【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

愛されの君!


「青峰先輩のDTください」

 さっと俺の背後に気配が現れたから影の薄い相棒がようやく戻ってきたかと思ってやれやれって肩を竦めながら「テツかよ、遅かったな。委員会はもう終わったのかよ?」と笑顔で振り向こうとしたら急にケツの肉をわしっと音が出るぐらい鷲づかみされて(しかも左右両方)悲鳴をあげて大きく飛び退いた先にはよかった誰もいなくてだけどいないせいで俺はバスケットコートに思い切り顔を打ち付けてしまった←今ココ。
 すまん、俺にもようわからん。とりあえずケツに残っている指先の感触とかそういうアレだけが体全体に鳥肌を生んでいて思考回路がまともにならない。「あぎゃぎゃぎゃ」と悲鳴に似た何かを漏らし続ける俺の頭上からは嬉しそうな声が降って来た。

「青峰先輩のお尻って意外と柔らかいんですね、伊織さんは感動し過ぎて濡れます!」
「あーっ、何かまた変なのがいるっス!! くっそぉ、青峰っちのケツが、ケツが!!」

 ……変な奴が、また増えた。
 ようやく落ち着いて俺のケツを鷲づかみにした相手を見上げる。普段は見下ろすほどの身長差があるのに、座り込んでしまった今では俺が向こう――伊織を見上げる形となる。肩までのショートと長ったらしい前髪。前髪からのぞいた瞳がにやりと嬉し気に歪んだ。
 俺の後輩を自称している女の後ろから、駄犬がぱたぱたと真っ青な顔で駆けて来る。おい来んな馬鹿。ただでさえ叫んだせいで注目を浴びてるんだから、お前みたいなイケメンが来たら余計に視線集めるわ。しかし黄瀬は座り込んだままの俺を一瞥した後、「むきぃ!」と伊織に鬼気迫った様子で近づいた。

「ちょっとちょっと! 何『青峰先輩のDTください』とか言いながら堂々とバック狙ってんスか、それはDTじゃなくてバージンじゃないっスかアンタ!」
「……え……そうですが、何か……?」
「本気で驚いてるやだこの子っ――――じゃ、なくて! バスケ部でも同中でもないのに、何でアンタは平然と体育館の中に入ってきて俺の天使のお尻を掴んでんスか、誰の断りがあってそんなことするんスか羨ましい!!」
「お尻じゃないですよぅ、穴狙ってるだけですよぅ」
「へぇ、なら別に――――ってなお悪いわ! てか黄瀬お前は黙ってろ、涎拭け駄犬!」

 復活した俺はとりあえず黄瀬を一喝し、まだ震える膝を殴り立ち上がろうとする。伊織の言葉に流されそうになったが、ここは流されてはいけないんだと本能が悟っている。立て、立つんだ俺。変態に勝てるのは俺だけだ、ケツ触られたぐらいでびびんな俺。
 そうだ……ケツ、触られたぐらい……ぐらいで……!

「……うっ」
「えっ、青峰先輩つわりですか? もしかしてあの夜のおかげ……? だ、だったら伊織ちゃん――――青峰先輩のウェディングドレス姿、見たいなっ……!」
「ばーああああああか! 青峰っちさっきのセクハラに対する恐怖で泣いてんじゃないっスか! アンタまじどんな握力で青峰っちのどや顔打ち壊すほどのセクハラしたんスか! ……あー、大丈夫っスよ青峰っち。俺がいるっス、大丈夫っス、変態はいないいないっスよ」
「青峰先輩、やっぱり先輩の浅黒い肌に似合うのはオレンジ系統かと思うんですよね! 前に見せてもらったオレンジのうさちゃんパンツ、私的にはショタっぽくて本当におかずになりました!」
「うわああああああああああ!!」
「あ、青峰っち気を確かに泣かないでえええええええええ!!」
「…………おい、これはどういうことだ」

