コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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臆病な人たちの幸福論【第五部完結】
日時: 2016/03/05 21:35
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: AO7OXeJ5)

臆病な幽霊少女は、思い出す。
人を疑いながらも、好きだったわたしを。

泣き虫な文学少年は、後悔する。
せめて、言葉にして伝えたかった。

怠惰な女性司書は、紛らわす。
子供に甘えるなんて、どうなのよ。

憂鬱な平凡少女は、自身を罵る。
どうしようもないなあ、あたし。

——愛。
それは彼らに共通したもの。
カタチは違うけど、彼らを繋ぐ。
繋がりの中で彼らは……何を見つけるのだろうか?





 黒雪様の【あなたの小説の宣伝文、作ります!】に頼み込んで、作ってもらった素敵な紹介文です!! ありがとうございました、黒雪様!!





お知らせ!!>>485
ご報告!!>>198
5000いけました!!!>>390

【皆おいで! オリキャラ投稿だよ!! ついでにアンケートもだよ!】>>165(本気と書いてマジと読む。どうかよろしくお願いします!)



 はい、全然完結させてない八重です。
 …今回は、ちゃんと完結させるつもりでございます。…多分。
 約束守れない人って、情けない…。



 注意
・低クオリティ。何かありきたり。
・幽霊が出てきます。
・最初はとんでもなく暗いです。
・中傷など、常識やルールを守れない方はすぐにお帰りくだされ。
・恋物語です。でも、糖分は低めです。
・瀬戸君の佐賀弁が似非っぽい。
・宮沢賢治のお話がちょろちょろでます。
・批評大好物なので、バッチコイ! あ、でもあまり過激なモノは…(汗
・宣伝は常軌に外さなければおkです。ただ、宣伝だけはおやめください。お友達申請? カモンです!!w
・誤字脱字あったらすぐにコメを!!

 では、よろしくお願いします!!


この小説に欠かせない大切な方々の名前一覧!>>430



目次

登場人物>>54(ネタバレあり。本作読むのが面倒な人はここを読んで置くのがオススメ。大体の話の筋はわかるから)

〜第一部〜
臆病な幽霊少女…>>01(挿絵>>231>>02>>03>>08(挿絵>>431)(長いこと関わらなかった幽霊少女が恋慕を抱く話)
泣き虫な文学少年…>>14>>15>>16(挿絵>>549>>19(一人を望んだ文学少年が『独り』になることに恐怖を抱く話)
怠惰な女性司書…>>30>>31>>32>>33(怠惰に過ごす女性司書が一人の少年を見て我が身を振り返る話)
憂鬱な平凡少女……>>39>>40>>41>>42(日常を憂鬱に過ごしている平凡少女が弱さを知る話)

【自戒予告〜字が違うよ次回予告だよ〜】>>50(ふざけすぎた次回予告です)



〜第二部〜
間章または序章>>55>>56(幽霊少女と、『声』の話)
第一章 春を迎えた文学青年>>60>>61>>62>>63(文学青年と平凡少女が、非日常に巻き込まれる話)
第二章 困惑した文学青年>>64>>67>>68>>69(幽霊少女の真実と奇跡が、垣間見えた話)
第三章 前進する文学青年>>73>>74>>75>>76(幽霊少女の周りの環境が、だんだんと変わっていく話)

間章 >>87(閉じこもってしまった幽霊少女が、やがて狂っていく話)

第四章 平凡少女の行動>>95>>96>>97>>98(諦めかけた文学青年と、行動を起こした平凡少女の話)
第五章 揺らぐ文学青年>>105>>106>>107>>108(平凡少女と、文学青年と、臆病少女は)
第六章 踏み出す文学青年>>118>>119>>120>>121(イレギュラーが入り込む話)

間章 >>128>>129(混乱する臆病少女の前に、文学青年は)

