【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

放課後にて・飼い主と子犬のような私たちについて


 「かまって! ゆーこ!」

 来た、と防衛本能が告げる。
 頬杖をついていたせいか、肘が痛い。そんな日常のささいな痛みを感じながら、私―――優子(ゆうこ)は目を細めて口を開いた。

 「……うるさいよ、日向(ひなた)」
 「えーっ、ひどっ」

 そんな風に口では悲しがるものの、声のトーンは上げ調子。よっぽど私に会えたのが嬉しいのか、と自意識過剰な理由が頭に過ぎる。そう考えると、ちょっと、いや、かなり嬉しい。

 ―――放課後。
 私たち中学生にとっては、魅惑の時間であり、疲労の元となる時間。それは、クラブをさぼる人にとっては魅惑であり、真面目にクラブに出る人にとっては疲労の元になる、ということだ。(まぁ、私たちは美術部だし。適当にできるから、関係ないけどね)。

 鮮やかなオレンジ色に染まった教室で、私はどうやら、何時の間にか居眠りをしてしまったらしい。不覚だ。
 そんな戯言を考えて、私がぼーっとしている間も、目の前で日向はへらりと笑みを浮かべて

 「ゆーこ、かまって!」

 ……なんて、何かを期待するような顔で話しかけてくるから、こっちが見ていて照れる。口元がついつい緩みそうになったけど、どうにか頑張って口元をぎゅっと結んで

 「やだ」

 と意地悪。
 すると、日向は泣きそうな表情になった。捨てられた子犬のように。きゅーんという擬音さえ聞こえてきそうで、面白い。からかいがいがあるというものだ。

 「え、やだよゆーこ。かまってかまって!」
 「いーやーだ。私眠いんだけど? 日向に起こされたせいだよ? 日向のせいだよ?」
 「……うっうー……そ、それでも! だって、ゆーこと遊びたいんだし……」
 「へー、日向は自分の利益の為なら、親友の私を傷つけることも厭わない、と?」
 「ち、違うからっ!!」
 「酷い、サイテー日向。このM」
 「あ、愛ゆえにでしょ!? ね!?」
 「そんな愛、私は要らない」
 「いやああああ! 許してよぅゆーこ!」

 ……やばい。
 どうやら苛め過ぎたようだ。
 日向は、その小さな体躯をさらに小さくし、ダンゴムシのように丸まっている。彼女からは、うっ……うっ……と嗚咽のようなものが聞こえた。

 「……はぁ。日向」
 「…………」

 この野郎シカトとは良い度胸じゃねぇかさあ表へ出ろとはさすがに言わない。だって私、暴力で攻め抜きたい性癖なんて持ち合わせていないし。まぁいざとなれば鞭なり蝋燭なり使う覚悟はあるんだけどねー、日向の為なら、だけど。

 拗ねてしまった日向は面倒なので、優しい声色で、その丸まった背中に話しかける。あ、ちょっともぞもぞしてて可愛い。小動物をちょっと苛めたくなる気持ちに似てるかも。

 「日向」
 「……いじわる」
 「悪かったよ」
 「……変態」
 「許して日向」
 「……どえす」
 「それは私の性癖だよ日向」
 「そんなカミングアウトは要らないよぅ!」
 「愛ゆえに……日向を痛めつけて泣かしてヤりたい」
 「凄く歪んでるよそれ! しかもやりたいの発音っていうか意味合いが違う気がっ!」
 「女王様、って呼んでね日向」
 「それもう別の方向だよゆーこぉ!」

 あ、元気になった。っていうか跳ね起きた。女王様はやっぱり嫌みたい。私はそうしてみたいのに。……ちょっとだけ。
 
 「ごめんね、苛めすぎたみたい。今度はもうちょっと程度を見て苛め抜いてみるね日向」
 「うん、謝るのか次の苛め予告をしたいのかどっちかにしてよゆーこ……くすん」
 「嫌だなぁ……苛め抜きたいだけじゃない、日向を」
 「そっちが本音っ!? しかも私被害者だよぅ」

 またふえーと泣き出しそうな日向。
 そこでようやく、私はちゃんと優しく悟るように話しかけた。

 「……はいはい。冗談、冗談。日向があんまり可愛いからついからかい過ぎたみたいだ」
 「ふえっ、ふえー……ゆーこ……すぐ謝ってくれるからスキー」

 ……一つの文章で感情が180度変わる日向って、ある意味凄いんじゃないかと錯覚してしまう。
 ハグしてハグーと、日向が私に気を許して抱きしめてくる。これじゃあハグされてるんだけど、私。と思ったけどあえて口には出さない。

 「……ねー、優子」
 「…………何、日向」
 「好きだよ」
 「私もだよ」
 「……むー、私の方が好きだよ? だって私、優子抱きしめたいぐらい好きだもん」
 「残念、私は日向をめちゃくちゃにしてやりたいぐらい好きなんだ。……ということで私の勝ち。ぱちぱちー」
 「あーっ、ずるいよゆーこ!」

 日向の、まるで陽だまりに居る様な匂い。その匂いに包まれ、包み返しながら―――私はゆっくりと目を三日月型に細める。
 抱きしめ、抱きしめ返されているそれは―――幸せの象徴、いや、塊とも言える存在で。

 「ほら」
 「見て」

 (こんなにも好きと言える)
 (こんなにも幸せと言える)