 俺が両目から落涙していると、背後から新たに声をかけられた。声の主は言わずともわかっている。たった一言で俺ら全員の口を閉じる技を持つ主将、赤司だ。赤司は片手にバインダーを抱え、ハァハァと息の荒い伊織と俺の間に入った。厳しい顔つきから察するに、どうやら俺を守ってくれるつもりらしい。さすがキャプテン、やるぜキャプテン。
 「あ、赤司……」と俺が羨望の眼差しでその赤い髪を眺めているときだった。真剣な表情で赤司が呟いたのは――――

「――――青峰には白無垢だろうが、JK」
「うわああああああああ変態三人になったああああああああ!!」
「ちょっ、その三人に絶対俺も含まれてるっスよね青峰っち!? 誤解、それ超誤解っスよ! だって俺はこの馬鹿女を止めようと、」
「赤司先輩、白無垢の素晴らしさは後で語るとして――ちなみにJKの略元は?」
「J(冗談は)K(黄瀬だけにしろ)のことだが何だ?」
「うわああああああ! ここでも俺フルボッコっスかああああああああ!?」

 赤司ははっと嘲るように言い放ち、黄瀬は顔を隠してしくしくと泣き始めた。伊織は赤司の白無垢発言に「たしかに……青峰先輩の黒を引き立たせるためには白無垢というベストアイテムがあるということを私は忘れていたようですね……なるほど、白無垢だからこそ活動的でワイルドな先輩を縛り付けて清楚な感じに仕立て上げることができるということですねわかります。大人しい先輩が私のために帯を外して……『今夜が初めてだな、伊織……』って頬を染めて……何それ滾る」とめくるめく妄想の旅を楽しんでいるようだった。とりあえずお前と赤司は俺が嫁に行くという発想を変えてくれ。
 赤司が話し込んでいるのを見て、バスケ部の巨人こと紫原もゆったりとした動作でこちらへやって来た。頼むからこないでください。ややこしくなる。うん、まじややこしくなる。珍しくお菓子を頬張ってないので、菓子が零れるから黙れと口止めすることも出来ない。

「えっとねー、俺は峰ちんにメイド服着て欲しい。そんで俺にご奉仕してお菓子食べさせてほしい。あーんして、あーんって」
「誰がやるか! 散れ紫原!」
「……青峰っちの、ガーターベルトっスか……」
「俺の太もも見てんじゃねーよ黄瀬、あ? 一発顔面にぶち込まれたいか、あぁ?」
「顔面にぶち込むとか――青峰先輩っ、そんな下ネタ露骨にっ……!」
「日本語で話せてるよな俺? 何かお前見てたら心配になってきたわ!!」
「そして青峰は顔を赤くしながら俺の上に四つんばいになりそのスカートの裾をたくし上げまるで中身を見て欲しいとでも言うかのように」
「赤司は何の朗読してんだテメェ!!」

 叫んだ俺はそこで初めて立ち上がることができた。立ち上がった俺を見て、四人はさらに笑みの色を濃くした。まだまだ遊び足りない、そう言いたげに。
 ぞわりとしたものが背筋を這った。







■愛されの君!






 
「……黒子? 何をしているのだよ」
「青峰君が可愛いんでビデオカメラ構えてます。後、おそらく三分後に青峰君が泣きながら僕のところに避難してくると思うのでそのために綺麗なタオルと水分補給のためにドリンクと頭を撫でて甘い台詞を吐く練習をしています」
「一番歪みないのはお前なのだよ……」
「褒めてくれてありがとうございます、緑間君」




類似色の僕ら(、僕らは嫌というほど似ていて、だから妙に泣きそうになるんだ)


「どうしてかなぁ、上手くいかないの」

 桃色の彼女は俺と初めて会った時、遠くでバニラシェイクを飲んでいる相棒の方を見ていた。ひどく遠い目で、とても悲しそうな顔をしていた。笑みを浮かべているのに悲しげな印象を受けるなんて変な話だったけれど、彼女はきっとその笑い方に慣れてしまっていたのだ。
 いくら自分が悲しくても、相手に笑っているということを伝えられる不思議な笑い方に。