第七章 どうすればいいのか、判らないことだらけだけど>>132>>133>>134>>135>>136(泣き虫な青年の答えに、臆病少女は)
最終章 やっと、春を迎えました>>141>>142>>143>>144(さあさあ、春と修羅が始まります)

後書き>>149(とりあえず読んで欲しい)

【次回予告〜今度はまじめにやってみた〜】>>157(第三部の次回予告)




〜第三部〜
「モテたいんだ」「「「……はあ?」」」>>161>>162>>163>>164(とある男子高校生の会話)
「えっと、『おぶなが』と『たかだ神殿』が『長しその戦い』で戦って……?」「『織田信長』と『武田信玄』が『長篠の戦い』で戦った、だ」>>175>>176>>177>>178>>179(とあるリア充の話)
「あ、ダメナコ先生じゃなかー!」「ダメナコじゃない。私の名前は光田芽衣子よ」>>187>>188>>191>>192 (とある元引きこもりと不登校少女の話)

間章>>196>>197(とある不登校少女は逃走する)

「何時もより早く登校したら、校門の前にパトカーがあった」「誰に話しているの? 三也沢君」>>214>>215>>216>>217(とある文学青年が、踏み入る)
「——そこに居るのは、誰ですか?」「だあれ、君……?」>>223>>224>>225>>226(不登校少女と、やさしい想い出と苦い想い出と)
「……玲ちゃんの家は、一度離婚してるったい」>>239>>240>>241>>242(第三者が語る、不登校少女の姿)
「どうして、ないてるの?」>>252>>253>>254>>255(無表情少年と不登校少女)

間章>>258>>259(不登校少女と、不登校少女の父)

「何でこんなあつー日に走らんといけんと!?」「全くだ!」>>265>>266>>269>>270(少年少女の試行錯誤)
「い、行かせて平気なんですか!?」「平気よ」>>271>>272>>273>>274(怠惰な司書と平凡少女と臆病少女の他人事と共感と)
『この世界は、嫌なことだらけだ。悲しい事だらけだ。でもだからこそ、お前なら、小さな幸せを見つけることが、出来るはずだろう?』>>281>>282>>283>>286(結局のところは)
「……で、結局どうなったんだ?」>>287>>288>>289>>290(大団円を迎えたよ)
「きっと、何とかなるよ」>>291>>292>>293>>294(第三者だった、文学青年と臆病少女の考察)



小話>>366(第三部の後日談)

後書き>>305(とりあえず読んで欲しい)
【自戒予告〜反省なんて言葉は無いんだよ〜】>>311(シリアスばっかだったから〜…)


〜第四部〜
蛍火の川、銀河に向かって【前編】>>312>>313>>314>>315
蛍火の川、銀河に向かって【中編】>>316>>317>>318>>319
蛍火の川、銀河に向かって【後編】>>323>>324>>325>>326>>327

【あの日を誇れるように ぱーとわん】>>335>>336>>337>>338
【あの日を誇れるように ぱーとつー】>>339>>340>>341>>342
【あの日を誇れるように ぱーとすりー】>>353>>354>>355>>356
【あの日を誇れるように ぱーとふぉー】>>358>>359>>360>>361>>362

「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその一」>>367>>368>>369>>370
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその二」>>384>>385>>386>>387
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその三」>>393>>394>>395>>396
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその四」>>402>>403>>404>>405
「今年の夏休み……ふざけてますよね」「だからその言葉は以下略のその五」>>407>>408>>409>>410>>411

『思い出と後悔のこの町は、また今日も』>>415>>416>>417>>418>>419


【低気圧&高気圧注意報】(方言監修:ルゥ様)>>510>>513>>514>>515>>516(Battle of youth)

