【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

赤に泣く、
思ったことはあるけど願ったことはない、なんて言ったら皆は俺を嫌悪の表情で見るに違いない。
だって彼は死んでしまったのだから。俺が思ったその日のうちに、トラックに跳ねられて。
「……黒子っちー」
夏の暑さで陽炎が揺れていた、アスファルトの上に血だまり。深紅の中心で仰向けに倒れていた彼の額からも赤は流れていた。
今日の夕暮れはそれに似ていた。血のように赤く、オレンジなんて表現じゃ生温い。どこまでも赤くて、赤過ぎて目に滲みた。
双眸から流れるこの雫に、俺はどんな哀悼を捧げようか。
「ごめん、ごめんね」
もしかしたら空の赤の中心に彼がいるかと思ったけれど。
仰いだ先に、俺が大好きだったスカイブルーは存在していなかった。
■赤に泣く、
そして卵は割れた。
あぁ、死にたいな、死にたいな。
お洒落のおの字もない野暮ったく重たい学生鞄の紐の部分を肩にかけていると肩がもげてしまいそうでそのもげた部分から白い骨と真っ赤な血が流れてきそうだとか思ったけど私の太い腕はそこまで貧弱な訳じゃないのでぶちぶちと筋肉が千切れる音だけを生んで未だつながっている。ふう。溜め息をついてみても梅雨のじっとりとした空気がからりと乾くわけがない。今日の英語のテストがなくなるわけでもない。
死にたいなー。
思わず呟いてしまう。死にたい。何かこう、死にたい。
誕生日を迎えたばかりだというのに死にたいと思うのは可笑しいだろうか、答えはイエス。私の中の常識が正論を振りかざしてくる。貴方が誕生したのは貴方のお父さんお母さんのお陰でありけして貴方だけの生ではないのよだからそう簡単に死にたいだなんて思っちゃ駄目なんだよわかってる貴方の命は貴方だけのものじゃぁないのってうるさいわ常識。ローファーに包まれた足先を地面へと叩き付けた。
自分はその辺にいそうなただの高校生だし中身も二次元スキーなちょっとお腐れ様なだけであって他の人の日常に強く影響を与えているわけでも誰かのために生きてるのよキュピーンなんてこともない。だからかなぁ、何故かむしょうに死にたくなる。誰からも必要とされてない私、とかテンプレな言葉を呟いてみたけどそれはどこか違う気がする。
だって、前の席のあの子は明日の提出物の範囲でわからなければ振り向いて聞いてくれるし、目を細めて笑う姿が印象的な彼女は私に抱きついてくれるし、同じ趣味の美術部の少女は某漫画についてきゃっきゃと話しかけてくれるし。私が何気なくつぶやいた一言にコメントをくれる彼女も例外でなく、私が生み出した文字の山に価値を与えてくれるどこかの誰かについてもそれは言えることなのだ。
誰からも必要とされていない訳じゃない。
ただ、実感が出来ていないだけであって、自覚が足りていないだけであって。
「……ぷあー、死にたー」
死にたくない日があるなんてことは私にはなく、心は一日ごとに自殺して、布団に入る度に私は願うのだ。
あぁ、どうか神様。
今日の続きが明日ではありませんように。
そうして私は今日もまた、生まれた卵をぐちゃぐちゃに壊していく。
■そして卵は割れた。
割った卵の中身なんて私が知るはずがない。
きっとどろどろなんだろう、ってことは理解しているけれど。
7月7日の君へ。
今日も彼のシュートは綺麗な弧を描いてゴールを通過していった。シュッ、という軽い音。しかしその音のために彼が費やした時間はとてつもないもので、努力という重みが乗っている。天才だからなんて理由だけじゃあとても足りない、努力の証がそこにあった。毎日のテーピング、願掛け、呆れるほどに自分に厳しいストイックな性格。勝利のための唯一を生み出そうとする彼の背中はいつだって美しい。自分は先ほど努力なんて言葉を使ったが、それでも生温いのではないか。
誰よりも孤独で、誰よりもチームを愛する君へ。人一倍の努力を見せるくせに、その姿を見られることがみっともないなんて勘違いをしている君へ。
俺たちは君が思うより、君のことを認めているよ。
だから、だから。
「おめでとう、真ちゃん」