「大好きって十分なくらい伝えてきたし、誰よりも彼をサポートしてきたつもりなの。……でも、上手くいかなかったの。結局、彼は好きの一言も伝えられないほど不器用で、自分を突き放して傷つけたあの人を選んじゃったの」

 彼女がそこで言葉を区切ったのは、彼女が言う“あの人”が、相棒に飛びついたからだろう。こうしてみると二人の体格差はだいぶある。浅黒い頬を緩めて相棒に飛びつくアイツは、とても嬉しそうだった。――飛びつかれている相棒も、無表情ながら優しげに笑んでいる。

「馬鹿みたいね私。……初めから分かってたんだよ? これでも。彼が欲しがってるのは私じゃないんだなぁ、って。女であることなんて何の得にもならないってことにも気付いてた――――だけど……だけど、駄目ね」

 ピンクの唇は、泣きそうな声色の言葉をぽとりと零した。


「ちょっとぐらい期待しちゃうの。今回は大丈夫じゃないかなって、淡い期待、しちゃうの。私の声が届いてる気になっちゃうの。……駄目だね、やっぱり、駄目だね」


 ――私は、駄目だね。
 最後にそう呟いた後、桃色の雫が零れ落ちたことに――あの青色と水色は気付いただろうか。二人きりの真っ青な水面に垂らされた、この桃色の雫に気付いてくれるのだろうか。
 きっと、気付いたやつは俺以外いない。
 彼女の綺麗な桃色に気付けた奴は、きっと、俺だけしか。




■類似色の僕ら(、僕らは嫌というほど似ていて、だから妙に泣きそうになるんだ)






「……別に、泣いても良いぜ。誰も見てねーんだから」
「泣けないよ。火神君も泣きたいのに、泣けないよ」

 私ばっかりじゃ不公平でしょう?と、彼女は柔らかく笑って、 




「愛してる、のひとかけらをください」


「『はい、視力ね』」
「…………! ッ、…………」

 きゅるりーん、と擬音をつけるのを忘れずに、小悪魔的笑顔を浮かべて言い放った。すると、善吉ちゃんは以前の生徒会戦挙で見た時と同じ表情になったまま、膝から崩れ落ちた。
 まるで、今の自分の状態が信じられないとでもいうかのように、眼球はぎゅるぎゅると高速で動いている。たくさん動いてるから、きっと色んな世界を見れてるんだろうなぁ。あぁ、もうそんなこと無理か。だって今、僕が視力をなかったことにした訳だし。

「『ねぇねぇ、善吉ちゃん』」

 ふるふると体を薄く震わせて、僕の前で崩れ落ちたままの善吉ちゃん。いつもは大きく吊り上がっている瞳(主に僕を怒るために)は、一体今何を映しているんだろう。暗闇かなぁ、と僕は少しだけ考えてみて、また話しかけた。

「『まだ耳は聞こえてるよね? だって、まだ僕は君の声を“なかったこと”にしてないんだぜ?』」
「……っま、ぁ、ぐ…………」
「『あぁ、そっか。声は“なかったこと”にしてなかったっけ。確か――――肺の半分を“なかったこと”にしたんだっけ?』」

 ねぇ、と相手の言葉を待ってみても、善吉ちゃんは真っ青な顔。肩で息をするばかりだ。今まで自由に息をしてたからいけないんだよねぇ。毎日、ちゃーんと鍛錬してなくちゃ。なんちゃって。
 僕の大好きな善吉ちゃんは、ぼろぼろの姿になっている。なっているっていうか、そう僕がしたのだ。理由は簡単。僕のことを好きになってくれないから、ただそれだけ。

