【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】

作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

アップルティーをもう一度、


「たとえば僕が今この瞬間に紅茶を飲むとするでしょう。口に含まれた紅茶を嚥下してすぐ、僕は急に倒れてしまうわけです。なぜなら紅茶には毒が入っていたから。入っている毒は致死量を超えものだというのに、紅茶に入れても色も味も全く変わらないものなんです。だから僕は何の努力も足掻きも出来ずにのうのうと死んで行く。唇の端から泡をこぼしながらびくびくと痙攣し、必死に黒に塗りつぶされていく視界の中でにいる君へと手を伸ばします。しかしそれは届かない。僕が君に最後の言葉を伝える前に、全身に毒は回ってしまった」
「……まるで、実際にあったみてーなこと言うのな」
「実際にあった出来事だとしたら、どうします?」

 にこ、と営業用のスマイルを浮かべたジョルノの真意は掴み取れない。ポーカーフェイスよりもよっぽど性質の悪い微笑だよな、とミスタはポットにお湯を注ぎながらはぁと息をつく。もともと腹黒いところはあったがこうして自分達のボスになってから余計にその強かさが顔を覗かせてきているような気がする。

「何度も同じ世界を巡ってる、とでもいうのかよ。阿呆らしい」
「はは、実はそうなんですよねー。今ミスタの前にいるこのジョルノ・ジョバーナは君にとって七十八回目のジョルノなんですよ」
「へぇ。そりゃー長旅お疲れさん……っと」
「そうですよ全く。君とこうなるまで、随分と時間がかかった」

 話半分にミスタはティーカップを二つ棚から取り出すと、金の模様が入ったカップをジョルノ前へと滑らせた。テーブルに肘をついておかしそうに目を細めているジョルノは小さく礼を言う。
 自分の方にも同じようにカップを置き(だがミスタの方に置いたカップはジョルノの前に置いたようなきらびやかなものではなく、大分質素なものだった)、熱いポットを平然と持ち上げ、注ぎ始めた。途端、ふわりと良い香りが二人の鼻腔を掠める。

「何度も繰り返したんですよ。君は何度も死ぬから、僕も何度も死ぬ羽目になりましたし。全く、無能な部下を持つとボスはこんなにも困るんですね……改めて痛感しました」
「……このポットの中身、思い切り頭にぶっかけてやろうか」
「冗談ですよ。こんなに美味しそうな紅茶、楽しまないと損でしょう。せっかく君が準備してくれたというのに、そんな無駄なことは出来ません」
「つらつらとよく言うわ、お前」

 ジョルノが顔色一つ変えずに言うので、ミスタが気恥ずかしそうに顔をしかめる。そんな表情すら愛おしいというようにジョルノは中性的な顔立ちに悦を含ませた。年齢を重ねたおかげで多少は大人びた風貌になってきたが、こうして恋人の前で見せる顔はまだまだ子供じみている。仕返しのようにミスタは丁寧にセットされたジョルノの金髪を崩さない程度に頭を小突いてみせた。

「……七十七回、今まで七十七回分の君と過ごしてきましたが。やっぱり君はまだ僕のことを子供だと思っている節がある。やめてくれませんかね。僕は君たちのボスだし、それにミスタと出会ってから何年も経っているでしょう」
「うっせー。他の奴らの前では一応ボスだから敬語も使ってやるし、大人扱いしてやんよ。でも二人きりだと話は別だ。出会った頃からお前はまだまだ子供なんだよ、ジョルノ」
「そうやって子供扱いするから、僕は時間がかかったんだ」
「ぷっ……ほら、またむくれる。そういうとこが子供だっつってんだよ」

 今度はジョルノが頬を膨らませる。紅茶を注ぎ終えたミスタは小さく吹き出すと空気が含まれているジョルノの頬をつんつんとつついた。つつかれたジョルノはじと目でミスタを眺めていたが、やがてふて腐れたようにカップに口をつけた。「だからそうやってふて腐れるところが」とミスタが言及しようとすると先制して「ふて腐れてませんから」といわれてしまった。
 席に着き、湯気のたつカップを引き寄せた。今年一番の出来だと小売店の知り合いに勧められて買ったものだ。たしかに香りは良いが、味は如何ほどか。無言のままジョルノの方をちらりと見てみると、向こうはカップの端に唇をつけたまま、ぼんやりとしていた。切なげな色が溶けたその視線。このまま沈黙を続けているのも悪くないが、久しぶりの休暇だというのに勿体無い。そう考えたミスタは年上らしく「あのよぉ」と口火を切った。

「……七十五、六回? お前が俺とこうなるまでかかった回数って」
「七十八回です」
「そう、七十八回。七十八回分の人生の間、俺を想ってくれててあんがとな、ジョルノ」

 急に自分に投げかけられたお礼の言葉に、ジョルノが目を丸くする。ぽかん、と形の良い唇が薄く開いたまま言葉を紡ぐことなくミスタへと向けられる。お礼を言った側であるミスタは恋人が驚いている様をからかうことなく、紅茶を一口飲んだ。
 こくり、と彼の喉を紅茶が滑る音がジョルノの耳に届く。口内に残る風味の余韻をわずかな吐息として吐き出すと、ミスタはジョルノへと視線をやった。視線の先には、未だ口をつけていないジョルノの方の紅茶がある。

「ほら、毒なんて入ってねーから。飲めよ、紅茶。冷めちまうだろ」
「…………でも」
「大丈夫だ。仮にお前が死んじまっても、俺が後追いかけてやっから。お前はそういうの嫌がると思うけど、死人に口無しって言うだろ?」


 ――そしたら、七十九回目の人生で、また恋人になろーぜ。


 ミスタがにししと歯を見せて笑った。短い黒髪がそれにあわせて揺れ、ジョルノのものと同じシャンプーの香りが辺りへと広がる。紅茶の豊かな香りと重なり、甘いような、懐かしいようなものが肺へと流れ込んできた。
 ジョルノは返事の代わりに、カップを手にとると躊躇することなく、一口飲んだ。少年のように白い喉が上下する。しばらくそうしてカップを傾けていたが、安堵したように微笑みながら息をついた。中身の無くなったカップをソーサーへと戻し、肩の力を抜く。

「……美味しいですね、この紅茶。もう一杯もらえますか、ミスタ?」
「おう。ケーキも出してやる、ちょっと待ってろ」

 ジョルノの言葉に、ミスタは満足そうに頷くと。
 昨日買っておいたケーキを出してやろうと、ぱたぱたと冷蔵庫の方へと駆けて行った。








■アップルティーをもう一度、






 何度だって、君とのティータイムを望んでいるよ。
 砂糖もミルクもいっぱいいれた紅茶を楽しみたいって、そう思うんだ。