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- 妖と人の子
- 日時: 2019/01/03 08:23
- 名前: 大寒波 (ID: yEPZlZK/)
[夏目友人帳]二次創作話
先生:斑と夏目の ほのぼのBLです
現在、短編[2話]中編[2話]長編[2話]があります
これらは全て原作に準拠した内容で完結しております
現在更新中の
「長編(3)」
※[レス№61が第1話〜]は
平安時代を舞台として
夏目は盲目で在野の鍼医 (当時の漢方医)、
先生(斑)は斑の読替えの 『むら』と呼ばれている設定で展開しております
失礼ながら書込みは遠慮します
- Re: 妖と人の子 ( No.251 )
- 日時: 2021/01/25 11:41
- 名前: 大寒波 (ID: IXTEfmyR)
夏目長編(3)191.「平安編191」初出19.9/29
自分もすぐ邸内に戻るつもりで太郎君は 遠ざかる二人を一瞥した
緑陰を 選んで行くそれぞれの背には葉陰が映り眼に涼しい。その二人の足許には濃い影が落ちていた。何の気なしにこれを目にした太郎君は
おう、 これは ……そうか
声を洩らし 酷く驚いた様子であった
踏み出し掛けていた踵を返した太郎君(長男)は、再び廏に入って行くと 一番奥の馬房の前に立った。
房内の老蘆毛(あしげ/灰色まだらの毛色)は のんびりと飼い葉を食んでいる それが徐に(おもむろに)首をもたげると大きな黒い眼で昔馴染みを見た
かつての蘆毛は賢く 珍しい毛色を持つ駿馬で、この邸の主人の自慢であった
気性穏やかで幼子が乗っても嫌がらず、腿の力の弱さ故に 次第に幼子が鞍からずれ落ちてゆき、しまいには腕力だけで必死に馬の首にしがみつく様な為体になると、必ずや歩を緩めて常歩になってくれる 心優しい馬なのだった。
年を取った今でも大切に養われており 太郎君もこの蘆毛を特別に思っていた
- Re: 妖と人の子 ( No.252 )
- 日時: 2020/04/17 22:29
- 名前: 大寒波 (ID: nA8zw/8Y)
夏目長編(3)192.「平安編192」初出'20.4/17
この邸の三兄弟が ほんの童だった時分 最も幼い三郎君(三男)が、この利口な馬に関する独自の考えを頻り(しきり)に口にしていた事がある
『この葦毛は 本当は口を利けるのだけれど、何かわけが有って黙っているのに違いない きっとそうなのだ』
そう言い張っていた事を、不意に太郎君(長男)は思い出した。
昔から口が達者であった次郎君(次男)からは散々に笑われ揶揄われ、ますます三の弟はむきになって力説したものである
当時 長兄はそれを、いかにも幼子らしい長閑な空想だと思いそれ以上の事など無論考えた事もなかった。
だが今 年老いた葦毛の前に成長した長兄が立ち、その黒い眼を覗き込んだとき 幼かった末弟の戯言が妙に真実味を帯びて感じられた。
まさかそんな事があろう筈もない
現実的な太郎君は 考えを打ち消した
〜神々にはそれぞれ神使、
「使わしめ」というものがあり神に先駆けて出現し、人に対しその意志を知らしめる兆しとされる
多くは鳥獣であり 稲荷社は狐、春日大社は鹿、菅原道真公は牛などだが それら個別の鳥獣とは別に、馬は神の乗り物とされている
古来 願を掛ける際は神社に馬を奉納した上で祈念するものだったが 当然ながら富裕層にしか出来ない事であったので、やがて金属や木製の小型の馬(馬形)を奉納する形式へと変化、更には紙や木板に馬を描いた絵を納める形となり祈願者の負担が軽減されてゆく
それが現在の、各々の絵柄付きの小板に願い事と氏名を書いて神社に奉納する絵馬となった
