【色々】世界でひとり、恋をしよう?【短編】
作者/ささめ ◆rOs2KSq2QU

アイウォントトゥノウ、君のタンクの容量?
ぼっきゅりー!
「いぎゃー」
「きゃーみーくんがバッタみたいに鳴いたー!」
バッタって鳴くのか。
■アイウォントトゥノウ、君のタンクの容量?
気付けば腕を後ろでホールドされ足は内部で骨同士が戦争をして(つまり折れた)胃からは胃液がせり上がってきてたのでした。え、何これどういうこと作文? ちなみに僕は作文関連で参加賞以外貰ったことがない。何故なら作文といっても貰ってきた原稿用紙二枚にたった二行しか書かないからだ。新人の先生苛めではない、決して。嘘だけど。
「みーくん、みーくんっ。起きた、ねぇ起きた?」
「…………復活の呪文、唱えてくれた……とかじゃなさそうだね……」
ぎぎぎと錆びた頬の螺子をぶっ飛ばして、一生懸命笑ってみたったたたたたttttttっづゅづづづづ!? ……結果として血の味が頬の内側に広がった。口の中が切れたらしい。『まーちゃんの手に持った木製バット』によって。『つまりどういうことかなぁ!』まーちゃんがー僕をー殴ったってことでーす! ……新入生ばりの良い子ちゃんな返事をしてみた。嘘だけど。
「……っづぇ、ま、まーちゃん。これってホワイ?」
「んー? みーきゅーん!」
ぢゅーと唇を寄せてくるまーちゃん。違う。ちゅーのリクエストでは無く。てかリスペクトとリクエストって似てるよね! よく僕もテストでは間違え、世の中のルールに泣かされたものだ。嘘だけ、ど?
閑話休題。
とにかく現状として、僕は何かしらで腕と足を縛り上げられており(犯人、まーちゃん。被害者、僕のカルシウムの結晶達)、現在進行形でぼっこぼこにされ中。ここまでされて笑顔が滲み出てくるというのは、けしてマゾではない……と思いたい。思わせてくれ、鈍った痛みよ。
「てかねぇ、まーちゃん」
「んゅー? 何ー、何なにみーくーん?」
「これって……まーちゃん、何でみーくんをぼこぼこにしちゃってるんだい? もしかして俺のことが嫌いだったりするんだぜ! ……ぜ?」
出来る限りハンサム度多めで聞いてみた。後半は疑問要素を無理に詰め込んだ結果です。
さて、問われたまーちゃんはというと、いつもどおりの無邪気な笑顔(頬には僕のものと思われる血液付き)で、陽気に真意を告げた。
「んとね! まーちゃんがみーくんにどれぐらい悪いことしたら、みーくんがまーちゃんを怒るのかってゆー、超宇宙規模の実験中なのです。かちゃり」
かちゃり、のところでエアー眼鏡を押し上げる動作をするまーちゃん。……あぁ、だから今まーちゃんは血痕付きの白衣を羽織ってるわけなのね。納得。
「でもでもー足をばきん! しても、みーくんは全く怒らないよねぇー? 何でー? みーくんって、」
「マゾ、では、無いからっづ……ね。あのね、理由を教えてあげるよまーちゃん。僕が、まだまだまーちゃんちゅっちゅな理由、をッ」
途中で舌噛んだ。そっちの方が(心に)痛い。まーちゃんはくるりと大きな瞳を不思議そうに瞬かせて、僕の言葉を待つ。無言の時間が数秒だけ流れた。
血なまぐさい唇を震わせて、言葉を紡ぐ。
「僕が、まーちゃんに怒るわけ、無いからだよ」
とりあえず事実と理由、また事の重大さも把握したので。
僕は盛大な嘘を、まーちゃんに吐いてみるのです。ですですー。
(嘘だけ、ど)
グッドバイ、グッドデイズ。
「……アルマは、さよならって言わなかった」
傷だらけの身体で、君は懐かしむように呟いた。
「何かそれじゃ、過去の話みたいですよ。……つい昨日のことなのに」
「俺には、過去だ」
