくれるのに……。ボンヤリと辺りを見渡す。

 首ダケナイ死体。
 首ダケノ死体。

 お父さん、お母さん、お手伝いさん。
 皆、もう、何もいわない。
 ワタシを怒鳴ることも、殴り飛ばすことも、ワタシを卑下することもない。


Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.568 )
日時: 2014/09/07 22:02
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

 生きていても、褒めてはくれなかっただろうな。
 愛しても、くれなかっただろうな。

 それでも、……あと少しだけ、愛されなかったことに気づかなかったら。きっと、あのまま殴り殺されたであろうワタシは、死んだ後も望んだだろう。
 お母さんとお父さんに、殴られるのではなく、頭を撫でてくれることを。
 優しく、あたたかい、陽だまりに照らされた家族の夢を見ながら。冷たくなっていっただろう。



 ……窓から、月光が差し込む。
 真っ暗闇の中、窓のそばにあった鏡を見た。
 奇跡的に血で汚れていない鏡は、大量の血を浴びたワタシを映す。

 映されたワタシの口は、異常に裂けていた。
 そのことに、驚きはしなかった。そっと、指で耳元まで触れる。痛くはない。


 ……鎌で、この口を裂いたんだっけ。


「あ、ハハハハ……アハハハハハハハハハハ!!」


 笑いがこみあげてくる。
 鏡にうつされた不気味なバケモノが笑う。

 誰もが賞賛したワタシの顔。
 けれど、ワタシはこの顔が嫌いだった。
 この顔だけしか、誰もワタシを見てくれなかった。
表面上の好意は、悪意なんかよりもっと最悪なものだ。簡単には、振り払えないのだから。
 振り払えば他人の善意を足蹴りにしているかのようで、こちらが悪い気がした。振り払う明確な理由が思いつかない限り、相手を悪くいうのはダメだと思った。

 それに。……表面上の好意を受け取らなければ、ワタシは愛されていないと認めるほかなかったのだから。



 だから今、嬉しい。
 親殺しという罪深いことをした女に相応しい、醜い顔だ。

 愛されないなら、周りの人から憎まれよう。
 バケモノだと蔑まれよう。気味悪く思われよう。
 薬になれないなら、毒になってやる。
 正義の味方に慣れないなら、悪役になってやる。
 同情なんかいらない。誰からも『バケモノ』と呼ばれる、極悪の存在になる!!
 皆ワタシが大嫌いなんだ!!
 いいよ、ワタシもこんなクソったれな世界大嫌いだ!! ぶっ壊してやる!!
 ワタシは、幸せな人間を恨む。妬む。例えワタシと全く関係がなくても、その無関係さに腹が立つ!!
 道連れにしてやる、同じ屈辱を味あわせてやる、引き裂いてやる!! ああなんて、想像しただけでこんなにも楽しいんだろう!! ワクワクするんだろう!!


 解放された。ワタシはもう、誰かの目を気にすることがない!! 嬉しい!! 凄く嬉しい!!




 ……嬉しいのに、なんで悲しいんだろう。




 鏡の前のワタシは、泣いていた。
 月光によって更に妖しくなった顔は、ボロボロと涙を零す。
 皮肉なことに、泣いているバケモノの顔は、醜くても、恐ろしくても……涙する顔は、今までよりも情けなかった。

 ……狂人になろうと思っても、良い娘になろうとも。結局、ワタシは自分の心を捨てることが出来ない。
 実の両親を殺してしまった。知っている人とはいえ、無関係な人も巻き込んで。
 人を殺した罪悪感。取り返しのつかないことをしたという、虚無感。


 なんてことを、してしまったんだろう。


 頭がいっぱいになって、立っていられなくなったワタシは、ペタンと力なく座った。
 コツンと、膝がベビーベッドの足元にぶつかった。


 千歳の顔を覗く。
 千歳は、もう泣いていない。
 寝てもいない。……そして、笑ってもいなかった。
 目が死んでいる。覇気がない。
 随分両親やお手伝いさんから放って置かれたんだろう。ワタシも……最近、千歳に構っていなかった。


 千歳の目に、ワタシの顔が映る。
 また、泣きだすだろうか。随分怖い顔をしているし。そう思ったのに……少しだけ、こちらのほうに、首を傾けて。——ニッコリと、笑った。



 ……なぜ、ワタシは、ちゃんと千歳の存在を考えなかったんだろう。
 千歳を弟だと思ってなかったから? 厄介者だと思っていたから? それとも、両親や山田さんの方に向いていたから?

 でも千歳は、こんなひどい『姉』に対して、笑った。
 ガラス玉のような目で、姿も心も醜いワタシに、微笑んだ。
 その時ワタシは——今まで満たされなかった心が、温かいものでいっぱいになる。











「……ねいちゃ」



 それは、小さな声。

 千歳が、喋った。
 初めて千歳が、口をきいた。
 ワタシを、『姉ちゃん』といったのだ。


「(ああッ……!!)」


 涙が零れる。
 さっきのとは違う、熱を持つ涙。みっともなく、鼻水も流れる。
 胸が苦しくて、心臓がバクバク鳴って。……でも、悪くない気分。


「ねいちゃ、ねいちゃ」


 手を必死に動かして、無邪気に笑う『弟』。
 ワタシを、……こんなワタシを、『姉』だと呼んでくれる弟。

 どうして気づかなかったんだろう。
 『幸せ』は、こんなところに転がっていた。無償の愛は、この小さな命が注いでくれていたのだ。

 それなのにワタシは、何にもしてくれない弟に、ワタシには甘えくるばかりの弟に腹を立てて!!
 こんなにも非力な弟を、殺そうなんて考えて……!!



『妹ってさ、やっぱり色々邪魔ばっかするんだけど。何時も可愛く「ごめんね」なんていうから、ま、いっかって思っちゃうのよねぇ……』


 やっぱ甘いのかなあ、そういったハツを思い出した。



『妹って、居てくれるだけでいいのよね。一人で留守番することないから。
 ……あの子に向かって、「お姉ちゃんばっかり頼ってちゃ、このままじゃ一人で生きていけないよ」って言ったことあるんだけどさ。何時も助けられているのは、私かもしれないなって、ふっと思うんだ』


 ハツの言葉が、今になって理解できる。
 そして理解できる今、ハツがどれだけワタシの支えになっていたのか、やっとワタシは思い知った。


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