「『…………あのさぁ、善吉ちゃん。君が一言、僕のことを愛してるって呟けば――ぜーんぶ“なかったこと”を“なかったこと”にしてあげるんだよ? 少年漫画の主人公よりも深く広い心を持つ僕がそう断言してるんだから、間違いないさ。それでも君は、僕の言葉にノーと返すの?』」
「……、なかっ、たことをなかった、ことにすンのは………っ、出来ないんだろ、くまが、……」
「『あ、よく覚えてたねー。後、僕の名前へくまがじゃなくて、球磨川だよー善吉ちゃん』」

 マイナスに、マイナスを掛け合わせるとプラスが生まれる。それが出来るのは結局、数学の数式の中だけだ。
 僕はそれを知っている。現実では、マイナスにマイナスを足していっても、ただマイナスという海に溺れていくだけで。マイナスにマイナスを掛けても、倍の絶望として雹のように降りかかってきて。そういうリアルを、僕は理解している。
 ――じゃぁ、何でこんなことしてるんだろうねぇ。
 目の前の彼が酷く歪んで見える。そんなに色んなマイナスが降りかかってきているのに、抗おうとする彼の姿が。

「『……言ってみなよ、ねぇ、善吉ちゃん。球磨川禊のことが好きだって、言ってみなよ?』」

 そうすれば、楽になれるんだぜ?
 括弧無しの言葉は、彼の耳に届いたのだろうか。鼓膜を破いたかどうかを僕は覚えていない。けれど僕の杞憂も無駄だったようで、彼にはしっかりと聞こえていたようだ。鮮やかな金の瞳が大きく見開かれている。


「……だ、」


 かすれ声。小さな小さなものだったけど、僕は聞き逃さなかった。血が滲む善吉ちゃんの唇が、わずかに動く。

「『え?』」
「だいっ、きらい、だ」
「『ああ、そう』」

 予想できていた言葉だったから、僕の行動は素早かった。胃を半分無かったことにするのは躊躇するものがあったけど、しょうがない。彼は芋虫のように地べたに転がると、げほげほと汚く胃液を吐いてみせた。急に胃がなくなる気持ちってどんなのだろうね。冷めた目で彼を見つめながら、そう思った。

 ――でもまぁ、いたぶるのにはまだまだだねぇ。

 歪んだ笑いを頬に称えて、僕はゆっくりと問いを繰り返す。



「『ねぇ、善吉ちゃん。球磨川禊が好きだって、言ってみなよ?』」






■「愛してる、のひとかけらをください」




信頼コミュニケーション!


 俺が通りかかった時、紫っちは女子に囲まれていた。クラスの派手なグループに属している四人は全員スカートが短くて、どこぞの雑誌の猿真似をしたみたいな似合わないメイクを施している。胸にパッドを入れているのか、不恰好な胸元が紫っちの前では余計にみっともなく思える。天然もののFカップと作られたDカップのどちらが美しいかなんて第三者から見ればすぐわかる。
 あんな不気味なもんはメイクじゃなくて最早ギャグっスよ――化粧品を無駄にしたことに対して俺がぷすぷす怒っていると、一人がつんと唇を尖らせて言った。

「ちょっと紫原ァ、あんた最近ちょーし乗ってない?」
「そーよそーよ。黄瀬君と仲良しだからって、へらへらしてるっていうかさぁ」
「媚売ってる、みたいな?」
「それそれ。マジそれ」

 俺と同じぐらいの視線の高さである紫っちは、やっぱり他の女子に囲まれても頭一つ分浮いて見える。今朝赤司っちが鼻歌まじりで仕上げていたお団子ヘアーが可愛らしい。普通に下ろしているよりも断然アリだ。
 さてそのお団子ヘアの美少女は、ぼんやりと眠たげに目をこすっている。さっきの授業中あんだけ寝たのにまだ眠いってどうなんスか。女子達を意に介していない様子、そしてふわぁと大きく口を開けて欠伸をする様子に思わず俺の頬が緩む。可愛いっス。携帯で撮って青峰っちにあげようか――携帯を出そうとポケットに手を突っ込んだ。
 その瞬間。

