【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

痛々しいのはどちら?


 「いや、お前だろ」
 「ふん、テメェだ」

 頭上から降ってきた質問に、黒髪ツンツンの少年と白髪赤目の少年は同時に答えた。黒髪の方はさも当たり前のように、白髪の方は苛立つように。2人の声色は別々だが、だが相手のことを指しているのは明確だった。当然のように、意見の相違からは争いが生まれる。

 「何言ってんだ、いつもボロボロのめためたで帰ってくんのはテメェだろ学園都市最強の一方通行さんや!」
 「はァ? てめェがそれほざく口持ってんのか三下が。右手使う前に押し倒して喘がされてェのかてめェは、あ?」

 ぎろりと赤い瞳を黒髪へと向け、白髪は眉間に皺を寄せた。

 「……でも、あながち間違いでもないだろ」

 常人なら目を背け冷や汗を流しそうなその視線を受け流すと、黒髪の少年は苦々しく言葉を放った。白髪の少年の睨むように潜めていた眉間の波が、少しだけ柔らかい波へと変わる。

 「いつも俺の前から消えて、そんで気付いたら血まみれで帰ってきて。そんでまたふらっとどっか行ったら傷ついた顔で戻ってきて――――痛々しいのまお前だっつーの、一方通行(アクセラレータ)」
 「だからよォ、てめェが言える権利なんてねェだろォが。三下ァ」

 相手の行動を裁くような神聖さを孕んだ黒髪の言葉に、白髪は嘲笑という形で応じてみせた。杖が無くては立てない体が、ゆらりと周囲の空気を感じるように大きくぶれる。やがて白髪は、瞳と同じぐらい赤い口から、ナイフのような鋭い言葉を黒髪に返した。

 「……何かを守る為に自分が傷ついて、それでも泣き言いわねェなんて戯言は、ただ痛々しいだけなんだッつーの」




 ■痛々しいのはどちら?
                ――――――A.両方




すぐ泣くのはどちら?


 ――――え、どっちも泣かんでしょ? だってユウだし?
 返事がそれだった。殴った。いや六幻で突いた、喉を。私が泣かないとかほざくその口なんて、縫われてしまえとも思った。何でだ、瞬間は私の心はぐつぐつと怒りの沸騰音を奏でていたんだ。
 私とアイツは泣かない。決して弱みをみせたりしない。確かにアイツの言うことは当たっているんだ。事実無根でもない。だけど、だけど。何でか知らんが、その時は異様にむかついて悲しくなって、ぶん蹴った。……いや、殴ったんだったっけ。

 「かーんーだー、チューしよーチュー」
 「かえれ」
 「いや、ここ俺の部y」
 「土に」

 土にかよーとへへへと嬉しそうに緩む頬を前にすると、いらいらとした気持ちが静まっていく(ような気がせんでもない)……のか。私は今、私のことが大好きで蹴って欲しいとかほざく奴の部屋にいた。だけど私はラビと付き合っている。泥沼関係とかリナリーがモヤシときゃっきゃしてたが、まぁリナリーが言うならそういうことなんだろうと納得。

 「むーん、何で神田は俺のことそんな突っぱねるわけー? 辛いこととか悲しいこととかあったら俺の部屋くんのにー……誘ってますよ襲ってくださいオーラじゃんかよー! 俺いつも生殺しじゃんかばぁか!」
 「お前と私が交わって何か得があるか? 無いだろ」
 「えー、そうかなー」

 対岸のベッドに腰掛ける潤は、むむぅと顎に指を宛がい口をすぼめる。それが子供のようで少し面白い。数秒経ち、潤は顔を上げるといかにも名案とばかりに私に笑った。

 「俺なら神田の泣ける場所作って上げられるよ、ってのはどうだろう。ずばり、俺だけの特典!」
 
 ……。言葉が出なかった。何だこいつ、私の欲しいものや場所をよく知ってる。今こいつは私が一番欲しているものを目の前に掲げているのだ。俺と一緒にいるなら、これをあげる――なんて。
 本来ならば私はここで、それを手に取るべきなんだろうけど。