今も昔も神々にとって馬は特別な使わしめであり別格なのである。実際 馬の行動そのものを神意とする神社も存在する。
交通手段であり、農耕の動力であり
神と人間を取り持つ使いであり、戦時の兵力ともなりそして富裕層のスティタスシンボルでもあった馬は人類にとって最も重要な動物といえる 〜
その雄偉なる生きものを前にした若者は、白い鬣を撫で擦りながら先刻のことを考えていた
この邸の総領息子(跡取り)である若者は、御所に仕える武官という身に似つかわしい鍛え上げられた長躯に端正な容貌を備えた偉丈夫である
葦毛の老馬の足許には、射し込む朝陽がつくる濃い影がある
高所に大きく設けた明り取りによって廏全体に陽光が入り心地好く、若者にとっては昔から心休まる場所である
しかし太郎君(長男)は眉根を寄せ口唇を固く引き結んで眼前の馬房の地面を凝視していた。
この風通しの好い廏に、今方まで不穏な気配が満ちていた事をこの総領息子は思い返していたのである。
- Re: 妖と人の子 ( No.253 )
- 日時: 2020/05/08 13:39
- 名前: 大寒波 (ID: Rjl67pny)
夏目長編(3)193.「平安編193」初
出'20.4/24
「……お前 あの人を拐か(かどわか)そうというのか」
太郎君は低く言うた まるで馬房の馬に話し掛けるかの様な口振りである
その老葦毛は大人しく白い首筋を撫でられている
「お前達が知る武陵桃源(桃源郷)へでもか
病苦も労苦もなく、歳も取らず往ぬ(死ぬ)ことも無い神仙の幽境へか
或いは神々の御許へ斡旋して仕えさせるつもりか それとも天仙にでもするつもりか」
淡々と語り続ける太郎君であったが、
何れにせよ そのような荒唐無稽など 物語にみる御伽話でしか無い
と、この現実的な武人は思っていた 先刻見た光景を思い出すまでは。
「仮にお前に そうした力があるとしてもだな、あの人が不本意に人の世から引離されて不死となった身で 何百年も神仙の行でも修するのか
深山幽谷でずっと独りきりで。
その様な情景など考えただけで侘しくなるではないか…」
とはいえ 夏目は 苟も(いやしくも)医の道を究めん(きわめん)とする秀でた
鍼医(漢方医)である。
漢方(中医学)は不老長寿を理想とし、神仙思想にも通じる探究分野であるからして本来なら願っても無い事なのかも知れない。
しかし単なる知人の太郎君にも あの翳りがある鍼医が、そんな事を望んでいるとは 到底思えぬのだった。
しかし人が何を思い 何を望んでいるのかなど、実際には他者には判らぬ事である
この俊秀の若者は それを理解している。自分のこの考えも主観に過ぎないことは百も承知であった。
身動ぎ(みじろぎ)一つしない馬に 太郎君は一つ嘆息すると言を重ねた
「違うか
今のは只の 俺の当て推量だな
あの薬師瑠璃光如来の神童などといわれる鍼医殿に居なくなられては うちが困るのだ 末の君が生きられぬ。それに三の奴が泣き狂うに違いない」
老いて毛並みが真白になった葦毛が、伏していた黒い眼を上げて若者の貌を見遣った
「…俺も寂しくなるのだ あの人が居なくなったりしたらな」
鼻の頭を掻きながら 困った様に太郎君が言い添えると馬は小さく鼻を鳴らした。
無論 返答がある筈もない 馬は人語を話したりはしない。
老馬は瞬きするのみであった。
自分が今日この廏にいて、四頭の馬達から何らかの邪気や害意を感じる事は無かった様に思う 不穏な気配が充満していた最中ですら邪なものとは思えなかった
霊力や感応の力には無縁でも、生き物が発する意に聡いこの武人には確信があった。
以前 次の弟が語っていた事には、あの鍼医は霊力やら妖力などといわれるものが大層強い人なのだという
占卜を行う人ゆえにそうした力が備わっているのかと、己には分からぬ事ながらも太郎君は承知していた