今日ばかりは素直に、この言葉を受け取っておくれ。
■7月7日の君へ。
指先に、幸せ
爪をたてられて肌に残った赤色はきっと私だけのものなのね、と私は浅く笑った。握力の弱い貴女がつけたそれは、家に帰って一眠りしたら消えてしまっていた。残念に思った。だってせっかく貴女がつけてくれたんだもの、大事にしたいじゃない。只でさえ私は色んなものを取りこぼしてきたんだがら、爪痕ぐらい残していたいじゃない。そんなこと言ったら貴女は笑うのかしら。気持ち悪いと言われるのを怖いとは思わないの、ただぞくぞくするわ。貴女が私の手の感じを好きだと言った時は、私嬉しさしか感じなかったのに。爪痕をつけられている間のほうが心地よさを感じたわ。一生貴女が私だけに傷を与えてくれていたらと願ったわ。もしも私の両手が赤さと血でぐちゃぐちゃになるのなら(勿論、貴女によってだけれど)、それは私にとって最上級の幸せなんじゃないかと思ったの。
ねぇ、こんな考え不健全かしら。
■指先に、幸せ
もうどの色も使い切ってしまっている私のおはなし
私に世界なんていう素敵なものはありません。目の前にあるのは汚いダンボール箱だけなのです。そのダンボールはみしみしと音をたてて、今にも中身をぶちまけて崩れてしまいそうになっている。中身に詰められたものは、様々です。赤くて大きいの、青くて小さいの。透明で消えてしまいそうなもの、黒く澱んだ液体もある。上の方に詰んであるものはまだカラフルな色彩を保っていて綺麗です。しかしだんだんと下の方にいってみるとどうでしょう。セピアに変色したぐちゃぐちゃのものが密集しています。捨てることも出来ず、割り切ることも出来ずに原型のまま残ってしまった感情とトラウマの成れの果て。小学生の頃のことでも私は今でもしっかりと覚えているのです。馬鹿みたいに、あの時幼馴染にされたことを覚えているのです。私はそのトラウマで胃痛を抱えることもできます。それほど私は過去を引きずる性質で、どれだけ時間が経っても相手を赦せずにいるのです。「もう貴方のことを許すよ、時効だもん」そんな言葉はただの見栄っ張りなんです、実際の私はどす黒い感情を称えたまま相手なんて死んでしまえと強く願っているのです。私を一人ぼっちにしたみたいに、お前も一人になってしまえば良い。強く願っているのです。
自分を語るとき、私は箱の中身から話の断片を取り出そうとします。自分が今辛いことを語るために必要なエピソードを取り出そうと、溢れそうなほど詰め込まれた箱の中に手を突っ込むのです。当然ですが箱の中身は飛び出してしまいます。最下層にあったどろどろの感情があふれ出し、私は「高校生が如何に疲れるものか」について話したいのに「中学一年生に最愛の彼女と決別してしまった記憶」が出てきてしまう。他人に「今、どこが辛いのか教えてください」と問われても、私ははっきりと断言出来ない。だって私は私の人生全てが辛くて疲れ果てているんですから。あれだけが辛い、これだけが辛いなんて器用な真似は到底出来そうにない。
だから私は、私の友人らしき彼女らが「いつでも辛かったら相談してよ」なんて言って来ることにひどく苛立ちを覚えるのです。「ありがと、大丈夫だよ」笑顔で言いながらも、一生お前達に相談なんてするかと睨んでいるんです。こんなことを考えていると知れたら、私のことを優しいと連呼するあの子も、優しすぎると呆れるあの子もみんな軽蔑の目で私を見るんでしょうか。それは恐ろしくもあり、ほっとする状況です。私は彼女らの善意を素直に受け取ることができない自分が恥ずかしくて仕方がない。人間失格の太宰治ではありませんが、私は私であることが恥ずかしくてしょうがないのです。辛くて辛くて死にたくてたまらないのです。
とある少女に、私はリストカットは駄目だと諭しました。でも生きるためなら、楽になれるのなら私はそれを許せるとも。