ふるふると力無く君は、首を左右に振った。振る度に長く艶やかな黒髪が揺れるのに、君は気付いていないだろうね。綺麗だなぁ、美しいなぁと思う僕に、君は続けて言ったね。
「……昨日までの戦いも、俺はただ過去を掘り起こしてただけだ。それが変にこじれて、戦争になってしまっただけで」
包帯が幾重にも巻かれた右手をじっと見つめる。君の双眸は痛々しい自身の傷を見ているようで、その傷をつけた相手のことを思い返しているように、どこか危うい。
「アイツの、アイツの身体が眠っていた墓を。俺は掘り起こして、アイツの屍を確かめて、また埋めただけだ」
「だけど、今回の戦いで君は、花を添えることが出来たでしょう?」
「花?」
怪訝そうな君の表情が、ひどく愛しい。
ボクは君の為に、唇から言葉を溢れさせた。
「今まで、君はアルマの墓を呆然と見つめているだけだったろうけど。……今回の戦いで君は、アルマのお墓に花を添えて、手を合わせることが出来た」
――そして、さよならを告げることが出来た。
にっこりと偽善的な微笑を浮かべて呟くと、君の切れ長の瞳はぐっと下がって、泣きそうな表情になってしまった。それでも泣かまいと必死に唇を噛み締める君は、やはり意地っ張りなんだろうか。
「…………花なんてがらじゃ、ねぇけどな」
くしゃくしゃの笑顔で、そう呟いて。
■グッドバイ、グッドデイズ。
(ねぇ、過去と別れを告げた君は、こんなにも綺麗だ)
結論がのろけなんて酷すぎる
「神田って、胸小さいですよね」
アレンが何気なく呟いた一言から、言い合いが始まった――――近くに言ったジョニーから、そうラビは聞いた。犬猿の仲であるアレンと神田が、いつにもなく激しい争いをしているからどうしたかと思えば……何だ、そんなことか。
ラビは内心呆れながら、食堂のど真ん中で唸りあう二人へと歩み寄っていった。
■結論がのろけなんて酷すぎる>某白髪少女
予想通り、激しい攻防が繰り広げられていた。まぁ、イノセンスが使われていない辺りは、お互い限度を弁えているらしい。かと言って、喧嘩の規模が抑えられているかといえば、そうでも無いが。
ラビはぽりぽりと頭をかきながら、互いに叫びあうアレンと神田の前に立った。
「だから言ってんでしょーがこの蕎麦女! 私のこの胸はあくまで自前のものであり豊胸手術なんていうセコくましてや神田のようなぺったんこが行うようなつまらないことは何もしてませんから! そのまな板で大根でもすったらどうですか?」
「はっ、そんな馬鹿でけぇ胸してるから頭の中までおかしくなったかこのモヤシが! 胸のとこばっか成長してるから、背は伸びねぇし私よりも弱いのかもな! エクソシストから転職して、娼婦にでもなればどうだ!」
「…………」
頭いてェさ――ラビがこめかみに手を宛がい、ぽつりと呟く。その表情は呆れ半分困り半分というところだろう。
ラビはいがみ合っている二人を見て頬をひきつらせた。
「……あんさ、ユウとアレ――――」
「ラビッ! 話を聞いてくださいッ!!」
「おい馬鹿兎ッ! 話を聞けッ!!」
「…………」
再び沈黙に陥るラビ。待ってましたとばかりに、アレンと神田はラビに向き、自分の主張を聞けと拳を握り締めてアピールしてくる。
……神田はともかく、アレンは左手にイノセンスが寄生しているため、もしも愛しい恋人である神田から話を聞こうとすると、「差別です」と今握っている左手が自分の頬に炸裂するかもしれない――ラビは冷静に察知し、アレンへと視線を投げかけた。話をしろ、と。
「……チッ」
「ふふん、じゃあまずは私からですね!」
「短めに頼むさ……」
神田が若干イラついて舌打ちしたが、そこは心の中で謝っておくラビだった。アレンは勝利を感じたのか、さっきまでの怒り顔から一変し笑顔になった。