〜第五部〜

序章>>426(口裂け女と労働青年の邂逅)
第一章 健全なる高校男子の昼食事情>>433>>434>>435>>436(口裂け女の噂と高校生の話)
第二章 労働少年の秘事>>440>>441>>442>>443(労働少年の家と隣の口裂け女)
記憶喪失の口裂け女の話 一>>447>>448>>449
記憶喪失の口裂け女の話 二>>454>>455>>456
第三章 文学少女と文学青年>>460>>461>>466>>469(女子トイレと橘と後輩と)
口裂け女と労働青年の日々 一>>471>>474>>479>>480
第四章 それは全てを変えるような>>483>>484>>486>>493(ぐらつく足元)
口裂け少女のたまに見る夢>>496>>497


【第五部後半 予告編】>>503(こういうの結構楽しく書ける)


口裂け女の終焉の始まり>>521>>523>>524
口裂け女 ムカシバナシ 1>>525>>526
口裂け女 ムカシバナシ 2>>527>>528>>529

第五章 瀬戸少年の意外な面について>>530>>531>>532>>536(キレる瀬戸君、笑うフウちゃん)


口裂け女のひとつの過ち>>545>>546>>547>>548
口裂け女のひとつの過ち その2>>551>>552>>553>>554


第六章 少しずつ忍び寄る>>559>>560>>561>>562(怪異と妖怪と幽霊と)
第七章 元幽霊少女と現怪異少女>>563>>564>>565>>566(諷子と千代)
口裂け女ノ邯鄲ノ夢>>567>>568>>569
第八章 間違っていること、正しいこと>>570>>571>>572
口裂け女の初めてのデート>>573>>574>>577>>578>>581
第九章 それは何も変わらず>>584>>585>>586>>591
よだかの星になった少女>>592>>593>>594

終章 泣き虫な文学少年と、憂鬱な平凡少女、臆病な元幽霊少女の>>598>>594>>604



番外編・企画・もらい物>>470(これまた多くなったので引っ越し!)


履歴>>332(多すぎてスクロールするのがめんどくなったので引越し!)
その2>>539(その2まで出来ちゃった……本当にありがとうございます!!)

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Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.439 )
日時: 2013/07/24 21:26
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

ルゥ様!!
毎度ありがとうございます!!

ケンちゃん縛りがなければ、武田君とかも愚痴いってると思いますよーw

「なのだよ」はやっぱり、緑の人をイメージしてるかしらん……そして瀬戸流石w 最早主人公といっていいほどの存在感www

楽しくワーワーやりましたが、次の展開はどうなるでしょうか…!? お楽しみです!!

更新頑張ります!!

Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.440 )
日時: 2013/07/31 19:40
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

第二章 労働少年の秘事



「そういえば確かに最近、カナちゃんの様子がおかしかったなー」

 フウがそういったのは、学校が終わって、瀬戸の家に向かって道を歩き始めたすぐのことだった。
 ……とりあえず。


「……本人の目の前では、カナちゃんて呼ぶなよ」


 俺はもう慣れたが、流石に男に向かって「ちゃん付け」は痛いだろう。







 昼食時の際に出てきた会話に触発されて、俺はフウと一緒に瀬戸の家に向かうことにした。何故フウも一緒かというと、フウも「行きたい」といったからだ。……理由でもなんでもないな。



「判ってるよ。でもかわいいのになー」
「男に可愛らしさを付け加えると絶対きもくなる」
「そんなことないと思うけどなー」


 普段は俺の友人に対して、名字呼びに君付けをするフウだが、俺と話しているときには、
名前呼び、しかもちゃん付けする。瀬戸は「カナちゃん」、橘は「トオちゃん」、森永は「シンちゃん」。
 最初、会話で急に出てきたものだから、思わずフウの頭を疑った。いや、ホント思わず冬眠の頃の後遺症が今になって出てきたと思ったんだよ(勿論フウに怒られたが)。

 ちなみに、上田だけは「上田君」と呼んでいる。なぜかって? 読者の皆さんなら察してくれ。だが、読者の皆様の尽力があれば、ひょっとしたらフウの名前呼び+ちゃん付けも現実になるかもしれない。



 ……と、余計なことを言い過ぎた。もうメタネタはやめると決めたのに。
 話を戻そう。えーっと、瀬戸ん家にいくんだっけ?