そうした者には人外の異形がその身を喰らおうと引寄せられてきたり、果ては神々に魅入られて神仙の幽境へと連れ去られたり、または早世(そうせい/若死)したりもするのだと伝え聞く
しかし実際 身近に起こり得ることだなどと考えた事はなかったのだ。
まぁ いかにも神隠しに遭いそうな人ではあるが。
それに先刻は何やら弱っているように見えたが…
若者は独りごちながら両の腕を老馬の太い首に掛けた
顔を寄せると、いつもの乾いた藁と日向のよい匂いがした
どうあっても善良で心優しい馬だと思うている。
「お前には害意あっての事ではないのは知っている
兄弟は亡くし 視力を失うて大変な労苦を負うた人の事とて、苦も病も欲も無い世に連れて行けるならそれもよいのかも知れぬ
しかしそれで 真実あの人の助けとなり幸いとなり得るのか
誰にも分からんのだ
お前といえども確たる事は判らぬことだ
判らぬ事は勝手をしてはならぬのだ」
総領息子は廏を出て行った
先刻 晴天下に生温い風が吹き通り、鵙が不意に喧しく高鳴きした
不穏な廏で、若者が感じた違和感は当然至極の事であった
有り得べからざる奇態があったのだ。
あの時 鍼医の背から一瞬でも眼を離せばそのまま消え失せていたのではないか
廏から連れ出すのが遅ければ もう二度と姿を見る事も無かったのではないかと 太郎君には思えてならない
己の見たことをまさかと否定せぬ、
現実を重んじる若者は先刻の光景を思い返していた。
あの時 老葦毛と栗毛に親しんで 逞しい首を寄せられた夏目は、肩越しに馬の頭でそっと押されて少しずつ馬達に近寄っていた
強い朝陽は地面に濃い影を落としていたが、後ろからの陽射しとて人馬の影は 入り交じりつつ何れも馬房の奥へと伸びていた
その中で おかしなものがあった
夏目の足許目掛けて光に逆らいながら
ひっそりと進む薄い影が一つあったのだ
夏目を捕らえる様に ずずず と伸びてゆくそれは老葦毛の影だった。
- Re: 妖と人の子 ( No.254 )
- 日時: 2020/05/15 22:10
- 名前: 大寒波 (ID: rXD7GYwx)
夏目長編(3)194.「平安編194」初出
'20.5/6
この邸に仕える腕の立つ従者と共に
廏を出た鍼医 夏目は、目立たぬ簀子縁から渡殿に上がっていた。次郎君の私室のある主屋に戻る為に急いでいる。
廏に居残った太郎君が、老葦毛に相対していた頃である
ともすれば 己に焦眉の急が迫っていた事を知ってか知らずか、鍼医の面持ちから感情は窺い知れない
その鍼医と連れを 庭の片隅から垣間見る者があった
透渡殿(すきわたどの/渡り廊下)を歩いてゆく男達を見定める様に、築地塀近くの立木の陰より顔を出し眼で追っている
妙に急ぎ足で前を通り過ぎた二人だったが 若者の方が面に翳していた紙扇の隙間から その貌や年恰好を確認できたらしい
潜んでいた木陰から飛び出すと、廊を行く二人の足許へ その者は素早く駆け寄った
「 何者か 」
それを見咎め 即座に鍼医の前に出た従者が鋭く声を上げた。が、それは少将の配下などでは無かった。
「お前か、」
見ると意外にも下働きの童である
従者は力を抜くと声を潜めた
「如何した 用事なら後ほど訊く 今はいかん 」
それだけ言うと鍼医を促して先を行こうとする
「いいえ、鍼医様に御用事があります」
慮外の発言に、廊上の二人は立止まった
近くの 郷から来ている男の童で夕刻前には帰ってゆく
台盤所や庭廻りの手伝いが主な仕事だが、人手が足りない時には牛車に付く事もあり、そつなくこなす利発な童である。
古いながらも こざっぱりした水干を着ていた。
「鍼医の瑠璃様からは、良い御薬を求めることができると聞きまして御座います」