すぅ、と空気を吸うアレン。淑女(似非)である彼女は、豊かな胸に片手を当て、微笑みを崩さずに話し出した。
「私が『神田って、胸小さいですよね』って言ったんですよ」
「アウトさァァァァァァァ!!」
「どこがアウトだク.ソ兎ッ!」
げしぃっ、と神田のおみ足がラビの側面へとクリティカルヒットした。いてェさ!とラビが床へと倒れこむが、神田は怒った猫のようにふーふーと威嚇している。神田の怒りの源となる言葉を吐いたアレンは、あらあらと余裕を称えたまま不思議そうに倒れたラビを見ていた。
「そしたら神田が、『うっせェ、白髪モヤシ。脳みその栄養が胸ばっかに回ってるから、突拍子のねぇこと言い出したか』とか抜かしたんですよ! ナメてませんか? だから私は神田に大きな胸の良さを分からせてあげようと涙を呑んで力説していた訳ですよはい私の悪いとこなし神田が百パー悪い!」
「あぁ!? 何てことほざいてんだテメェ! テメェが私の言葉に『じゃあ神田の胸が小さいのは、脳みそに一生懸命栄養が回ってるからですかね? それにしては学力が残念ですけど☆』とか言ったんだろうが似非淑女が!」
「ははははその通りじゃないですかぁ!? そもそも神田は思い違いをしてますよ! 胸ってのはね、男の欲望満たす為に存在するんですよ。ならば勿論、胸は大きい方が良い! でも神田は小さいですよね何でかなぁあぁそうか蕎麦ばっか食ってるからですかねぇ!」
「素敵な娼婦の考え方だなオイ! 残念だが私はエクソシストをしている訳で娼婦なんて望んじゃいねえんだよ牛女が! 後、蕎麦を馬鹿にしてんじゃねえぞ! テメェのその胸はカロリーの寄せ集めだろうが私の胸はちゃんと健康の上に成り立っているちゃんとした胸だ!」
「貧しいですけどね☆」
「何だとホルスタインモヤシ!」
「アレンですってば。……ときにラビ」
――え、まさかここで俺ッ!?
二人の壮絶な言い合いに付いていけなかったラビは、そこでぎょっとした。
自分の名を呼んだアレンはと言えば、まるで自分の豊かな双丘を見せ付けるように胸の下で腕を組んでいる。柔らかそうなそれを見せ付けられ、ラビは近くに神田がいるにも関わらず、ごくりと生唾を飲み込む。
「ラビだって、付き合ってる女は胸が大きい方が良いですよねー? 色々便利ですし。貧しい胸だと何も挟んだり触るとこもないですけど、おっきかったら色々出来ますよー。色々と☆」
「……言い方がやらしいんだっつーの」
口では悪態をつきつつも、神田の表情が悲しげに歪む。
アレンの言葉を聞き、自分の身体にコンプレックスを感じたようだ。ちらりと一瞬、気弱そうな視線が自分に向けられていることを、ラビは感じた。いつもはぎろりとつりあがっている切れ長の瞳は、やや下がり気味になっている。
しゅんとした神田を視界に入れ、勝ったと言う風な満面の笑みを浮かべているアレンを一瞥し。
やがて、ラビはぽつりと呟いた。
「んー……俺、ユウならどんなんでも良いさぁ」
「っ」
神田が息を呑む。意外な答えだったらしい。アレンは、まるでラビが言う言葉など分かっていたような雰囲気で、にやにやとラビの告白を傍聴している。
「俺、確かにユウの外見綺麗だと思うけど。でも、やっぱ俺はユウの内面に惚れたさー。……だから、正直ユウなら何でも良い。ユウの胸の大小なんて、どーでも良いさ」
「……ラビ……」
ラビの真摯な態度に、神田が感動したというように羨望の眼差しを送る。ラビは(俺に感動するユウ可愛い)と心中で悶え――――そして、ラストに“衝撃な一言”をはっきりと口にした。
「そ、それにさッ!!」
「? それに、何ですか。ラビ?」