「……っていうか、瀬戸二つもバイトやってるんだろ? 家に行ってもいないんじゃないか?」


 喫茶店から真っ直ぐ、交通整備のバイトに行く方が自然のような気がする。
 だが、フウは首を振っていった。



「でも、夜間のバイトも入れたのなら、そろそろ帰ってきていいと思います。喫茶店の営業時間も終わりましたし、一人暮らしだし、そもそも瀬戸君の性格だと、節約とかの理由でちゃんと自炊してそうですし、流石に、休み無しに二つのバイトを入れるのはキツイと思うので、一度家に帰ってご飯を食べるんじゃないでしょうか」


 なるほど、そっちの方が一理ある。
 ……というか。


「……そっか。この時間、晩飯の時間か」



 だからこんなにも、美味しそうな匂いが何処からも無くあちこちからしてくるのか。
ああ……昼飯ろくなもの喰ってないから腹減った……。



『おかえりー!』



 何処かで、そんな女の人の声が聴こえた。
 どうやら、この住宅街の何処かの家に、一人の子供が帰ってきたようだ(ここからじゃ姿は見えなかった)。

Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.441 )
日時: 2013/07/31 20:42
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)




 ————……あの家の晩御飯は、何だろうか。
 あの家は、自分の家と違って、笑ってお母さんが出迎えてくれるのだろうか。

 そんな想像が出来るようになったのは、多分高校生になってから。


 小学校の時も、中学校の時も。
 帰る道を、懐かしいとは思えずに、縮こまって帰っていた。
 みたくなかった。他の子達は、俺とは違って、帰りを待ってくれる人が居るだなんて。
 自分たちの為に、ご飯を作って待ってくれる親が居るなんて。


「……静かな夕暮れですね」


 うらめしそうな態度を取っていると、急に、フウが微笑んでいった。


「あんまり通ったことが無いのに……懐かしいって、思います」


 その言葉に、要領を得なかった俺は、ああ、と納得する。
 俺も、さっきから思っていたからだ。



 俺たちが通っている道は、古い家が並ぶ住宅街。何処にでもありそうな、そんな路地道。
 けれど、夕陽に照らされたこの道は、何だか暖かく、懐かしい。
 この道は、しょっちゅう通る場所ではないのに。


「……思い出したの。わたしは寝床からよく、学校から帰ってきた子達の歌とか下駄の音とか聴いていた」
「……」
「学校から帰ってきた子達が羨ましくて、何時かわたしも、学校に行けたらなあ、って思った……」


 それは五十年以上経ってから叶ったんだけどね、とフウは笑った。
 別に、その顔は悲観はしていなかった。だけど、切なさは、拭えてはいなかった。



 想像すれば、想像するだけ、寂しくなる。あの頃は、それが苦しくて辛くて、仕方がなかったハズなのに。
 だから、夕陽は、まともに見ることなんて昔は無かった。
 見れば、下校の時の寂しさを思い出す。だから、俯いて歩いていた。
 フウも、同じ気持ちだったんだろう。


 だけど、今はどうだろう。
 あんなにも嫌で、俯いて歩いていたのに、殆どあの頃の記憶は残っていないのに。
 どうしてこんなにも、懐かしくて、満たされているのだろう。



