【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

教えてよ、神様!
白いシスターは、茜色の空へと話しかけた。窓から見える風景は、まだ一ヶ月程しか経っていないというのにひどく懐かしくて。だけどその懐かしいという記憶は、今まで自分が見たどの風景にも当てはまらない。より余計に上条当麻という少年が恋しくなった。
「ねぇとうま」
空に呼びかける。返事はない。当たり前なのだろうが、白いシスターはそれを気にしなかった。まるで空に続く、遠い誰かを想うようだった。ぼんやりとした表情で、赤くなった鼻をすする。白い修道服の袖が、涙の跡で汚れていた。
「私ね、とうまがどこにいるのかなって考えてるんだよ」
だけどね、と少女は続ける。外から、開け放した窓へと少し肌寒い風が吹き込んだ。白銀の長髪が少し揺れ、少女は顔の横でなびく髪を耳にかける。その際に、涙が流れ乾いた頬に人差し指が掠った。
「でもねとうま、どこにもとうまはいないんだよ」
おかしそうに、けれど寂しそうに頬が緩む。
少女は茜色の空を惜しむように、窓の桟に手をかけた。
「ねえ、とうまはどこ?」
■教えてよ、神様!
少女は知らない。
少女の知る彼はすでに、どこにもいないということを。
好奇心は猫を更に疑問符の海へと突き落とした、
腹の中心に漬物石を入れているような、ずっしりとした痛み。きりきりと自己主張が激しい鈍痛は、私を渋い顔にさせるのには十分過ぎる。女とは不便なものだ。何が、とかどんな風にとか、そういう細かいことは言わないけれど。とにかく面倒だ。もしかして今、私の体内では沢山のナイフが蠢き、胃腸を傷つけているのではないだろうか。流れ出てくる血は、そのせいなのではないだろうか。
(……あー、鬱だ)
本日何度目かの溜め息をつき、握り拳を目の前の彼の頬へと振りかぶった。当然の如く気付かれ、その手はぱしりと彼によって受け止められたのだが。いつもと違うへなちょこパンチじゃあ、彼の顔を苦悶にゆがめさせることは出来そうにない。
「ちょ、不動、痛い痛い」
「るっせ」
重い下半身を彼の近くへと引きずり、動かすのも億劫に右足で彼の足を踏み潰す。ぎゅりぎゅりという靴裏とスニーカーのゴムが擦れる不愉快なノイズ。足を動かす度に内臓が悲鳴をあげているようで気持ち悪くなったので、すぐにやめたが。
あー、鬱だ。鬱という言葉は楽だ、不謹慎だと責められるだろうが。自分の鬱屈な感情は、腹部にある痛みと同じで内側に篭っている。ああ、これが外へ全て出せたら良いのに。冷めた瞳でつま先を見つめる私に対して、彼はただ「痛い……」と呆然と呟いていた。彼は若干涙目になると、意味分からないとでも言いたいような表情で私に疑問を投げつけてきた。
「……何で不動、今日そんな機嫌悪いんだ?」
「んー?」
この痛みを知らないお前に何を言えと。性行為と一言言うだけで真っ赤になるお前に何を告げろと。純粋過ぎるというか、最早鈍感な彼に言葉を変えさず、私はお腹に手を当てた。まだ痛みは続いている。ずきずきと、ずきずきと。それはまるで私の苛立ちのようで。
「内緒、だっつーの」
お前に言っても何も変わらないなんて、分かってるから。
きみにおかえし、ぼくにおかえし
満面の笑顔で両手を広げられた。いわゆる受け入れのポーズだ。だけどその腕の中に収まる気になれないのは、何故だろうか。大体心当たりがある。いや、こっちは無いつもりなんだが。向こうが無理に正当化しようとしている。イコール迷惑。論文のテーマを考えるよりも早く答えが出てしまった。これ如何に。
「お返しは承太郎さんっス!」
「……まて、ちょっと待て」
■きみにおかえし、ぼくにおかえし
「? はい?」
そんな本気で疑問です顔をやめろオラ。ぐっ、と握った拳をどうにかスタンドの力で抑え(よくやったスタープラチナ)、目の前の仗助を見る。……うん、むかつく。やっぱ一発殴った。
「ふぼッ!? じょ、承太郎さん何で俺殴られたんスか!」
「当たり前だ馬鹿野郎、何で私がバレンタインデーにチョコをあげたのに、ホワイトデーで返さなくてはならない……」
「あ、いや、分かったんでスタンドしまってください。説明しますんで、ハイ」
両手でどうどうと馬を落ち着かすように私に手のひらを向ける仗助。ちょっと可愛いとか思った自分は末期なんだろうが、今はそんなこと関係ねえ。「チッ」と盛大に舌打ちして、近くのソファーに腰掛けた。柔らかいソファーに体重ごと体が沈み、一瞬の心地よさを感じる。