まだ続くのか、とアレンが続きを促す。気付けば、ラビは頭を下に下げていて、表情が見えないようになっていた。しかも、唯一見える耳はというと、まるで彼の髪の色のように真っ赤で―――ー
「――――ユウの胸なら、彼氏である俺が大きくすべきだと、お、思うさッ!」
「………………っっっ!? ×●△☆+ッ!?」
ラビの衝撃発言に、神田が大きく飛び退く。その顔は、ラビの赤さが移ったかのように赤面している。口はぱくぱくと何度も開閉し、かけるべき言葉が見つからないようだ。当のラビは顔を下げたまま無言。
あまりにも気まずい――というか、恥ずかしすぎる(カップル二人にとって)現状に、アレンは遠い目をして独り言を零した。
「…………落ちがのろけなんて……惨すぎますって……」
貴方だけに、懐きます。
「男鹿さんって綺麗ですね、もうたまらん」
男鹿の長い髪を頬にあてて、にこにこと微笑む少女。古市は、けして友好的ではない――苛立ちを必死に隠した表情で、部屋の主である男鹿に静かな声できいた。
「……ちょっと男鹿、何この子」
「ん? あぁ。昨日、スーパーの前で行き倒れてたから、拾った」
「拾ったって、おまちょ……」
■貴方だけに、懐きます。
――久しぶりに男鹿の家に来たかと思えば、これだ。
半ば諦めたように溜め息をつくと、溜め息をつく。元凶である男鹿は、いつもと変わらない美貌を称えたままゲームをしている。ベル坊は昼間に吹く涼しい風を堪能してすやすやと寝ているし、金髪の彼女はどこかへ外出してしまった。男鹿の家族は基本、昼間は外に出ているし。
つまりは、だ。
(男鹿と二人でにゃんにゃん出来るかと思ってたのになぁ……)
二人きりの室内で、夏の暑さも相まって良い雰囲気になるかと思って今日はやってきたというのに。古市はぐぬぅ、と唸り声をあげて男鹿の背中に抱きついている少女を睨む。
……二人きりのラブラブイベントをぶち壊す元となっている、黒髪のショートカットの――竜崎伊織と名乗った、その少女を。
「男鹿さんって強いんですよねぇ? 暴れ馬……いや、暴れオーガとして名を馳せているようで! 伊織ちゃんの強さレーダーがぴーんっと反応しましたよ。下半身もですが」
「下ネタじゃねーか!」
「ふっふふぅ、そういう目的で来たような白髪野郎に突っ込まれたくないです。無論、ツッコミ的な意味合いでですが」
ですよねぇ、と再び男鹿を愛で始める伊織。古市は正当なツッコミをしたにも関わらず、目的だったそれを的確に言われて、ぐうの音も出なくなった。沈黙が降りた部屋の中で、凛とした美しさを持つ男鹿は、テレビの画面に目を向けたままふと呟く。
「……あー、暑っち」
「暑いですよね男鹿さん! 私と一緒にランデブーして熱さの限界までイきますか! 亀甲縛りなら自分は得意ですよう!」
「何その突然の性癖暴露!? 男鹿はそういうこと聞いてねーっつの! てか酷いな下ネタ率!」
むぎゅう、と更に密接し、伊織は男鹿の細い体躯を抱きしめる。伊織の腕と腕の間で、細いながらも確実の大きな男鹿の胸がたわむのを、古市は生唾を飲み込んで見つめていた。その視線に気付いたのか、男鹿が切れ長の瞳を面倒そうにこちらへ向ける。
「どした、古市。飲み物なら勝手に取って来い」
「あ、いや……喉が渇いてる訳じゃねーけど……」
「男鹿さん、あの男は男鹿さんのこの胸を見つめていましたよ! それはもう舐めまわすように(ぐわしっ)」
「真実をはっきりと大声で言うなっての! てか男鹿の胸を掴んで主張すな!」
俺だってそんなことしたことないのに、と言いそうになり口を噤む。胸をぐわしっと掴まれた男鹿の瞳にはやはり面倒そうな色がみえるが、それは伊織が抱きついているからゲームがしにくいというだけらしく、胸を掴まれたことには無関心らしい。クールなのか単に気にならないのか、どっちだ――古市は頬が熱くなるのを感じて男鹿から視線を外した。