「……ケンちゃん」



 ——なんて、疑問系にしなくてもわかる。


「……手を繋いでも、いいでしょうか……」


 恐る恐る、フウが手を伸ばしてきた。

 ああ、やっぱり、フウもか。
 俺は、そっと、フウの小さな手を握り締める。




『お前に性欲というのはないのか!?』


 しょっちゅう橘にいわれるが、別に性欲がないわけじゃない。
 ただ、俺は、幸せな夫婦というものを見たことが無かったから。幸せな家族というものを、知らなかったから。

 何時だって、家で休まる日なんてなかった。
 だけど、周りはもっと怖かった。
 帰り道なんて、特に怖かった。一番居場所が無い時間だったから。

 ……言葉にすると恥ずかしいが、今これが手一杯なのだ。
 俺は、欲張りだから。

 忘れたくないのだ。何一つ。

 この手の温度も、嫌だった夕陽の光も、深い影も、残った穏やかな夏の暑さも、ツクツクボーシの鳴き声も。

 全部、身体に刻みつけようと。
 昔の思い出が、あまりにも空っぽだから。
 全てを、忘れないように。全てが、愛おしく思えるように。

 嫌だった思い出も、辛かった思い出も全て、フウと一緒に見れば何時か懐かしく思えると思うから。


「……瀬戸ん家までだぞ」
「照れなくてもいいじゃない」
「瀬戸が純朴なのは知ってるだろ」
「恋人同士が手を繋いでいるだけで取り乱すかな、普通……」


 今は、まだ求めなくていい。
 今は、この時間を精一杯、かみ締めていきたい。

Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.442 )
日時: 2013/07/31 20:45
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)






 所々シミが見えたりひびが入ってたりして、一見古めかしい昭和の貸家を思い浮かばせるようだが、セキュリティはバッチリしっかりのアパートに、瀬戸は住んでいる。
 無駄に長い階段を上り、ピンポーン、と鳴らす。
 返事は無い。
ピンポーン。もう一度鳴らしても、一向に出ない。


「……やっぱ留守か?」
「え……でも……」
「どうした、フウ?」



「鍵……開いてるけど……」
「……は?」




 思わず呆けてしまう。
 けれど、フウが至って変わらない表情でいうものだから、俺は慌てて鉄のドアノブをひねり、引いた。

 ギィィィ。


「……」


 それは、いとも簡単に開いた。


「……まさかアイツ、鍵もかけずに出かけたのか!?」
「いや、ひょっとしたら疲労で気を失ってるかもッ……」


 ぞ、と嫌な考えが俺とフウの頭の中に過ぎって。


「瀬戸————!」
「瀬戸君……!」


 慌てていたんだろう。無意識にドアを開けてしまった。













 ——そこから見える部屋の風景は、洗濯物や小物が散らかって荒れていた。
 大らかだが、意外と几帳面な瀬戸の部屋とは思えない。

 そして、その部屋の中心に居たのは、瀬戸ではなく、見知らぬ女だった。


「……え」


 まさに、蛇に睨まれた蛙状態で、俺たち三人は固まる。
 硬直が先に解けたのは、女の方だった。
 女は何故か、この時期にマスクをしており、くぐもった声で叫んだ。


「…………きゃあああああああああ! 泥棒————!!」
「ええええええええええええええ!?」


 どっちかというとお前の方だろ泥棒は!! いや、ドアノブ勝手に開けたのは悪かったけど!
 いきなり焦りまくる俺らの後ろで、買い物袋を下げて帰ってきた瀬戸が、「ただいまー。あ、みやっち諷っちきとったとー?」と、のん気な声でいった。



                 ◆


「アハハハー。それは災難じゃったのー」


 せっせと、繊細な動きで洗濯物を畳みながら、瀬戸がいった。


「帰ってきた途端、千代っちの声がするし、みやっちの声もするし諷っちの声もしたけん、何事かと思ったばい」
「……」


 大らかに笑う瀬戸とは正反対に、女はぶっすーと膨れっ面をして、膝を抱えて座っていた。


「千代っち、謝ろ?」
「……ごめん、要。洗濯物ぐちゃぐちゃにして」
「いや、そこじゃなくて」
「何で!? 不法侵入したついでに人を泥棒扱いする人が悪いじゃん!!」
「いや、俺らも泥棒扱いしたけどさ? アンタが先に泥棒扱いしたじゃん」
「うっさいそこの男!」