けれどごめんなさい。私は彼女にかけた言葉を否定するような行為をしてしまった。あまりに辛くて、そこには一切「生きる希望」なんて無かったのに、純粋な怒りと死にたいという欲望から剃刀を握り、これから学校へ行くというのに構わずに手の甲に思い切りつきたててしまいました。生きている実感を確かめるためという目的もありません、辛さが解消されるだろうという願いもありませんでした。生きていることが辛くて、私にこのストレスを与えた人間が許せなくて、衝動のままに手の甲に刃を押し当てたのでした。安心できるのは、私は切り傷で生まれる痛みが苦手だったことでしょうか。ただ剃刀を突きたてただけの傷は三日で消えました。
美術の時間の最中に隣の子が冗談として、私の腕にやすりを当てました。「このまま摩り下ろしちゃうぞ」軽いトーンの物言いでした。私は返しました。「いいよ、やって」私をからかう彼女も、私の様子を見てさすがに驚いたようでした。「え? 嘘、やんないよ」慌ててやすりを引っ込める彼女を見て、私は背筋が冷えたのを感じました。本音を出してしまったことが恥ずかしく、死にたいという願望があることを悟られたくなかったんです。
私がこんなになってしまったのはどうしてだろう、今の私を形成してしまった出来事を書き出してみましょう。暗く無味な出来事たちですが、彼女は掬い取ってくれるのでしょうか。泥水に満たされた汚い物語は、けしてコップの中できらきらと光を反射させるジュースのような色彩はありません。
小学五年生の途中で、私はいじめのような得体のしれない何かにあってしまいました。いじめと言っても筆箱を隠されたりとかそういうものではありません、個人と個人の話でした。
中学一年生の私はバスケ部に所属していましたが、やがてその出来事のせいで美術部に転部しました。りりるちゃんの物語は紛れもなく私の物語でもあるのです。こんなこと言われて怪訝な顔をする人はいるでしょうけど、怪訝な顔のままでいてください。あれだけおおっぴらに書いた物語を平然と実話だったとのたまえるほど私の面は厚くない。
中学二年生の私はとにかく誰かが嫌いだった。べたべたと甘えてくるMが嫌いだった。私の将来を奪ったMが嫌いだった。私の夢を打ち砕いたMが嫌いだった。M、M、M。たくさんの人物との出来事で私は傷ついたはずでした。でも私の脳裏に映っているのはその一人だけです。何故でしょうか。何人もの人のせいで傷ついたと感じるより、たった一人に傷つけられたと思い込んでいる方が幸せだったんでしょうか。
中学三年生の私は自分を見破られないようにするのに必死で疲れていました。「へらへらしている」「嘘っぽい」まるで貴方達は私を理解しているように言っている。私は貴方達の言葉に救われた覚えなんてまるで無いのです。中身の無い空っぽの私に存在している空洞に、貴方達は何かをはめ込もうと必死だった。私の内側にあるものは、ただの二酸化炭素だったのに。
長々と吐き出してみましたが、これでも吐き出し足りない。私自身も、こんな自分を馬鹿だと思っているのです。過去に囚われてるただの自分が可愛いだけの人間だと。
「そうだね、私もそういうことあったよ」――そんな言葉、私は欲しくないのです。誰がお前なんかと、と憤慨してしまうのです。まるで自分のこの辛さが平凡なものだと言われたようでショックすら受けるのです。貴方達がひどいと私を非難してもしょうがない、これが私の内側に潜んでいた本音なんです。失望するなら勝手にしてください――ううん、やっぱり失望しないでください。嘘です。本当は貰った言葉全てが大好きで手放せなくて愛しいんです。大好きで大好きで辛くて、言葉だけで生きることが出来ればと思うぐらい。いいや違う違う違う違う私はアンタらのことが大嫌いなんですへらへら笑ってるのはどっちだ気持ち悪い悪口を言ってたのは本音を言えないのはどこのどいつだ違う私は優しい子が大好きです笑顔で辛さを隠せる君が大好きなんですこれからもそんな君のままで違う違う違う違う。
何度も何度も、私は自分の思いを赤で訂正します。
赤が駄目になったら青を、青が不必要なら黒を。何度も何度も何度も何度も補正して、繰り返し繰り返し書き込みます。冷や汗を流しつつ書き直したそれを見て私は安堵して言うのです。
「あーあ、明日も楽しいことばかりだなぁ」

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