「男鹿さんの胸大きいんで、ついつい触っちまったぜ、ふー……」
「何、一仕事したみたいな顔してんの!? 変態隠せてないからねその理由!」
「マシュマロのような柔らかさとお餅のような弾力がですね」
「語り始めるな! さっきのワンタッチでお前は何を感じ取った!? お前の両手はゴッドハンドか!?」
「源田先輩ぐらいには、神的な両手です」
にやりと笑う伊織には、清純な少女らしさは欠片もなく、ただ変態という二文字が煌々と輝いている。源田先輩というのはよく分からないが、とにかく伊織は男鹿に対して女同士であるというのに恋慕を抱いているようだ。某後輩を思い出す。むかついて座布団をつねった。
我関せずという風に、男鹿はテレビゲームに夢中だ。しかし背中にはべっとりと幽霊のように伊織が張り付いているため、完全にスルーは出来ていないようである。
「……何ですか、また男鹿さんの豊かな乳を自身の欲望のために揉みしだこうと構えてるんですか? 残念、色んな世界で生きている伊織ちゃんには貴様の考えはお見通しですよ!」
「ちげぇよ! てかお前はその迷惑そうな乳揉みを他のとこでもやってんのか!」
「もっと柔らかく、バストハンターと呼べませんかね。……乳だけに」
「上手くない、上手くないんだよその表現! 何そのどや顔!?」
ダンッ!!
……と、伊織と古市の言い合いが白熱してきた頃、テレビの前辺りから硬質な音が部屋中に響いた。びくっと動きを止めると、伊織と古市はぎぎぎぎ……と壊れたロボットのようにぎこちない動きで――――音を出した男鹿に体を向けた。
男鹿は背後からどす黒いオーラを発しており――イライラとした表情(傍目に見れば殴るのを必死に抑えているようにも見える)で、見た者を凍らせる壮絶な笑みで二人に言った。
「……うるッせぇから……ちょっと静かにしてろ。特に古市」
「何で俺!?」
「確かにうっせぇですよね、下半身も」
「お前はその下ネタ黙れっつーの!!」
男鹿の怒りも空しく――またもや、伊織と古市はぎゃぁぎゃぁと喧嘩を始めてしまった。
次に男鹿が笑顔を見せるのは、ぼこぼこになった古市と真っ青な顔の伊織を正座させた後……だった。
「兎さん兎さん、アリスはどうして泣いてるの?」「それはね、」
――あー、あー。電波、じゅっしーん。
どこかの可愛い電波女ちゃんみたいに、電波を受信しようと思ったけど無理だった。直感で感じるのは、どこか別の世界から聞こえる――というか、俺、伏見潤に呼びかける声。
――あ、あいつか。
幼い中性的な声と、とある世界の白髪赤眼の少年がだぶる。
「はいはーい、今行きますよっと」
夜の池袋を見渡して、ライトの輝きと美しさに微笑む。やっぱり、この街は綺麗だ。でも狂った愛ばかりで、ちょっとばかしくどい。俺や臨也のように、一つの欲望に純粋に生きなくちゃ、この世界は少々辛いだろうに。
――潤君、大忙しー。
呟いて目を閉じると、意識は混濁の闇へと沈んでいった。
世界が、変わる。
■「兎さん兎さん、アリスはどうして泣いてるの?」「それはね、」
「どしたの、QB? 俺に告白? でも俺がお前と抜き差し運動しちゃったら即手錠でがっちゃんだよ? ……あ、手錠プレイ良いかも」
「ちょっと黙ってくれないか」
池袋と変わらない夜の街の空気は、冷たかった。冬かと思ったけど、単に夜だからとかそういう問題っぽい。QBは真っ白い髪を闇の中で浮かび上がらせて(本人は目立ってるっていう自覚はないけど)、不機嫌そうに俺を見た。視線にぞくぞくする。何たってレッドアイだもの!