 俺が反論すると、急に女はキー! と喚いた。かわいい顔立ちをして性格がキツイしヒステリーだ。いや、マスクで殆ど見えないけど。
 ……何なんだ、この女。


「千代っち、謝ろ?」


 けれどそれに動揺せずに、穏やかに笑いながら続ける瀬戸。


「いや! 絶対いや!」
「千代っち」


 それでも喚く女に、少しトーンを落として、瀬戸は女の名を呼んだ。
 ピタリ、と女の動きが止む。というか、俺たちも動きを止める。
 瀬戸は、さっきから大らかに笑っている。でも、まとう空気が、全然違うのだ。


「……ごめんなさい」


 素直に女が謝ると、瀬戸はさっきの空気を拭うように、「よしよし、頑張りましたー」と女の頭を撫でた。
 ……アンタの気持ちは判るよ。あの瀬戸には逆らえない。


「なんというか……今更デスケド、瀬戸君って大物ですよね」


 コッソリとフウがいった。ホント今更だが、賛同だ。

Re: 臆病な人たちの幸福論【『第五部開幕です!』】 ( No.443 )
日時: 2013/07/31 20:46
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)

 思う存分撫で回した瀬戸は、ニコニコと笑いながら俺に聞いてきた。


「……で、どうしたん? 二人揃ってこんなトコに」
「いや、特に用はないんだが……ってか早! 洗濯物畳むの早。あんだけぐちゃぐちゃと大量にあったのに!」
「わー、ありがとー。で、特に用が無く来てくれたと? 嬉しいけど、俺今からバイトじゃけん……」
「あ、居座るつもりはないから、安心してください! ……と、これ」


 申し訳なさそうに説明する瀬戸を、フウが遮り、タッパーを取り出した。
 それを受け取って中身を確認した瀬戸は、何故か体が震えていた。


「これ……」
「ダメナコが肉じゃがを作ったんだよ」
「おすそわけに……って。わたしは美味しいって思ったけど、口に合わないかもしれない……」
「ああああありがとう! これで食費が助かったばい! 口に合わん!? 愛情込めて作った料理がそんなワケないったい!!!」


 ブワアア! と涙目で感謝を述べ、力説する瀬戸。
 のん気そうな瀬戸を見て、本当に何時も忘れてしまうんだが……。改めて思った。
大変なんだな、一人暮らしって。当たり前のことなんだけど。
 それでも、やっぱりのん気に見えてしまう瀬戸に、ある種の罪悪感と尊敬を抱く。

 ……あ、そうだ。


「ところで、この人誰?」


 この、マスクをしているヒステリー女は。
 ……まさか彼女じゃないよな。


「あ、千代っちっていうとよ」
「いや、名前はさっきから聞いていたけど。何でお前の部屋に居るんだ? ってか何で、洗濯物漁ってたんだ?」
「あ、それはじゃな……」


 ニコニコと笑いながら、瀬戸は千代と呼ばれた女に声を掛けた。



「千代っち、マスク外してくれる?」
「ハア!? 何いってんの!?」


 瀬戸とは正反対に柳眉を吊り上げて千代は声を荒げた。耳が劈くような声だ。
 けれど、瀬戸は全然動揺しない。


「大丈夫ったい。この人たちは」
「……」


 瀬戸を無言で睨みつける千代。千代を無言で促す笑顔の瀬戸。——勝ち目は、目に見えている。
 渋々ながら、彼女は、白いマスクを外した。





 ——千代は、確かに綺麗な顔立ちをしていた。
 くっきりとした鼻。大きな目。熟した果実のような唇と頬。描かれたような柳眉。
 だが、そのマスクによって大部分を隠されていた口は、異常と思えるように裂けていた。



 そう。
 まるで、今巷で有名な、口裂け女のように。






          労働少年の隣の口裂け女



(噂がまさか、目の前に現れて)
(俺とフウは、言葉を失った)

(これが物語の始まりだった)


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