 ガシャンッ! ……フェンスが軋む音。

 ぱっと顔を上げてみれば、リーダー格の女子がスカートの中が丸見えになるにも関わらず、足を上げている姿。右足は紫っちのすぐ横のフェンスを蹴ったまま、微動だにしない。
 紫っちはポッキーの袋を手にしたまま、視線だけを真横の足に流した。昼休憩は彼女にとって素敵なお菓子タイムのはずだ。あんな風に邪魔されて、実は内心怒っているのではあるまいか。リーダー格の女子はドスの効いた声で続けて、紫っちの機嫌なんてお構いなしだ。

「……てかさぁ、話聞いてんのアンタ。アタシら、アンタの為に貴重な時間使ってやってんのにさぁ」
「まじそれー。媚売るのやめろって忠告してあげてんのに」
「あ、もしかして? そんな風に黄瀬君と仲良くしてたら、他の男子とも色々出来るかなとか思ってるわけー?」
「うっわーまじビッチじゃんそれ。ほらあれでしょ、バスケ部の男子とかに色目使ってるって噂。あれ本当だったんだぁ」
「青峰君とか赤司君にでしょ? 今は緑間君をオトし中なんだってねー……ありえない、アタシだったら絶対一人とセイジツなお付き合いするし」

 ――あンの、アマ共。
 さっと頭に血が上るのがわかった。体中に鼓動のリズムと共に怒りが巡り、俺の額に熱が生まれる。校舎の影に隠れて良いタイミングで「どうしたんスかー?」とか素知らぬ振りして有耶無耶にするつもりだったのに……さすがに、あんなこと言われちゃあ黙ってられない。
 立ち上がろうと、地面に手を付いた時だった。
 初めて、紫っちが口を開いた。

「なんで?」
「……ハァ? 何でって、何よ」

 言われたほうは、何か言い返せるのかと優越感に浸った笑いを浮かべた。その笑いに気付いているのかいないのか――すみれ色の目をゆっくりと瞬きすると、紫っちは何気ない調子で呟いた。


「なんで、黄瀬ちんと仲良くするのにほかの男が関係あんの?」
「…………え」
「だーかーらぁ。黄瀬ちんと仲良くすんのに、なんでほかのやつのこと考えなくちゃなんないの? 黄瀬ちんは、たった一人しかいないじゃんか」
「だっ……だって、黄瀬君と仲良くしてたら、他の男子が!」
「あんたはそういうこと考えて、黄瀬ちんと仲良くしてんの?」
「ち、違うわよ!」

 形勢逆転、とはこのことか。リーダー格の女子の顔色はさっと赤から青に変わる。他の三人も困ったように目配せしあい、どう反論したら良いものかと思案している。本心を突かれたので女子たちは何もいえない。
 ターン、紫っち。紫っちは細い指でぴりりとポッキーの包みを破ると、一本だけ取り出して唇に挟んだ。淡い桃に色づけされた唇はもにゅもにゅとチョコレートの味を楽しんでいる。

「黄瀬ちんがいっしょーけんめい俺と居てくれるのに、ほかのやつのこと考えるとか、しつれーでしょ? 少なくとも俺は、じぶんと一緒にいるのに、ほかのやつのこと考えられたら、やだなーって思うよ」

 ――って、赤ちんも言ってた。
 最後にそう付け加え、唇の端についたチョコをぺろりと舐めとると、紫っちはゆったりとした動作で四人の間を縫ってこちらへと歩いてきた。黙り込んでしまった四人は動揺を露わにしたまま、そこに立ち尽くしている。
 もう大丈夫だろう、俺はそう思い、明るい声を出して校舎の影から飛び出した。


「紫っちー! 新発売のポッキー買えたっスかー?」
「あ、黄瀬ちん。買えたよー、ほら、見てみて」
「本当だ! いいなー、俺にも後でちょっと頂戴!」
「いいよー。そんかわりまいう棒、一本おごりね」
「えー、紫っちのイジワル。一本だけっスからぁ!」