少女とも少年とも取れる風貌は、まさしく魔法少女を手引きする不思議な存在にはぴったりだ。と、俺が考えていることに気付いたのかそうでないのかは知らないけど、QBは気まずそうに呟いた。
「マミ……巴マミが、ちょっとね……」
「巴マミちゃんって、あの金髪でおっきー胸の子? 魔法少女の? お嬢様ーって感じの、ふわふわした子かな」
「そうだよ。後、マミをそういう胸とか……君特有のやらしいもので表現しないで欲しいな」
「へぇ、随分と執着してるようだけど。傍観者気取りのお前がそんな風に嫌がるって、相当だろ。……どした、告白でもされた?」
「…………何で君は変態能力と共に心を読む能力も持ち合わせてるかな。神様は君によっぽど甘いらしいね」
神様は俺のこと大嫌いだっつの、と苦笑して潤は近くのベンチに腰を下ろした。自分の胸の辺りまで背丈がないQBと視線の高さが同じぐらいになる。アイドルだといわれても可笑しくないほど端整な顔立ちのQBは、幼い顔には似つかわしくない、大人びた表情を浮かべていた。
「マミが、最近ずっと変だったんだ……だから、――」
「――だから、お前が理由をきいたら素直に『QBのことが好きなの』って言ってぇ、返事は良いとか言ってマミちゃん逃げちゃったんだろー。そんでそのまま会ってない、と」
「そんなにマミは気持ち悪い声色してないけど……大体合ってる、かな。本当に、君は何でもお見通しらしいね。あー気持ち悪い」
「残念だけど、男の娘に気持ち悪いって軽蔑されても俺らの業界ではご褒美です。あざーしたぁ! ……んで、どうしたいの?」
「どうって……」
QBの赤い瞳が困ったように揺れる。潤は、いつもは計算高く飄々としている(自分もそうだからあまり言えないが)彼が困っているところをにやにやと見つめていた。
同時に、まさかあの子がねぇ……と内心で驚く。潤が知っている巴マミは、お姉さんらしいところがある、豊満なボディを持つ落ち着いたお嬢様キャラ――というところだ。まだ子供らしいところはあるが、年上の男性を好む気がしていたのだ。なのに、実際はこんなちんまりとしたタイプが好みだったとは。しかも、ある意味人外。
にやつく潤を横目で睨むと、QBは口を開いた。
「……正直、わかんないんだ」
「分かんないって――マミちゃんのことが?」
「いや違うよ。……マミの気持ちに答えるべきか、否か、だよ」
QBの声は震えていた。
潤は空気を読んでいるのか、無言になる。冷たい夜風が、二人の頬を撫でてゆく。真っ白い髪のQBと黒髪の潤の対照的な色合いは、闇で染められた。
「僕は……僕は、今までもこれからも……ちゃんと自分の任務を全うしなくちゃなかないんだよ。任務を全うするってことはつまり――僕は、マミを見捨てるってことじゃないか。僕には、それが出来ない……したくないんだ……。だけど……僕は任務を行うために生まれた存在じゃないか……だから、だから……本当に、分かんない。ソウルジェムのこととか、マミのこととか……考える度に、苦しくてたまらないんだ」
「ふぅん」
潤は、なるほどというように呟いただけだ。
きっと、今のQBに何を言っても意味はない――そう思うからだ。決して悩むQBに愛想がつきたとか、そういう理由ではない。単純に、QBの出す答えこそが正しいと思えるからだ。
「まぁ、とにかくさー」
「……うん」
「断るにしろ、愛してやるにしろ。……女の子を泣かしたら、俺が許さないからなーっと。とりあえず泣かせたら、俺はお前を――嫌というほど鞭を持たせて俺をぶたせてやるぞ!」
「っ、ははは……」
潤の軽い言葉に、QBが笑いを洩らす。赤い瞳には、潤ではない誰かを想っているのか――柔らかい、相手を労わる光が灯っていた。
――きっと、俺に話す前に決断してたんだろうなぁ。
にへらと緩んだ笑いをみせて、潤はQBの頭をぽんぽんと撫でる。QBはその手を払いのけようとはせず、どこか晴れやかな微笑を称えていた。
「何か、拍子抜けした気分だよ……潤、今日はありがとう」
「こちらこそ、QB。お前は俺の嫁!」
「断固拒否で」
(くすりと笑った兎の)(、その嬉しそうなこと!)

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