「じゃ、説明っス」
「8秒内で頼む」
「その間に時を止めて逃げるつもりっスね! そうは行かないっス、クレイジー・ダイヤモンドッ」
「…………テメェ、何ドアを壁と一体化させてやがる……」
「話を最後まで聞いてくれたら、直すっス」
鬱陶しいという言葉を飲み込んで、仗助を睨む。仗助は一度びくりと肩が跳ねると、冷や汗を書きつつ視線をそらした。良い度胸だテメェ、後で覚えてろ。胸倉をつかみたい気持ちを必死に抑えて、私は至って平常心のように言葉を投げかけた。
「で、つまり結論は?」
「早いっス……でもそこがイイ……!」
「スタープラチナ」
「オラオラしようとしないでくださいッ!?」
「じゃあさっさと言え!」
「えーっと、っスねぇ…………」
私の怒号に、仗助はしぶしぶと口を開いた。女、されど元不良。持ち前の厳しさと怖さで相手の口を割――――話す気にさせるのは得意だ。ようやく怒りの波が静まろうとしている。冷たくなっていく心情を感じながら、仗助の話を待つ。そんな時に、仗助はさらっと序論本論結論と続けて放った。
「バレンタインデーでは俺が承太郎さんを貰ったんで、ホワイトデーでは承太郎さんが俺を貰ってください。具体的に言うと、承太郎さんの好きなプレイを俺がやるっス!」
殴った。
リピート、リピート、リピート
僕は君を守りたい。そう声色高々に言えなくなっていたのは、さて、何回目の世界のことだろうか。
■リピート、リピート、リピート
何回目の世界での、何回目雨に打たれながら、何回目の君の死に顔を見ながらふと考えていた。ねぇ、一体君は何度殺されるんだい。何度そんな風に僕のことを想って死んでいくんだい。教えてなんて野暮な言葉は吐かない、ただ知りたいんだ。
「残念だね、ほむら」
どこかのだれかの残虐な声が、僕の鼓膜を揺らす。甘い声。消えろと叫ぼうと脳では考えていても、憔悴と諦めがどろどろと溢れて僕の本当の思いを隠す。いくらどろどろとしたそれを拭っても、今度は別の穢れが顔を出す。
「後×回。もし君が時を戻したら、まどかは助けられたかもしれないのにね」
嗚呼、駄目だな。こんな顔じゃ。君を助ける勇者の顔は、もっと精悍で凛としていなくちゃ。ぐちゃぐちゃになった思考回路のコードを、一本一本色別に分けてさ。綺麗に整理してさ。いくつも膿んで出る自責を爪で抉って取り出してさ。傷なんてないような顔をして、睡眠をしっかりとったような清清しい顔をしてさ。
「あぁ、本当に残念だよ、ほむら」
あのさ、もしも僕が君を守りたいといったら?
(ねぇ、君は笑うのかな、)(そのいつもの無垢な笑顔で)
そして君は欠片を捨てる(、そのことにどんな意味があるのか知らずに)
ジョルノに押し倒された時、俺は何を感じたのだろう。きっと、彼の荒々しさを思い出したんだろう。しかしジョルノは彼のような、獣のような獰猛さは無かった。俺をベッドの中心に仰向けにしたまま、無言だった。服を脱がせることも、キスをすることもなく。何かあったかといえば、俺の頬にぽたりと雫が落ちてきたことぐらいか。いつもは強気に、俺には敬語を使い礼儀正しい、気丈に振舞うジョルノが初めて本音を零したぐらいだ。
「承太郎、」
ブルーの瞳から流れ出るそれは宝石のよう。ぽろぽろと頬を伝って俺の瞳へと降り落ちてくるそれは、遠い彼の残滓。だけども違う、それにはジョルノ自身の深い思いと願いが詰まっている。嗚呼、何だ。こんなところにまで、俺は彼を感じてしまっていた。彼はいないのに。目の前のジョルノはジョルノで、決して彼の代用品などではないのに。……なぁ、どうしてだろうか。俺が彼の欠片を捨てきれないのは何故だろうか。
「ぼくを、みてよ」
お前の欠片を拾って両手を一杯にしたならば。俺は気付かない間に、彼の欠片を過去に落としていくことが出来るのか?
「俺はお前しか見ていないから、安心しろ……ジョルノ」
愛してるなんて甘い言葉は吐かねぇよ。俺の言葉にお前が安心して笑っていても。俺の中に彼の欠片は残って、今でもちくちくと心の片隅を傷つけているんだから。じくじくとした痛みは、俺の瞳と彼の瞳に泉を作る。ずっとずっと湧き出てくる、涙の泉を。
(なぁジョルノ、お前は俺を見ていてくれよ)
■そして君は欠片を捨てる(、そのことにどんな意味があるのか知らずに)
お前が俺を見ていないと、俺は彼の欠片を拾ってしまいそうになるから。

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