この時代に 市井の人々が使う薬といっても本物の漢方薬などは非常に高価な稀少品故に勿論手に入らない。
古来よりの知恵として摘んできた薬草を煎じ薬等で用いるのだが、山野で採取した薬草は部位の選別や精製の方法も慣れた者でなければ難しかった
「母の加減が悪く臥せているのです
良く効く御薬を分けていただきたいのです」
童が一本調子で言うた。
まるで口上でも述べるかの様である
日に焼けた健やかな頬が妙に青く、
両肩も心持ち上がっている。緊張している様子である。
「いつからの事なのだ」
黙っていた鍼医が初めて口を開いたのを、むしろ驚いた貌で童が見た
自分から話し掛けておいて返答に驚くとはなんだという話だが、まあ無理もない事である。
普通大人が 初対面の幼児や乳児と顔を見合わせる時には、口許をやや緩め眉を上げ眼を見開いてみせて、自分には敵意は無いという事を表情で示す。
これは人が本能的にしている事なのだが、遺憾ながら夏目には そんな表情のバリエーションがない。
他人と対面する時に にこりともしない大人は、子供にとって空恐ろしい(そらおそろしい)ものなのである。
「この半月程 臥せったままなのです」
- Re: 妖と人の子 ( No.255 )
- 日時: 2020/05/15 22:23
- 名前: 大寒波 (ID: rXD7GYwx)
夏目長編(3)195.「平安編195」初出
'20.5/7
本当に話を訊いてくれるのか、と不安げな童は眉根を寄せて口早に症状を告げる
瀉下や嘔吐を繰返し、寝込んで数日してやや良くなり立ち働き出すと 再び同じ症状を呈し 今では殆ど起き上がれない 意識はある 熱は上がる時もある 食が細い等々
説明する童に鍼医が訊き返しては問答を繰返している
傍らの従者は、勿論はらはらしながらそれを見ていた。
辺りに人気は無いが しかしいつ少将の配下が忍び寄るかも分からぬのだ。
吹き放ちの透き渡殿の上での立ち話なので通りすがりの誰にでも見られてしまうではないか
鍼医が余人から見えぬ様にと、然り気無く(さりげなく)己の躯で庇いつつ眼を配る従者をよそに、鍼医は問診を続けていた
「そなたの母は此の中に 変わったものを食したりはしなかったか」
「そう言いましたら 母は予て(かねて)より 知合いから貰うた 精がつく葷(くん/大蒜,辣韮,葱類)の物を特に食べておりますが、家人は臭いを嫌うて誰も口にはしませぬ 」
「それは好んで食しているのか 」
「…それは、あの… 」
それまで明瞭な受答えをしていた童が口籠った
辺りを睨み据えている屈強な男を見上げて何事か言い掛けては口を閉じ、を繰返している。
従者はそれを横目で見て、何故さっさと話をせぬのかと 眼を瞋らせ(いからせ)ている。
これを見て取った敏い童はどうも困っているようであった。
黙ってこの様子を窺っていた盲目の鍼医は意外なことを言い出した
「ここは風があり 私にはお前の声が聞き取り難いのだ 近くに寄って話をしてくれぬか 」
欄干に手を掛け身を低くした鍼医が耳を向けると、ほっとした様に側に走り寄った童が 小さな手を添えて耳打ちをする。
鍼医からは常に衣類に焚き染めた白檀の香が漂っているが しかし身を寄せるとまた違う、桜葉や菖蒲の葉のような清涼な芳香がする
驚いた童は 思わずその貌を見た。
色の淡い眼に光が射し込み黄玉めいた色あいに変じていた
それを覆う睫は白い貌に影を作る程に長い 歩いて来た為か頬には血の気が差し、口唇はいつもに増して赤い。人とも思えぬ美貌であった。
「如何した 食の話を」
凝然と見入っていた童は当の鍼医に促されて、ぎこちなく小声で話を再開した
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