 「………………いや、だが断る」
 「えー何それ! 何でそこでネタ的な感じで断るんだよかーんーだー! 俺と一緒になろーよー!」

 でも俺は、居場所をくれないアイツのことが好きなんだろうから。




 ■すぐ泣くのはどちら?
                ――――――A.無回答




ドント・フォーゲット


 じくじくとした痛みが右腕を支配する。手首の辺りを切られているせいか。これが俗にいうリストカットという奴なんだろうが、自分の意思なしに行われるそれはただの暴力としか受け取ることが出来ない。生涯感じたことの無い痛みに、悲鳴を噛み殺したままバーンは荒い息をついた。痛い。意識が朦朧とする中で、そのワードのみがバーンの脳内にひしめいていた。

 「テメェ……ガゼル……」
 「それじゃ……その名前じゃだめなんだ、はるや」

 捨てたはずのバーンの名を、ガゼルは呟く。薄暗い部屋の中で鈍く光を放つ銀色のナイフ。銀のそれを片手にし、ガゼルはさらにバーンの喉元に刃を宛がう。当然のように、刃の冷たさを喉に感じたバーンは口をつぐんだ。

 「おまえが私の名をわすれたら、私はどうなるんだ」

 暗闇の中で、バーンはガゼルの顔が見えなかった。だけど、ガゼルの言いたいことは何となく感じることができた。同時に、彼が自分に望んでいることも。小さく息を呑むと、暗闇の中に溜まった生暖かい空気が肺を汚した。砂を飲んだようなざらざらとした声が、ガゼルにとっての甘い妄想を映す。

 「……忘れね、ェよ……馬鹿風介……」

 抱きしめようと伸ばした手から滴る赤は、現実のように苦かった。



 ■ドント・フォーゲット


 (忘れないでくれ、)(お前と私が笑顔でいられた、あの瞬間を)




え、え?


 きっと泣けば良いんだろうが、泣けない。心が壊れているとかそんな中二病満載のかっこつけた理由ではなく、ただ単純に、面倒だから。そうしている間にも、自分の傷口からは未来への鬱々とした思いが膿みととして溢れ出る。理解できているからこそ、来るべき未来を感じ、暗い思いになるのはいかにも悲劇のヒロイン気取りで嫌になる。

 「だらしなくて、面倒で、いけないって分かってるけど自分のベクトルは甘い方へどんどん向いちゃって。気付いたら戻れないまで遠く来ちゃってて。そこでようやく、あぁ、どうしようって思う訳さ」

 自分の嘲るのは趣味じゃない、自分を傷つけるのも趣味じゃない。ほんの少しだけ、他人への優越感と自分が誇れるものが欲しいだけ。たった一握りで良いから、自分が愛されているという証拠が欲しいだけ。

 「自分を甘やかしてくれるなら、男でも女でも、はたまた動物だって良い。私は純粋に、甘えても良いよって、愛してるよって言ってくれる人が欲しいだけ。ちょっとでも私が疲れたら、大丈夫って言ってくれるような、そんな人が」

 きっとそれは自己中心な考えだ、と皆は笑うだろうけど。
 けど私は一生このぬるま湯につかったままだろうから。

 「対峙するぐらいなら、逃げ切ってやる」

 そう笑う私の首根っこに、誰かの指が絡みつこうとしていたとしても。




一巡後の貴方へ


 (ずっと、ずっと話したかったんだ)

 息を吸い込む。私しかいない真っ白い空間は、どこが上でどこが下かも分からずに。ひたすら曖昧で、それでいて確かで。息がしにくいという訳でもなく、暑さも寒さもない。ここは天国なんじゃないの、とか思い違いをしそうなほどの居場所なわけで。

 (父さん、あのね)

 今はきっと貴方に届かないだろうけど。もしかして貴方は今、私のことなんて気にもしていないだろうけど。だけど、私は貴方に伝えたいよ。長い間、ずっとずっと。生まれてきてから心の中でずっと埃を被っていたこの思いを。

 「だからね、私は言うわ。今しか無いと思うから。貴方への思いを言うのは、今じゃなきゃ駄目な気がするから」

 私は、この思いをそのまま口にするしか出来ないんだから。



 ■一巡後の貴方へ


 (埃をわざわざ取り払うなんて面倒なこと、私はしないわ)