 普段のように振る舞いながら、俺たちの方をびくびくと眺めている四人を睨むことは忘れない。睨むのは一瞬で、後は王子様みたいなスマイルで中和してあげたけど。向こうは気まずそうに不細工な笑みを浮かべていた。しばらくは俺にも紫っちにも話しかけてこないだろう、と予想。

「……ねー、紫っち」
「なにー黄瀬ちん」

 新発売のポッキーを幸せそうに頬張る彼女の腕をとり、綺麗な手の甲と俺の手のひらを合わせた。微かに感じる温もりを堪能しつつ、俺はにっこりと笑って聞いた。

「遅かったけど、何かあったっスか?」
「むむ? 何もないよー。ちょっとゆっくり行ってただけー」

 動揺さえ見せず、紫っちは言い切った。
 俺はそれに応えるように、彼女の指に自分の指を絡めてみせた。

「へー、そうっスか!」

 何も知らない振りをして、目を細めてみせて。





■信頼コミュニケーション!







「紫っちぃー、もう一本欲しいっスー」
「やーだー」




底なしの愛をあげましょう。


 私が欲しいもの。黒子みたいな白い肌、火神みたいな料理の上手さ。黄瀬みたいな愛くるしさと、桃井さんみたいな長い髪。青峰みたいなさばさばした性格や、赤司みたいな頭の良さ。宮地先輩みたいな大きな瞳も欲しいし、木村先輩のような常識も欲しい。大坪さんみたいにがっしりとした体があれば緑間を受け止められていられるだろう。欲しいもの、いっぱい並べてみたけど。でも駄目。私はまだまだ欲しいものがたくさんある。綺麗な指先とか、純粋さとか、傷跡一つない膝小僧とか、ニキビが出ないほっぺとか。たくさんあるんだよ。どれだけたくさん欲しがってみても、手に入らないってのはわかってるけど。同時に思うんだよね。「これぐらいいっぱい素敵なもので満たされた女の子じゃないと、緑間につりあわないんじゃないか」って。
 ピアノは弾けない。睫毛は長くない。指も滑らかじゃないし、いつだって絆創膏をつけている。唇はいくらリップを付けても時々ささくれ立っちゃう。テストはどれだけ頑張っても中の上。緑間が目指す難関大学に行くには点数はまだまだ足りないんだ。彼が目指す高みへ、どれもこれも足りない私は、付いていくことができない。

「……俺が欲しいのは、お前のその明るさと強さなのだよ。相手のために笑顔を向けられるたくさんの明るさと、どんなことがあってもへこたれない強さ。どちらも俺には無いものだ」

 真ちゃんは私を抱きしめて、ぽつりと零した。
 壊れ物に触るみたいに、大きな手で私の腰を柔らかく抱きとめて。片方の手は癖のある私の黒髪をゆっくりと撫でながら。

「だから、安心しろ。お前以上の女なんて、どこにもいないのだよ」
「…………ふへっ」

 照れ隠しのつもりで小さく吹きだすと、真ちゃんはまたゆっくりと私の髪の毛をなで始めた。涙でぐちゃぐちゃの顔を見られたくなかったから、抱きしめられているのは都合が良い。悲しみと嬉しさでふやけた脳内で、ぼんやりと思う。
 私にはまだまだ欲しいものがあるけれど。別にそこに当てはめこむものは、他人の何かじゃなくても良いんじゃないかなーって。たった一人の大切な感情を当てはめることが出来たら、それが一番なんじゃないかなって。そう考えてみると不思議と心は軽くなってきて、普段のような笑みを浮かべることが出来た。

「……私の足りないとこに、もっと愛を注いでやってよね、真ちゃん」

 唇を尖らせてそう言うと、真ちゃんは「当然なのだよ」と浅く笑った。 
 空白に埋め込まれた愛情を手に、私はくすぐったそうに目を細めてみせた。







■底なしの愛をあげましょう。